第十話 魔法殺しの騎士

 エルフが住む怪しげな家屋に向かう途中でキョウヤはシャルリーヌとエミールに、王立図書館でリリと出会ったことを話した。当然、驚かれ心配をされたが、こうしてキョウヤは生きているから問題はなかった。もはやこれからが問題。


「どうして忘れていたのよ? もしキョウヤの態度で気付かれたらどうなっていたのか分からないのに」


「ごめん……。俺も色々とあって見落としていたよ」


 思い出したくないラプラスの悪魔での経験を”色々”という曖昧な言葉で誤魔化して、悲劇的な結末を想起しないように抑える。それでも少し嫌な場面が脳裏に過ぎりそうになって眇めたキョウヤ。


「あ……私こそごめん。思い出したくなかったよね……」


「だ、大丈夫……」


「よし! 取りあえず、エルフに話を聞くことが先よね!」


 シャルリーヌの気遣いでリリについての話題を後回しにする。

 まずはエルフのイベントを終える事が先決。

 しかし、エルフから英雄についての話は何も聞く事が出来ないのがラプラスの悪魔で経験したイベント。ディアヌが言ったようにエルフは気難しく、英雄や偉大な魔法使いについても否定し、頑なに本当の事を語らない。

 今回も同じ結果になるのなら、エルフが話すようになる材料があればと思うキョウヤだが、残念ながらその材料は何もない。

 しばらくするとキョウヤ達はエルフが住む怪しげな家屋に到着した。

 未来で見たとおり、外装はボロボロに剥がれ落ちて、ツタが幾重にも絡まっている。


「あの小さい娘が言ってた場所は確かここよね? でもエルフが住んでいるのか怪しいわね……」


「ふん、あの小娘が虚言を教えた可能性が大いにありそうだ」


「いや、ここで合ってる」


「それじゃあキョウヤがラプラスの悪魔で視たって言うエルフの住む場所ってここ?」


 シャルリーヌの問いに頷いて見せたキョウヤは、近づいて扉がある付近に進む。記憶を頼りに目を凝らすと直ぐに見つけた。

 力を加えて扉を開けると軋む音とツタが切れる音が同時に扉を開けることに成功する。

 前回同様、中は薄暗くエルフの気配は感じられない。


「う~ん、どこかに出かけているのか、それとも既に住んでいないのかな?」


「大丈夫だ。ここで俺たちの背後にエルフが現れる」


 そう言ってキョウヤとシャルリーヌは背後を振り返るが、そこには誰もいなかった。眉を潜めたキョウヤは自分の記憶違いなのかと首を傾げる。

 もう一度記憶を辿ろうと試みるが、確かにここでエルフが声を掛けてくる場面で間違いなかった。


「えっと……いないね?」


「…………どういうことだ?」


 しばらくエルフの出現を待つが一向に現れる気配はなかった。

 もしかすると訪れた時間が悪いのかと推測するキョウヤ。今回はリリとの最悪な邂逅、ディアヌとの会話、エルフの話を訊く場面、前回と比べて少しだけ長引いたイベントの数々。

 少し遅めの時間に訪れたため、イベント発生する条件が満たされなかった。


「時間によって齟齬が生まれてイベントが発生しなくなった……。そう考えるべきだよな? いや待てよ? そうなると前回の時はエルフが戻ってくる時間帯に出くわした。となると普通なら家の中にいてもおかしくないよな?」


 そもそもエルフが用事を済ませて家に戻ってきたとは限らない。

 様々な可能性を模索するキョウヤだが、いくら考えていても分からないと判断する。

 取りあえずキョウヤは家屋の中へ足を踏み入れることにした。シャルリーヌが「勝手に入ってもいいの?」という顔でキョウヤに問い、それに肯定して頷いた。本当は不法侵入で犯罪なのだが、異世界にその法が適用されているのか。

 薄暗い通路を出ると、微かな明かりが灯って照らす部屋に着く。しかし、中にエルフの姿がなかった。


「……どこ行ったんだ?」


「どうやらボク達が来る前より直ぐに家屋から出て行ったみたいだね。微かにだけどエルフの匂いが残ってる」


「そうなのか? 犬並みの嗅覚?」


「残念ながら獣風情より嗅覚は鋭くないけど、少なくとも人種よりは利く方だよ」


 結局、キョウヤ達はエルフに会うことはできなかった。このまま帰りを待っても仕方がないので、キョウヤは今夜の対策に講じることにした。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 宿屋に戻ったキョウヤ達は今夜に起こるだろう最悪なイベントについて話し合っていた。


「この後は確か……私の秘密がキョウヤに知られるのよね?」


 眼帯に触れたシャルリーヌがそう訊くと、キョウヤは肯定した。

 シャルリーヌのオッドアイ発覚イベント。これは一番重要な分岐点だとキョウヤは確信していた。もしこのイベントを乗り越えていなければ、待っているのが悲劇の結末。


「シャルがどこかに行ってしまって、俺は必死に探すんだが……どこも、見つからず……」


 ぼつりと話すキョウヤはこれ以上言葉が続かず、顔を伏せて顔を青くすると、シャルリーヌがキョウヤの頭を優しく撫で始めた。不安な気持ちが徐々に安らいでいく。


「……ならそのリリっていう獣人を何とかしないといけないよね」


「…………」


 キョウヤはシャルリーヌの”何とかしないといけない”という言葉に対して反論しようか迷いを見せた。

 オッドアイ発覚イベントはシャルリーヌが平静を失って、どこかに行ってしまった事であんな悲劇を起こした。ならそのイベントを回避できた”今なら”今日は宿屋で休息を取って一日を過ごせば、悲劇の結末は回避できる。これはシャルリーヌに思いを告げた後に考えていた事だった。


「ん? どうしたのキョウヤ?」


 キョウヤの様子に気遣ったシャルリーヌが声を掛けてくる。しばしの葛藤はあったが、意を決して伝えることにした。


「今日はこのまま宿で過ごさないか? それならシャルがもう……あんなことにはならないから。だから――このまま大人しくしてほしい」


「それは…………それだと私以外にそのリリの犠牲者がでるでしょ? 町の人達に被害が起こる。そんな事私は見過ごすことができない」


「そう……だけど、でもシャルがもし……――」


 キョウヤの脳裏に過ぎったのは英雄像の前で会話した時のシャルリーヌの決意。


『困っている人を放っておけない。そんな気持ちがあるし、多分私はこれからも困っている人が見かけたら助けるかもしれない。英雄のようにって言って何か焦っていたけど……別に私は英雄になりたいんじゃない。困っている人を助け、一人でも多く私の事を認めて貰えれば、それだけでいい』


 困っている人を助けたいとシャルリーヌはラプラスの悪魔の中で吐露していた。

 何となくキョウヤはリリの脅威にシャルリーヌは看過できないだろうと、心のどこかで感取していた。

 食人鬼という危険な存在が町にいるなら見過ごさず、シャルリーヌの中にある正義感が何とかしようと、自分の未来を知っていても自ら立ち向かうだろう。

 だからシャルリーヌがどう答えるのかもう分かりきっていた。


「リリという危険な存在を野放しにすると、この町の人達が襲われる危険性がある。そんな事、私は放置できない。困っているなら、被害者が出る前に私が何とかしたいの」


「…………知ってるよ。シャルがそう答えることくらい。でも俺はもう……嫌なんだ! もう一度シャルを失うなんて耐えられないし、これは現実なんだよ! やり直せない! もしまたシャルが……俺は…………俺は耐えられないよ……。どうして……なんで俺に力がないんだよ――ッ」


 キョウヤは必死に訴え、悲痛の叫びを上げて、みっともないと言われてもキョウヤはシャルリーヌを説得して止めようとするが。

 それでもシャルリーヌの決意は固く、キョウヤがどんなに訴えても困ってる人を助けて、町の人が安心できるように、自ら危険へ飛び込んでしまう。


「大丈夫よ。一応私は魔法使いだし、風系統の魔法は得意なのよ? 他は基礎魔法程度だけど……。でも私は大丈夫」


 根拠のない”大丈夫”を繰り返すシャルリーヌの言葉に不安しかない……はずなのだが。シャルリーヌの言葉には不思議と安心感を与えてくれる。

 これ以上説得は無理だと判断したキョウヤは顔を上げてシャルリーヌの顔を見た。

 リリとの対決は避けられないイベント。なんも力のないキョウヤができる事といえば、全力で対策を考えることだ。

 息を吐いて考え始めるキョウヤの視界の端にエミールの姿を映すと。


「そうだ……エミールは魔法が使えるんだよな?」


「残念ながらボクはシャルほど役に立たない」


「え? でもシャルに魔法を教えてるって」


「確かにボクはシャルに魔法を教えているが、それは実践じゃなく座学。こうすれば魔法が発動できるっていう仕組みを教えただけに過ぎない。それにボクの魔法は主に攻撃向きじゃない。認識を変えたり、そんな事しかできない。ただ本来のボクの姿ならシャルの助けになるけど……その方法をボクは忘れてしまっているんだ」


「忘れてる? それってどういうことだ?」


「この話は無駄だから、その獣人対策を講じるのが先だろう?」


 何かはぐらかされた感じはあるが、エミールの言うとおり、リリをどう退けるかが先決。

 とはいえシャルリーヌやリリの実力が分からない以上、どうすることもできない。


「……リリに対抗できる手段。どうすればいいんだ? シャルだけでは相手にならないと仮定した方がいい。それなら誰か応援を頼むか? だけど誰に頼むのが良いんだ? そういえばディーたんは魔法が扱えるって言っていたが……はっきりディーたんの実力も分からないし、巻き込みたくないのが本音だ。条件としては巻き込んでも問題なく、それなりの実力を持つ人……。というか俺って異世界に知り合いいないし、頼めそうな人なんて…………いや一人だけいた」


 それはオッドアイ発覚イベントの時、失意でキョウヤが町を彷徨っていたときにぶつかった人物を思い出す。

 短髪の銀髪に目鼻立ちが整った美形のイケメン。

 白い外套を羽織り、腰には剣が携えたルサント王国の騎士。

 彼の名は――ルードルフ・ファン・ラビリウス。

 リア充、イケメン嫌いのキョウヤにとって嫌悪感しかないルードルフだが、実際に話してみると気さくで性格までイケメンという事実を知り、好感を持てる人物だった。何となく良い友人関係を築けるのではとキョウヤは思っていた。


「聞きたい事があるんだが……ルードルフ・ファン・ラビリウスって人知ってるか?」


 キョウヤの問いにシャルリーヌは顎に指を当て、考える仕草をする。そんな眉間に皺を寄せて、うんうん唸っている姿を目にしたキョウヤは可愛いと思っていた。


「う~ん? ごめん、私はちょっと分からないわ。エミールは?」


「――魔法殺し。シャルも一度聞いたことはあるはずだよ」


「…………あ、思い出した! 確か魔法使いにとって厄介な騎士が存在するって噂を聞いたわね。あらゆる魔法を剣で斬るという魔法殺しのルードルフのことね」


「ルサント王国一の騎士と謳われているから有名な名だよ」


 聞くだけで中二心をくすぐる二つ名を聞いて、キョウヤはテンションが上がるのと同時に、ルードルフが二つ名が付くほど有名で、ルサント王国一の騎士ということに驚愕した。

 まさか偶然出会った人物が有名な人物だとはキョウヤも思っていなかった。


「あいつ顔も性格もイケメンなのに、さらに強いなんて天は二物を与えないっていうが三物以上与えてるじゃないか!? 俺は一物もないってのに……」


「まさかキョウヤが魔法殺しと知り合いなんて思わなかったよ」


「あ…………未来では知り合ったが、今は初対面なんだ」


 てっきりルードルフとは知り合いだと思っていたキョウヤだが、今はまだ一度もルードルフとは会っていない。それどころか、イベントが発生しないから知り合う機会すら失っている。


「そうなると直接会う必要がありそうだが……果たしてボク達の話を信じて貰えるか疑問だね」


 ルードルフの印象は気さくで接しやすい雰囲気の騎士。話せば分かって貰えそうだが、キョウヤの話はこれから起こる未来での出来事で信じて貰えるか定かではない。

 騎士達の間にリリの噂が流布されていれば、信じて貰える可能性はありそうだが。


「ルードルフに会いに行くしかないだろうな……」


 リリを撃退できる程の実力を持っているとすると、ルードルフ以外思いつかない。このままではシャルリーヌの命が危うい、なら頼むしか方法は残っていない。


「なら善は急げって事で行こっか?」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 宿屋に出た後、キョウヤ達は騎士達がいると思われる中心部のルサント城へ向かった。

 間近で見る城は立派な様相で、王立図書館と比べて倍以上の大きさで圧倒される。恐らくこの城の中に王様が存在するのだろう。イメージ的に白い立派なひげを生やした、厳格で何か粗相すれば直ぐに処刑されてしまう厳しい印象をキョウヤは持っていた。

 もし機会があればシャルリーヌ達にルサント王国の王様について聞いて見ようと内心で思いつつ、まずは先にルードルフとの接触方法を模索する。


「騎士って城の中にいるんだよな……? 普通なら俺たち入れないんじゃ……」


「呼んでもらうよう頼めばきっと来てくれるわよ」


 短絡的なシャルリーヌの言葉にキョウヤは苦笑を浮かべて、そんな事を思っているシャルリーヌが微笑ましくなる。

 兎にも角にもキョウヤは門の側で暇そうに佇立し、槍を持つ兵士に近づいた。


「おい、ここは見世物じゃない。即刻離れろ」


「あ……す、すみません」


 コミュ障を発揮されたキョウヤは兵士の威圧に萎縮し、これ以上言葉が発せられず、変わりにシャルリーヌが訊いた。


「私達、ルードルフ・ファン・ラビリウスに会いに来たのだけれど、呼んできてもらいたいの?」


 シャルリーヌの無垢な顔で頼む姿、これなら誰もがお願いを聞いてしまうだろうとキョウヤは心の中でほくそ笑んだが、同時にそんな姿を兵士に向けていることに軽く嫉んだ。


「ラビリウス卿に? 君たち何者なんだ? 見るからに……平民の格好をしているようだが、ラビリウス卿が君たちに会うはずがない」


「別に私達は怪しい者じゃなくって、えっと……ラビリウス卿(?)の噂を聞いたので一目だけでも拝みたくって遠くから訪れてきたのよ。だから……お願い?」


 怪しい者じゃないと言う人は逆に怪しいって感じるがこの際キョウヤは何もツッコミはせず、シャルリーヌのお願い攻撃に心臓を打たれて、兵士に向けてガンを飛ばしていた。

 ここまで美少女に頼み込まれて落ちないのは男としておかしい。キョウヤの中でこの兵士を不能という汚名を与えようと考える。


「悪いが帰って頂こう。こっちも少し立て込んでて君たちの相手をしている暇はないんだ」


「な!? シャ、シャルがこんなに可愛く頼み込んでも断るだと!? こいつやっぱり不能だ!

 この不能兵士! 何が暇がないだ! 明らかに暇そうに立ってんじゃないかよ!?」


 声は小さく悪態を吐くキョウヤに不能兵士は訝しんでいた。

 やはりルードルフに会うのは難しい。どうすれば会うことができるのか考えあぐねていたキョウヤは不能兵士の言葉に少し気になる点あったことに気付いた。


「ちょっと……聞きたい事が、あ、あるんだけど?」


「…………」


 不能兵士は明らかに消えてくれという視線を向けていたが、キョウヤは萎縮しつつ訊いた。


「た、立て込んでるって……確か言ってたよな? それって町で何か、あったのか?」


「君たち平民が心配する必要はない。さっさと消えてもらおうか」


 質問には答えてくれず、不機嫌を露わに不能兵士はキョウヤを睨み付ける。このまま変な騒ぎを起こせば、理不尽に何かしらの処罰が下りそうだ。

 仕方なくキョウヤ達はここから離れようとした時。


「何やら騒がしい様子だが何かあったのか?」


 キョウヤ達の元に近づいて来た銀髪の青年。

 白い外套を羽織って腰には剣が携えた騎士の格好をした人物。紛れもなく未来で見た姿。


「ルードルフ!」


「? 君は……すまない、誰だ?」


 思わず名前を口にしたキョウヤにルードルフは眉を顰めてキョウヤを凝視する。無理もない。今のルードルフはキョウヤと初対面だから会った記憶はない。


「ラ、ラビリウス卿!? こ、これは、この平民がラビリウス卿に会いたいと仰っていまして、今は忙しいからと申したのですが中々離れようとしなくって」


「私に?」


「あなたがそのラビリウス?」


 シャルリーヌの疑問の声にルードルフは顔を向けて少し驚いた表情をした。そしてシャルリーヌの肩に乗るエミールに注視してから「なるほど」と声を漏らした。その様子はシャルリーヌ達を知っているような反応を示していた。それにキョウヤは疑問符を浮かべた。


「私の事を知っているようだが、自己紹介は話せる場所に移動してからにしよう。案内するよ」


「ラ、ラビリウス卿!? い、良いのでしょうか?」


「大丈夫だよ。無垢な眼帯少女……君も知っているはずだよ」


「え? もしかしこの少女が?」


 不能兵士の怪訝な顔をシャルリーヌに向ける。それにキョウヤは癪に障って。


「不能兵士の出番は終わったんだから引っ込んでろ!」


「……?」


 どうやらキョウヤの声が小さすぎて不能兵士に届かなかったようだ。




 ルードルフの案内で落ち着ける場所に移動すると、香ばしい紅茶をメイド服の格好した使用人によって人数分用意してくれる。


「メ、メイドさん!? リアルメイドさんだと!?」


 キョウヤはメイドに興味を持ち凝視していると、メイドは愛想笑いを浮かべてキョウヤに訝しげな視線を送って部屋を出て行った。


「さて、君たちは私の事を知っているようだけど、一応自己紹介しよう。私はルードルフ・ファン・ラビリウス。よろしく」


「私はシャルリーヌ。それでこっちがエミール」


「シャルリーヌにエミール、君たちが噂の無垢な眼帯少女なんだね」


 そう言われたシャルリーヌはきょとんとして疑問符を浮かべる。どうやら自分がそう呼ばれていることに分かっていない様子だった。


「シャルは当たり前の事をしただけだからね」


 恐らくキョウヤが出会う前に何かしらの功績を称えられて有名になったのだろう。困った人を助けるシャルリーヌらしいといえばらしい。


「それでそちらは?」


「お、俺は……キョウヤだ」


「ふむ……? 聞き慣れない名だね。それに見慣れない格好をしているが……一体どこの国の者だ?」


 キョウヤのTシャツにジーパンの格好に顎に手を添えて凝視する。キョウヤにとって至って普通の格好なのだが異世界ではやはり奇異な服装のようだ。


「え? あ、えっと……お、俺、記憶消失で何も覚えていないんだ」


 とっさに記憶喪失設定を口にしたが、ルードルフは驚いた顔を見せずキョウヤを訝しんでいた。まさか嘘がバレたのだろうか?

 ルードルフの視線に居心地悪くキョウヤは視線を逸らすと、ルードルフは一度目を閉じた後に言葉を発した。


「……それで私に話とは一体どういう用件だ?」


「あ、それは、ル、ルードルフの手を借りたくて」


「私に? ……理由を聞かなければ分からないな。どうして私に?」


 未来の話をしたところで信じて貰える可能性はゼロに等しい。ならここは本当の事を交えて話をする他ない。


「実はシャルが……とある獣人に狙われているんだ。今夜……そいつは俺たちを襲いに来る。シャル……いやもしかすると町の人も、その獣人に殺されるかもしれない」


「……獣人。俄に信じがたい話だが、なぜ君はそれを知っているのか謎だ。普通ならその話を聞いて信じる者は少ない」


「あ、……それは、まあ」


 突飛な話なのはキョウヤ自身実感しているし、直ぐに信じて貰えるのは難しいと思っていた。やはり普通はキョウヤの話を信用できないだろう。


「キョウヤの言うとおり、私だけじゃどうしようもないから力を借りたいと思って尋ねてきたの」


「…………私に力を借りたいか。君たちの話を信用できる根拠が見つからない。過去に何度も、君たちのように誤報を私に伝えてくる者はいた。場所を指定し、そこで私は襲われたこともある」


 キョウヤ達を信用せず、不審を抱くルードルフは二人に視線を向けて真意を確かめてくる。

 初対面で信用できないのは誰だって思うだろうし、仕方が無い。しかしキョウヤは、ルードルフなら話せば分かってくれると思っていた。やはりその考えは甘かった。

 このままでは埒があかないと思ったキョウヤは一か八かの賭けに出ることにした。


「なら、信用できる根拠を言ってやる」


「…………」


「今この町に、何かに食い齧られた死体の報告が届けられているんじゃないのか?」


 キョウヤの言葉にルードルフは驚愕すると、一層鋭い視線をキョウヤを突き刺して、声音を低くする。


「――どうして平民の君がその情報を知っている?」


「お、俺たちはそいつに狙われているんです。猫型の獣人で名前はリリ」


「――っ!? 正体まで……君は一体何者なんだ?」


「ただの高校生だよ」


「……? よく分からないが……。それが君の言う根拠か?」


「少なくとも話を聞くだけの価値はあると思うが……それに無垢な眼帯少女だっけ? 彼女もこうして俺の話を信用してくれている。なら十分に信用できる根拠はあると思うけど?」


 シャルリーヌがキョウヤの言葉に頷いてみせると、ルードルフがしばらく口を閉ざして沈思黙考する。

 もしこれでルードルフがキョウヤ達を信用できないと言葉にしたら、リリの対抗策は失う。後はシャルリーヌが、リリを撃退できるほどの実力がある事に縋るしか方法はない。

 ルードルフはカップを口に付け、紅茶を飲み下してから息を吐くと。


「無垢な眼帯少女が一緒なら君たちの話を信用できる」


「キョウヤ! やったね!」


 シャルリーヌの眩しい笑顔がキョウヤに向けられる。確かに嬉しいが、ルードルフの言葉は案にキョウヤだけでは信用できず、シャルリーヌなら信用できると言っているようなものだ。


「しかし、私が君たちに助力できるかは別問題だ」


「な――っ!? どうしてだよ!?」


「私も簡単に動ける身ではないからね。他の者に頼んでみるよう伝えてみようと思うが……」


「その他に騎士っていうのはリリを倒せるほどの実力なのか?」


 キョウヤの言葉に反応を示したルードルフは吐き捨てるように。


「――食人魔エーイーリーのリリ。やはりこの町に……。奴から聞き出したいことは山ほどある」


 一瞬だけルードルフから漏れた憎悪の感情の機微に触れたキョウヤは、普段気さくのルードルフとは異なり恐れた。なぜルードルフから憎悪という感情が漏れたのか知らないが、何かしらの事情を持っていると悟った。

 それからキョウヤはルードルフの言葉に首を傾げた。”エーイーリー”という単語にどこか聞き覚えがあって疑問を感じた。果たして何の言葉か、必死に思い出そうとするが疑問に対する答えが直ぐに浮かび上がってこない。


「ルードルフ……?」


「……ああ、すまない。私としたことが一時の感情に流されてしまうとは……これでは騎士失格だな。忘れてくれると助かる」


 ルードルフが先程の態度に詫びて頭を下げる。キョウヤは慌てて気にしてないと声を掛けるとルードルフはキョウヤに目を合わせて言葉を続ける。


「それで君の質問だが……今のところ動ける騎士が少ない。もう一度確認するが、君――キョウヤの言うリリという情報は確かなのか?」


「あ、ああ。多分だが今夜にリリは動き出すと思う」


 しばしルードルフは瞑目して考え始めると沈黙が流れる。

 もしここでルードルフの助けが得られない場合、シャルリーヌは一人でもリリに立ち向かってしまう。もしかすると最悪な結果を迎えることもあり得る。

 またシャルリーヌと出会った場所に戻るなんてご都合主義が起こるのか分からない状況であるが、キョウヤは何となくそれはあり得ないと思っていた。ラプラスの悪魔は未来を視せる能力みたいなもので、やり直せるわけじゃない。

 ラプラスの悪魔という現象について謎が多く、これから考える必要はあるがそれは後回しだ。

 ルードルフの協力を得てリリの撃退、もし協力が得られない場合、他に助力できる人と言えばディアヌだが。


「……もしルードルフがダメなら、ディアヌに頼むしかないのだろうか? しかし、最悪ディアヌもシャルと一緒に……くそっ!?」


 キョウヤの漏らした言葉にルードルフは眉をぴくっと動いた。


「キョウヤはウリンスアム嬢と知り合いなのか?」


「え? えっと……まあ、と、友達?」


 ディアヌから友達になるという言質は取ってあるから友達なのだろうが、今までぼっちだったキョウヤが友達という言葉に違和感を覚えて首を傾げた。


「ウリンスアム嬢の友人……? これは驚いたな。そうか…………ならその件は私が引き受ける。色々と都合もいいだろうしな」


 今まで渋っていたルードルフがなぜかディアヌの友人と聞くと、急に態度が変わり二つ返事で答えた。


 ――一体ディアヌは何者なのだろうか?


 疑問は当然あるが、今はリリの対策が先だ。


「ただ一つ問題があるとすれば、このことを女王に報告する時間を要する。少々遅れる可能性がある」


「い、今すぐには無理なのか?」


「私は女王に仕える騎士の身だからね。勝手に動くことは難しく許可が必要なんだ。私が向かうまで待機して貰いたいが…………」


「それじゃあ町の人が危険よ! 大丈夫! ルードルフが来るまで私が何とかするから」


 ルードルフはシャルリーヌの言うことを知っていたのか、困った顔で苦笑していた。

 キョウヤとしてはルードルフが来るまで待って貰いたい気持ちはあったが、シャルリーヌは待つことができないだろうと予想はできていた。それでもリリとは会わせたくなかった。


 ――できれば俺もシャルの助けになりたいが……


 ここでキョウヤが何か助力できれば良かったが、魔法も剣術も使えない一般人だ。逆に足手まといになる存在で悔しい思いをした。


「なら私は一刻も早く駆け付けられるよう精進せねばならないな」


「私はそれまでリリの足止めね」


 こうして方針は決定したが、キョウヤはシャルリーヌが無事に死なずに済むのか心配で仕方なかった。

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