第五話 謎の集団

 狂気を含んだそいつの顔は醜悪に歪んで哄笑していた。

 大柄の男が炎に包み込まれ、真っ赤に燃え上がる様を眺め、愉快そうに嗤う。

 熱さで絶叫を上げる声、肉が焼ける臭い、皮膚が溶ける様、一度燃えた炎はその身が燃え尽きるまで消えない。最悪の炎。

 狂気を含んだ異常なそいつはギロリと次の獲物を狙う。まるで蛇に睨まれたような感覚に、体が硬直し、恐怖が込み上げてくる。

 そいつの視線を受けても佇む彼女。静かな怒りを波立たせ、普段の態度とは裏腹にそいつを睨み付ける。

 そいつは卑しい目付きで彼女の肢体を舐め回し、下劣な笑みで指を鳴らす。

 そんな様を傍観するだけで何もできない。狂気に立ち向かう勇気が皆無。

 感情の起伏が激しいそいつは、何度も炎を防がれて焦れ始める。するとそいつの視線がキロリと恐怖に縛られた彼と視線がぶつかる。

 刹那、嫌な予感が過ぎる。

 それは最低最悪の行為。

 そいつは絶対に躊躇なく、その最低最悪な行為を実行に移す。


 ――あ、……やめろ


 そいつは悪魔のように嗤うと次の瞬間、指を鳴らす。

 彼に向けられた悪意が、徐々に迫り来る恐怖。彼の足は震え、地面に縫われたようにその場から動けなかった。

 徐々に彼の首を刈り取る魔の手が近づいてくる。やがてくる消えない炎に包まれる。

 過呼吸気味に彼は必死に、その場から離れようと自身の太股を叩く。

 すると目の前に彼女が立ちはだかると「逃げなさい!」と、いつもの声色とは異なる切迫した声を上げた。


 ――だ、だめだ!?


 彼女は呪文詠唱を紡ぐが――それは途中で途切れた。

 チリッという不穏な音を聞いた途端に、一瞬にして彼女は炎に呑み込まれた。

 悲鳴にならない声。肉が焼ける臭い。

 目の前に燃える悪意の炎が、決して逃れることができない炎が、彼女の全身を蝕む。

 地獄の業火の如く、裁かれてもなお彼女は彼に逃げるよう必死に声を上げて訴える。そんな地獄を目の当たりにした彼は何もできず、無力感と恐怖心に苛まれ、絶望する。

 目の前の光景を拒絶する彼は、それは夢だと、取り乱して何度も何度も声を荒げる。

 滂沱と涙を流して、壊れた嗤い声を上げる。

 きっとこれは夢だ。そうに違いない。夢じゃなきゃおかしい。

 既に精神が壊れる一歩手前で、狂ったように夢だと同じ言葉を繰り返す彼。

 そんな様子にそいつは狂ったように嗤い、彼に近づくと頭を掴んで、彼女の肉が焼ける様子を無理矢理見せられる。

 人が焼ける嫌な臭気、肌が溶ける醜悪な姿、彼女の瞳には既に光を失い、彼は彼女の虚ろな瞳とぶつかる。

 その顔は皮膚がドロドロに溶け、かつての端正な顔立ちは醜く、無惨な姿へと変化していた。

 目を閉じても、脳裏にこびり付いた、炎で焼ける醜悪な彼女の姿が離れない。

 彼は我慢できず、その場で胃液を嘔吐する。

 絶望的な状況の中、彼は何も抗えず、トラウマを植え付けられ、意味不明な声を上げて狂ったように嗤う。

 そんな様を嘲笑うそいつは彼を虫けらのように見下して、次の瞬間指を鳴らした。

 そして――彼の意識が沈んだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 道中眠気に襲われて、いつの間にか寝ていたキョウヤの意識が段々と浮上する。まだ頭に靄が掛かったように、夢と現実の狭間を行き来してぼんやりとしている。

 がたがたと揺れる音、衝撃で自分の頭も上下に揺れると、柔らかい感触によって緩衝される。それに微かな香りが鼻孔に刺激を与え、安心できる匂いに身を委ねて、再び眠りに就きたい誘惑に襲われる。


 ふとキョウヤの中で疑問が浮かび上がる。

 キョウヤの頭に乗っている柔らかい感触は一体何だろうか?

 正体を知るべく、柔らかい何かへ手を伸ばして触れてみる。ふにふにとした触り心地と、スベスベした滑らかな手触り。何だかいつまでも触れていたい柔らかさに遠慮無く、ふにふにスベスベを堪能する。


 すると「ふふふ」と、悪戯な子供に対して向ける穏やかな笑い声がキョウヤの耳に届く。そして、別の所から「む~~~」と如何にも恨めしそうな時に出す声が聞こえる。

 キョウヤは横に向いていた頭を真上へ動かした。微睡みの中、目を開けると大きな二つの山が映った。弾力性のある柔らかそうな山。

 何だこれはと手を伸ばしたキョウヤはピタリと止まる。

 山の向こう側に、にこりと笑うエルヴィラと目がある。キョウヤはだらだらと冷や汗を流し、一気に目が覚めると、俊敏な動きで起き上がる。


「あらあら~? もう少しだけ私の膝を堪能しても良かったのよ~?」


「い、いえ!? もう大丈夫です!? てかなんで俺がエルヴィラさんの膝の上に??」


「眠そうだったから私の膝に誘導したのよ~?」


 その時の記憶を思い出そうと掘り起こすが、記憶が曖昧で全く覚えていなかった。

 それよりもキョウヤの対面に感じる鋭い視線が、容赦なく突き刺してくる。チクチクと胸を突いてくる視線に、恐る恐る顔を向ける。

 案の定、不機嫌中のシャルリーヌがキョウヤに白眼視を浴びせていた。

 最近、このパターンが多い今日この頃。


「シャ、シャル? こ、これは自分から膝枕した訳じゃないんだよ? さっきエルヴィラさんも誘導したっていったよな?」


「……ふーん、別に私気にしてないから」


 何とか弁明をしようとするが「気にしてない」の一点張りで、不機嫌な状態は変わらず。気まずい雰囲気に、萎縮するキョウヤはこれ以上話しかけずそっとして外の風景を眺めた。

 その様子を横目で一瞥したシャルリーヌが密かに溜息を吐くのだった。


 今キョウヤ達一行は蜥車に乗って、女王――フロレンティーナから依頼を受け、カムル村へ向かっていた。

 初めてルサント王国から出たキョウヤは、別の場所で向かうという冒険心をくすぶる展開に、少しテンションが上がっていた。

 ルサント王国から南下し、蜥車を用いて一日半くらいかけてカムル村に到着予定となっている。向かう途中で少しの休憩を挟んで、一日経過した道程でキョウヤはエルヴィラにカムル村について質問した。

 カムル村は平穏で、平和な小さい村。魔獣に襲われる心配もなく、異常事態が起こるなど無縁な場所と言われている。異世界で言う所の田舎。

 キョウヤは都会育ちの都会っ子で、キョウヤの中の田舎のイメージは地味で、何もない、閉塞的な村という印象が強かった。

 兎にも角にも、そんな平和なカムル村ではあるが、連日して行方不明者が続出している。

 異変を感じ取った村長がフロレンティーナ女王宛に文を送り、村の異変についての行方不明者の捜査&調査依頼が今回の依頼内容である。


「そういえば頼める騎士がエルヴィラさんとケヴィンさんだけとか言ってたけど、他の騎士はどうしてんだ?」


「おいおい! 俺の事はケヴィンでいいぜキョウヤ!」


 御者台から声の大きい男性の声。彼は今回の任務で同行することになったケヴィン・ニウラゼム。フロレンティーナ女王と対面する前に、初めて会った騎士の一人だ。

 巨漢で厳つい雰囲気を醸し出す怖い印象を受けたが、実際は見た目とは裏腹にケヴィンは豪放磊落で、話しかけやすく、いい兄貴分のような存在である。

 初対面相手でも遠慮無くパーソナルスペースに侵入するが不快さを感じさせず、積極的に話しかけてくるコミュ力の高さ、いつも背中を叩いてスキンシップを図る遠慮のなさに、コミュ障のキョウヤは最初戸惑っていた。背中を叩く行為は地味に痛いからやめて欲しいと思うキョウヤだが。

 今ではコミュ障を発症せず、ケヴィンとは普通に会話出来るほどとなった。


「お、おう……ケヴィンな」


 とはいえキョウヤはケヴィンに苦手意識を感じていた。


「んで、なんだっけ?」


「脳筋男は置いといて~、私達以外の騎士はね~ちょっと別の任務で出払っているのよ~」


 ケヴィンが頭をがしがしと掻いて不服そうな顔を浮かべていた。


「任務?」


「実は最近各地で~、今回のように不可解な事件が多発しているのよ~。以前は不可解な事件なんて皆無で、騎士が派遣される異常事態は数件程度のはずだったんだけどね~。確か丁度私が任務でいなかったとき、城下町でも不可解な事件の報告を受けたわね~。でもルサント王国にはルードルフがいるから心配はないけれどね~」


「最近か……それって俺が異世界転生してからとなるのか……? 何か俺が疫病神みたいじゃないか――ってそんなわけ無いだろうな。ただの偶然で俺が原因とかどんだけ被害妄想激しいんだよ」


 リリが現れてから各地で偶発する不可解な事件。

 いや……これが偶発で済まされないのは誰もが気付く不自然さ。それが各地で起こっているとなると、これは誰かが故意に引き起こした事件となる。一体何が契機となっているのか、謎は多いが何かが動き出しているのは明白。

 ただ今のキョウヤには各地で起こる不可解な事件に関して深く考えず、留意していなかった。


「その不可解な事件のせいで現状人手が少ないのよ~。シャルリーヌちゃんの協力が必要なくらいにね~」


「私は困っている人がいれば駆けつけます。ただ私が役に立てるかは分かりませんが……」


「うふふ~、そんな謙遜しなくていいのよ~? シャルリーヌちゃんの魔力と魔法の実力は私よりも、凌駕する程に強いわよ~?」


「え!? エルヴィラさんより上なのか?」


 その事実に驚愕したキョウヤは思わず声を上げる。

 エルヴィラに関して魔法の実力は未知数で、一度鍛錬に付き合って貰った(?)ことがあるが、素早い詠唱に、隙を見せず剣術を駆使しての魔法の発動で、何度もキョウヤは痛い目に合わされている。

 本気でないにせよ、エルヴィラの魔法階級はキョウヤの見立てでは第四魔導級マギ・クァットル、シャルリーヌと同じ魔法階級である。

 剣術と魔法――魔法剣士であるエルヴィラに優勢があるが、魔法だけに関して実力差を問われれば、どちらが上なのかは判断が付かない。


「そうね~。魔法だけなら私よりシャルリーヌちゃんの方が上ね~」


「そ、そんな!? わ、私の魔法なんて大したことありませんよ!?」


 自分を過小評価するシャルリーヌ。しかし実際に魔法を使う所を目にしたキョウヤは、シャルリーヌの魔法が凄いことは知っている。

 リリに臆すること無く立ち向かう様は勇敢で、詠唱も滑らかで素早く、柔軟に対応していた。

 もし近代魔法が無ければリリよりシャルリーヌの方が実力は上だった。ということはシャルリーヌも近代魔法を扱えれば、今よりも実力は増すということなのだろうか。

 ふとそんな疑問がキョウヤの中で生まれる。


「嬢ちゃんがエルヴィラより上とは……おどれぇたな。んじゃキョウヤも見た目はひょろっちいが、実は名の知れた実力を持ってるのか?」


「い、いや……俺は……」


 剣術も魔法も教わったばかりで、素人から初心者に上がったくらいで、何も役に立たない存在である。

 唯一キョウヤにはラプラスの悪魔という未来を体験する能力があるくらい。まあアレに関しては、発動条件が不明瞭で、しかも自分の知らないうちに能力が発動しているから自由に扱えないのが難点。というか能力と言っていいのか微妙な点である。


「今はキョウヤくんの実力は大したことが無いけど~、うふふ~」


 エルヴィラが意味深な瞳がキョウヤに向けられる。キョウヤは何も言えず苦笑して答える。

 そんな二人だけの秘密を共有したような姿に、シャルリーヌがまたも不機嫌になっていく。


「なんかよく分からねぇが、キョウヤはもっと鍛えた方がいいぜ? 男は誰かを守るために力ぁ付けた方がいい。嬢ちゃんの騎士なら尚更だ」


 ケヴィンの言葉にキョウヤはシャルリーヌをチラリと見ると、シャルリーヌと視線が重なる。

 しかし、シャルリーヌに直ぐ目を逸らされ、ショックを受けたキョウヤは心の中で涙を流すのだった。



「カムル村まで後どれくらい何ですか?」


 一向に着く気配がなく、外の景色も代わり映えせず、飽きてきたキョウヤはエルヴィラに訊ねた。


「そうね~もうすぐ着くと思うけれど~……――あらあら?」


 エルヴィラが目を細めて外を凝視したのと御者台からケヴィンが舌打ちを鳴らしたのは同時だった。

 どうやらこの長旅も無事に終わりが近づいてきた――とはならなかったようだ。

 不穏な空気にキョウヤは体を強ばらせる。


「どうやら命知らずの賊のお出ましだ」


 ケヴィンの低い声に、エルヴィラが直ぐさま蜥車から降りると剣の柄に手を添えた。シャルリーヌも続いて降り、キョウヤも同様に降りようとするも自分が役に立たないことに思い至って、しぶしぶ蜥車の中で様子を窺うことに。なんとも情けないと嘆くキョウヤである。


「私達の邪魔をするお馬鹿さんはどなたかしら~?」


 エルヴィラの挑発に現れたのは、フードを被った怪しげな集団。キョウヤ達より人数は多く、緩慢な動きで集まる様子はまるでゾンビみたいで気味が悪かった。


「おいおい、お前らの目的は一体何だぁ? 事と次第によってはテメェらは痛い目にあうぜ?」


 斧を肩に乗せたケヴィンは集団に睨みを利かせる。


「「「…………」」」


 しかし、ケヴィンの威圧的な眼力に怖じけた様子を見せず沈黙する集団。未だに誰も声を上げる事も、アクションを起こす気配もない。一体何が目的で現れたのか謎。

 そんな得体の知れない不気味さと、観察されているような不愉快さを感じるキョウヤ達。

 何もしてこない集団にエルヴィラは視線を走らせると、不敵な笑みを浮かべる。


「【飛弾せよ~】」


 するとエルヴィラは省略呪文を唱え、風の魔法を発動させた。

 エルヴィラを中心に凄まじい突風が発生し、瞬時に集団へ風の弾が襲う。それはダメージを与えるための魔法では無かった。

 集団は避ける素振りも、慌てた様子も皆無で黙って風の弾に当たる。バサッとフードが外され、そして隠れた素顔を晒した。


「人……だよな? でも――」


 キョウヤはそう呟いて眉を潜める。

 怪しげな集団の正体は男女入り交じった人種で間違いない。しかし、皆一様して虚ろな目をしていた。


「なんだこいつらはぁ?」


 不可解な集団に眉根を寄せて気味悪がるケヴィン。それは皆同じ気持ちを抱いていた。

 エルヴィラの魔法を食らってもなお、動く気配を見せない。死人のような瞳がキョウヤ達に向け、一層不気味さが増した。


「一体これは何のイベントなんだ……? 今回の依頼と何か関係があるのか?」


 戦闘に参加できないキョウヤは、蜥車の中から独り言を呟いて思索を巡らせていた。ただいくら考えた所で答えは見つからない。

 その時――キョウヤの耳にエルヴィラの呟きを聞き取った。


「――これは……ツァーカブ狂団?」


 聞き慣れない用語。

 ツァーカブ狂団……。ただツァーカブという言葉には聞き覚えがあった。それは確かディアヌが口にした、お伽噺に登場する悪魔の名前。

 ならこの集団はツァーカブという悪魔の手下?

 また謎が増えてキョウヤは頭を抱える。まずはエルヴィラにツァーカブ狂団とは一体何なのか訊きだそうとした時――怪しげな集団が何か呟き始めた。

 ボソボソと小声で聞きづらく、キョウヤにはまるで呪詛のように聞こえ気味悪く感じた。

 しかし、それは呪文詠唱だった。瞬時に反応したシャルリーヌとエルヴィラも詠唱を紡ぐ。


「【轟け雷精よ爆砕せよ】」


 雷属性の上位魔法に最上級魔法――トラ・トニトルスを省略詠唱したシャルリーヌ。展開した幾何学模様から一条の稲妻が轟き、幾つもの紫電が集団を容赦なく貫く。

 紫電に貫かれた瞬間、バチンッ! と空気を震わせる甲高い音が響き、何人かがビクッと痙攣を引き起こすと、事切れたように地面に横たわる。

 そして――。


「【凍てつけ氷精よ氷結させよ~】」


 今度はエルヴィラが氷属性の上位魔法に最上級魔法――トラ・グラキエースを省略詠唱させる。すると、冷気が辺りを支配すると、幾何学模様から荒れ狂う吹雪が集団へ覆い尽くす。身震いするキョウヤが目にしたのは、一瞬にして氷結された集団の姿。

 エルヴィラは頬に手を当てて、恍惚とした表情で氷漬けにした集団を見下していた。

 そんな二人の魔法で鎧袖一触し、唖然とするキョウヤとケヴィン。


「……お、俺の出番はなしかよぉ?」


 斧を持つケヴィンはそう呟いて、打ちひしがれるのだった。


「ど、どうするんだこの人達?」


 キョウヤが蜥車から降りてエルヴィラに問いかけると、普段おっとりしているエルヴィラが真剣な表情で、無力化した集団に目を向けて。


「一先ずは縛りあげるのがいいのだけれど~、この人数は……――!?」


 目を見開いたエルヴィラが異変に気付いて剣を構えて臨戦態勢となる。同様にケヴィンとシャルリーヌも。

 そんな異様な気配にキョウヤは周囲に視線を走らせると、小柄な人物が視界に捕らえた。

 見た目小学生くらいの低い身長に、先程の集団と同様にフードを被って素顔が見えない。

 なぜ子供がこんな所に? という疑問は当然沸いてこない。先程の集団と同じ仲間なのは一目瞭然。

 警戒心を解かず、謎の子供に厳しい視線を向けるキョウヤ達。視線を受けた謎の子供は無力化された集団に目を向けると。


「あーあ、これじゃあ僕が怒られちゃうじゃん。どうしてくれるの君たち?」


 困惑した幼い声で言葉を発した。

 少年のような少女のような性別不明の声音。この状況で怯えた様子を見せず、拗ねた口調で咎める様。子供から感じる異様な雰囲気に緊張感が高まる。

 ケヴィンが一歩踏み出して、威嚇するように視線を強くすると。


「おいガキ、テメェはこいつらの仲間か?」


「仲間? う~ん、よく分からないな。ただの同志で仲間意識は薄いよ。だから僕がこいつらが簡単にやられようが関係ないからね。そもそも、君たちを襲うつもりはなかったんだけど……出番もまだ先だし」


 ケヴィンの威圧をものともせず、子供は淡々と意味不明な事を言う。


「思いっきり襲う気満々だったじゃねぇか」


「どう解釈されてもいいよ。もう終わったことだし。でもこれだと僕が怒られちゃうよ……あ~あ、お仕置きされちゃうよ。どうしてくれるよ? まあ僕じゃあ君たちに勝てないからどうすることも出来ないんだけど……。あ、そういえばそっちのお姉さん、綺麗だね」


 謎の子供は視線をエルヴィラに向け、話題を変えると舐め回すようにエルヴィラの肢体を去来する。

 油断せず臨戦態勢を保ったまま、エルヴィラが「あらあら~? ありがとうね~」と答える。

 すると一瞬だけ見せる謎の子供の口元が、三日月に曲がり嗤っているように見えた。キョウヤはゾクッと悪寒が走る。


「綺麗だな~、まるであの方のようで惹かれちゃうよ。ってあれ? …………もしかしてお姉さん……。僕の気のせいかな? ま、いっか。でもお姉さんは相応しい器だよ! あはは、もし次があれば楽しみだな~!」


 一人楽しげに笑い、高揚感に声を弾ませる。そんな不気味な様子に眉を顰めたキョウヤは、謎の子供が言った言葉が気になった。


「君は一体何を言っているのかな~?」


「~♪」


 エルヴィラの問いに答えず、謎の子供は機嫌良さそうに鼻歌を鳴らすと、くるりと体を反転させて背を向けた。


「お、おい待て! さっきの言葉はどういう意味だ!?」


 キョウヤが震えた声で上げると、首だけ振り向いて謎の子供と視線がぶつかる。


「……お前って確かリリお姉ちゃんのお気に入りだっけ?」


「……ぁ、リ、リ? な、何か知って――」


「リリお姉ちゃんは一度会っただけで何も知らないよ。でもとんでもない悪魔に目を付けられたね? 食人以外でリリお姉ちゃんに興味を惹かせるなんて、お前は一体何者なんだろうね。まあ僕には興味がないからどうでも良いよ。僕はあの方さえいれば十分だから」


 キョウヤはこれ以上声が出せなかった。

 謎の子供は言いたいことを言った後、その場から離れようとした。


「っち、テメェが何者か知らんが、逃がすわけには――」


 ケヴィンが焦れったくて少年へ駆け出す。しかし無力化したはずの怪しげな集団に異変が起こる。

 咄嗟にエルヴィラとシャルリーヌが魔法を唱えると、キョウヤ達を危険から身を守る障壁が出現したのと、怪しげな集団が次々と体を膨張させて爆発したのが同時だった。

 爆風と肉の塊、血が辺りに飛び散ると、しばらく血の雨が降り続ける。血の臭気が充満し、異常な光景が目の前に映し出される。

 エルヴィラとシャルリーヌの魔法のお陰で無傷で済んだが、キョウヤは目の前の狂気を含んだ異常な惨事に吐き気が込み上げてくる。

 一面真っ赤な血で、地面が彩色され、あちこちに人の肉の塊が散らばった非日常な光景にキョウヤは我慢できず吐き出した。


「うぅぇっ!?」


「キョウヤ! だ、大丈夫!? も、もしかしてどこか怪我したの?」


 駆け寄ってきたシャルリーヌは、キョウヤを気遣って背中をさすってくれる。


「け、怪我は、無い……。シャ、シャルこそ、だ、大丈夫なの、か?」


「私は、大丈夫よ」


 シャルリーヌは悲しげな表情で、辺りの悲惨な光景を目にして渋面する。

 気分が悪いのはキョウヤだけじゃない。ただシャルリーヌがこの異常な状況で精神が保てる事が不思議だった。


「あのくそガキ……これは、悪趣味で胸くそ悪いじゃねぇかよぉ」


「とにかく~、敵はいなくなったし~キョウヤくんとシャルリーヌちゃんにはこの光景は刺激が強いから~先を行きましょう~」


 これ以上この場にいられず、キョウヤ達は蜥車の中へ入ってカムル村へ移動した。

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