4章:ISのターゲットに指定された日本、自業自得な3つの過失

           【日本側が犯した③つの過失】 


 2015年の年明けそうそう、日本は騒然としている。過激派組織『IS(イスラム国)』が、日本人2人を人質にとり2億ドルの身代金を要求したのだ。ジハーディ・ジョンと呼ばれる、ISの中で最も有名な広報担当が、2人の日本人をひざまづかせて日本を非難するYouTube経由のニュース映像にはかなりのインパクトがあり、多くの日本人が動揺させられただろう。


 当然、第一に責められるのは『IS』である。イラク戦争の残党から成るこの過激派組織は2014年頃から、先進国の出身者であればジャーナリストや人道支援者などであっても、誰でも無差別に誘拐し始めた。そして、『IS』に敵対する動きを見せた国があれば、それを都合のいい理由にして同国の人質を見せしめにした脅迫映像を作っていた。今回の事件もその一環だ。


       しかしこれは『IS』が一方的に仕掛けたテロではない。

   人質となった2人の日本人、そして日本政府には共通した過ちがあった。

       その本質には行き過ぎたグローバリゼーションがあり、

    この事件は、そのどん欲さが引き起こした致命的な代償とも見れる。


 人質の1人、軍事会社経営の湯川氏は、武器ビジネスのために危険を知りながら単独で激戦地、シリアに向かいISに捕えられた。

 一方のジャーナリスト、後藤氏も、現地のシリア人のガイドから危険だと警告されながらも、湯川氏の情報を得るためシリア国内のIS内部に潜入して拘束された。後藤氏には、過去、世界中の紛争地の悲惨さを伝え続けた輝かしい業績がある。だが、フリージャーナリストが危険区域に入る理由は当然、世界平和のためだけではない。

 そこが激戦地であるほど報道価値が高まるため、そこに赴くことはジャーナリストとしての知名度を上げ、多くの報酬を得られることにもなる。もっと言えば、戦場ジャーナリストにとっては、特ダネを求めて危険な賭けに出る舞台とも言える。後藤氏と湯川氏は去年仕事で知り合ったばかりの仲であり、後藤氏が命をかけてまで湯川氏を救いにいくほど2人が親密であったとは考えにくい。

 両氏の行動からは共通して、紛争地でのリスキービジネスに挑んで、名を上げようという思惑が少なからずうかがえる。そして、後述するよう、この過失は日本政府にも同様に当てはまるのだ。


      ここに①つ目の、この事件における最大の過失がある。



 【日本政府の国際感覚の欠如と、推測される軍事ビジネスのための支援金】

 

 そもそも事件のキッカケは日本の首相、安倍晋三のバカげた発言にあった。

 中東歴訪中、安倍首相はISと敵対する国、エジプトでISを名指しで批判し、2億ドルを支援するとアピールしたのだ。そうなればISは当然、挑発行為だと受け止める。

 その結果、日本人の2人の人質が殺害交渉のテーブルに乗ったのだ。その後、安倍首相は2億ドルが人道支援金だったと主張したが、体のいい言いワケに過ぎない。あのスピーチの流れから見れば、支援金が対ISの戦争資金と取られるのは当然のことだ。


       ISの日本人人質事件、日本側の過失の②つ目は

  安倍首相と日本政府による国際感覚、および危機感の致命的な欠如がある。


 その後、安倍首相は2億ドルの金銭支援を中止しない事をすぐに明言した。利に駆られた自業自得のこととはいえ、後藤氏と湯川氏は共に日本人である。それが外国の地で、命の危険にさらされているのに、その最たる原因を絶たないのはどういうことなのか。国民の命を守るというのは、民主主義国家における最たる国家義務の1つだ。

 しかも、その支援金は基本、ボランティアであり、恣意的なものに過ぎない。さらに支援対象のエジプトは当時、悪名高い軍事政権が支配しており、国際的にはISと同等の無法者集団と見なされていた。


       それなのに、なぜ日本政府は支援金を中止しないのか。

      その裏には、軍事ビジネスが絡んでいることが推測できる。

 

 安倍政権は2014年、武器輸出三原則を緩和したことで、すdねいアフリカや中東諸国で軍事ビジネスを始めており、トルコでは首相自ら、原発技術のトップセールスも行った。GDPを上げるためなら何でもする首相の元、知らず知らずのうちに世界では日本は軍事ビジネスの推進国、つまりは“死の商人”になりつつある。

 今回の中東歴訪もまたその一環である事が容易に想像できる。安倍首相は財界の要人を引き連れ、外交よりも商談に力を入れていたようだ。


      つまり、中東諸国への2億ドルの支援はただのボランティアや

   人道支援ではない。それは近い将来、当地で軍事ビジネスを始める上

    でのサーヴィス・マネーに違いない。それによって中東の紛争地で

   軍事ビジネスを有利に展開しようとしている。そういうことが読み取れる。

          ここに、③つ目の日本側の過失がある。



        【ISの前で、ひざまずく日本人の象徴性】


 2人の日本人人質と日本政府には、大いなる共通点がある。どちらも、もうけ目当てにリスキーな紛争地ビジネスに深入りした結果、大きなリスクを背負う事になったのだ。


     もうけがあると見るや、文化や宗教や国境の枠を越えて商売に出る

    グローバリゼーション。それが行き過ぎれば、自らの命もかえりみずに

     セールスに走る者たち、あるいは自国民の命にも配慮せずに

        軍事ビジネスを展開する政府が出てくるのである。

 

 今、紛争地で日々身の危険を覚えながら仕事についているジャパニーズ・ビジネスマンは一体どれくらいいるのだろう。この事件に懲りず、このまま日本がどん欲なグローバリゼーションに走り続ければ、今後は紛争地で暮らす普通の日本人会社員が誘拐されたり、あるいは日本国内でISの構成員がテロを起こしたりする可能性もある。

 YouTubeに映し出された、ひざまずく2人の日本人。その絵は今後の日本と日本人全体にとって、非常にシンボリックなものである。



    【1人の自国民の命も見逃さない、民主国家最大のプライド】


    ISによる日本人人質事件で、ある1つの事が明らかになった。

       それは、文明国家における最大のプライドである。


 人質事件の間中、日本ではジャーナリスト・後藤健二氏の安否が日々、ニュース報道された。そして、彼の救出と反テロを掲げる“I am KENJI”キャンペーンが巻き起こり、テロ後のフランス大行進での“私はシャルリー”同様、それはSNSを通じて世界中に広まった。確かに、それはたった1つの命である。だが、日本や世界の多くの人々は、そのたった1つの命が不条理に、残虐に奪われる事を決して見逃そうとはしていない。


 後藤氏がISの人質となった事は、拠点の中枢に単独で入った彼の自己責任の部分が大きい。多くの人もそれを理解しているだろう。だが当然、最も悪いのは、戦争上も宗教上も中立の立場であるジャーナリストを捕らえて人質にするテロリストである。世界中の人々は、その非道な行為に対し、“I am KENJI”というシンボルで、非難しているのだ。それは、今回の人質事件で僕が最も心を動かされた事だった。

 

         文明の成熟度とは、たった1つの命に対してでも

        その他の何億人もの人たちがそれを尊重しようとする

          その思いやりの度合いと重なるのではないか。 


 そして実際、テロリストとの人質交渉では、負けても構わない。つまり政府は無垢の自国民の命を救うために、テロリストたちの莫大な身代金を払っても構わないのだ。

 なぜなら、人質交渉とは対テロ戦争の全体像においては小さなピースに過ぎず、それが戦況を大きく左右する事はないからだ。

 どう転んでも、ISは弱体化の一途をたどるばかりであり、いずれは空中分解し、元のように拠点を持たないチッポケな少数グループに分散される。それは、今から目に見えている不可避フカヒな運命なのだ。


 そして当然、国際テロに対する真の勝利は、

 今、日本は空前のピケティ・ブームである。フランスの経済学者、トマ・ピケティが書いた本『21世紀の資本』がベストセラーになり、現在、彼は日本に来日中の身だ。

 ピケティの言う“r>g”の法則、働いて稼ぐよりも、投資して稼ぐほうが遥かにもうかるという悪魔の法則。

 200年、先進諸国にかけられたこの恐るべき呪いが解け、世界中の富が世界中の人々にフェアに行きわたるようになれば、テロと貧困は同時並行的に消滅してゆくハズである。文明国家によるテロへの勝利とは戦争にあるのではなく、まさにそこ、根本的な社会改革にこそあるのである。<2015/1/20>■

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