第二話 古代魔法と近代魔法

「ディーたんって一体何者なんだ?」


「早々にどうしたんだい?」


 ルサント城を後にしたキョウヤが次に向かった場所が王立図書館。

 いつもの受付場所で座る小柄な少女。眠たげな瞼で、本をジッと読む彼女の正体はこの図書館の司書である。

 身長は小学生並、胸は巨乳、しかもキョウヤより年上という合法ロリ巨乳の名は――ディアヌ・ウリンスアム。異世界転生して初めて出来た数少ない友達。

 自分の事を”ボッチ”と、特殊な一人称を使用するちょっとおかしな少女である。

 さてキョウヤが王立図書館に訪れた理由は、ディアヌから魔法を教授するため。

 ここ一週間はかなりハードスケジュールを組んで、キョウヤの一日は剣術と魔法の鍛錬に粉骨砕身していた。ルードルフに剣術の指導を受け、そしてディアヌから魔法の指導を。

 シャルリーヌを守れる力を手に入れるという原動力に、キョウヤは日々努力を怠らず、継続し続けていた。


 ディアヌから教授される魔法の講義はこれまで座学で、未だ実践をやらされたことはない。

 魔法とは何か、魔法の属性、呪文詠唱による魔法発動など、魔法のなんたるかを一週間で長々と説かれていた。

 最初こそ興味深い分野だから熱心に取り組み、真剣に耳を傾けていた。

 ディアヌの説明は魔法が使えない人向けに、要点を押さえ、簡潔に説示してくれて非常に理解しやすい。もしディアヌが教師をしていたなら、生徒から尊敬の眼差しを向けられること間違いなし。


 しかし、一つだけ難点がある。

 それは一度口を開けば、永遠と口を休めず喋り続けること。

 酷いときは休憩なしで3時間以上も長広舌をふるまれた日もあった。

 当然、集中力が続かないキョウヤは講義中に寝てしまった時がある。それを目睹したディアヌは、子供のようにぷくっと頬を膨らませてむくれていた。

 何とも微笑ましい姿なのだが、その後の対応に雷の魔法で、強制的に眠気を吹っ飛ばすという鬼畜の所行を受けたのだった。

 だから、うとうとしてる時に隣から呪文詠唱が紡がれると、脊髄反射で目を覚ますようになった。軽いトラウマである。


 それでも熱心に教えてくれるディアヌには感謝していた。

 こうしてディアヌから魔法の講義を受け続け、友達という関係を育んでいると、ルードルフやシゼル、エルヴィラまで、ディアヌと親しいことに鳩が豆鉄砲を食らったような表情をされる事があった。

 事情を訊いてもディアヌの正体について閉口するか、複雑な顔を浮かべるだけで誰も教えてくれる人がいなかった。

 ということで本人に直接正体を訊こうとした次第である。


「いや、俺がディーたんと親しげだと妙に驚くんだよ。それで何者なんだろうなって気になって」


「ふむ……。まあ驚かれるのは無理もないな。隠匿するつもりはないから打ち明けても問題は……いや、キョウちゃんの態度が変わり、今まで通りに接してくれなくなる」


「そんな事は無いと思うんだが……」


「……確かにキョウちゃんなら大丈夫か。でもこのままの方が愉快でいいかもしれない。くふふ、ボッチの正体は隠匿したままだ」


「そう言われると余計に気になるんだが……?」


「知りたければ自分で調べたまえ」


 結局ディアヌの正体について教えてくれなかった。

 一体何者なのか、ますます気になるキョウヤだった。だがディアヌからの言質は取ったし、今度時間がある時にでもディアヌの正体を詮索しようと意企した。


「今日も座学なのか?」


 意識を切り替えて、今日の魔法の講義内容について問いかけた。


「そうだな……。一度復習してから実践に移ろうか」


 実践という言葉に待ち侘びたキョウヤは歓喜した。

 そして、ディアヌが隣に置いてある椅子をぽんぽんと叩いて座るよう促す。

 そこが講義する上での定位置。ディアヌとの距離感はほぼゼロに近く密着してしまう。

 最初、躊躇するキョウヤだが、実際に講義が始まると対して気にならなくなる。

 ただディアヌが身動ぎした際、不意に揺れる豊満な胸や腕に当たる感触が気になる程度。それだけで十分集中力を乱される起因ではある。恐るべしメロンちゃん。

 受付場所の中に入ると、キョウヤは椅子をディアヌから少し離してから座った。

 しかし、なぜかディアヌの方から椅子を詰めてきて、密着状態となるとキョウヤは狼狽した。必然的にキョウヤの腕にメロンちゃんの柔らかい感触が伝播し、緊張感が現在進行形で増していく。


「ど、どうしてち、近づくんだよ!?」


「ん? くふふ、そういうキョウちゃんの反応が面白くってね」


 胸の鼓動はいつもより速まり、キョウヤの顔が赤くなる。

 そんなキョウヤの反応を下から覗き込んで、からかうディアヌの顔は楽しげだ。

 キョウヤは意識しないよう、たわわに熟成されたメロンちゃんから目を逸らして、意識を遮断させる。だが微少に体を揺らしてくるディアヌ。動く度腕に当たる柔らかい感触によって意識を遮断させる事が不可能。

 そして、キョウヤの心情を余所にディアヌは講義を開始した。


「まずはそうだな……魔法には大まかに二種類ある事は知っているだろう?」


「こ、古代魔法と近代魔法だっけ? 古代魔法は詠唱が必要で、近代魔法は魔宝具が必要だったかな」


 そのどちらも実際にキョウヤは目にしたことがある。

 古代魔法がキョウヤも知る一般的な概念で、根底となる詠唱によって発動する魔法。シャルリーヌが使う風や雷の魔法がそうだ。

 近代魔法はキョウヤの知らない魔法の概念で、根底となる魔宝具を使用した魔法。リリが発動させた見えない攻撃がそうだ。


「そうだね。古代魔法は千年前までは主流と伝承された魔法。古代魔法を発動するには呪文詠唱が必要不可欠。これは長ければより強力な古代魔法が発動する。ただ詠唱中は隙だらけだから、最後まで詠唱できず終わることが多々ある。最大級の古代魔法を発動させるのは難しい」


「確かに強力な魔法って長ったらしい呪文をだらだら言ってような……。長い呪文は無理でも短い呪文なら俺でも簡単に発動できるよな」


「残念ながら、そう簡単に古代魔法は扱えない。魔法には適性があるからね。古代魔法を扱えるのは全て貴族と考えてもいい。逆に平民は殆どが適性がないから古代魔法を扱える人は少ない。まあ、そう残念がる必要も無いさ。魔法の適性が無くっても、それは努力で補えることができる。さっきも言ったとおり、平民は古代魔法を扱えるのは少ない」


「なら俺もいずれは魔法が使えるのか……?」


「そうだね。適性は無さそうだが、努力で古代魔法は使える。まずは魔法の呪文についての復習をしようか。そうだな……試しに――」


 ディアヌは掌を前方に向けて、詠唱を口に出した。


「【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】」


 緑色の幾何学模様が出現すると風の初級魔法――ウェントュスが発動した。

 ディアヌの掌から風の弾がゆっくりと漂うと、ある一定距離を進んだ後に霧散した。


「これが風の魔法だっけ?」


「初級の風魔法――ウェントュス。魔法は初級から最大級の4つに分類され、詠唱の長さや威力もそれぞれ異なる」


 基本的に基礎となる属性の魔法は、風魔法を例にすると、ウェントュスを初級として頭にウラ→ドュラ→トラを付ける。

 中級魔法なら”ウラ・ウェントュス”のように。

 これらは初級から最上級まで詠唱の長さや威力が変化する。

 初級魔法の風の呪文詠唱は

 【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】

 となるがこれが最大級――トラ・ウェントュスの呪文詠唱の場合は

 【荒れ狂う風精よ、見えざる幾千の真空の刃にて、切り刻め】

 とこのように長い呪文詠唱を紡ぐ必要があり、呪文詠唱中は隙が見られ、唱える暇は少ない。その分威力は絶大。

 それが今までディアヌに教わった呪文詠唱についてだ。


「風と雷の魔法はシャルが得意とか言ってたな」


「人によっては得意の魔法、不得意な魔法が存在するからね。その眼帯娘は風や雷の魔法、ボッチの場合は水や闇が得意魔法だ。話を戻して、さっきはマナの消費を最小限に魔法を発動したから威力が弱かった」


 マナとは誰もが有している魔力の事だ。そのマナを使用する事で魔法が発動出来る仕組み。


「中にはマナの消費を少量に押さえつつ、初級魔法を最大級並の威力を放つ魔法使いも存在する。ボッチもそれが出来るが、さすがに図書館の中でそれを放つと悲惨な結果になるからやらないが。それとさっき一語一句正確な呪文詠唱を紡いだが、これを省略することも可能だ。基礎魔法は慣れていけば殆どの場合、省略される。実際に唱えると……【飛弾せよ】」


 風魔法の呪文詠唱を省略すると、先程と同じように風の弾が放たれる。


「シャルも省略して魔法放ってたな。最上級魔法も普通に省略してたし」


「ほう? 最上級魔法を省略するのは魔法使いの中でも難しいと言われている。眼帯娘の実力は第四級魔導級マギ・クァットルって所だろうか。そうそう、魔法使いには六つの階級がある事は説明したはずだけど……覚えているかな?」


「確か……第一魔導級マギ・ヌスから第六魔導級マギ・セスに分類されるとかってやつだよな?」


「そうだ」


 最上級魔法の習得や呪文の省略詠唱、他にも固有魔法の扱いによって個々の能力を考慮し、魔法の階級が定められているという。

 中でも全ての魔法を極め、規格外の域に達した化け物級の第六魔導級マギ・セスへ到達した魔法使いは、未だに存在しないという。伝承では千年前の偉大な魔法使いが、その域へ到達したただ一人の第六魔導級マギ・セスらしい。

 因みにディアヌの魔法階級は第五魔導級マギ・クィーンク

 第五魔導級マギ・クィーンクの域に到達した魔法使いは指で数える程しか存在しないと、ディアヌは事も無げに答えていた。

 明らかに凄腕の魔法使いであるにも関わらず、鼻にかけない態度、本当にディアヌは何者だろうか。


「そういえば、少し気になってたんだが俺の得意な魔法ってなんだ? 魔法の適性は無いのは分かったけど……一応魔法は使えるんだよな?」


「そうだね。努力次第で魔法を習得できる。まあ直ぐに魔法が使える裏技があるんだけど……その話は後にしよう。それでキョウちゃんが聞きたいのは自分の得意魔法という所だが……少し調べさせてもらおう」


 するとディアヌの手がキョウヤの服の中へ侵入すると、胸板を触り始めた。

 思わず変な声が漏れそうになる。


「ふむ……キョウちゃんは剣術の鍛錬もしていたな? まだまだだろうけど……少し筋肉が付いているのが分かる」


 ひんやりとした指先が胸板を円を描くように弄られ、キョウヤの心臓の鼓動がいつもより増して高鳴る。そんなキョウヤの動揺が、直接胸板に触れるディアヌにバレている。

 穴があったら入りたい衝動に駆られている今のキョウヤは、羞恥心で死にそうだった。


「ディ、ディーたん……」


 熱に浮かされたような妙な気分になるキョウヤは必死に耐えるのだが……。チラリとディアヌを確認すると「くふふ」と笑いを漏らして、「はぁ、はぁ」と荒い息遣いに垂涎していた。

 果たしてこの行為は得意な魔法を調べるのに必要なのだろうか?

 不審に思ったキョウヤは結果が分かったのか訊いてみた。


「け、結果はまだ分からないのか?」


「結果? ああー、この行為がキョウちゃんの得意な魔法を調べる方法だと思っていたのか? くふふ、これはただボッチが触りたいから触っていた」


「なっ!? か、かかか関係ないのかよ!?」


 直ぐにディアヌの手首を掴んで胸板から離す。キョウヤは半目で再び結果を促す。


「ふむ……キョウちゃんの得意な属性は……闇? 模糊として……魔力の色が判断し辛いな。恐らく闇だろうけど……、初めて魔法を使うには扱いづらい属性だな。一応初級魔法となる闇の魔法は存在するが、どれも強力でマナの消費が激しいのだがな」


「闇か……。中二心をくすぐる属性魔法じゃないか!」


「まあ、使うにせよ、取りあえずは四大属性の基礎を学んでからだな。基礎程度なら発動できるはずだ。と、ここでキョウちゃんに質問、基礎となる四大属性は覚えているかな?」


「えっと……火、水、風、土だな」


「ではその上位属性は?」


「確か……炎、氷、雷、木でいいんだっけ?」


「正解だ。それにプラスして闇と光の属性……全部で十の属性が存在する。基礎となる四つの属性が最も扱いやすく、四つの上位魔法は少々難解、残り二つの光と闇は属性が適してないと扱えない。ふぅ~、ここまでが古代魔法の復習だ。何か質問はあるかな?」


 一通り古代魔法の復習を簡略し、説明したディアヌは一息吐いて、キョウヤに視線を向ける。

 ここまで何度も座学で説明されていた事だから理解は出来ていた。

 しかし、キョウヤは一つだけ気になったことがあった。


固有魔法プロプリウスって言葉を聞くけど、今まで説明されたことが無いんだけどさ?」


「あー固有魔法プロプリウスね。これはキョウちゃんにはまだ早い……いや、そもそもキョウちゃんのレベルでは一生到達できない領域だから説明を省いたんだよ。簡単に説明すると、魔法使いが独自で創造した究極の魔法。固有魔法プロプリウスが扱える魔法使いは極僅かで第五魔導級マギ・クィーンク以上にしか扱えないのだよ」


「くっ! 俺の最高傑作の究極魔法を創造できると思ったが……残念だ」


「さて、今度は近代魔法についての復習をしよう」


 ディアヌが豊満な胸の谷間から手を突っ込んで何かを取り出していた。その際、ぷるんぷるんと柔らかそうな胸が揺れる。

 キョウヤの視線が自分の意志とは異なり、メロンちゃんを凝視していた。是非ともこのお胸様に触れて感触を堪能したい。

 生唾をゴクリと喉を鳴らすが、かぶりを振って邪念を追い払う。キョウヤは自分の右手を左手で押さえ、メロンちゃんから視線を外す。

 一瞬でも、谷間に手を突っ込みたいという悪魔の囁きの甘言に、惑わされそうになった。

 一体何を考えているのだろう。下手したら犯罪。しかも相手は小学生……じゃなかった。

 なら合法ロリ巨乳だから問題はないのでは?

 ……いや問題は大いにある!


(くっそう~~~!? 俺はシャル一筋なんだ!! こんな事で俺を誘惑するな~~!?)


 頭を抱え葛藤するキョウヤ。

 脳内では欲望に身を任せようと囁く悪魔と、理性を保てと叱咤する天使が鬩ぎ合っていた。

 しかし、思春期な男の子であるキョウヤには、お胸様の脅威的な誘惑に逆らえるはずもない。

 再びディアヌのメロンちゃんに脳内保存すべく、穴が開くほど凝視する。

 手を出さないにしても、見るだけならセーフという謎理論に結論が帰結する。キョウヤの脳内で天使と悪魔がお互い握手を交わし、和解に成功するのだった。

 今のキョウヤは完全に鼻の下が伸びている。


「……キョウちゃんがどこを見ているのかボッチは咎めないが…………その、これでも面映ゆいんだぞ?」


「うひゃい!? ご、ごごごごごめんなさい!? うお!? は、鼻血がっ!?」


 鼻の奥に何か生暖かいものを感じて、キョウヤは天井を眺めた。

 ディアヌはというと頬を少し赤らめ、自分の胸を隠して椅子を離していた。


 妙な雰囲気に、しばらくしてディアヌから咳払いを一つする。

「き、近代魔法について話を続けよう」


「お、おう」


 気を取り直して、谷間から取り出したディアヌの手にはネックレスを持っていた。

 その真ん中に嵌められた宝石は、燦然とした黒曜石のようで禍々しく、それでいて神秘的で綺麗な色相をしている。如何にも高価そうな代物。


「これは近代魔法を発動させるのに必要な魔宝具。要は古代魔法の呪文詠唱の代替がこれなんだ。この魔宝具にマナを少量送り込むことで発動できる。そして魔宝具にはそれぞれ異なる効果が付与されている。例えば、ボッチの魔宝具は、古代魔法の無詠唱、古代魔法のマナの消費量を削減、威力を増幅させる三つの効果がある。ボッチの場合はマナが他の魔法使いより、少なくってね。それを補うためにボッチはこの魔宝具を作ったのだよ」


 手本を見せるために再び掌を正面に向けると、ディアヌは何も呪文詠唱せずに、緑色の幾何学模様を出現させた。放たれた風の弾は、呪文詠唱した時より一回り大きく、威力も増してディアヌの髪が風で靡く。


「へー……あ、さっきディーたんは魔宝具を”作った”と言ってたけど、魔宝具って誰でも作れるものなのか?」


「残念ながら誰でも作れる訳じゃない。魔宝具を作るにはこの魔宝石」


 ディアヌが指差すのはネックレスの中央に嵌められた黒曜石のような宝石。


「これはかなり希少な宝石で、入手困難な魔宝石なんだよ。これさえあれば、魔宝具を作ることが出来る。ただ第四魔導級マギ・クァットル以上の魔法使いにしか作れず、しかもマナを大量に消費し、心血を注ぐ必要があるから最低でも1年の歳月を要する。ちなみに魔宝具が発動する効果は、その制作者によって異なるし、効果を付与させるのに限度がある。過去にボッチはいくつか魔宝具を製作依頼を受けたことがあった。その中の一つに、ルードルフの剣とかね」


「……マジか? あの魔法を消すっていうチート能力がそうなのか……。ということは魔宝具の効果で誰が制作したのかって分かるのか?」


「そうだな……解読は可能だ」


 そう考えると、リリが使用した魔宝具の製作者も知ることができるってことになる。しかし、それを知ったところで果たして何の意味があるのか……。


「兎に角、古代魔法が使えなくってもマナは誰でも持っているものだから、魔宝具さえあれば近代魔法を扱える。魔法が使えないルードルフがそうだ。ボッチが製作した魔宝具の剣、アレは特別製でね、自身のマナを注ぐ必要は皆無、魔法をただ斬るだけでマナを取り込めるんだ」


 一度言葉を切ると、ディアヌはニッと口角を上げて不敵に笑うと、続きを言った。


「そして、取り込んだマナを使用して魔法を放つことも可能なんだ。それをルードルフが容易に扱ってんだから、恐ろしいくらい相性がぴったりだよ。まあ彼の場合魔宝具なしでも魔法を斬る事が出来るんだから執念深い化け物だよ」


 苦笑するディアヌは揶揄するように吐露した。

 実際にルードルフの戦闘を目にしたキョウヤは、魔宝具ありでリリの見えない攻撃を斬っていた。アレを魔宝具なしで斬れるというなら、本当にルードルフの強さは化け物じみている。

 今の所キョウヤの中の強さランキングは、ルードルフがぶっちぎりの一位である。ちなみに二位は、実力は未だに目にしたことはないが、ディアヌかエルヴィアである。


「そうなると俺も魔宝具があれば近代魔法使えるって事か」


「端的に言えばそうだが、さっき説明したとおり、魔宝石は結構稀少な品物だから簡単に手に入れるわけじゃない。そうだな……何かしらの功績を成し遂げ、女王に賞賛されたら、魔宝石が賜与される可能性があるだろうね。その時はキョウちゃんのために魔宝具の製作を引き受けよう」


「それはありがたいが……現実味が無い話じゃないかよ」


「取りあえず、近代魔法についての説明はこれくらいだろうね。ふむ? 時間を多く消費してしまったが……今度は実践に移ろうか。その前に古代魔法を発動する上で注意する点は、マナの消費量だ。これも講義の際に説明したと思うが、マナを使いすぎるとマナ欠乏となって一日動けなくなる恐れがある。さらに無理して使いすぎると死に至る。だから注意するように。さて少し広い場所に移動しよう」


 気を引き締めてディアヌの忠告に頷く。


「ここを留守にして大丈夫なのか……?」


「心配ない。図書館に近づく物好きはいないだろうからね」


 そう言って受付場所から出たディアヌ。

 確かにここ一週間ずっと王立図書館でディアヌから魔法の講義を受けていたが、人が訪れた事は一度もなかった。

 一応観光の名所として、英雄の伝承が書物として残されている王立図書館。興味ある人なら一度は訪れる場所だが……。

 何か図書館に寄らない理由があるのだろうか?

 その理由にディアヌが関係するのか……。

 取りあえず、考えても答えは見つからないので、キョウヤはディアヌの後を追った。

 

 外に出たディアヌは王立図書館から少し歩いた場所へ移動した。

 そこは立派な屋敷に広大な庭がある場所。エルヴィラの屋敷と比較してもなお大きい屋敷。

 何度かキョウヤは来たことがあるその屋敷は、ディアヌが住む屋敷という。普段は王立図書館で過ごすことが多く、屋敷に帰ることは殆ど無いと本人はつまらなそうに言っていた。


「ここに一人で住んでいるとは勿体ないな。というか両親とは離れて暮らしているって事か?」


「ボッチの事を知りたければ、キョウちゃん自身が探求し、ボッチの正体を知ればいい。それとも……ボッチと……一緒に……なら――」


 素っ気なく言葉を返した後、屋敷とキョウヤを交互に視線を彷徨わせてから、何事かぶつぶつと呟いた。


「ん? どうしたディーたん?」


「…………さて、始めようか」


 ディアヌの言葉が聞きづらく、聞き返したのに、さっきまで赤かった頬は一瞬で引いて素っ気ない態度で答えた。よく分からず、疑問符を浮かべるキョウヤは首を傾げる。


「まずは……そうだな眼帯娘も得意とする風の魔法でいいか。まずは詠唱だが……これは何度もキョウちゃんに教えているし、眼帯娘から耳にしているから今更だろう。取りあえず、やって見せてくれ」


「わ、分かった」


 ディアヌに促された後、キョウヤは一度深呼吸をする。

 それから手を伸ばして掌を正面に向けて集中する。目を閉じてシャルリーヌとディアナから、耳にたこができるまで聞いた、風の呪文詠唱を脳裏に思い浮かべ。そして次に自分の中に、微弱なマナを感じ取って。


「【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――ウェントュス!」


 呪文詠唱を口ずさんだキョウヤ。

 しかし緑色の幾何学模様は出現されず、シーンと沈黙が流れた。

 魔法は失敗に終わる。


「ふむ……体の中にあるマナを取り出すんだ。感じるだけでは発動出来ない。マナを感じ、取り出し、詠唱する。【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――こんな風にな」


 手本を見せるディアヌはいとも簡単に魔法を発動させて見せるが、キョウヤはその原理がさっぱり分からなかった。

 魔法は剣術と違って見よう見まねで出来るほど簡単ではない。とはいえ剣術も見よう見まねで簡単にできるわけでもないが。

 兎にも角にも、キョウヤはしっかりとマナを感じ、詠唱する所は十分にできている。しかし、肝心なマナを取り出す行為が全くできていなかった。


「う~ん……マナを感じる所までは何となく分かるんだが、取り出すってどうやるんだ?」


「手で水を掬う要領だよ」


「手で水を……えーと…………【我に集いし風よ、駆け、飛弾せよ】――ウェントュス!」


 シーンとまたも沈黙が流れる。やはりキョウヤにはさっぱり分からなかった。


「ふむ……」


 ディアヌは顎に手を添えて何事か考え始める。すると胸元から例の魔宝具を取り出す。


「ならこの魔宝具を使用して魔法を使ってみようか。一度魔法を発動させて、要点さえ掴めれば、魔宝具なしでも発動出来るはずだよ」


 ディアヌからネックレスの魔宝具を渡され、それ受け取ったキョウヤは慎重に首に掛ける。


「これってどう使うんだ?」


「それはただマナを感じ取るだけでいい。後は魔宝具が自動的にマナに干渉し、自由に使えるようになる。実際に詠唱してみれば分かるよ」


 ディアヌの言葉に頷いたキョウヤは、再びマナを感じ取って呪文詠唱を口にする。

 すると、掌から緑色の幾何学模様が出現し、風の弾が出現した。弱々しく、ゆらゆらと進む風の弾は、しばらくすると霧散した。


「お、おおお!! これが魔法か!? お、俺、魔法を使ったんだよな!?」


 初めて魔法を発動させた事に感動を覚えたキョウヤは、テンションを上げてもう一発魔法を発動させた。今度は駆けながら格好良く魔法、振り向きざまに魔法、少し威力を上げて魔法、何度も何度も魔法を発動させるキョウヤは、初めて新しいおもちゃを手にした子供のように、胸を躍らせていた。

 そんなキョウヤの様子に若干心配するディアヌ。


「キョウちゃん、ボッチの魔宝具は古代魔法を補助するために作られたから、マナの消費量が少量だとしても、そう何度も魔法を発動させると動けなくなるぞ?」


「魔法マジパネェ! 俺魔法なう! はっはっは!」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


「はぁ……はぁ……、か、体が……だ、るい……」


「だから言っただろう」


 呆れ顔で吐露するディアヌだが、その顔は我が子を慈しむような表情をしていた。


「まあ何度も魔法を使ったことで、恐らく感じはつかんだと思われるが……これ以上マナの消費は良くない。魔法の講義は終了だ」


 長時間にわたる魔法の復習&実践を終えて、今回の講義はあっという間の一時だった。

 既に日は沈みかけ、空は赤色と橙色のグラレーションが敷かれて、幻想的な風景を映しだしていた。


「あ、……ちょ、ちょっと聞きたい事があるんだけどさ?」


「なんだ?」


「未来を視るというか実際に未来を体験するのって……そういう魔法ってあるのか?」


 ここ一週間のハードスケジュールですっかり忘れていた、ラプラスの悪魔の能力である未来体験。

 リリとの一件で一度だけキョウヤが実体験した未来。それをキョウヤは”ラプラスの悪魔”と呼んでいた。

 キョウヤはラプラスの悪魔のお陰で、未来で死ぬはずだったシャルリーヌの危機を回避することに成功を果たした。今思い出すだけで、吐き気が込み上げてくる胸くそ悪い悲惨な結末だから、極力思い出さないようにしていた。

 しかし、ラプラスの悪魔について謎が多い能力、今後の事を考えるとキョウヤはその能力について知る必要がある。

 物知りのディアヌなら何か知っているのではと質問するが……。


「そんな魔法はボッチでも聞いたことはないな……。そういえばキョウちゃんは未来を経験したと言ってたか」


 ラプラスの悪魔についてはディアヌに話してあった。普通なら妄想だと一蹴される話であるが、ディアヌは真剣にキョウヤの話を聞いてくれた。


「そう……だね」


「ともかく、キョウちゃんはそれを”ラプラスの悪魔”と呼んでいたな。一応こちらでも調べさせてもらったが……残念ながら何も得られなかった。未来を視る魔法ならあるが……実際に未来を体験となると、そんな魔法は実在しない。それにキョウちゃんの話を聞く限り、それは魔法とは異なる力だとボッチは推測している」


「魔法とは異なる力? それって実際にそんな力が存在するのか?」


「はっきり言えば、人種には魔法以外の力はない。ただし人種以外と考えるとある。例えばエルフ種の精霊魔法、竜種の不可思議な力……これに関して謎が多くボッチでも分からない。兎に角、人種以外なら未来を体験できる力が存在するかもしれない。ただ他種の文献は残念ながら、王立図書館に置いてないから直接話を聞くしか方法はないけどね」


「そっか…………」


 ラプラスの悪魔の謎。

 まだ一度しか経験していないため、これからも発動するのかどうか判然としない。

 もしあるとしたら、またキョウヤの目の前でシャルリーヌが……それとも誰かが死ぬのだろうか。そう考えるとゾッとする。

 また発動するならば、ラプラスの悪魔について真剣に考える必要がある。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 少しだけマナが回復するが、それでも気怠い感じはまだ残留したまま。

 ディアヌと別れて、エルヴィラの屋敷に戻る。鉛が付いたような重い足取りで、自分の部屋へ向かう。

 もうこのままふかふかのベットに、横になりたい一心で桃源郷を目指す。きっと直ぐに熟睡できる自身はあった。

 ようやく辿り着いてドアを開ける。

 するとベットに腰掛けるシャルリーヌの姿が視界に映した。

 顔は不機嫌でジト目がキョウヤを射貫き、近づきにくいオーラを発している。

 ぎくっと後ずさるキョウヤだが、剣術や魔法の鍛錬をしていただけで疾しい事は……と少しだけ心当たりがあって冷や汗を掻いた。


「シャ、シャル? ど、どうしてこの部屋に? も、もしかして、お、俺部屋を間違えたのかな?」


「ううん、キョウヤの部屋はここで大丈夫よ。それより、キョウヤは今までどこにいたの? ううん、ここ一週間私に内緒でどこかに行ってた。それも私が寝ている間とか、気付かれないうちに」


「えっと……ちょっと調べ物?」


「司書さんの所? 何しに? 乳繰り合ってたの?」


 早口で問い詰めるシャルリーヌにキョウヤは言葉を詰まらせた。

 言い訳をしようと口を開きかけ、脳裏にディアヌのふよんふよんと揺れるメロンちゃんが過ぎった。しかも思いっきり凝視していた。キョウヤは何も言えず、ただ狼狽するのみで、まるで浮気がバレた夫が妻に責められているような状況。


「キョウヤも難儀だね」


 いつもの台詞を口にして現れたのはエミール。

 リリとの件で怪我を負っていたが、一日で回復して目を覚ました。大事にならなくて良かった。


「あ、……え、えっと……シャ、シャル……?」


「…………ここ一週間キョウヤがいなかったから、私は暇だったの。依頼もまだ連絡来ないし、だからこれからの事について話し合おうと思っていたの。キョウヤがいないから話も出来なかったけど」


 不機嫌顔でシャルリーヌが頬を膨らませる。何か子供っぽくなってないかっていう疑問はさておき、そんなシャルリーヌも可愛いと思うのもさておき、今は微笑ましくしている場合では無い。何とか機嫌を直してもらおうと、疲労が限界に達しているキョウヤは最後の力を振り絞って、脳を総動員させ考えを巡らせる。


「えっと……あ、明日! 一緒に町歩かない? ゆっくりする暇無かったし、シャルが良ければだけど……」


「町に? そうね……あの一件でゆっくり出来なかったし、その後も誰かさんがいなかったせいで町を観光できなかったし」


「じゃ、じゃあ明日はシャルのために一日中一緒にいるよ! シャルのために!」


 大事なことなので……。


「……そ、そう」


 明日の鍛錬は屋敷の中だけにしてシャルリーヌと一緒に町の観光する事に決定した。これは所謂、デートというやつなんだが、今のキョウヤにはそれを考える余力はなかった。

 

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