カボちゃん
「君のその、どうでも良いところに無理してこだわることが、昔から嫌だったんだっ」
「どうでも良いってことはないでしょ。大切なことなの!」
売り言葉に買い言葉、気づけば二人は冷静な話し合いなどという意識は消し飛んでいて、互いに声を張り上げる乱打戦へと発展していた。
「君のことを『君』と呼んで何が悪い。別に他人行儀でもないだろ」
「いいえ、親しい間柄にはそれなりの呼び方ってものがあって然るべきなんです。それが世の中の常識なんですぅ!」
犬が吐き戻した挙句に屁をかまして逃げそうな痴話喧嘩を、陽が落ちて暗くなってきた室内で延々と行っている。仲良くお昼にそうめんを食べてすぐに夕飯の買い物に出かけ、帰ってきて早々に始められたこの言い争いは、互いの過去に飛び火して人格までも炎上させようかという勢いだ。
「そもそも、アナタは何だってテキトーに考えすぎなんです。もう少し真剣に考えないと、私だけじゃなくもしかしたら子供だって――」
「ちょっと待った」
まだ発生すらしていない子供の話まで出てきたところで、彼は慌てて右手を突き出して話を遮る。
「何よ。ごまかすの!?」
「そうじゃなくて、こんな相手の顔も見えない中で言い争いをするのはやめないか。とりあえず電気を点けよう」
「う、うん……」
周囲がすっかり闇に呑まれていることに気づいた彼女も、言葉を飲み込む。ようやく事態が一時停止したことを確認して彼は立ち上がり、部屋の隅へと歩み寄ってスイッチを入れた。
途端に蛍光灯が瞬き、白い光が室内を包む。視界は鮮やかに晴れた。
「えっと」
元の場所、テーブルを挟んで彼女と向かい合うようにして座り直し、少しばかり困惑したような表情を眺めながら慎重に言葉を選ぶ。
「何の話だったっけ?」
「だから、アナタがもう少し真剣にっていう話で」
「というか、どうしてこんな言い争いになったんだっけ?」
「それは――」
目の前、テーブルの中央に鎮座している一つのカボチャに二人の視線が注がれる。
「このカボチャに名前をつけようという話?」
「話というか、君が勝手につければそれで終わっていたことだろうに。それを突然ボクに振るから――」
「やっぱり『カボちゃん』は安直だと思うの」
「うんまぁ、見たまんまだし」
「もし、もしもよ、こんな顔をした子供が生まれたら、カボちゃんってつけるの?」
「つけないよっ。というか、こんな子供怖いよ!」
毎日ハロウィンである。
「だったらもっと真剣に考えて。このカボチャを我が子だと思って」
「えー」
「ほら早く」
いい加減空腹を訴えている胃を押さえつつ、彼は仕方なくテーブルの中央に鎮座している深い緑色の物体をマジマジと眺めた。それはやはり、どこからどう見ても我が子ではなくカボチャである。
「えっと……カボりん?」
「何にも変わってないよ!」
「いや、だってカボチャじゃないか、これ」
「カボチャだけど、ただのカボチャじゃないの。これは未来を見据えた気持ちの訓練なの!」
「意味わからんし」
「もー、どうしてそうテキトーなの? 真剣になろうっていう気はないの?」
「いや、これのどこに真剣になれって言うんだよ!」
「何に対してだってそう。料理だって、アナタは本気で褒めたことなんてないでしょ」
「そんなことない。美味しい時は美味しいって言うよ」
「昨日の美味しいと先週の火曜日の美味しいはどこが違うのか、ちゃんと教えて!」
「違いったって、そんなの――」
「ちゃんと味わってないからでしょ。アナタって結局、私の機嫌が悪そうな時だけ『美味しい』って言うんだから」
「そんなことないぞ!」
「そんなことあるじゃない! 三日前のテレビ見てた時だって――」
「あーもう」
次から次へと出てくる不満に、彼も大きな溜め息で応ずる。
「君のその、どうでも良いところに無理してこだわるところが、昔から嫌だったんだっ」
「どうでもいいって何よ。大切なことじゃない!」
犬が鼻をつまんで脱兎の如く逃げ出すレベルである。
結局二人の言い争いは、日付を跨ぐ頃まで続いた。
そして何故か、とりあえず子供を作ろうということが決定したようである。
よし、爆発を許可する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます