第六話 カムル村

カムル村に着くと、村長の案内でしばらく寝泊まりする空き部屋を用意され、気分が悪いキョウヤが先に部屋で休むこととなった。

 エルヴィラとケヴィンは詳細を聞くため、村長の家屋へ行っていた。シャルリーヌはキョウヤの側に残るといい、現在部屋の中にはシャルリーヌとエミールが付き添っていた。


「ふぅ~やっとボクの出番だよ。最近、シャルやキョウヤに構って貰えず寂しい思いをしてたんだぞ? というかボクのこと忘れてないよね?」


 腕組みするように器用に羽を組んだ姿で現れると、キョウヤに半目で不満を漏らした。こうして真面に会話したのは随分久しぶりであった。

 剣術や魔法の鍛錬、シャルリーヌの事などで頭がいっぱいだったキョウヤは、少しだけエミールを忘れていた節があったことは内緒。


「エミール、今キョウヤは安静にしないといけないから静かにしてよね?」


「シャ、シャルが冷たいよ!? なんかボクの扱い雑になってない?」


「い、いや、俺は大丈夫だよ。それに俺もエミールと話せなくて寂しかったからな。怪我は大丈夫なんだよな?」


 怪我は完治したとシャルリーヌから聞いているし、見た感じ目立った傷跡はない。

 キョウヤの視線はエミールの体をもう一度ジロジロと観察する。掌サイズの小柄の竜は、いつもの感情が無さそうな表情を浮かべ、厳つい顔をしている。

 しかしそれは何度も接して見慣れた顔なので、微かに愛嬌を感じていた。


「そんなにボクの体をジロジロと見て……これでも恥ずかしいんだぞ?」


 身をくねらせて、体を羽で隠すエミール。


「野郎の体見ても嬉しくないよ……。しかし、エミールは瀕死の怪我を負ってたように思ったけど」


「ボクはこれでも竜種だから人種より丈夫だからね。あれくらいの怪我は擦過傷に過ぎないさ」


 擦過傷で気絶はしないだろとツッコミを入れる。

 それはともかく、いくらか楽になったキョウヤは先程襲って来た謎の集団――エルヴィラが口にしたツァーカブ狂団について、何か知ってないか訊いてみた。


「ツァーカブ狂団って何か知っているか?」


「ん? う~ん……どこかで聞いた言葉だけど、エミールは知ってる?」


 何も思い出せず、首を傾げたシャルリーヌはエミールに問いかける。

 二人の視線を受けたエミールは神妙な顔で、眉間に皺を寄せると器用に顎に羽を添える。


「……やはりさっきの集団はツァーカブ狂団か」


「やっぱ知ってるのか?」


 キョウヤの言葉に頷いたエミールは話し始めた。


「ツァーカブという教祖を崇高する厄介な集団だよ。常に団体行動し、迷惑極まりない行為をする災厄を振りまく狂団さ。でもなぜキョウヤがその名前を知っているんだい?」


「えっと……エルヴィラさんがそう呟いてたんだよ」


 あの時のエルヴィラは少しだけ様子がおかしく見えた。


「もしかしてこの村で行方不明者が続出しているのって、そのツァーカブ狂団のせいなの?」


 シャルリーヌの不安な言葉にキョウヤはしばし思考を巡らせて、いつもの思考ダダ漏れで独り言を呟く。


「ツァーカブ狂団……。確かツァーカブってお伽噺に登場する悪魔だってディアヌが言ってたな。……う~ん、何度聞いてもどこかで引っ掛かる言葉なんだよな。以前のエーイーリーもそうだし…………やっぱり思い出せない。というか俺ってまた厄介事に巻き込まれているような気がするんだが……やっぱり俺って疫病神なの? そうじゃないって信じたいのだけど……」


 ぶつぶつと呟き始めたキョウヤは、自問自答するが結局明確な答えに辿り着けず、謎が深まるばかり。

 悶々としていたキョウヤが顔を上げるとシャルリーヌと目が合う。

 なぜかシャルリーヌはニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていた。その理由が分からず、キョウヤは戸惑いを見せた。


「えっと……な、なぜシャルはそんなに嬉しそうな顔を……?」


「え? えっとね、キョウヤがそうやって何か考えている時って、何か問題を解決してくれるって希望を抱くの。だから、またキョウヤが何とかしてくれるって思うとちょっと嬉しくって」


 そんな全幅の信頼を向けるシャルリーヌの眼差しを受け、キョウヤは照れると頬を掻いて微苦笑する。

 問題を解決といっても前回のリリの件に関して、最悪な結末を迎えてしまい一度目は失敗している。

 二度目に関してもキョウヤは必死に奔走し、最善な方法を選択できたのか分からない。

 だからシャルリーヌに信頼されるほど、キョウヤは特別な事は何もしていない。ただ気になる女の子を助けたいエゴが働いた結果に過ぎない。

 そんな後ろめたさを感じつつ、嬉しく思っていた。


「ごほん、えっと……」


 複雑な表情をするキョウヤは一つ咳払いをし、取りあえず何か情報を収集しようと考える。

 気分も大方晴れて、シャルリーヌに部屋を出ようと提案を持ちかけようとした時、少し開けられた扉の隙間から、何人かが覗いている事に気づく。


「こ、子供?」


 数人の村の子供達が興味津々にキョウヤ達の様子をジロジロと覗いていた。そしてキョウヤと目が合うと子供達は慌てて扉から離れ、騒がしい足音を響かせていなくなる。しかし一人だけ転んだのか、「ま、待ってよー!?」と涙声を上げていた。

 扉に近づいて廊下を覗いたキョウヤは、目に涙を溜めた少女が立ち上がる姿を視認する。

 するとキョウヤの視線に気付いた少女は「ひっ」と怯えた声を出し、逃走しようとして、足がもつれて再び転倒する。そんな一連を目にしたキョウヤは罪悪感を抱いた。


「えっと……だ、大丈夫か? お、俺は怪しくないし、怖くないから怯えなくてもいいぞ?」


 無害アピールをして少女に近づくと、より一層恐がれる。キョウヤは苦笑しつつ、少女の頭を撫でて安心させる。

 ビクッと肩を震わせると。


「お、襲われるっ」


「襲わないって……。それで大丈夫か? 転んだみたいだし怪我は無いか?」


 小柄な少女に怪我がないか確認すると、膝が微かに血で滲んでいたのに気付いた。


「……っ、だ、大丈夫……じゃない。ひざ、いたい」


「ならちょっと待ってな、直ぐに治してやるから」


 とキョウヤの後を付いてきたシャルリーヌに視線を向ける。頷いてしゃがみ込んだシャルリーヌは少女の膝に掌をかざして呪文を唱えた。すると、徐々に擦り剥いていた膝の傷が塞いでいく。いつ見ても不思議な力である。


「これでよし!」


「わあ! 魔法だ! お、お姉ちゃん魔法が使えるの!」


「はっはっは! 我が自慢のメインヒロインは何でもできるからな!」


 なぜかキョウヤが自慢げになる。


「ふふ、魔法が得意なのよ私!」


 にこりと少女に微笑むシャルリーヌ。そんな様子を見ていたキョウヤは、何だが久しぶりにシャルリーヌの笑顔を見られて懐かしかった。最近はキョウヤに対して不機嫌で冷ややかな視線ばかりだったからちょっとした新鮮味を感じた。


「えっと……君の名前を教えてもいいか?」


 微笑むキョウヤは少女に問いかける。


「わ、わたし……シゼル」


「シゼルか。俺はキョウヤ、よろしくな!」


 極力怖がらせないように、キョウヤはシゼルに優しい声音で頭を撫でた。微かにはにかんだ笑みで頷いたシゼル。どうやらキョウヤ達に対する警戒心は解かれたようで安心した。


「私はシャルリーヌ。よろしくねシゼルちゃん?」


「あ、は、はい! えと、ありがとうございます。キョ、キョウヤさんも怖がって……ごめんなさい」


 こうしてシゼルが謝罪をしていると先程逃げていった三人の子供達が様子を見に来ていた。

 そしてシゼルがキョウヤ達に会話している場面を視認した子供の一人――キョウヤを睨む少女が慌てて近づいてくると。


「そこの変な男! あたしのシゼルに何しようとしてる!」


「そ、そうだ! お前、おれ達を襲いに来たのか! この悪いやつめ!」


「…………」


 一人の少女がキョウヤを指さして睨み付けてくると、今度は少女の横に並び立つ少年が責め立てる。足が震えているように見えたのはあえて指摘はしない。そして、最後にもう一人の少年は対して興味なさそうにしていた。


「あ、あの、ニコルちゃん、キョ、キョウヤさんは――」


「だまされたらダメだよシゼル! こういう男は優しい声で近づいて、えっと……なんだっけ? と、とにかく! 酷い事するって、あたしの勘がそう言ってるのよ!」


 悪者扱いされるキョウヤは困惑しつつ、何とか無害だということを知らせなければと話しかける。


「俺は別に怪しい者じゃないよ?」


「変な格好して、しかも自分で怪しくないって言うやつは怪しいって、あたしの勘が言ってるのよ!」


「いや……えっと、シゼルが怪我をしたから治してだな。まあシャルが治したんだけど」


「ならそこの女は良い人ね。だけどあなたは悪い人!」


「それどういう基準で決めつけてんだ……?」


「他の女に何でもかんでもいい顔をする男は絶対に悪い人だって、あたしの勘が言ってるの!」


「………………」


 妙に心にグサッとくる少女の言葉に、何も言い返すことができなかった。キョウヤはチラリとシャルリーヌに視線を向けると、笑顔でキョウヤを見ていた。その笑顔が怖いけど……。

 ただ言い訳をすると、別にキョウヤはシャルリーヌ以外の異性に対していい顔をしている訳ではない。女の子と会話ができて嬉しいという気持ちはあっても、決して邪な思いは断じてない。……多分。


 それからしばらくして、シャルリーヌの仲介でキョウヤは何とか誤解(?)が解かれて、少女に悪い人じゃないと信用して貰えた。だが少女からの警戒心は未だに健在でシゼルに話しかけると物凄く睨んでくる。

 キョウヤに対して警戒心が高い少女の名前はニコル。言動が乱暴で攻撃的な様子は少年のような性格。

 そして、ニコルの隣に並び立つ少年はロイク。一応四人の中でリーダー的存在だとシゼルは言うが、どう見てもニコルの方がリーダーである。ニコルがジャ〇アンなら、ロイクはせいぜいス〇夫ポジションだろう。

 最後に無言で大して興味も無さそうにしている少年がダリル。この子に関してはキョウヤもよく分からない。多分クールな性格なのだろう。

 少年少女はいつも四人で行動し、村の中で遊んで過ごしているらしい。ただ娯楽がなく、退屈な子供達は珍しく余所者が村に来るという情報を聞きつけて、好奇心で様子を見にこの空き部屋に来た経緯である。

 行方不明者について事情を聞きたいキョウヤだが、子供にそんなきな臭い話題を振るのはどうかと思い、村について話を聞いた。


「退屈な場所だぜ? 見ての通り、何もないしな」


 頭の後ろで手を組んで退屈そうにロイクが呟くと、激しく同意するニコル。


「そこでキョウヤ達が来て、何か面白い事があるってあたしの勘が言ってたから来たのよ!」


「まあ確かに娯楽はなさそうだし、退屈に思うのは当然だろうな……。というかニコル、俺は年上なんだから呼び捨ては――」


「何? 文句あるの?」


「…………もうそれでいいや」


 ニコルに凄まれて、キョウヤは溜息を吐いて大人な対応で引き下がった。決して今の若い子怖いから何も言えないとかじゃないことは明言する。


「私達はただ遊びにカムル村に来たわけじゃないよね」


「……人がいなくなってるって話でしょ」


 ポツリと言葉を零したダリルは二人に視線を向けていた。


「……まあ、ぶっちゃけた話それなんだけど……話聞いてもいいか?」


 あんまり子供から暗い話を聞くのは戸惑ったが、情報を得るために訊く事にした。


「えっと……五日前にダンさんがいなくなったのが最初なんですけど……」


 シゼルが村の行方不明者を説明する。

 ダンは村で家畜を育てていたお年寄りの名前で、森の中を入ったっきり、姿を消して帰ってこなかったという。それからダンを探しに腕自慢の青年が森の中へ入ったが、その青年も帰ってこなかったという。

 その近くにある森の中というのは特に迷うほど広くなく、村の殆どが出入りする場所で、そこで食料や木材を取りに出かけるという。しかし、行方不明者が出てからは村長から侵入禁止を発令し、森の中に近づく人は存在せず、今現在にいたる。


「明らかにその森の中が怪しいと思うが……調査する必要があるのはその場所だな」


「そうだね……。それにその情報はエルヴィラさん達にも伝わっていると思うわ」


 誰もが知る情報より、個人が知る気が付いた点などの情報が欲しい所だが。


「……他には何か気付いたことは?」


「あ! それならあたしとロイクで実際に森の中に入ったんだけど――」


「ちょっと待った! なぜそんな危ないことをするんだよ!?」


 普通に答えたニコルとロイクにキョウヤは少し怒った声色を出す。少しだけニコルが目を伏せて、反省の色が見られた。まあニコルとロイクに大事がなく結果オーライではある。

 安堵してからニコルの話の続きを聞いた。


「えっと……森の中であたし、変な臭いを嗅いだのよ」


「それおれも嗅いだぞ!」


「変な臭い……?」


「ちょっと焦げ臭い感じかな……?」


 ニコルは要領えずに答えた。

 焦げた臭いといえば、何かが燃えていたということなのだろうか。


「おれも感じていたけど……別に何も燃えてなかったしな」


「う~ん、確かにそれは気になるけど……話を聞いているだけじゃ分からないわね」


 頬に指を当ててシャルリーヌが答える。確かにシャルリーヌの言うとおり、話だけではよく分からない。

 それから子供達の証言は特に新しい情報は得られなかった。

 それでも現状、知っている情報は、森の中で行方不明と焦げ臭さがあったという二つの証言だけだ。前者は恐らくエルヴィラ達が村長から聞き出していると思うが、後者は知らないはずだ。ただ、情報の共有をした所で何か得られるとは考えにくい。取りあえず、周知だけはする。

 それから子供達からルサント王国のことや英雄の話など質問されると、キョウヤの知っている情報だけでも、子供に答えた。

 なぜか直ぐに子供達に好かれたキョウヤは、満更でも無さそうに子供達の相手をしていた。

 その横でシャルリーヌが優しい笑みを浮かべていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エルヴィラ達と合流すると、村長から聞いた話を共有した。ただ子供達から聞いた話と合致していたため特に目新しい情報は無かった。逆にキョウヤからももう一つの情報について話した。


「焦げ臭いにおいだぁ? そりゃー子供の勘違いじゃねぇーか?」


 子供からの情報と聞いたケヴィンが胡散臭そうに言った。


「う~ん……そう判断するのは早計だと思うわよ~? ただ一度森の中を調査する必要がありそうだけれど~」


「それなら俺も付いていっていいか?」


「おめぇーもう大丈夫なのか?」


「う、うん大丈夫だよ」


 その後、四人+αで森の中を入って少し歩き回った。

 人の出入りはある時点から途絶えているが、それでも進めないほどの獣道じゃなく、ちゃんと道ができている。

 奥まで進むが特に何も異常が見られず、子供達が証言していた焦げ臭いにおいも全くしなかった。そろそろ引き返そうとした時、シャルリーヌがしゃがみ込んで、ジッと地面を凝視している姿に気付いたキョウヤ。近づいてどうしたのかと訊くと。


「ここの土なんだけど……何か妙じゃない?」


「妙?」


 シャルリーヌが見ていた地面に目を凝らすキョウヤ。確かにこの場所だけ微かにだけど黒っぽい。だけどよく確認しないと気付かないレベルである。


「良く気付いたな。だけどそんなに気にするほどかな?」


「う~ん」


 キョウヤ達が立ち止まっていることに気付いたエルヴィラ達が声をかけてきた。一応報告した方がいいと思い、黒っぽい土の事を伝える。


「……確かに妙ね~。魔法の形跡かしら~?」


「気のせいじゃねぇか?」


 エルヴィラもケヴィンもよく分からず首を傾げてした。

 その後、キョウヤ達は森を出て、調査を終えた。

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