明日の魔王さん

 魔王というのも、因果な商売である。

 ゲームのやられ役なんぞ、まだまだ恵まれている方だ。少なくとも彼らは、日の目を見ているのだから。

 勇者が子供達にとって憧れの職業であるように、魔王というのもある意味悪党の頂点に立つような仕事である。みんなに恐れられ、憎まれ罵られるような魔王となるには、辛く苦しい下積みが必要なのである。ハ○ラーだってバ○モスだって最初は見習いだった。

「ちっがーう! 何度言わせればわかるのよ。私が食べたいのは、王国の坂の上の角に建っているケーキ屋さんのイチゴショートなの。こんな田舎っぽいケーキなんてお呼びじゃないっての」

 俺はどうして、誘拐してきたハズの姫に説教されているんだろう。

「はぁ、すいません」

 とはいえ、ここで声を荒げて人質やーめたとか抜かされると面倒なので、とりあえず謝っておく。魔王たるもの、人質の接待も重要な仕事なのだ。

「ホラ、わかったら今すぐ買ってくる!」

「いや、ですけど王国に出入りするとなると、我々の身内では目立ってしまいますし、下手をすると石とかぶつけられて怪我とかしたら大変ですし」

 リザードとかコボルドとかゴブリンとか、使い勝手の良いアルバイト諸君は安いだけに色々と不都合もある。敵側の城下町でお使いを頼むというのは、些か酷な注文だろう。

「言い訳しないっ」

「それに姫様、せっかくこうして郊外まで足を運んだんですから、むしろそこでしか食べられないモノを楽しむ方が、粋ってもんじゃありませんか?」

「……ふむ、一理あるわね」

「実は私の田舎、ちょっと名の売れた温泉がありましてね。温泉饅頭なんかが名物だったりするんですよ」

「ならそれでいいわ。とりあえず早くなさい」

「仰せのままに」

 深々と頭を下げて舌を出す。

 全く、王国の連中というのはどいつもこいつも我が侭で自分勝手で始末に終えない。特に王族というヤツは最悪だ。生まれながらに甘やかされたらどうなるか、その生きた証のようなものじゃないか。

 こんな連中がふんぞり返って生きているなんて、世の中はやはり間違っている。

 そりゃあ俺だって、勇者に憧れていた頃もある。でもイケメンじゃなきゃなれないってわかって、渋々魔王への道を歩き始めはしたけど、今はこっちを選んで正解だったと思っている。

 いずれ正式な魔王になったら、母さんを楽させてやるんだ。

「報告いたしますっ」

 いつもの愛想笑いを浮かべて顔を上げた瞬間、背後から大きな声が響く。バンパイアである彼は将来四天王になるのが夢の好青年だ。俺も頼りになる副官として重宝している。

「何だ?」

 一応姫の接待は俺の仕事であり、あまり部下には見られたくないこともあって、なるべく近付かないように言ってあるのだが、それがこうして現れたということは何かしら緊急性の高い、それも恐らくは悪い情報が飛び込んできたということなのだろう。

 威厳を保とうと背筋を伸ばしてはみるものの、頬が引きつっているのが自分でもわかる。

「実は、勇者殿が……」

 あのチャラ男、またサボってやがるのか。

 我々魔王に下積みがあるように、勇者にも下積みというものが存在する。互いに練習相手となって切磋琢磨をする、そんな間柄であったならどんなにか良かっただろう。

「すっかりカジノに嵌ってしまいまして、もう面倒だから進みたくないと」

「やれやれ、いい加減カジノは閉鎖した方が良いのかもな」

 元々カジノというのは、魔王軍が体制を整えるための時間稼ぎとして考案された施設である。我々もその先例に従って設置したのだが、相手役にと選んだ勇者がことごとくカジノでリタイアしているのだ。

「左様ですな。さすがに三人連続リタイアというのは、我々としても困ります」

「とりあえず、もう一度説得をして、それでも駄目なら――」

 思案する俺達の横を、肩を怒らせた仏頂面のお姫様がズカズカと通り過ぎていく。

「あの、姫様どちらに?」

「そのカジノに案内しなさい。一発ぶん殴ってやるから」

「いや、それはちょっと……」

 今回の勇者は姫様自身の推薦による幼馴染みだということなので、この事態に腹を立てるというのはわからなくもない。しかし救うべき相手がしゃしゃり出て尻を蹴り飛ばすというのは、些か問題だろう。

 ちなみにあのチャラ男、簡単にやれる女が一番と豪語するクズ野郎だ。こちらの姫も大概酷い性格をしているから、あまり同情する気にはならないが。

「じゃあそうだ。こっちから出向いて今すぐ決着つけなさい」

「え、いやいや」

 魔王とは待つものである。勇者がどれだけカジノにはまろうと、経験地稼ぎに勤しもうと、アイテムコレクションに熱中しようと、辛抱強く待たなくてはいけない。そういうものなのだ。

 しかし、姫は全くわかってくれなかった。

「古い。古いよっ。懐古厨だよ!」

「しかし、そうは申しましても」

「いい? もう待っていれば勇者が来てくれるなんて時代じゃないの。勇者も魔王も人気商売なのよ。人と同じこと、それも伝統文化に縛られたようなカビ臭い魔王なんて誰が相手にしてくれるっての。これからの魔王はもっとこう、どんどん前に出て行くべきだと思うのよ!」

 世間知らずの姫が、チャラ男殴りたさに舌先三寸で並べた戯言、そう思いたかった。だが俺は、それをくだらないものとして一笑に付すことはどうしてもできなかった。

 ずっと考えていたのだ。もっと魔王としてサービスすべきことはあるのではないかと。

 そもそも迷宮の奥で待ち構えているというのも、何と言うか不親切だ。せっかくここまで足を運んでくださった勇者に対し、礼に欠けるというものではあるまいか。というより、この偉そうな感じが個人的にはちょっと気になる。魔王だからってムカつくヤツとイコールではないだろう。なんというかこう、ちょっといい人だから倒しにくい、みたいな強さがあってもいいんじゃないだろうか。

「……そうですね。じゃあカジノで決戦しましょう」

 そんなワケで俺は、姫を伴ってカジノに出向き、勇者にやられることにした。前代未聞だったこともあってか、結構周りには受けていたと思う。

 だがしかし、それが俺の魔王としての、最後の晴れ舞台となった。


 今俺は、田舎に帰って小さな畑を耕している。採れる作物は質も量も人より優れているワケじゃないが、マメに配達して売り込んでいるせいか売り上げは上々だ。

 母さんも『魔王やってたお陰だね』と喜んでくれている。

 夢が叶ったとはいえないけれど、これはこれで。

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