第25話仮面の集団、狙われた家族
「………良い、リンダ。【
「………かぁさまは………?」
「私は、お客様を出迎えるわ」
背後でがちゃがちゃと鳴る真鍮のドアノブを意識しながら、マルガレットはリンダに笑顔を向ける。
全く、不粋な事だ。子供が眠れないじゃあないの。
「かぁさま………」
「………リンダ。貴女は、誰より立派な貴族の娘よ。………強く、気高く生きてね」
不安を湛えた瞳を見返して、マルガレットは心からの笑みを浮かべた。
娘には、自分の笑顔を覚えていて欲しい。
――最期まで。
「かぁさま!」
「始めるわよ、リンダ」
娘を押し込めて、マルガレットはばたんと扉を閉めた。
古びたドアと鍵が、最期の抵抗を終えた。
破られたドアを窓を背に振り返り、マルガレットは侵入者を出迎える。
黒一色の軍服に、顔全体を覆う漆黒の仮面。見慣れぬ姿は、5人揃いのものだ。
一人がスッと前に進み出ると、仮面の奥からくぐもった声を上げた。
「………娘は?」
「先ずは無礼を詫びたらどう? 品位が知れるわよ」
言い返しながら、マルガレットは背筋が凍る程の悪寒に襲われていた。悪意をもってやって来た相手が娘を探しているということは、ただ命を狙われるよりも恐ろしい結末を示唆していた。
マルガレットの拙い強がりを見抜いたように、仮面が肩を震わせる。
「………娘に何の用? こんな遅くに部屋を訪ねるような男と会わせるわけには行かないわね」
「ふむ、では探すぞ?」
仮面はくぐもった声と共に剣を抜き、それをベッドに突き刺した。
羽毛と木っ端が飛び散り、マルガレットは息を呑んだ。
そのまま数度抜き差しして、仮面がふむとひとつ頷いた。
「ここではない、か」
「何て真似を………女性の捜し方の作法も知らないの?」
「急いでいるのでな、悪魔に追い付かれぬように」
睨み付けるマルガレットの脇をすり抜けて、仮面の男が部屋に入り、くぐもった笑い声を漏らした。
その視線が、マルガレットの背後の窓を射抜く。
「なるほど、道理で止めないわけだな。そこから逃したか?」
「っ! 何の、こと?」
「探せ。見付けたら始末しろ」
「娘には指一本、きゃっ!」
部屋から出ていく四人の仮面たち。追おうとしたマルガレットの頬に、リーダーらしい仮面の拳が吸い込まれる。
床に転がった彼女を冷たく見下ろして、仮面は長剣を振りかぶった。
バルタを追って廊下に出たイヴは、左右に視線を向けて舌打ちした。
「どっちに行ったの、あの男」
影も形もない。土地勘もないイヴでは、その跡を追うのは非常に困難だという事実に、ようやくイヴは気が付いた。
舌打ちする彼女にヴェルネが追い付き、そして追い抜いた。
「ヴェルネ、道知ってるの?」
「いいえ、ですが解りますよ」
迷いなく走るヴェルネの背を追い掛けながら、イヴは皮肉げに笑った。
「また『導き』? ラード老人にぼやかれるわよ?」
「老人はぼやくものですよ。それに、今回は我が神の導きというわけではありません」
「じゃあ、どうして解るの?」
「簡単ですよ」
ヴェルネは笑い、行く先を指差す。
曲がり角から現れたのは、仮面を着けた四人の黒服。
「出迎えです。彼らの来た方こそ、我らの行くべき道です」
「あいつら、あの服装は………!」
身構える仮面の集団が着ているのは、以前森の奥の廃屋で焼いた連中と同じもののように見える。顔の仮面が、少しデザインが異なっているくらいだろうか。
全員が、剣を抜く。その物腰は洗練されていて、森で出会った奴等よりも数段手慣れているように見える。
「残党の連中………! 罠を張っていたのはこいつらか!」
「………天使様、少々まずいですね」
「何が?」仮面の集団は、剣を手にしている。例の銃は持っていないようだ。「燃えにくいようには思えないわよ?」
「人数の問題です、天使様。彼らは基本的に、四人の部下と小隊長が一人で行動します。一人足りないのです」
この場に居ない一人。
彼が家でホットワインを飲んでいるのでなければ、別な作戦行動を取っているはずだ。
この城における、別な作戦目標といえば………。
「………マルガレットの部屋ね」
「恐らくは。そしてそうなると、急がなければ犠牲は確実です。あの奥方が、帝国軍人との決闘に打ち勝てるほどの実力者であるのならば別ですが」
「気迫はありそうだけれど、望み薄ねそれは。………とすると、瞬殺して行くしかないわね」
既にコートの袖はない。解き放たれた両腕が黒炎に包まれ、それを遮るようにヴェルネの長身が前に出た。
「ヴェルネ?」
「今夜の私は、どうも天使様のお役に立てていないような気がしまして。ようやく、
「………まぁ、あんたよりもマルガレットを助けに行く方が見映えはするでしょうけれどね。良いの?」
「私は信仰の輩、天使様の僕です。神託を下されば、実現して御覧に入れますよ?」
目の前に広がる死地。
まるで調子の変わらないヴェルネの口振りにイヴは苦笑し、そして頷いた。
「任せるわ、ヴェルネ・カーペンター」
「畏まりました、我が麗しき死の天使よ」
イヴは両手から火炎を吐き出し、怯んだ彼らの脇をすり抜けて駆け抜けていく。
この距離ならば、魂を探れる。一際大きい輝きの元へ、走れば良いだけだ。
「く、行かせん!!」
立ち直った仮面の一人が踵を返し、
「天使様の道を、遮ってはなりませんよ」
その腕が、力強く握られる。
音も無く忍び寄っていたヴェルネが、気色ばむ彼らの只中に出現していた。
「邪魔をするな!」
仮面はその腕を振り払うと、手にした剣をヴェルネに突き刺す。
他の三人も直ぐ様続いた。背中に腰に腹に胸に、輝くような鋼の刃が半ばほどまで吸い込まれ、そして止まった。
「………え?」
「さて、貴殿方には先ず、こう尋ねなければなりませんね」
それ以上突き刺すことも、逆に引き抜くことも出来ない。中途半端な、それでも普通であれば充分に致命的な位置で縫い止められた刃。
その先端、詰まりはヴェルネの身体から、漆黒の霧が漏れ出している。
その霧が、突如として質量を持った。
唖然とする仮面たちの刃に絡み付くと、触手のように一気に伸びてその腕を捕らえる。
「な、は、なんだ、これは………?!」
触手は更に伸びて、悲鳴を上げ掛けた仮面たちの口に飛び込んだ。
口を閉じようとしても、振り払おうと腕を振るっても、霧が相手では手応えもない。瞬く間に霧の触手は仮面たちの中へと呑み込まれていく。
カラン、カランと軽い音を立てて、剣が床に落ちる。それを無感情な瞳で見詰めると、直ぐに興味を失ったようにヴェルネは視線を上げる。
全身を貫かれた筈の男は、唇だけを歪ませて、立ったままびくびくと震える仮面たちに微笑んだ。
「貴方は、神を信じますか?」
単純な、けれども情熱的な問い掛けに、答えるものは居ない――。
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