第三話 幸福な一時
肩が触れ合うほど距離が近く、チラリと彼女の横顔に視線を向ける。
翠玉の瞳は燦爛と目元が緩んで、楽しげに笑う彼女の姿に胸の鼓動がドキドキしっぱなしである。
「こ、これっても、もももしかしてデート?」
目が覚めてからデートと知ったキョウヤは、ここまでずっと心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
彼女いない歴=年齢でコミュ障のキョウヤが初めて誘ったデート(昨夜はデートだと思っていなかった)。
ちゃんとシャルリーヌをエスコートできるのか、粗相のない振る舞いができるのか、キョウヤの緊張感はもはや限界に近い状態。
「初めて来た時に思ってたけど、やっぱりこの町は賑わってて良い町だね?」
「う、うううん……よ、よよ余所者でも寛大だし、こんなに城下町が賑わってるのも、ここの王様……てか女王だっけ? まあその人のお陰だな」
「そうかも。でも女王の雰囲気って結構怖い印象を受けたのよね」
「そうなのか? 俺はまだ会った事がないから分からないけど……」
そもそも女王の依頼はシャルリーヌに向けたもので、おまけに過ぎないキョウヤでは女王に対面するのはあり得ないだろう。
万が一、女王に失礼な所行をしてしまったら、死罪の刑に処される。女王がどんな人か、気になる所だが、最悪な事態を考えたキョウヤは顔を青ざめる。やっぱり出会わないのが賢明だろうと帰結した。
取りあえず、今はシャルリーヌとのデートを楽しむ事が先決。女王の話をさておき、改めて町の様子をキョロキョロと見渡す。
リリとの件で町の人達は不安を抱いていたが、ルードルフによって無事解決(?)し、最初に訪れた時と同じく、城下町の賑わいを取り戻していた。道行く人に他種族だろうと積極的に話しかけ、英雄の武勇伝を語るなど、今なお健在の様相。
現在キョウヤ達が歩いている大通りでは、武器屋、宝石屋、食べ物屋など数多くの品物が表に展示されて売り出されていた。まるで祭りの屋台のような雰囲気。
人の多さにキョウヤは若干辟易するものの、それでも日本にはない珍しい物に目を奪われ、興味を示していた。
まずキョウヤ達は近くの武器屋へ寄る。
デートに武器屋って如何なものかと思われるが、今のキョウヤは目の前の武器に夢中で気にしていなかった。
「らっしゃい! どれも上物の武器ばかりですぜ?」
武器屋のおっさんが快活良く声を上げて、武器を手に「特別製だよ」「安くするよ」「この一本限り」と言った常套句で進めてくる。お客の心理を突いてくる魅力的な言葉の数々。
おっさんが手にしているのは金ぴかに輝く剣。若干惹かれるキョウヤだが、冷静な自分がそれを目聡く吟味する。
豪華な装飾の剣だが見た目が派手、一度使用すると金箔が直ぐに剥がれ落ちそう、本当にこれで斬れるのか怪しかった。
こういった見た目だけ派手な武器は、実は斬れ味が最悪で、折れやすいってのが相場、というのがキョウヤの中での感想だ。実践用には向いてないが、観賞用になら購入しても良さそうだ。
「こ、これ本当に斬れる……んですか?」
「んだよ? ケチ付けるってのか兄ちゃん?」
「す、すみません……」
苦笑で誤魔化して、他の武器に視線を走らせる。
剣は勿論、弓や斧、鎖まで様々な武器が置いてある。どれもアニメで見かけるファンタジーの武器ばかり。
「キョウヤは武器が欲しいの?」
「え? いや……お、俺じゃあ宝の持ち腐れだしな……。シャ、シャルこそ武器は使わないのか?」
「私? う~ん……武器って人を傷つける物でしょ? それはちょっと私には……。でもそれを言ったら魔法も同じようなもの……。だからって私は傷つけるための身につけた訳じゃない。私はこの力で誰かを助け、誰かの役に立てるため、魔法を覚えたの」
真剣な顔で話すシャルリーヌに、キョウヤも頷いた。
「……確かにシャルの言うとおりだ。誰かを守るのに必要な力なんだ。だから俺はシャルのため……」
「キョウヤ?」
「あ、あはは、な、何でもないよ」
鍛錬について今なおシャルリーヌには内緒である。聞かれなかったようだけど、気恥ずかしくってシャルリーヌから顔を背けて頬を赤くする。
そんなキョウヤの様子にシャルリーヌは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
それから次に装飾屋に立ち寄ると、指輪やネックレスなど様々な品物が置かれていた。どれも高価そうである。
「わー綺麗だね!」
それほど派手じゃないネックレスを手に持つシャルリーヌ。
「どうかしら? 試しに身に着けてみない?」
装飾屋のお姉さんが含み笑いで促され、シャルリーヌは逡巡するが、直ぐに決断すると試しに身に着けた。
装飾屋のお姉さんの態度にキョウヤは怪訝な顔を向けるが、直ぐに等閑視することになる。
「どう……かな?」
「え、あ、に、似合うよ!」
派手さのない控え目な輝きを放散させて、シャルリーヌの可憐な様に優艶な雰囲気が一段と増す。キョウヤは目が離せず、自分の意志と反してシャルリーヌを抱きしめ温もりを感じたい。柔らかい唇に触れたい。何もかも自分のものにしたい。
キョウヤの中にある理性の枷を解き放ち、本能の赴くままシャルリーヌを襲い、手に入れたい衝動に駆られる。
「キョウヤ? 大丈夫?」
「シャ、シャル……はぁ、お、俺の……はぁ……」
自分が自分じゃない感覚にキョウヤは妙な違和感を覚える。
異常な程の高揚感。
熱に浮かされたぼんやりとした様。
愛おしさの奔流が押し寄せて歯止めが利かない。
それはシャルリーヌがネックレスを身に着けた瞬間から妙におかしくなっていた。
キョウヤの様子に装飾屋のお姉さんは満足顔をしていた。
「ふふ、効果は絶大のようね。このネックレスね? とある公爵家の婦人が、丹精込めてたった一人の愛する男の全てを手に入れるため、作った魔宝具なの。ネックレスを身に着けるだけで、気になる相手の感情を高ぶらせる効果があるのよ。一応魔宝具だから値が張るんだけどね」
「え? そんな効果があるの? でもキョウヤは何か苦しそうだし……えっと本当に大丈夫なのキョウヤ?」
キョウヤはシャルリーヌに背を向け、何度も深呼吸を繰り返して枷が外れた感情を抑える。その様子に心配そうに声を掛けるシャルリーヌ。近づいて顔を覗き込まれた瞬間、再び感情が昂ぶる。
「だ、だだだだダメだシャル!? そ、そそそそそのネックレスを外してくれええええ
~~~~!?!?!?」
その後、落ち着いたキョウヤは真面にシャルリーヌの顔が直視できなかった。
しばらくして、装飾品を物色しているとシャルリーヌに似合いそうな装飾を見つけた。さっきのような魔宝具のネックレスじゃない普通の髪飾り。
脳内で髪飾りを身に着けたシャルリーヌの姿を思い浮かべる。悪くない。
「これなら俺が――」
ポケットに手を突っ込んだキョウヤは、その言葉の続きを途中で止める。虚しいことに手には何も掴めなかった。
もしキョウヤに硬貨を持っていたなら、デートの記念にプレゼントする所だったが、如何せんキョウヤは異世界の硬貨を持っていない。
「どうしたのキョウヤ?」
「い、いや……何でもない」
何という不甲斐なさ。
落胆したキョウヤは溜息を吐いて諦める。そして、ふとさっきの魔宝具で疑問が浮上する。
「シャルって魔宝具持ってないのか?」
「残念ながら私は持ってないの。魔宝具って貴重な物だから普通は手に入らないし、それに私は近代魔法より、古代魔法の方が好きなんだ。なんか詠唱が無いのって寂しいでしょ?」
「そうなのか?」
呪文詠唱を要する魔宝具も存在するが、殆どの魔宝具には詠唱なしで扱えるのが主流となっている。
シャルリーヌのような古代魔法に拘る人も少なからずいるのだろう。
「要はショートケーキにイチゴが乗っているか、乗ってないかの違いか?」
「?」
異世界の住人であるシャルリーヌには意味不明な例えなので首を傾げていた。
それはさておき、リリとの一件で近代魔法の重要性は十分キョウヤに伝わっていた。無詠唱であれだけ強力な魔法が扱えれば、呪文詠唱を要する古代魔法では太刀打ちができない。例え呪文詠唱を省略しても、魔宝具の効果によって攻撃に時間差が生じる。
今後、どんな危険な目に合うのか不確実。またリリが襲ってくる可能性も十二分にあり得る。近代魔法には近代魔法を。どこかで魔宝具を手にする必要がある。
装飾屋から離れると、キョウヤの鼻孔に甘い匂いを嗅ぎ取る。匂いを追って目を向けた先に、何かを包んだ食べ物を女性達に渡す店屋の姿を視認した。
同じくシャルリーヌも匂いに誘われ、目を輝かせていた。
「アレはプクーレね! ルサント王国の名物とも言われているのよ」
「プクーレ? 俺にはアレがクレープに見えるんだが……異世界ではプクーレって言うのか。食べてみたいが硬貨持ってないしな」
明らかにクレープのような形をした甘い食べ物。
プクーレと呼ばれるルサント王国の名物に興味を示し、ポケットに手を入れるが、当然一度確認したのだから、硬貨を持っていない事実は変わらない。
「それなら私が払ってあげるよ! 私も一度は食べてみたかったからね」
シャルリーヌの提案にしばらく葛藤した後、甘い物の誘惑に勝てず、シャルリーヌにお願いすることにした。
何だかシャルリーヌのヒモになりつつあるキョウヤは恐縮するばかりで、頭が上がらない。いずれ硬貨を稼ぎ、シャルリーヌに恩を返さなければならない。
屋台に近づいた二人は、若い女性の店屋が営業スマイルで「いらっしゃい!」と笑顔で声を掛けてくる。
「ど、どの味がおすすめなんですか……?」
「女性におすすめのフラウラが今売れてますよ! 甘みたっぷりのフラウラが口内が蕩けるように広がって美味しいです! 他には苦みと甘みを味わいたいのならソコラタ、甘さの少ない普通の味を楽しみたいのならヴァニラですね」
味の名前だけではさっぱりだが、色合いから推測したキョウヤは、フラウラがストロベリーで、ソコラタがチョコレート、ヴァニラはバニラって所だろう。
しかし、味の方は同じとは限らないから選択しにくい。
「私はフラウラでお願いします! キョウヤはどうする?」
シャルリーヌがフラウラを選択したのなら、ここは同じものを避けた方がいいだろう。そうなるとソコラタとヴァニラの二択になる。
悩みどころだが、ここは無難に普通のでいいだろう。
「俺はヴァニラでいいかな」
注文を受けた若い女性はにこりと笑い、それぞれの木の実と白いクリーム――異世界ではクレマというらしい――を合わせて生地で包み込んだ。まんまクレープだ。
硬貨を渡したシャルリーヌはそれぞれのプクーレを受け取る。
シャルリーヌからプクーレを受け取って、落ち着いて食べられる場所を探した。ちょうど噴水の縁が開いているのを目にし、そこへ向かって二人は並んで腰掛ける。
「いただきます」
挨拶後にプクーレを口元へ運ぼうとすると、シャルリーヌがきょとんとした顔で、じーとキョウヤに視線を送っていたことに気付く。
「ど、どうした?」
「それってどういう意味なの?」
「え? 食べ物を食べるときの……礼儀?みたいな感じかな」
「礼儀? それって……『ささやかな恩恵を我にお与え頂き、感謝致します』でしょ? 基本的な礼儀はこれだと思っていたのだけれど……それってキョウヤの国の文化? でもキョウヤって記憶喪失……だよね?」
ポカンと口を空けて間抜けな顔をするキョウヤは、遅ればせながら、シャルリーヌの指摘に気付いた。
すっかり記憶喪失設定を失念していた。
まさか、こんな些細な事で嘘がバレるとは思わなかった。けど、このままシャルリーヌに嘘を吐くことに罪悪感があった。これは絶好の機会かもしれない。
シャルリーヌの裁量なら、キョウヤが別の世界から来た事を告白しても、信じて貰えると確信していた。それにシャルリーヌには本当の自分を知って欲しいと感じていた。
「その……記憶喪失ってのは嘘なんだ。俺は……こことは違う世界から来たみたい何だよ。信じられない話だけど、これは嘘を言ってるわけじゃない」
「別の世界? そんな場所があるの?」
「俺からしたらこの世界の方が驚きだよ。色んな種族がいるし、魔法が存在するし」
「キョウヤの世界には人種以外の種族がいないの? 魔法は存在しないの?」
「それが俺にとって当たり前の世界なんだ」
「そんな世界があるなんて信じられない…………そっか……。確かにキョウヤからは独特の雰囲気を感じていた。……ふふ、本当に信じられないけど、でもキョウヤの話――私は信じるよ」
「……信じてくれてありがとう」
感謝を述べると、シャルリーヌは優しい笑みを浮かべ、右目の眼帯に触れる。
「私の事を受け入れてくれたキョウヤだから……、私の事を――えっと……えへへ」
オッドアイを綺麗だと褒めた時の事を想起し、照れ笑いするシャルリーヌ。その時にキョウヤは勢いに任せて告白まがいな事を口走っていた。キョウヤは脳内で悶絶し、顔を背けて赤面する。
そんな妙に甘ったるい雰囲気が二人の中で流れ、お互い気恥ずかしくなる。
キョウヤは頬を掻いて、必死に動揺を隠して泰然と装うが、口元は緩み、にやけてしまう。
しばらくして何事か考えていたシャルリーヌが少しだけ寂しそうな顔を垣間見せて。
「えっと……少し訊きたいんだけど、キョウヤはその世界に帰りたいって、思うの?」
その質問に対してキョウヤはしばし考える。
異世界に飛ばされたのではなく転生したのならば、元の世界に戻るのは難しい……いや、不可能と言った方が正しい。
仮に帰れる方法があるとしても、また辛く退屈な日々に戻るだけだ。既にキョウヤの中ではこの世界で生きると決意し、出来ればシャルリーヌと一緒にいたいという気持ちが大きくなっていた。
「正直、元の世界に戻りたくないかな……。両親には悪いけど、俺はここで生きていきたいから」
「…………それはどうして?」
その世界で生きる意味があるか、ないかの違い。
ただそれをシャルリーヌに話すのは照れ臭くって、キョウヤの想いを吐露できなかった。だから曖昧に笑って誤魔化した。
「って、それよりクレープ……じゃなかった。プクーレを食べようか?」
これ以上追求されないよう話を終えて、しばらく放置していたプクーレに一口囓る。
すると程よい甘味が口内に広がる。バニラに近い味がした。
そんなキョウヤの様子に悟ったシャルリーヌはこれ以上何も詮索せず、同じくプクーレを一口囓る。すると目を見開いて美味さに感激すると、もう一口入れて、今度はゆっくりと味を噛みしめたシャルリーヌは、頬に手を当てて口元を緩める。
「う~ん! 甘くて口の中が蕩けて美味しい! これがルサント王国の名物なのね。あ、キョウヤのプクーレの味も確かめさせて?」
そう言って横からシャルリーヌの桜色の唇が、キョウヤのプクーレを一口食べる。その際、白いクレマが少し溢れて、シャルリーヌの唇にクレマが付いた。それを艶めかしく舌でぺろりと舐め取った。
呆気に取られたキョウヤは重大な事に気付く。
「…………か、間接…………キス?」
そう、シャルリーヌはキョウヤが食べた箇所を一口食べたのだ。正真正銘の間接キス。
そんなキョウヤの心情を知らず、シャルリーヌは自分の分のプクーレを差し出してきた。当然、シャルリーヌの食べかけである。
「私のも美味しいよ?」
これが間接キスになるということは気付いていないのだろうか?
まあ、屈託無い笑みで差し出すシャルリーヌは間接キスに意識していないと直ぐに分かる。
しかし、これを食べるということはキョウヤも間接キスをするわけだ。
もしかすると、異世界では間接キスはもはや常識的な価値観?
キョウヤが気にしすぎなのだろうか。
「キョウヤ?」
一向にシャルリーヌのプクーレに口を付けないキョウヤに怪訝な顔になる。これ以上躊躇してられない。
それにこうして許可を貰っているのなら是非とも堪能するべきだ。覚悟を決めるべきだ。
心臓がはちきれそうなほど高鳴り、恐る恐るキョウヤはシャルリーヌのプクーレに口元を近づいて、そして一口囓った。
「…………」
「どう? こっちも美味しいでしょ?」
「う、うん……」
はっきり言ってプクーレの味より、間接キスしたという衝撃の方が大きく味わう余裕はなかった。
そんな幸せで甘酸っぱいデートの一時を堪能したキョウヤは、またシャルリーヌをデートに誘おうと密かに思ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
この後は、幸せを感じたまま普通に鍛錬して、話は終わりだと思っていたキョウヤ。しかし、まだ続きがあった。
屋敷に戻ってシャルリーヌと別れた後、しばらく幸せな一日を思い出して、ニヤニヤと口元が緩んでいた。客観的に見たら誰もが気持ち悪いと感想を抱くほど。
「って、鍛錬をサボるのは良くないよな」
気を引き締めてキョウヤは自主鍛錬に励もうと、シャルリーヌに見つからない場所へ向かった。いつの間にか口元はニヤニヤとしていたが。
キョウヤが少し屋敷を散策していたときに見つけたそこは、屋敷の裏庭で人が滅多に訪れない場所。そこで密かに自主鍛錬を積んでいた。
日が沈んで薄暗く静寂な場所ではあるが、月明かりのお陰で何とか見える。
木剣を手にしたキョウヤは素振りを開始した。これをすることで剣はぶれにくく、正確な場所を寸分違わず狙うことが出来るとルードルフは言っていたが、実際キョウヤは半信半疑である。だからといってサボるようなことはしない。
しばらく素振りを百回ほどすると、汗が滂沱と流れて服が貼り付いて気持ち悪かった。木剣を握る手も弱くこれ以上素振りが出来ず、一時休憩する。
「ふぅ~……へへ……っとシャルとのデートでニヤニヤが止まらない……へへ」
一時休憩した後、キョウヤの脳裏にはシャルリーヌとのデートが自然と浮かび上がる。
すると土を踏みしめる音がキョウヤの耳に届き、びくっと肩が揺れる。
「あらあら~? もう素振りは終わりなの~?」
おっとりした声、正体はキョウヤがお世話になっている屋敷の主であるエルヴィラであった。
エルヴィラの手には木剣が握られて、近づいて来た。なぜ木剣を持っているのか不思議だったが、もしかするとエルヴィラも鍛錬しに来たのかと思っていたキョウヤ。
「エルヴィラさんは鍛錬しに来たのか?」
「うふふ~私がそんな汗を流すようなむさ苦しい行為をすると思う~?」
むさ苦しいってとツッコミは置いといて、ではなぜ木剣を持ってエルヴィラが現れたのか。その答えはエルヴィラが木剣を構え、嗜虐的な笑みを浮かべた事で答えに至る。
「えっと……い、今は休憩中で――」
「敵は休憩中でも待ってもらえるほど優しいのかしら~? うふふ~、なんて間抜けな敵なのかしら~」
一気に間合いを詰めてきたエルヴィラの瞳がギラリと光。
危険を察知したキョウヤは咄嗟に反応を見せて、立ち上がって木剣を構える。
振り下ろされるエルヴィラの剣撃をギリギリで防ぐ。しかし、柄を握る力が弱く、呆気なく木剣が手から離れて乾いた音が響いた。
「ちょっ!? まっ――」
両手を前に突きだして静止の声を上げようとして。
「は~い、まずは一回目~」
おっとりとした口調で容赦なく腹部に木剣が叩き込まれる。
その流麗な剣捌きはキョウヤの目では追い切れない剣撃であった。
「がはっ――、す、少しは……くぅ、手加減……」
乾いた息が漏れて、呻き声を上げると腹部に鈍い痛みが襲う。膝を着いて眇めるキョウヤは、顔を上げて、手加減するよう懇願するが。
「敵は手加減なんかしないけれど、随分敵はキョウヤくんに優しいのね~。私の敵はそんなに優しくされないわよ~?」
勿論、キョウヤのお願いなどばっさりと切り捨てる。
休む暇を与えず、エルヴィラの追撃がくる。
落とした木剣を拾っている暇も無い。ならここは魔法だけが頼り。
しかし、キョウヤが魔法を使えたのはディアヌが持つ魔宝具のお陰で、実際魔宝具なしで魔法を発動させたことは一度もない。一か八かで魔法を使うしかない。
「あ、諦めるわけには――。な、なら……【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――ウェントュス!」
呪文詠唱を紡ぐが、やはりキョウヤの掌から幾何学模様は展開せず、魔法を放つことはできなかった。
ギリギリの所でエルヴィラの剣撃を回避するさなか、キョウヤは焦燥感に駆られる。反撃する隙も、攻撃手段もない。
「あらあら~? キョウヤくんはまだ魔法が使えないの~? そんなんじゃ、そこら辺の雑魚にも勝てるか怪しいわね~。それじゃあ私が実際に魔法を使うから覚えてね~?」
どうこの場を切り抜けるか模索する中、エルヴィラの言葉に嫌な予感を覚えたキョウヤは、冷や汗を掻いた。
「【集いし氷塊、冷気を纏う氷精よ、――」
エルヴィラの口から閑雅に詠唱を紡ぎ出すと、掌から白色の幾何学模様が展開する。それは今までに見たことが無い色。そしてその詠唱からある程度推測すると、その属性は――。
「氷属性? 上位魔法じゃねぇか!?」
「――飛来せよ】」
氷属性で初級魔法――グラキエース。
冷気を纏った氷の塊が現れ、拳くらいの大きさが幾つもキョウヤに向かって飛来した。
キョウヤは絶叫を上げながら、死に物狂いで氷塊を回避する。
「死ぬ死ぬ死ぬ!? マジで死ぬって!?」
エルヴィラの氷の魔法と華麗な剣術捌きに翻弄されるキョウヤ。
襲いかかる氷塊を回避し、剣撃の猛威を必死の形相で回避し、何度も地面を転がっては無様な姿を晒して回避する。
とうに体力の限界に達しているはずのキョウヤは、火事場の馬鹿力で何とかエルヴィラの攻撃に対応できていた。
「うふふ~、情けなく声を上げるキョウヤくんの姿……醜く、惨めで、もっとイジメたくなっちゃうわね~」
頬に手を当ててうっとりと、恍惚とした表情をするエルヴィラ。まさにドSだった。そんな知りたくも無かった一面を目にするのだった。
「エ、エルヴィラさんがこんなにドSだったなんて……。普段のおっとりしたエルヴィラさんがはいずこへ」
「キョウヤくん~? まだまだ行くわよ~?」
「ちょ、ちょっと少しくらい休憩を!?」
この後、エルヴィラにこれでもかってくらい痛めつけられたのだった。
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