第二章 女王からの依頼

プロローグ

「うふふ~キョウヤく~ん? もうすぐ起きる時間ですよ~? ふぅ~」


「うひゃあ~!?」


 キョウヤの耳元に温かい息を吹きかけられ、背筋がゾクゾクッとなって変な声を上げてしまう。眠気は一気に美少女の息で吹き飛んだキョウヤは、耳元を押さえて非難の眼差しを悪戯した女性へ向ける。


「あらあら~? うふふ~、可愛い反応だこと~」


 そんなキョウヤの反応を楽しむ一人の美少女が、口元に手を置いてくすくすと笑っていた。それが妙に様になっていて、何気ない仕草に男心をくすぐってくる。


 彼女は現在キョウヤ達がお世話になっている屋敷の主。

 名前はエルヴィラ・ビサルア。

 ルサント王国の騎士でルードルフとは同期とのこと。実力は実際に目にしたことがないので謎。ただ見た感じ、彼女からおっとりとした雰囲気の印象が大きいせいで、彼女が騎士ということを忘れるときがある。さながらお世話好きのお姉さんという印象が強い。

 この屋敷にお世話になって一週間。

 あの最悪な悲劇からそれくらい経っている。今のところ平和な日々が続いて、こうしてエルヴィラのちょっとした言動によって、男心を揺さぶられていた。


「えっと……エルヴィラさん? ど、どうしてベッドに腰掛けてるの?」


 上体を起こしたキョウヤのベッドに、エルヴィラが腰掛けて妖しい視線を向けてくる。


「え~? だって~、キョウヤくんとゆっくり語らいたいじゃない~? 今はしばらく騎士の任務もないし~退屈な日の時はもっとキョウヤくんのこと~知りたいじゃない~?」


「い、いや……あ、あの……? な、なぜふ、太股の上に手を?」


「ん~? うふふ~。どうしてそんなに顔を赤くしてるのかな~? 太股触られて~感じちゃった?」


 甘い吐息と共にキョウヤの耳元に囁かれる。かなりエロティックなエルヴィラの言動の数々に、キョウヤの顔は赤く染め、頭がくらくらとボーッとしてくる。

 なぜエルヴィラにこうも気に入られているのか、キョウヤも謎で思い至る節がない。そもそも最初出会った時、エルヴィラはキョウヤに必要異常な接触は皆無だった。

 それがある日突然、キョウヤに興味を示し始めたエルヴィラに可愛がられるようになっていた。

 そんな状況に戸惑うキョウヤは、なんとなく理由を訊いてみた。

 エルヴィラ曰く「可愛い弟が出来たみたいで嬉しいのよ~」と嬉々として言っていた。

 それを訊いて、過去に亡くした弟の面影がキョウヤに似ているという理由で、過剰な接触をしてくるのかと思い至る。

 だがエルヴィラは「私に実弟はいないわよ~? ただの私の好みね~。今までにも弟候補はいたのだけれど……どうしてか私から離れていくのよね~」と答えたエルヴィラは、悲しげな表情を浮かべるが、その中に嗜虐的な笑みをしているのを垣間見た。その時キョウヤは額に嫌な冷や汗を流したことを覚えている。


 とまあ今のところタダ甘姉属性のエルヴィラに、キョウヤは弟でも悪くないと感じ始めいた今日この頃である。


「あ、あのエルヴィラさん!? こ、これ以上は……お、俺も男だし……」


「私の事は~お姉様と呼んでくれないと~ダメよ~?」


 徐々に変な気分になってきたキョウヤは、姉弟プレイに興じようかと一瞬だけ思う。しかしキョウヤの中にある理性は、これ以上危険だと警告してくる。


 ――こ、このままエルヴィラさんのペースに呑み込まれたらヤバい!? も、もしこの場面を見られてしまったら……お、怒られる!?


 キョウヤの脳裏に冷ややかな視線を向ける少女の姿が浮かぶ。すると今までの高揚感が一瞬にして萎縮し、冷静になる。

 キョウヤは直ぐさま立ち上がってエルヴィラから距離を空けた。すると、エルヴィラは近づいてキョウヤを後ろから抱きついた。

 甘ったるい香りが鼻孔を刺激し、背中に弾力がある柔らかい感触。


「エ、エ、エル、エルヴィラさん!?」


「どうして逃げるのよ~?」


 キョウヤの脳内はアラーム音が鳴り響いて危険を知らせる。このままでは彼女がキョウヤの部屋を開けて、この状況を見た彼女に冷ややかな視線を浴びせられる。今なら一日口を利かない付きの特典まで。


「あ、あの、……エ、エルヴィラさん、は、離れ――」


「キョウヤ? まだ寝ているの……か…………な」


 見事にフラグを回収され、キョウヤは血の気が引いた。

 恐る恐るキョウヤは顔を開けられたドアの方へ向ける。そこに立っていたのは右目に眼帯、左目に翠玉の瞳をしたシャルリーヌ。


「…………」


「…………」


「シャルリーヌちゃんおはよ~」


 二人が沈黙する中で、普段通りに挨拶を交わすエルヴィラ。

 そして何度目かになる気まずい雰囲気がキョウヤとシャルリーヌの中で流れて、シャルリーヌの視線は自然とキョウヤに抱きつくエルヴィラの二人へ向けられる。

 表情が段々と不機嫌に、視線も冷ややかになっていく。


「あ、あの……シャ、シャル? こ、これは……エ、エルヴィラさんが――」


「え~? キョウヤくんは嬉しそうにしてたよね~?」


 エルヴィラの余計な一言でキョウヤの言い訳が無に帰した。いや、そもそも今の状況ではいくら言い訳したところで無駄。今までの経験上。


「……………………………………………………………………………………キョウヤの浮気者」


 バタンッッッとドアが強い衝撃で閉じられる。

 キョウヤは顔を青くして追いかけようとするが、エルヴィラに抱きつかれて追いかける事が不可能。


「……エ、エルヴィラさん……わ、わざとですか?」


「ん~? 何のことかな~?」


 絶対確信犯だと思ったキョウヤ。その証拠にエルヴィラの顔はニヤニヤと笑っていた。

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