里帰り
珍しい組み合わせだけど、これはきっとチャンスだ。
実家に顔を出す機会は年二回、孫である勇治を連れての帰郷も両手に余る程度にはなったけれど、生真面目で寡黙な義父が勇治と会話をするところなど、今まで見たことがなかった。夫の話を聞く限り、子供が嫌いっていうワケでもない。多分、キッカケがなかっただけなんだろう。
今、この家で留守番をしているのは私と義父、そして勇治の三人だけだ。ここで少しでもお話ができれば、積み重なったわだかまりを解消することができてお年玉が増額したりするかもしれない。来年には中学生だし、制服とか色々入り用だから少しでも貯えておきたいところなんだよね。
腕組みをして大きく頷いた私は、早速とばかりに縁側の日向でPSPをやっていた勇治の襟首を引っつかんで、コタツへと引きずってきた。天板に乗っていたリモコンを持ち上げて大して見てもいない駅伝を消し、PSPを取り上げて義父の正面に息子を座らせる。
これでよし。
さぁ、思う存分語り合ってちょうだい。
と、鼻息荒くふんぞり返った私を、八の字に眉根を寄せた二人の眼差しが同時に見上げる。何のつもりだと、その目は暗に語っていた。
「いやホラ、お爺ちゃんと話す機会なんてそうそうないから、この機に色々聞いとくべきじゃないかなーと思ってね。勇治は何か聞いてみたいこととかないの? こう見えてお爺ちゃんは大学教授なんだから、何だって答えてくれるよ、きっと」
しがない地方大学で聞いても意味がわからなかった研究内容だったから、保証の限りではないけど。
「何でも?」
「普段あまり人には聞けないような質問とか、一つや二つはあるでしょ。そういうの聞いてみちゃいなさい」
「じゃあ――」
正面に向き直り、勇治が口を開く。
「スカートめくりって、もう卒業しなきゃダメ?」
何聞いてんだ、この子はっ。
卒業とか、そんな問題じゃないでしょ。そんなこと聞かれたら、お爺ちゃん怒っちゃうに決まってんじゃない。
あ、お爺ちゃんの右手が上がった。まさか、説教よりまず暴力ですか。いきなり殴っちゃうんですか。確かに今のは息子が悪いと思いますけど、子供の言うことなんで甘く見てはもらえないでしょうかね。
ハラハラする私の前で、義父の右腕がグッと伸びる。
「夢を、諦めるな!」
サムズアップで爽やかな笑顔。
「はい、二人共正座ー」
説教した。そもそも、聞く前から駄目とわかっていることを聞く方も駄目だし、それを後押しするなんて駄目駄目だ。私が求めている会話はそんなものじゃない。
というワケで仕切りなおし。
「じゃあ、改めて質問しなさい」
第二ラウンド、ファイッ!
「えっと……」
「知りたいけど、わからないことを聞くの。いい?」
「それじゃあ――」
改めて義父と正対し、息子は口を開く。
「パンツって美味しいの?」
何聞いてんだ、このガキ。
「いや、あんまり美味しくはないな」
即座に答えんな、ボケジジイ。というか食ったのか。食ったことあんのか。
「ふーん、友達は美味しそうに食べてたけどなぁ」
その友達とは縁を切りなさい。
「まだ若いな。やはりアレは食べるものではなく、被るものだ」
「履くものだよっ!」
突っ込まずにはいられなかった。
というか、どうしてここで『えっ』という顔をする?
「はーい、二人共土下座ー」
説教した。新年早々祖父と孫がパンツの話題で盛り上がるとか近所の人にはとても話せないので却下である。つい怒りがほとばしってしまい、息子は涙目になるし義父はハァハァ言い始めるしで収拾がつかなくなりそうなところでようやく我に返り、本来の目的を思い出して三度仕切りなおす。
「いい加減、ちゃんと会話してちょうだい」
ファイナルラウンド、ファイッ!
「お母さんって、何であんなにうるさいんだろ?」
「それが母親というものだ」
真理とは、時に残酷である。
ともかく、いささか内容的に不満の残る会話ではあったものの、当初の目的であったお年玉の増額をせしめることはできた。まぁとりあえず、今年はこれくらいで勘弁してやろう。本来ならもっとこう、熱い激論がバトルテイストに交わされて欲しいところではあるが。
来年は是非とも、孫を責める祖父の図を見せていただいて、私がハァハァしたいものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます