びっくり食堂

「で、今日は何を食わせてくれるんだ?」

「まぁそう焦るな。お前は黙ってその席に座って待っていればいい」

「とりあえず、メニューくらいはあらかじめ知っておきたいところなんだけどな?」

「はっはっは、それを楽しむのもお前の仕事じゃないか」

「いや、楽しくねーし」

「お前のナイスリアクション、期待してるぜ!」

「聞けよっ!」

 こちらの抗議には耳も貸さず、思わずコークスクリューブローを叩き込みたくなるような爽やかな笑みを残して厨房へと消えていく。どんなゲテモノやら危険物が飛び出してくるのか、今から戦々恐々である。

 奴が居なくなると途端に店内は物寂しい雰囲気に包まれる。普段は昼夜問わず客の姿が途切れることのない地元の人気店とは、とても思えないような状況だ。基本的には洋食屋だが、丼物などの和風なメニューも充実している。いわゆる大衆食堂である。

 父親の代から続くこの店を切り盛りしているのが、今しがた厨房へと消えた俺の二十年来の腐れ縁――もとい幼馴染みである奴だ。本来ならこの店、すなわち『みすず屋』を切り盛りしているのは未だ元気な奴の親父さんであるハズなのだが、その親父さんは厄介な不治の病である『珍しい食材探したい病』が発症して奥さん共々海外に行っている。今は南米辺りをうろついているらしいというのが、近所の噂になっているらしい。

 まぁこれだけ聞くと、駄目な親の代わりに残された暖簾を守っている孝行息子みたいにも映るのだが、そんな良い話では断じてない。奴はこれ幸いとばかりに店の方針や内装を自分好みに改造して好き勝手やっている圧倒的な趣味系料理人だ。

 とはいえ普段は、少々ちゃらんぽらんな店主程度の認識でしかなく、正直害もない。この店自体の評判も、あまり認めたくはないが近所ではなかなか良好だ。聞けば市外から通ってくる常連すら居るらしい。実際、不思議なほど味は悪くない。

 しかしながら、だ。趣味で料理をしているような奴が、お客さんの喜ぶ姿を励みにして同じ料理を変わらず作り続けていくなどという殊勝な行為を続けていくことなどできるだろうか。いや無理だ。少なくともこいつにはできない。続くハズがない。

 だから月に一度くらい、こうして暴発するのである。

「まずは軽くサラダから試してもらうとするかな」

「おい、今日は俺一人なのか?」

 少なくとも先月はもう一人生贄……じゃなくて試食をしてくれるバイトの学生が居た。

「あー、何だかみんな都合が悪くてなー」

「そうか」

 都合が悪かったんじゃない。悪くしたんだ。

 親父が食材病だとするなら、こいつは間違いなく創作料理病だ。同じ料理を作ることに飽きたと言っては、奇妙奇天烈なアイデアを盛り込んでおかしな物を作り、それで人災を巻き起こす。これさえなければ良い人なのにというのが、アルバイト達の共通認識だ。そして俺は何故か、完全な部外者であるというのに彼らから奇妙な尊敬を受けている。このみすず屋を守るのはアナタしかいませんとまで言われる始末だ。

 実に大袈裟な話である。ただの創作料理など、酷評して阻止するだけのことでしかないのだから。それでタダ飯が食べられるのなら、むしろ美味しいイベントではあるまいか。まぁ飽食の時代と言われる昨今、美味しい物など食べ飽きていて、無理して飛びつくようなものではなくなったということなのだろう。

 まぁ、たまに命にかかわるものもあるから、警戒したくなる気持ちはわからなくもないのだが。

「まぁそんなワケでおかわりも大量にあるから、遠慮なく食べてくれ。どーせ朝も昼も食ってないんだろーし」

「うるさいよっ」

 図星だから困る。

 実のところ、味だけは大したものなのだ。これでおかしなギミックがなければ、普通にありがたいイベントであろうことは疑いようがない。

「とりあえず、最初は味わってくれよ。試食するのがお前の役目なんだからな」

「はいはい」

 こちらのおざなりな返事など気にすることなく、奴は小さな丼とガラス製のドレッシングカップを俺の前に丁寧に並べていく。

 丼というのが見た目的に少々奇妙ではあったが、中身は溢れんばかりに敷き詰められたレタスにキュウリやトマトなどの野菜が散りばめられた見紛うことなきサラダである。しかし中央に居座っているポテトサラダらしき物体は、何と言うか見慣れたソレとは違っていた。妙に白くて粒々している。

 何だろうか、これは。

「おい、このポテトサラダみたいなの、一体何だ?」

「何って、おにぎりに決まっているだろ」

 さも当然のように言い放つ。どう考えてもサラダの真ん中におにぎりっておかしいと思うが。

「そう不安そうな顔をするな。言いたいことはわかるぞ。確かに生野菜とごはんは相性が悪い。俺だって生野菜はもちろん、ポテトサラダやマカロニサラダだけでごはんが進んだりはしない正常な人間だ」

 悪かったな。生のにんじんをおかずにごはん食べられる人間もいるんだよ。

「だが、それは本当に真実か? サラダと主食はもっと歩み寄れないのか。サラダはサイドメニューから脱することができない宿命なのか。そうじゃないだろ。刺身だって海鮮丼や寿司ならいけるんだ。サラダだって同じじゃないか」

「いや、刺身は普通に定食あるだろ」

「あれは頭おかしい人の食べ物だ」

「お前がおかしいよっ!」

「まぁまぁ、とりあえず食ってみてくれ。そのドレッシングをひたひたになるくらいかけて、おにぎりを崩しながらというのが基本的な食べ方だ」

 随分派手に入れるんだな。色は濃いけど、ひょっとして結構薄味に作ってあるのだろうか。

 そう思いつつドレッシングカップを持ち上げてみると、何か浮いている。

「……おい」

「どうした?」

「これは何だ?」

「何って、見ての通りドレッシングじゃないか」

「どこのドレッシングにワカメと油揚げが浮いてんだよっ。どう見ても味噌汁じゃねぇか!」

「へぇ、お前の地元だとそれ味噌汁っていうのか」

「お前と地元一緒ですけどっ!」

「まぁ文句は食ってからにしてくれよ。結構美味いんだからさ」

 確かに食べられる組み合わせなだけマシというのも事実だ。俺は仕方なく矛を収め、その茶色い液体をダボタボとサラダ丼に注ぎ込む。そして箸を手に取り、中央のおにぎりを崩しにかかった。

 何だろうこれ、どっかで見たことのある料理な気がする。

「あ、そーだ。忘れてた」

 そう言って奴は、ポケットから取り出した鰹節をサラダの上にパラパラと振りまいた。

「これで完成だ」

「完全にねこまんまじゃねーか、これ!」

「ほう、お前の地元じゃ――」

「そのネタもういいから!」

「とりあえず食ってみろよ。うめーぞ」

「いや、美味いことは遥か昔から証明されてるからねっ」

「でも唯一の欠点がレタスとキュウリとトマトが邪魔ってことなんだよなぁ」

「サラダ全否定すんな!」

 言いつつ食べる。コンセプトはともかく、ごはんも生野菜もドレッシング(味噌汁)も絶妙だ。なかなか美味しい。くそむかつく。

「ぷはっ、ごちそうさま」

 ねこまんまというところに一抹の怒りを覚えるものの、爆弾ハンバーグに爆竹を仕込むような奴の料理なのだ。ちゃんと食べ物だけで構成されているだけマシというものである。

「よし、なら次だな」

「結構ボリュームあったな。まぁまだ食べられるけど」

「安心しろ。次は軽めのサイドメニューだ」

「そうか。箸休めになればいいが」

 気が休まるのはこの店の暖簾をくぐった後である。

「さぁどうだ。コイツは箸を使わず手で摘んで食べてくれ」

「ほう、おつまみ感覚というワケか」

 言われるままに差し出されたソレ――白磁の皿に山と盛られた小さなクッキーみたいな茶色い物体を一つ摘みあげる。形は小さな十字架とでも言うべきか。

 とりあえず、早速とばかりに口へと放り込む。とても腹の足しになる大きさではないが、小休止には手頃なスナックという扱いなのかもしれない。

 カリカリカリカリカリ。

「うん、なかなかいけるな」

「お、そーか」

「少し味が薄いが、魚の風味が利いていて美味いぞ」

 カリカリカリカリカリ。

 カリカリカリカリカリ。

 カリカリカリ……。

「これカリカリじゃねーか!」

 それは即ち、猫のためのドライフードである。

「あ、気付いた」

「気付くわっ!」

「いや、正直このまま流されるんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ?」

「くっそー、あんまり美味いから普通に料理だと思っちまったぜ。どこのメーカーだよ」

「手作りだけど」

「お前が作ったのかよっ!」

 手の込んだ悪戯にもほどがある。

「つーかお前、何も言わずにこれ出したら、きっとカリカリだと気付かないままカリカリやっちゃうぞ。こういう食い物だって思われて終わりだ」

「それじゃ駄目じゃないか!」

「突っ込まれるの前提かよ!」

「くそー、とんだ失敗作だぜ。じゃあ次だ」

「というかコラ、この流れで何を出すつもりだよ?」

 こちらの質問にニヤリと笑い、しかし何一つ回答を口にしないまま、奴は三度厨房へと姿を消す。そしてあらかじめ用意してあったであろう一皿を掲げて戻ってきた。

 大きな白い皿の真ん中に、低い円筒形の半透明な物体が載っている。

「おい、まさかそれ――」

「煮こごりです」

「いやどう見ても――」

「煮こごりです」

「…………」

「煮こごりです」

 どう見ても例のアレにしか見えないそれを、奴はあくまで煮こごりと言い張りつつテーブルに置く。しばし躊躇してみたものの、さぁ食え今食えすぐ食えという無言のプレッシャーに堪えかねて、仕方なく箸を手に取り、煮こごりらしき物体を切り崩してみる。

 プルンと震えるそれは極めて柔らかく、大きな手応えはない。むしろ綺麗な形を成していることが不自然なほどアッサリと切り離され、その片割れがペタリと倒れる。俺は絹ごし豆腐の冷奴でも摘むような要領で慎重に半透明の物体を持ち上げると、その中に散りばめられた鰹フレークのような物体を凝視してから思い切って口の中へと放り込んだ。

 途端に広がる潮の香りが、舌の上で踊り始める。逃げ損ねた出汁の旨味が、そこにハーモニーを重ねる。

「うん、なかなか美味いな」

「さすが猫まっしぐら」

「やっぱり猫缶じゃねぇか!」

「心配するな。ちゃんと人用にアレンジしてある」

「その努力をもっと別なところに向けろよっ」

「うん、それ無理」

 言い切りやがった、この野郎。

「……で?」

 残りの煮こごりを口の中へ放り込んで一段落してから、改めてその真意を問うてみることにする。

「で、とは?」

「だから、何なんだ今日のメニューは?」

「美味しかっただろ」

「いや美味しかったけどっ。だからといって猫用のメニューを客に振舞おうってのか? それとも、ペット用のメニューでも考案して一緒に食べてくださいとか、そういう話なのか?」

「ふっふっふ……」

「何がおかしい?」

 思わず眉根を寄せた俺に、奴はチッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を横に振る。とてもウザい。

「お前は一つ勘違いをしている」

「勘違い?」

「お前が今日食べたメニューは幾つだ?」

「いくつって、三つだろ」

「残念、四つだ。お前は既に、もう一つ食べている」

「は?」

「その四つ目こそ、俺が提供する究極のメニューだ」

 とりあえず山○さんに謝れ。

「何なんだよ、その四つ目のメニューってのは」

「まだわからんのか?」

「わからないから教えろ」

「知りたくば跪いて靴を舐めろっ」

「よし帰ろう」

「ごめんなさい聞いてくださいお願いします」

 弱い奴である。

「……聞いてやるから早く言え」

「本日貴様のために用意した真のメニュー、それはすなわち天丼!」

「…………」

「…………」

 沈黙が流れる。

「…………」

「……あの、リアクションとか欲しいな、なんて……」

「…………」

「……えっと……」

「……それはアレか? 同じネタを積み上げていく的な意味での天丼のことか?」

「はい、その天丼、です……」

「……ほか……」

「はい?」

「アフォかあああぁぁぁぁっ!」

「うひいああぁぁっ」

「こんな茶番をやる為にこんな小細工用意してたんかっ。というか、客と毎回このやり取りをするつもりだったのかっ。そもそも天丼なんて食べてませんよとマジレスされたらどうするつもりだったんだよっ!」

「あ、それ困る」

「お前のアホさ加減にびっくりだよ!」

 店主のアホが光るびっくり食堂、今宵アナタもいかがだろうか。

 あ、迷惑ですか。すいません。

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