鬼嫁計画
「えー、というワケで偉大な主であるところの桃太郎が酒をカッ喰らって寝ている隙に乗じて集まっていただいたのですが――」
猿が口火を切る。
「時間もあまりないので結論から先に言っちゃいますけど、ぶっちゃけ割に合わなくね?」
「あー、思う思う」
雉が同意する。
「割に合わないって、君達はそんな打算的な思いでご主人様と一緒にいるのかワン?」
「いや、きびだんごくれるって言うから貰っただけだし。鬼退治とか聞いてねぇし」
犬の質問に、猿は半笑いで答える。
「大体よぉ、たかがきびだんご一個で仲間になれってのが虫のいい話じゃね? せめて腹一杯食わせろっての」
「だよねだよねー」
「え、君達一つしか貰ってないワン? 僕は毎日貰ってるワン」
ぷぷっと含み笑いを漏らしつつ、犬が得意げに告げる。
うざい。
「何だよ、それ。オメーばっかりずりぃぞ」
「ずるくなんかないワン。これはね、ご主人様に対する敬愛の正当な報酬なんだワン」
「敬愛ってアレ? 桃太郎のケツ穴を舐める仕事のこと?」
雉の指摘に、猿の眉根が寄る。
「うわぁ、オメーそんなことしてたのかよ。引くわー。さすがにドン引きだわー」
「ううう、うるさいワンっ。ご主人様の為に働くのが僕達の役目なんだワン。嫌ならさっさと出て行けワンっ!」
「いや、そうしてぇのは山々なんだけどよぉ――」
溜め息を吐きながら、猿は自分の首から伸びている鎖を持ち上げる。重く冷たいソレは、逃がすものかと言わんばかりにジャラリと鳴った。
「コイツがあるから逃げられないことを忘れてんのかよ。あぁ、オメーは鎖で繋がれているのが普通だったよな。スマンスマン」
「ドМ乙」
「ドМじゃないワン! これは鎖じゃなくて絆なんだワン! イヤイヤなのに拘束されてるお前達の方が変態なんだワン! 死ねワン! 死ねワン! 死ねワン!」
「ワンワンうるせー! というか、何なんだよ、その語尾?」
「これは……ご主人様がそうしろって言うから」
「ドМ乙」
雉の追い討ちに犬は真っ赤になった。とりあえず、桃太郎でなくとも弄りたくなる気持ちは理解出来る。
「お前らなんか知らないワンっ。どこへでも行くといいワン!」
拗ねた。
「まぁ待てって。この場にオメーも呼んだのは、オメーにとっても悪い話じゃあるめぇと思ったからだ。そもそも、このまま鬼が島なんぞに突っ込んだら、オレ達はもちろんお前だってお前の大事なご主人様だってやられちまうぜ。鬼がどんだけつえーのか知ってんのかよ?」
「うっ……そりゃ、知らないワン」
「雉っち、説明してやれ」
「あいあいさー」
翼を広げ、雉が得意げに解説を始める。
「鬼の特徴その一、鬼の拳は大地を割るよ。力は人間とは比べ物にならないほど強いんだ。特徴その二、鬼の手刀は海すら裂くよ。その攻撃は目に見えないほど速いらしいんだ。特徴その三、鬼の眼は全てを射抜くよ。弱点なんて筒抜けらしいし、噂では魂すら砕けるって話だよ。しかも、鬼はこれらの力を使ってとんでもない必殺技を使えるらしいんだ」
ア○ンストラッシュですね、わかります。
まぁとにかく、人間である桃太郎を遥かに凌駕する存在であることは伝わったようである。
「どどどどうしよう。死んじゃうっ。ご主人様が死んじゃうワン!」
「だからこそだ」
震える犬の肩(というか前脚の付け根)にポンと手を載せ、猿はニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
「このまま能天気に鬼が島へ向かっている桃太郎の奴を、何としても止めなくちゃならん。わかるだろ?」
「でででも、どうしたら……」
「心配すんなって。考えはある。アイツは酒好きなだけじゃなくて女好きでもある」
しかも犬にケツを舐めさせる変態である。
いっそ退治されるべきは鬼ではなく桃太郎なのではないかと思われるほどの体たらくだ。
「そこでだ、これから通りかかる町や村で適当な女をあてがってくっ付けて、そこで所帯を持たせてやるってのはどうだ?」
「適当にって、いくら何でもご主人様が可哀想だワン」
渋る犬の首に腕を回し、猿は耳元で囁く。
「よく考えてみろって。真新しい白い家、幸せそうに微笑む二人の男女、その軒先で安らかに眠る一匹の犬、理想的じゃねぇか」
「……いいかも」
その光景を想像して、犬の口から涎が垂れる。
「じゃあ決まりだな。鬼退治なんかより健全な未来は、もう目の前だぜ。鬼なんかより嫁の方が大事だろ計画、略して『鬼嫁計画』を発動といこうじゃねぇか」
親指を突き出しあった二匹と一羽は、こうして新たな一歩を踏み出したのだった。
が、しかしである。この計画はアッサリと頓挫してしまった。
鼻歌を歌いながら町や村へと入ってくる桃太郎を見るなり、家の門は閉じられ、通行人はそそくさと逃げ出し、茶屋すらシャッターを下ろす始末である。
とはいえ、鎖で繋いだ犬猿雉を連れた変態の噂が飛び交っている状況では無理もないだろう。年頃の女性どころか、ロリっ子や老婆までもが避けて通るという筋金入りの状況に、さしもの二匹と一羽も頭を抱えるしかなかった。
しかもそんな異常事態の最中にあっても、桃太郎は気にするどころか気付いてすらいない素振りで前進を続ける。引きずられるように町を素通りし、放り投げられるようにして小船へと乗せられた一行は、とうとう鬼が島へと到着してしまった。
「オワタ」
猿が両手を挙げる。
「オワタ」
雉が翼を広げる。
「死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう……」
犬は頭を抱えていた。
「よーし、鬼退治しちゃうぞぉ」
一人桃太郎だけが意気揚々である。
「おい」
とそこへ、岩場の陰から声がかかる。反射的に向けられた視線の先には、薄紅色の着物を纏った浅黒い肌の女性が立っていた。額に生えている一本の角がなければ、普通の女性と大差ない出で立ちだ。
「鎖で繋がれた三匹の獣……お前が昨今世間を賑わせている変態、桃太郎だな?」
「いかにも」
堂々と胸を張るところを見る限り、変態という部分を否定するつもりはないらしい。
「その変態が、この鬼が島に何用だ? まさか私達を退治しようなどと抜かすつもりなのではあるまいな?」
退治という単語が飛び出した瞬間、彼女の眼光が鋭さを増す。それだけで、周囲の温度が五度くらい下がったように感じられる。見た目こそ美人だが、その迫力は本物だ。
「それはもちろん――」
しかし桃太郎は臆さない。というより、威圧感に気付いていないようにしか見えなかった。
「お前達鬼を……」
人差し指をビッと突き出した桃太郎の台詞が、不自然に止まる。
もう駄目だーとばかりに二匹と一羽が頭を抱える中、不意に静寂が訪れた。
桃太郎は鬼娘を見ている。
桃太郎は鬼娘をジッと見詰めている。
「結婚してください、お嬢さん」
脈絡もなく歯を光らせる桃太郎。
いや、そんなんで今更この状況をごまかせるワケが――
「喜んで」
えー、いやホラ、変態だよ、この人。
二匹と一羽がポカーンと口を開け放ったまま立ち尽くす中、桃太郎の鬼退治遠征はこうして平和的に幕を下ろしたのである。
というワケで、鬼が島に新しく建てられた、庭に大きなワンコのいる小さな白い家で、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
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