かりんとうたべたい

「なぁ、一つだけ変なことを聞いてもいいか?」

 トントンと出来上がった書類を整えながら、彼は隣に座る同期の友人に顔を向けることなく質問を発する。

「金なら貸さんぞ?」

 仕事中の雑談はいつものことだ。友人の返しには動揺も驚きも怒りも感じられない。

「いや、金は別にいい。そんなものより――」

 ここで初めて、彼は友人へと顔を向けた。

「かりんとう持ってないか?」

 キーボードで何やら打ち込んでいた友人の手が止まる。そのまま数秒間フリーズして、良く聞こえなかったと判断したのか左の耳を2回ほどほじってから彼へと顔を向けた。

「何だって?」

「かりんとうだよ、かりんとう」

「……何に使うんだ?」

「何って食べるに決まってるだろ。ひょっとして何かの隠語なのか?」

「いや、聞いたことはないが……食べる?」

「そう、今の俺は猛烈にかりんとうが食べたい」

 ここでようやく友人が驚いた。目が大きく見開かれ、顎が盛大に落ちる。

「……お前、誰だ?」

「お前と同じ会社に勤めている同僚で同期の倉石盛明35歳独身だが、それが何か?」

「いやいやいや、俺の知っているモリーはかりんとうなんて食べません。ワタシ、ホンモノ、アナタ、ニセモノ、オッケー?」

「未知の生命体にコンタクトをとってるみたいなしゃべりはやめろ」

「モリーに化けるとは、一体なにが目的なんだ? 言っておくけどその個体だと雌の個体の調査は難しいゾ?」

「余計なお世話だよっ! で、持ってないのかよ、かりんとう」

「仮に持っていたとしても、お前みたいな地球外生命体にかりんとうの情報をみすみす渡すワケには……いや、別にかりんとうくらいいいか。何と言うか、侵略者ならもう少し建設的なものに興味持てよ」

「いや、俺宇宙人じゃないし」

「そうか。だったらホラ、かりんとうだ」

 机の引き出しから黒々とした物体の詰まった大きな袋を取り出し、友人へと差し出す。そこへ手を差し込んだモリーは二つばかり摘み上げると、その内の一つを口の中へと放り込んだ。

「おう、懐かしい味だな」

「…………た、食べた」

 友人は袋を持ったままカタカタと震えている。

「食べたが、どうした?」

「やっぱり宇宙人じゃねーか!」

「何でだよっ?」

「昨日までのお前なら、否本来のお前であったなら、こんな黒々とした和風テイストなど鼻で笑っていたハズだ。この裏切り者めっ。カバンに常備しているプリングルスちゃんが泣いてるぞ!」

「いや、意味わかんない」

「何てこった……まさか同期の友人が宇宙からの毒電波に汚染されてしまうなんて」

「どう見てもお前の方が汚染されてるだろ」

「ボクが?」

 頭を抱えた友人が顔を上げ、何を馬鹿なと口元に笑みを浮かべる。

「言っておくがボクは昔からかりんとうが好きだ。かりんとうだけで判断するのはやめてもらおうか」

「というか、別に俺がかりんとう食べたっていいだろうが。確かに自分でも珍しいとは思うけど、食べたくなったものは仕方ないじゃないか」

「それがおかしいと言っているんだっ。昨日までのお前だったら、例え爺さんの遺言でもかりんとうを食べたいなんて思わなかったハズだぞ! 言っとくけど、かりんとうにコンソメパンチはないんだからな」

「そのくらいわかるわっ。何て言うかな……昔は嫌いだったけど、食べてみたら別に悪くなかったとか、お前はそういうのないワケ?」

 問われて、友人は考え込む。

「……そういえば、天ぷらを食ったら胃の辺りがムカムカした」

「胸焼けだな」

「いや、たった三つだぞ。体調だって悪くはなかった」

「なるほど、それは変だな」

 老化現象である。

「そういえば、最近枕から変な匂いがする」

「悪い病気じゃないのか?」

「いや、体調は悪くないんだ。崩してもいない」

 加齢臭である。

「だが確かに、抜け毛は増えている気はする」

「知らず知らずの内にストレスを受けているということか」

 きっぱり老化です。

「それと、最近アイドルの顔が全部同じに見えるんだが」

「あぁ、それは俺もだ」

 だから老化だって。

「……まさかここまで宇宙人の魔の手が伸びていようとは」

「そうだな。気をつけた方が良さそうだ」

 言いつつ彼はかりんとうを口へと運ぶ。

「かりんとうはやめておけ。洗脳が進みかねない」

「そ、そうだな。明日からプリングルスにするか」

 老いたことを認められないのは、まだまだ若い証である。

 その抗いが終わった時、人は老人となる。


 ちなみにではあるが、人はそれを『悪あがき』と呼ぶらしい。

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