ホープ
「みんな、心して聞いてほしい」
ペラペラと雑誌のページをめくる音だけが響いていた部室に、やけに緊張した面持ちの部長が入ってくるなり、ホワイトボードを背にしてそんなことを言い出した。
何だろう。アルフォートの新しい味でも出たんだろうか。
「今年はようやく部員が五人集まった。これでようやく大会に出られる」
ルマンドを口に入れてサクサクしながら話を聞く。
こんな風にわざわざ皆の前で発表するように話をするのは珍しい。普段のノリからはまず考えられない。
それにしても大会かぁ。
「大会っ!?」
ルマンドの欠片が飛んだ。
「長岡くん汚い」
「あ、すいません」
先輩の頭を払ってから、改めて部長へと視線を向ける。
「大会って、どういうことですかっ?」
「うむ、まだ一年生のキミが驚くのも無理はない。我々は五人ギリギリの人数だ。普通なら出場は見合わせるところだろう。しかし来年もまた出られるかどうかわからない以上――」
「いやいやそういうことではなくて」
「では何だね?」
「ウチって、何部でしたっけ?」
「午後ティー部だが、それが何か?」
そう、ウチの部活は午後ティー部という。
最初は午後の紅茶の飲み比べでもするのかと思っていたがそうではなく、単純に午後のティータイムを楽しむための部活だった。茶道部とかおやつ同好会とかけいおん部と被ったりするが、そんなのはどうでも良い。
要はダラダラとくだらない時間を無駄に過ごせればいいのだ。
そんな事実を脳内で改めて確認しつつ、エリーゼの封を切る。
「で、大会ってなんすか?」
「大会は大会だ。全国を目指しての地区大会だ。熱いぞ」
「ホットなんて買わなきゃいいじゃないですか」
「誰がお茶の話をしている?」
「いや、お茶の話の方が、まだまともに思えるんですけど」
大体、まったりお茶を飲みながらお菓子を食う部活が何を競うというのか。
「いかんなぁ長岡くん、期待のホープがそれでは勝てるものも勝てなくなる」
「期待の、なんですって?」
「ホープだよ、ホープ。断言しよう。今年の大会の台風の目は、間違いなくキミだ」
ズビシと指を突き付けられ、僕は固まる。
「え、いやいや、何の話っすか?」
全く理解できない話に脳がオーバーヒートを起こしかけ、急速に糖分を欲している。僕はルーベラを口に放り込むと、一つ一つの言葉の意味を改めて考えてみる。
しかし一切わからない。
「……えっと、そろそろ冗談は終わりにしませんか?」
仕方なく白旗を上げる。
「まぁ、キミが信じられないというのもわかる」
「いや、信じるとか信じないとかではなくて」
「しかし、キミはもっと自分の才能を信じるべきだ」
「才能っていうか、大会そのものを疑ってるんですけど」
「とりあえず、これを見たまえ」
そう言って部長は、後ろ手に隠し持っていた一冊の雑誌を滑らせてこちらへ寄越す。
「何すかこれ――って、『月間午後ティー』だとっ!」
何だ、この雑誌。
「何って、午後ティー専門誌だが?」
「いやいやいや、おかしいでしょ」
「野球やサッカーの専門誌があるのだから、午後ティーだってある」
「え、メジャースポーツと張り合っちゃうんですか?」
というか、誰が買うんだ、こんな雑誌。
まぁ実際、ウチの部長が買ってるワケだが。
「うむ、今の発言で全国5千万人の午後ティーフリークの心証が悪くなったな」
「いや、午後の紅茶だってそんなに売れてないっすよ!」
「まぁとにかく、付箋のページを開くんだ」
「はぁ、もう何でもいいっすけど」
半ば諦め気味に呟きつつ、雑誌に手を伸ばして開いてみる。
そこに書かれていた文字は、こうだ。
弱小校に期待のホープ現る。
どこからどうやって撮影したのか、僕の顔写真まで載っている。それどころかインタビューまでされている。そしてやたらとビッグマウスだ。歴史を変えるとか言ってる。
ちょっと待て。
「すいません。最近ちょっと物忘れが激しいみたいなんですけど」
「どういう意味かね?」
「こんなインタビュー、受けた憶えないんですけど」
「それはそうだろう」
部長が胸を張る。
「偶然キミが居ない時に電話があってな。私が代わりに答えておいた。少しばかりサービスもしておいたぞ。いやなに、感謝する必要はない。キミならこう言うだろうという当たり障りのない受け答えをしたまでだ」
「とりあえず部長に観察眼がないことはわかりました」
「それで長岡くん」
「何ですか?」
「勝算は?」
「意味がわかりません」
「いかんなぁ、そんなんではライバルにコテンパンにされてしまうぞ?」
「ライバルってなんすか?」
「次のページをめくってみるといい」
言われるままにめくってみると、妙に暑苦しい男子生徒が怒りの表情でホープと称えられている僕の写真をサンドバックに張り付けて殴っている。
何だろう。呪いの藁人形に釘を打ちつけるところを目撃したみたいなバツの悪さがあるんだけど。
というか、どうして僕が殴られているのか。
「その彼は、中学時代は全国優勝の経験があるらしくてね。ぽっと出の新人がちやほやされているのが気に入らないらしい」
もっともである。
その相手が僕でないなら応援してやりたい。
「さぁ長岡くん、特訓に身を投じるかね? それとも、シルベーヌを食べるかね?」
「じゃあシルベーヌで」
「さすがだ。それでこそホープだよっ」
全く意味がわからなかった。
ちなみにではあるが、我が弱小午後ティー部は地区大会の決勝戦でライバルのいる強豪校に惜しくも敗退し、涙を呑んだ。
ホワイトロリータがしょっぱかった。
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