第四話 女王との対面

「【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――ウェントュス!」


 キョウヤの掌から緑色の幾何学模様が展開し、そこから小さいな風の塊が浮遊する。

 弱々しい風の塊は漂うと、しばらくして霧散。

 ここ数日で魔法のコツを掴んだキョウヤは努力の結果、魔法を発動させる事に成功する。まだ威力も弱く、制御不能で実用レベルに至ってないけど。

 今後の課題は威力とコントロールなど多々ある。


「キョウちゃんもだいぶ成長しているよ。やるべき課題は多いだろうけどね」


 我が子の成長を喜ぶディアヌだが、まだ魔法を自由に扱うにはまだまだ時間を要する。何にせよ魔法を発動させたという結果が伴っていれば、これからの希望はあると言ってもいい。

 そのためにも魔法の鍛錬は今後も続ける必要がある。


「よっしゃあ! このまま魔法を使えるようになれば俺もディーたんの言う固有魔法プロプリウスが使える日も近いはずだ!」


 意気揚々と大言壮語するキョウヤにディアヌは苦笑する。


「残念ながらキョウちゃんに固有魔法プロプリウスは一生扱うのは無理だろうね。第五魔導級マギ・クィーンクに到達するのに、全ての人生を魔法に捧げてもキョウちゃんには無理と断言しよう」


「そ、そっか…………俺には無理な話だよな」


「ただまあ第五魔導級マギ・クィーンクの補助があれば、キョウちゃんの考える魔法を創造し、固有魔法プロプリウスを扱う事が可能だ。くふふ、ボッチで良ければ二人の固有魔法プロプリウスを創造しよう。それにはまず基礎魔法を自由に扱える次元に達する事が先決だね」


 話の途中でディアヌは前方へ鋭い視線を向けると、何やら思案し始めた。


「…………くふ、試しにボッチの固有魔法プロプリウスを使って見せようか」


 悪戯を思いついた顔で、ニヤリと笑うディアヌは胸元からネックレスを取り出した。

 それは前回、魔法の講義で見せたディアヌが持つ魔宝具。その効果は無詠唱、マナ消費の削減、威力増幅が付与されている。


「魔宝具が必要なのか?」


「それは今から見せるボッチの固有魔法プロプリウスの最大威力で発動させるためだよ」


「……なぜ?」


 当然の疑問を口にするキョウヤに「くふふ」と声を漏らして。


「まあ面白いものが見れるよ」


 意味深な言葉に疑問符を浮かべるキョウヤ。

 ディアヌはネックレスを握り締めてマナを送り込んで魔宝具を起動させる。

 そして、掌を突き出し、ディアヌの固定魔法プロプリウスの呪文詠唱を紡ぎ出す。


「【有象無象の小物が消滅しろ、深淵の闇へ呑み込まれ絶望するがいい、最凶最悪の闇黒の終焉へ】」


 今までの古代魔法より異質で雑な仕様の呪文詠唱。その属性が闇魔法だと直ぐに認識出来る。

 しかし、そんなので発動するのかと半信半疑だったキョウヤは直ぐに思い知らされる。

 惣闇つつやみ色の幾何学模様が大々的に展開すると、底知れぬ魔力の奔流が放出。昼間なのに周りは黒い靄に覆われ、薄暗くなる。

 近くにいたキョウヤはディアヌから発する魔力に触れると、薄ら寒く、悍ましく、禍々しい負のエネルギーを感取する。

 すると。


闇の終焉デスペラーティオ!」


 魔法が発動すると、深淵の闇が放出される。

 ディアヌの全力全開の魔力量が、物凄い勢いであらゆるものを呑み込む。そんなディアヌの固有魔法プロプリウスに愕然とするキョウヤは嫌な予感が過ぎる。


「ディ、ディーたん!? こ、このままじゃあ――」


 このままでは人が大勢いる城下町がディアヌの固定魔法プロプリウスに呑み込まれ、悲惨な結果になる。

 何を考え、ディアヌがそこへ魔宝具ありの全力全開の魔法を放ったのか、理解できなかった。顔を青くするキョウヤの目に映ったのはルードルフの姿。

 全てを呑み込み、迫り来る深淵の闇を目にしたルードルフは珍しく狼狽していた。

 しかし、それも一瞬で、気を引き締めると雰囲気が瞬時に変化する。

 そして柄に手を伸ばし――


「はぁあああああああああああああああ!」


 裂帛と共に魔宝具の剣を抜いて、迫り来る深淵の闇を受け止める。

 凄まじい魔力量に、ルードルフは呻き声を上げ、じりじりと地面を削り後退させられる。押され気味のルードルフは、そしてもう一度裂帛の気合を上げる。


 すると、剣を振り抜いて、甲高い音が反響すると魔法は跡形もなく消滅する。

 しばらく沈黙が続くと、ルードルフは息を吐いて剣を地面に突き立てる。その剣には禍々しい魔力が絡みついていた。

 そんな光景を一部始終見ていたキョウヤは口を開けたまま唖然とする。

 そのキョウヤの反応に、思惑通りに事が運んだディアヌは「くふふ」と窃笑。


「これがボッチの固定魔法プロプリウスで最高位闇魔法の強化版だよ。深淵の闇に呑み込まれたものは消滅され、闇の中を一生彷徨う最凶最悪の魔法。魔宝具なしだと一発しか打てず、一日寝込むから滅多に使用しないけどね。魔宝具で何とか二発って所だね。しかし、そんなボッチの最高位魔法をいとも容易く魔法を殺すんだからルードルフも化け物だよ」


 ルードルフに半目を向けてディアヌは唾棄する。


「ウリンスアム嬢……全力で魔法を放つのはお止め下さい。無辜の命を殺めるつもりですか? 私で無ければ大惨事……重罪人として厳しい糾弾が飛び交う所でしたよ。それでは……フロレンティーナ様が悲しまれますよ」


「ふん、お前が来ることは想定内、出なければ全開の固有魔法プロプリウスを発動させるわけ無いだろう。小言は聞きたくない。それに……くふふ、魔法殺しは健在、伊達じゃないことは証明されたではないか。このような芸当はお前じゃ無きゃできない。本当に同じ人種なのか不思議だね。くふふふ」


 ディアヌは全く悪びれた様子は見せなかった。

 その態度にこれ以上は何を言っても、無駄だと判断したルードルフは嘆息する。

 何だか険悪な二人。普段から仲が悪いのかとキョウヤの中で疑問が浮上する。


「先程のウリンスアム嬢の件はフロレンティーナ様にご報告するとして、キョウヤもいるのならちょうどいい」


 ディアヌが苦虫をかみ潰したような表情で、何か言いたそうにしていた。

 溜息を吐いてからルードルフはキョウヤを一瞥して話を切り出した。


「リリという悪魔について、ウリンスアム嬢は何かご存じだろうか?」


「悪魔?」


「……どうやらキョウちゃんは知らない様子だから、簡単に説明しよう。悪魔とは魔王が生みだしたとされている最低最悪の謎の種族。姿形は様々で今回のように獣人種であれば、勿論人種にも化ける」


「魔王が生みだした悪魔? ……その話って王立図書館の本に伝承として語られているのか?」


「悪魔についての記述は書かれていない。いや……一冊だけお伽噺として悪魔が登場する話が書かれていた。ただあくまでお伽噺だから鵜呑みには出来ないのだが……。色んな話を照らし合わせて、悪魔が存在する事がほぼ確定的となった。しかし悪魔については秘匿情報で、限られた人しか知り得ない情報なんだよ」


「…………その話俺が聞いても良かったのか?」


 さらっと秘匿情報を漏らしたディアヌに胡乱な目を向けると。


「問題は無い。これはキョウヤにも関係がありそうな話だからね」


 と意外なことにルードルフがそう答えた。


「俺ただの平民……だよね?」


 知らず知らずのうちに、危険な領域に一歩踏み出しているキョウヤであった。


「それでリリという悪魔の件だね? 残念ながらボッチは何も知らないよ…………いや待てよ? 確認だが猫型の獣人がその悪魔でいいのか?」


「間違いない」


「……そういえば珍しく図書館にお客人来ていたな。その猫型の獣人とキョウちゃん達」


 それは王立図書館に訪れたときのこと。キョウヤもリリとは初めて図書館で出会っていた。そうなると当然、ディアヌとも会っていることになる。


「……まさかあんな所でリリと会うとは思わなかったけど……。確かあの時リリは何か探していたような……」


「図書館で捜し物? それは一体何を探していたのか分からないだろうか?」


 捜し物の内容は二度とも何も聞けなかった。一体リリは何を目当てで図書館に来たのだろうか。ルードルフの視線がディアヌへ向けられる。


「ボッチか? う~ん確か――」


 顎に手を添えて、リリとの会話を回想する。



『ちょっといいですかにゃ?』


『ん? これは珍しいお客人だね。何を探しているんだ?』


 読書していた本から顔を上げたディアヌは目を細めた。

 声を掛けられた相手は猫型の獣人。ボロボロのフードを被って怪しげな雰囲気を醸し出していた。


『魔王についての文献は残ってないか聞きたいにゃ』


『魔王? 残念ながらそれについては、文献に残されて無くてね。それにしても魔王について調べたいとはこれまた珍しい。英雄についてならいくらでも残ってるんだけどね』


 滅多に王立図書館に訪れる人などいない。ましてやお目当てが魔王についての書物となれば皆無に等しい。


『そうにゃのか~。なら司書にゃんは何か知ってるかにゃ?』


『ボッチか? 図書館に書かれている以上の事は何も知らないさ。魔王についてはボッチも少し気になっているからね。ああ、一冊だけ置いてあるな。魔王も悪魔も登場するお伽噺。ま、アレはあくまでお伽噺だからね――けどボッチはあのお伽噺には何か引っ掛かるものがある。何度か読み返したことはあるけど…………あの本は――っと悪いね語ってしまい』


『にゃはは♪ 興味深い話だから気にしないでほしいにゃ。う~ん……なら無駄足だったかにゃ…………いや。ならそのお伽噺が置いてある場所を教えて欲しいにゃ♪』



 リリとの会話を思い出しながら、滔々と話すディアヌ。

 その話を聞いていたルードルフは眉間に皺を寄せて何やら考え事をし始めていた。キョウヤもその会話の内容から気になったのは、リリが魔王について知りたがっていた事。


「どうしてリリは魔王の事を……?」

 千年前に英雄によって封印されたと伝承されている魔王。英雄の国――ルサント王国に訪れる人の殆どが英雄について話を聞く。それなのにリリは英雄じゃなく、魔王について尋ねていた。それにもう一つ気になっていたのは。


「さっきルードルフはリリの事を悪魔って言ってたよな?」


「ああ、奴は悪魔。この世に惨禍を振り撒く存在として畏怖されている」


 忌々しげに言葉を吐くルードルフから、普段の毅然とした態度とは明らかに雰囲気が異なっていた。それは時々垣間見せる憎悪の感情。ルードルフが過去に何かあったことは明白であるが、それを知るのはまだ先の話である。


「お伽噺の中で何度も登場する十の悪魔。それぞれ魔王によって生み出された最悪の種族。その中には食人魔エーイーリーという悪魔が登場している。他にも話を訊く限り、ツァーカブやケムダーという悪魔も登場している」


 ディアヌの言葉にぴくっと眉を動かし、反応するルードルフ。


「…………」


 キョウヤはルードルフの様子に気付かず、思索に耽っていた。

 リリは食人魔エーイーリーと名乗る悪魔。食人を好む最悪の獣人。今でも思い出したくないラプラスの悪魔での最悪な結末。

 今でも思い出す度に吐き気が込み上げてくるが、これからの事を考えると悪魔について知る必要だと思うキョウヤ。

 まずキョウヤが一番最初に引っ掛かったのは”エーイーリー”という言葉だった。未だに思い出せないが、キョウヤはその言葉を知っている。

 それにディアヌが先程口にした”ツァーカブ”に”ケムダー”もどこかで聞いた言葉だった。

 どこで聞いた言葉なのか必死に記憶の中を探すが、結局思い出せない。喉に小骨が突っかかったような違和感に焦れったくなる。


「そのお伽噺ってどんな話なんだ? ちょっと読んでみたいんだが……」


 ディアヌの言う、お伽噺を読んでみれば何か思い出すかと提案するが。


「ない」


「え?」


 即答するディアヌの言葉に、最初何を言われているのか分からなかった。


「無くなっていたのだよ。猫型の獣人が訪れた日にね」


「……それがリリという悪魔の狙いか。……そのお伽噺は悪魔について何か手がかりがありそうだ。ウリンスアム嬢ならそれを復元することは可能であったと記憶していたが……?」


「できるよ。ただかなり分厚い本だったから復元するにも時間が掛かる。だがその貴重な時間をボッチは復元しろとルードルフは言うのか?」


「…………」


 ディアヌの問いに否定せず、お互い視線をぶつける。

 そんな険悪な雰囲気に苦笑するキョウヤはルードルフの話を反芻する。

 もしお伽噺が復元し、読むことが出来れば、キョウヤが気になっている”エーイーリー”という言葉の正体を知ることができる気がした。

 だが問題があるとすれば異世界の文字を読む必要がある事。言葉が理解できても、キョウヤには異世界の文字を読むことが出来ない。

 その問題はこれから勉強するとして、やはり復元する価値は大いにある。


「なあディーたん……俺からもお願いできないかな? それは魔王や悪魔に繋がるヒントになるかも知れないんだ」


「キョウちゃんまで頼まれるとは……。なら仕方がない。キョウちゃんの頼みであれば引き受けよう。ただし条件がある」


 なぜかキョウヤの頼み事には簡単に承諾してくれた。なぜルードルフには難色を示していたのか謎だ。

 それより簡単に承諾してくれたけど、無償という訳じゃない。どんな条件を出されるか不安だが、それでも復元できるなら、キョウヤは何でも引き受けようと思っていた。ただし硬貨が必要な場合、キョウヤは汗水垂らして稼ぐ必要がある。


「条件って何だ?」


「一日キョウちゃんの自由をボッチが好きにする事。それとルードルフはボッチの固有魔法プロプリウスの実験相手になって貰おうかね」


 キョウヤの条件については別に文句はないけど、ルードルフに関してはかなり嫌な顔を浮かべていた。普段冷静なルードルフからしたら貴重な表情だった。


「俺は別に構わないけど……ルードルフは?」


「……ウリンスアム嬢がそう仰るのなら、私も構いません」


 かなり不服そうな顔をしているのを見ると、これが最初というわけではなさそうだと窺える。一体どんな事をされるのか気になるところだったが、訊ける雰囲気じゃなかったのでキョウヤは何も詮索しなかった。


「くふふ、では復元の件は引き受けよう」


 こうしてお伽噺を復元できるのはいいのだが、それまでにキョウヤは文字を読めるようにしなければならない。

 誰に教わるかだけど、ディアヌは魔法を教わっているのに、追加で復元作業もある。それに加えて文字を教えて貰うのも気が引けた。なら他に候補となれば……。

 そんな事を考えていたキョウヤ達の元に、セシルが近づいて来た。


「ウリンスアム様、ラビリウス様、話の途中で失礼します。キョウヤさん、シャルリーヌ様がお呼びです」


「え? 俺に?」


「はい。女王からの依頼に関する事です」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ルサント城へ向かう途中で、文字の勉強についてセシルから教わるのはどうだろうかと考えていた。一応そのことを訊ねると。


「ウリンスアム様の方が適任かと思いますが?」


「確かにそうだけど……魔法も教わってるし、そんなに貴重な時間を使わせて貰うのが何か悪いかなって思って」


「私も貴重な時間をキョウヤさんに使いますが、悪いと思わないと?」


「え!? そういうわけじゃ無いんだが……ごめん」


「ではいつ頃に致しますか? 恐らくキョウヤさんはここを離れますので、フロレンティーナ女王の依頼が終わった後になります」


「……え? い、いいの?」


 遠回しに断られたのかと思ったら、普通に頼み事を引き受けてくれるセシル。いつもながらセシルの対応に若干戸惑う。


「私で良ければお教え致します。シャルリーヌ様やウリンスアム様だけでは満足いかず、私に求めてきた……そう解釈してもいいのですね?」


「俺が無作為に女の子を取っ替え引っ替えしている風に言うのやめてくれ!?」


 しかもセシルは何の恥じらいもなく、淡々とした口調で言葉を吐露するからよく分からない。

 それから謁見の間の前に着くとシャルリーヌとエルヴィラ、それから見慣れない大柄の男性の騎士がいた。


「……」


 何か知らないがシャルリーヌの視線が妙に鋭い。

 せっかく機嫌を直したと思ったのに……なぜ不機嫌なのか問うとやぶ蛇だから、女王の依頼について訊いた。


「女王からの依頼ってこれから?」


「キョウヤが来たら話を聞く予定よ」


 キョウヤの問いに素っ気なく返したシャルリーヌは、依然としてキョウヤにジト目を向けたまま。心当たりのないキョウヤは、どうすることも出来ず困惑するのみ。

 理由を知るため、エミールに耳打ちすると。


「う~ん、よく分からないけどキョウヤが全面的に悪いと思うよ」


「……全く分からん」


 答えが得られず、どうしようか考えていると、セシルが図ったように口を挟む。


「それでは私はこれで失礼します。キョウヤさん、例の話は……依頼が終わりましたら相談致しましょう」


「え? あ、ああ……」


 それだけ伝え終わると去ったセシル。

 するとセシルの意味深な言葉に反応したシャルリーヌが、誰もが分かるくらいの不機嫌オーラを放出させる。


「……随分あのメイドさんと仲が良いのね」


「え!? い、いや……そ、そんなに仲が……いいのか?」


「…………」


「うぅ……ごめん」


 よく分からず謝罪をこぼす。

 これ以上シャルリーヌから言葉が返ってこず、代わりエミールが「難儀だね」という台詞を吐くのだった。

 そんなあたふたするキョウヤの元に見慣れない男性の騎士が近づいて来た。

 キョウヤより身長が高く、巨漢な姿に怖じ気づいたキョウヤはコミュ障を発症させて萎縮する。


「俺はケヴィン・ニウラゼムだ。よろしくな坊主!」


 声も大きく「がっはっは」と快活に笑うケヴィンと名乗る騎士。背中をばしばしと遠慮なしに叩かれる。うざったいし、痛い。キョウヤの苦手なタイプだ。


「よ、よろしくお願いします。えっと……俺が女王と会ってもいいのでしょうか?」


「ん? 坊主も今回の任務に同行するんだろ?」


 確かに一応シャルリーヌの後を付いていく予定であった。しかし、基本的に部外者のキョウヤが、女王に対面してもいいのか当然の疑問が生じる。


「大丈夫よ~。キョウヤくんについてはフロレンティーナ女王に話は通してあるから~。ちょっと難色を示していたけどね~」


「な、なら俺はここで待ってた方が……?」


「シャルリーヌちゃんの騎士なら同行する理由はあるでしょ~?」


「……え? 騎士?」


 事情が読めず、疑問符を浮かべる。

 シャルリーヌの騎士とは一体どういう事なのだろうか?

 確かにシャルリーヌを守ると豪語していたキョウヤ。剣術や魔法の鍛錬を激励していると言っても、現在進行形で鍛錬中であり、実力が伴っていないのが現状。


「おめぇーその人専属の騎士になるって事は、命に代えても守る対象なんだぜ。仕える対象がどんなに危険な目にあっても必ず駆け付けて全力で守る。それが騎士ってものだ」


「そうなの?」


 シャルリーヌに振り返ると、頬を赤く染めて頷いた。

 どうやらそのようにエルヴィラが話を付けたのだろう。シャルリーヌのおまけじゃなく騎士ならば。


「では~キョウヤくんが納得したところで中に入りましょうか~?」


 相変わらずおっとり口調のエルヴィラの声に皆頷いて、玉座の間に続く扉を開く。呆然とするキョウヤの横にシャルリーヌが近づくと上目遣いで。


「よろしくね? 私の騎士様?」


「……お、おう」


 そんなやり取りの後、玉座の間に足を踏み入れる。

 中は広々と粛然とした空気の流れに、厳かで雰囲気のある空間が醸成されていた。その中を歩くキョウヤは緊張感に押し潰されそうで、胃がキリキリとしてきた。

 玉座へ数メートルある位置で立ち止まると、皆が跪いてキョウヤも同じように見よう見まねで跪く。


 初めての対面となるルサント王国の女王。

 年齢はキョウヤと大して変わらないとシャルリーヌから話を聞いていた。

 しかし、年齢とは裏腹に荘厳な情緒に、威圧的な眼力、傲然ごうぜんな物言いはまさに女王に相応しい雰囲気を滲み出しているという。

 本当にシャルリーヌの言うとおりなら、キョウヤの中の女王像はかなり怖い見た目を連想している。一応、玉座に近づく際にチラリと女王を確認したが、怖じ気づいてしまい直ぐに目を逸らしたため、未だに女王の姿を見れなかった。


「面を上げなさい。今はわたくし以外誰もいません。できれば楽にして頂いても構いません」


 あれこれ考えていたキョウヤの耳に、鈴を転がしたような声音が玉座の間に響いた。

 恐る恐る表を上げると、玉座に腰掛ける真っ赤なドレスを身に着け、スラリとした脚線美を組んだ女王を視界に映した。


 威圧的で鋭利な視線、精巧な造形美に目を奪われるほどの絶世の美少女、その上品さに潜める年相応のあどけなさ、キョウヤが思い描いていた女王像とは相違する美貌をしていた。

 思わずその姿に目が離せず、見入ってしまうキョウヤ。

 そして、ふと女王を目にして、顔立ちや雰囲気から微かに違和感を覚えた。

 その違和感の正体が一体何なのか熟考するキョウヤだが、思い至らずモヤモヤする。


「女王よ、俺らに依頼とは一体どんな内容だ?」


 女王の威圧的な視線をものともせず、ケヴィンが率直な疑問を口にした。それは誰もが気になっていた内容である。


「……ルサント地方の少し離れた場所にあるカムル村にて、行方不明者が続出という報告を受けたのは昨夜の事です。あなたたちの依頼はカムル村の行方不明者の捜索及び原因究明です。今は他の騎士達に割ける人員もおりませんが、あなたたちだけで調査して貰います。眼帯の少女――シャルリーヌと言いましたね。申し訳ありませんが、あなたの力もお借り致します」


「はい。困っている人がいるのなら、私の力をお貸し致します!」


「頼もしいお言葉ありがとうございます。それと……」


 女王の視線がキョウヤへ向けられる。キョウヤは未だにポカンとした間抜けな顔で、女王を凝視していたため目が合う。キョウヤは慌てて視線を下げて畏まる。

 そんなキョウヤの挙動と奇異な服の格好に、女王は若干怪訝な顔をする。


「あなたのことお聞きしてもよろしいですか?」


「あ、……えっと……」


 女王の問いに対して、キョウヤは絶賛コミュ障を発症させてしまう。声は真面に発することができず、女王の冷たい視線が余計にキョウヤを追い詰めていく。

 このまま沈黙を続ければ、不快と思った女王から処刑を命じられる……なんて事態も十分にあり得る。そんな最悪な状況を考えたキョウヤは顔を青くして、何とか声を絞り出して。


「お、おお俺は……シャ、シャシャシャルのオ、オマケに過ぎないただの役に立たない平民の男です……はい」


 卑屈な態度で平身低頭するキョウヤは、名前を訊ねられた事に気づかなく、これ以上言葉を発することができずにいた。

 女王から困惑の表情を浮かべるが、キョウヤにはそれが不快な表情をしていると間違った認識をする。そしてキョウヤはこの世の終わりのような顔で死を覚悟した。


「えっと~この子は私の弟で~キョウヤと言います~。不出来な弟ですが~そこが可愛くって構いたくなるんですよ~?」


 するとキョウヤの様子にエルヴィラがフォローを入れる。なぜか弟扱いされるが、今のキョウヤには気にする余裕がなかった。


「エルヴィラに弟……ですか」


 女王の憐憫を含んだ瞳がキョウヤに向けられる。


「私の屋敷に住むことになってから弟になりました~」


「そ、そうですか……。確かその方はシャルリーヌの騎士と仰っていましたよね?」


「そうです。キョウヤは私の騎士ですので、エルヴィラさんの弟ではありません」


 ”私の騎士”と強調した物言いに、エルヴィラは「あらあら? うふふ~」と特に気にした風もなく笑みを浮かべるのみ。

 そして横からケヴィンが声を掛けてくる。


「おめえさん、厄介な女に目ぇ付けられたな。今までもおめぇさんのような犠牲者を見てきたが、弟と公言された全員がエルヴィラから逃げられてんだよ」


 ケヴィンに可哀想な子でも見るような同情した瞳を向けられる。

 そんな詳細を訊きたい気持ちと、怖くて訊けない気持ちが葛藤するキョウヤ。

 そんな普段通りの空気が流れ始めると、キョウヤはいくらか緊張感が和らぐ。すると視野狭窄だったキョウヤは、女王の雰囲気がさっきと違った変化がある事に気付いた。

 今まで威圧的な視線に、恐怖を覚えていた女王。しかし、今はその影を潜め、穏やかな笑みに、優しげな態度の印象を受けた。

 どうやらキョウヤは女王の事を、必要以上に怖がっていたらしい。


「それではキョウヤ……という名でしたね? 改めてわたくしの名を申しましょう。わたくしはルサント王国の女王――フロレンティーナ・ジィーデ・ラ・ルサントと申します」


 依然として威圧的で鋭利な視線は変わらないが、それでもさっきとは打って変わって、キョウヤのコミュ障は少しだけ軟化する。


「えっと……あ、改めて、キョウヤです。よ、よろしくお願いします!」


「ええ、今後ともよろしくお願いしますわ。ふふ、あなたが姉様の……」


 後半の言葉はキョウヤの耳には届かず、キョウヤは独り言を呟いていた。


「…………それにしてもフロレンティーナって名前が長いから……ティーナで……いやいや!? 相手は女王だぞ!? いくら何でも親しげに呼んだら……しょ、処刑される……」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 こうして女王から正式に依頼を受け、玉座の間を出ていった四人。

 一人残されたフロレンティーナは疲れた溜息と共に声を漏らした。


「はぁ~……人前でこんなこと疲れちゃった。今日は確か急ぎの業務もないし、ゆっくり部屋で休もうかな。それにしても、あの男の子がキョウヤなのね。姉様のお気に入りの男の子……剣術も魔法も実力が皆無って話には聞いていたけれど、う~ん……姉様が惹かれる理由が分からないわ」


 そんな素の声で独り言を呟くフロレンティーナは、腕を組んで考え事を始める。

 しかし、結論は得られず、モヤモヤした気持ちが募る。


「今度、直接話でもしてみようかな……」


 人前では見せられない大きな欠伸をする女王――フロレンティーナであった。

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