第10話報告、そして。

 炎を思わせる真っ赤なドレスの役者がくるくると回りながら舞台袖に消える。


 ハンガーをいくつも組み合わせたような不思議な柱が立ち並ぶ舞台上を見下ろしながら、イヴはため息を吐いた。

 舞台上に敷き詰められた綿と同じように白く染められたハンガーの柱は、いったい何を象徴しているのだろうか。最初から観ていたはずのイヴにはさっぱり解らなかった。


「実に見事だ」当然のように頷いて、ダニアンは唇を歪めた。


「死後の世界。物質的でないその次元を、一般的な家庭に存在するありふれた物品の組み合わせで表現するとは。素晴らしいの一言だな」

「………あぁ、そう」


 本心なのか、それとも口から出任せか。無表情な横顔からは何も読み取れはしない。


「感動しているのなら結構ね。ハンガーたちも報われるでしょう」

「貴様も、見事と言えるだろう。やつらの武器を取り逃したのは残念だったがな」


 イヴは肩をすくめた。弾丸さえも溶かす高温の炎だ、同じ素材の武器が残る道理はない。


「詳細は?」

「気付いたことだけ、だけどね」


 数枚の羊皮紙を放り投げる。

 ダニアンはパラパラと捲ると頷いて、几帳面に揃えた膝の上にそれを置いた。


「ご苦労だった」

「驚かないの?」


 代わりに差し出された小切手を受け取りながら、イヴは首を傾げた。

 金属の筒から飛び出る弾丸なんて、夢物語でも聞いたことの無い代物だ。魔術には矢のようにして魔力を放つ技があるが、これはそうしたものとは違うようだし。


「驚いているさ、もちろん」ダニアンは首を振りながら、深々とシートにもたれ掛かった。

「そうは見えないわ。まるで筋書きを知っている脚本家、全てが手の内と言いたげよ」

「そう見えるのならば、平和な時代の役人としては成功だ。我々は時として、全知であるかのように振る舞う必要があるものだ………あぁ、落ち着け」


 イヴが左手の指先を向けると、ダニアンは降参とばかりに両手をあげた。


「………実を言うと、噂だけは聞いていた。帝国軍が、得体の知れない兵器を開発していると、な。結局戦場でその姿を見ることはなかったが、一部では、完成していれば戦況を一気にひっくり返すようなものだとか」

「………成る程ね」

「納得してくれたかね?」

「えぇ。ずっと不思議だったのよ、とね? これで理由が解ったわ」


 イヴは微笑み、ダニアンと同じように深く身を沈める。


「万策を尽くすというわけね。奴等が持ち歩いている武器がどれだけの脅威となるか、知っていたから」

「その通りだ。そして今や、その存在は確実なものとなったわけだ」

「………あれが全てではない、と?」

「奴等が、数少ない武器を持てるような位階ランク見えたかね? どちらかというなら、あんな奴等持たせるだけの数があると見るべきだろう」


 イヴは肩をすくめる。心配性なことだが、上に立つということはそういうものなのだろう。理解は出来るし、それに。


「なら、私との密会の頻度も上がりそうね」

「そういうことだ。………無論報酬は用意するし、必要なものがあれば準備もしよう。なにか希望はあるかね?」


 ダニアンの言葉に、イヴは肩をすくめる。そして、傍らの共犯者を見ないで前を向いたまま言った。


「次回は場所か演目を変えて」











「………」


 劇の終わり、人混みが疎らな内に劇場を出たイヴは、その音に足を止めた。

 以前にも聞いた、調子外れの弦楽器と歌声だ。全く、飽く無き対抗心だ。

 音の主の元に向かい、そして、イヴは足を止めた。


「………」


 大きく息を吐いて、イヴはその背中へと歩み寄る――へと。


「………カーペンターさん」

「おぉ、我が天使様!」


 弾けるような笑顔で振り返ったヴェルネ。その全身には、

 イヴはため息を吐いた。

 結局あのあと、ヴェルネは何事もなかったかのように起き上がり、平然と歩いて帰った。せっかく少し、ほんの少しだけは心配したというのに。


 演奏していた男から離れたヴェルネに、イヴは冷たい視線を向ける。


「何故、ここに? 偶然というには出来すぎというものじゃない?」

「えぇ、もちろん偶然などではありません。我が神の導きによるものですよ」


 ニコニコと、全く悪びれることもなく言ってのけるヴェルネに舌打ちし、イヴは歩き出す。

 その横に音もなく並ぶと、ヴェルネは大きく頷いた。


「天使様こそ、何故このような地に? 観劇が趣味であらせられましたか?」

「別に。………あんた、良く無事だったわね。魔術でも使えるの?」


 露骨な話題の転換ではあるが、気になることだ。ヒトを二人も吹き飛ばすような衝撃を受けて、無傷なんてあり得るのか。

 ヴェルネは前を向いたまま、微笑んで首を傾げる。


「魔術など、私は使えませんよ。私には、ただ我が神の恩寵があるだけなのです」

「弾丸を止めたの? 傷も治した?」

「いいえ? 私はただ、我が神へ祈るのみです」

「………何故、生きているの?」

「信仰の加護というものです」


 聞くんじゃなかったと、イヴは後悔した。

 なまじ言葉が通じる分、話も通じると錯覚してしまう。そうして勝手に期待して、期待した自分にがっかりとするのだ。

 ヴェルネは、両手を祈るように組み合わせた。


「我が神の意志ですよ、天使様。我が神の意志以外で私を傷付けることはできず、殺すことも出来ないのです」


 意味が解らなかった。イヴと同じような、特異な力ということだろうか。

 そうであって欲しいと、イヴは切に願った。万が一彼が言うように、信仰が彼を護っているなんて結果だけは、どうしても許容できそうにない。


 助けてもらった恩はあるけれど。

 親しくしてやるメリットもあるけれど。

 この男を理解できる存在なんて、この世に無いのではないだろうか。


 肩を落とすイヴに、ヴェルネが「ところで」と口を開いた。


、天使様?」


 夜空を見上げて、闇に燃える星を見上げて。

 イヴは、そっと口を開いた。

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