第九話 最悪な邂逅

 目が覚めたキョウヤは誰かの視線を感じて、瞼を上げると顎に手を乗せたシャルリーヌと視線がぶつかった。


「うわ!?」


 驚いたキョウヤは飛び起きると、シャルリーヌは不満顔で頬を膨らませた。そんな姿に不覚にも可愛いと思ったキョウヤはかぶりを振って、なぜシャルリーヌがキョウヤの寝顔を眺めていたのか追求した。


「ふふ、キョウヤの寝顔可愛かったからついつい、ジッと見ちゃった。でもそんなに驚くことないじゃない?」


「いや……だって、は、恥ずかしいじゃん?」


「そうなの?」


「ぎゃ、逆に俺がシャルの寝顔をジッと見てたらどうだ?」


 シャルリーヌは目を閉じて想像すると、微かに頬を染めていた。


「は、恥ずかしい……よね?」


 なんだかシャルリーヌとの距離感が一気に縮まったような感じがして、嬉しく思ったキョウヤは少しむず痒く感じた。

 しかし、まだ事態は終えていないから、気を引き締めないといけない。キョウヤは自分の頬をパチンと叩いて気合いを入れた。


「あ、そだキョウヤ。おはよう」


「……お、おはよう」


 また気が緩んでキョウヤは再び気合いを入れるべく、自分の頬を叩いた。

 少し力を入れすぎたせいで頬がジンジンと痛んだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「今日は王立図書館で英雄と偉大な魔法使いについての文献を漁ろうかと思うの。それに司書さんが英雄の友人について何か知っているって情報があるみたいだから、それも尋ねてみようかなって」


「ボクはシャルに付いていくだけだから、もちろん反対はしないよ」


 エミールが答えた後、シャルリーヌはキョウヤに顔を向けて答えを待っていた。


「俺もそれでいいと思うが、今夜の対策も考える必要もあると思うんだ」


 エミールには今朝にラプラスの悪魔について話を済ませていた。特に驚いた様子も、バカげた話だと一蹴もせず、受け入れた事にちょっと意外に思った。


「そうね。私自身の事だし、ちゃんと対策しないとね」


「その未来を避ければ最悪な結末に辿り着かない……ってキョウヤの言うとおり短絡的な考えはしない方がいいだろうし……。それにしてもなぜその時にボクがいなかったのか不思議だよ」


 エミールの言葉に不可解な事を思い出すキョウヤ。

 それはシャルリーヌ以外に誰かが倒れていた事だ。今じゃあ思い出すだけで吐き気がするため、キョウヤは想起しないようにしている。


「また吐き気が……。あ、確かリリは『トカゲもどきは全然美味しくなかったにゃ』って言っていたな。思い出したくないが、言葉だけを思い出すのならまだ問題……なさそうか? 取りあえず、リリの言葉を解釈すればエミールは既に…………ということになるな。それならエミールがいなかった理由になる……」


 けど、とキョウヤの視線は小さな竜をジロジロと見ると。


「人の体をジロジロと……失礼だと思うけど? 姿はこれだけどボクだって恥じらいくらいあるんだよ?」


「いや、そんな事言われてもな」


 エミールの性別は雄と分類される。キョウヤは男に興味ないし、体をジロジロと見る趣味も無い。それは種族が異なっても同じだ。


「私の魔法ではそのリリって子(?)には通用しなかったのかな?」


「シャルの魔法ならそこら辺の魔法使いより強力だから、それ以上となるとさすがに厄介な相手になるね」


「……俺もちょっと分からないかな」


 キョウヤが来た時には既に終わった後だったため、シャルリーヌの魔法の実力やリリの実力を知る機会がなかった。

 それにシャルリーヌは取り乱した状態で本来の力を発揮するのは難しいだろう。

 肝心な所が未知数で情報不足。この局面をどのようにして結末まで持って行くか、キョウヤは頭を悩ませた。

 そんな真面目な話をしていると、ひそひそと会話する声を聞いたキョウヤ。確か未来では深夜に被害者が出て、騎士が慌てていたという話だったと記憶していた。

 しかしその噂は――


「昨日の夜、男の子が告白する声を聴いたらしいよ?」


「それって熱烈に好きだって連呼してたっていう?」


「そう、それ。夜に逢い引きして愛を叫ぶなんて若いわね」


 明らかにその会話は昨夜、キョウヤが誤ってシャルリーヌに告白した噂であった。あの時は無我夢中で周りに気を配る余裕はなかったとはいえ、大胆な行動にキョウヤは羞恥で赤面していた。


「大胆な人もいるものだね? 人っていうのはそうなのかい?」


 キョウヤはエミールの問いに何も答えられなかった。




 王立図書館に到着し、二度目となる重厚な城が聳え立つのを目に映した。初心のような感動はなかったがそれでも凄いという感想が零れる。

 中へ入ると変わらず、天井まで伸びた棚が奥まで存在し、本がびっしりと詰まっている。これは未だにどうやって本を取り出すのか謎のままだった。


「あら? お客人? 今日は珍しいのね。何の用で来たの?」


 受付場所で本から顔を出した少女――ディアヌだった。

 いつみてもシャルリーヌより背が低く、見た目小学生にしか見えなかった。


「……やっぱりでかい」


 それに二度目の邂逅となるメロンちゃんを目にしてキョウヤは瞠目すると、りんごちゃんを持つシャルリーヌの胸を無意識に見比べる。

 りんごちゃんも捨てがたいけど、メロンちゃんの大きさには夢がそれだけ詰まって、男の子なら誰だってその夢を追いかける生き物なのであって、何が言いたいかというとキョウヤはメロンちゃんを味わいたいということだ。


「いつの日かメロンちゃんを味わえる日があれば…………ごくり。って俺は紳士だから決して手を出しては……そ、それに犯罪だし、俺に甲斐性なんて……ん?」


「…………」


 シャルリーヌから非難の視線を突き刺さったような気がして、キョウヤはチラリと顔を向けたがシャルリーヌはディアヌに何か訊く所だった。気のせいだろうか。


「英雄や偉大な魔法使いについての書物を探しているんですけど?」


「それならあの場所にあると思うよ」


 気怠げに奥の方へ指を差したディアヌ。

 キョウヤはどうしようか考えあぐねて、これからの事を考えてディアヌと少し話すことにした。先に行っていたシャルリーヌが訝しんだ顔でキョウヤを呼ぶが、キョウヤは先に行ってるよう伝えた。


「あの子達先に行っちゃったけどいいの?」


「えっと……ディ――、き、君と話がしたいなって思ってさ」


 前回はディアヌと少しだけ会話を交わして異世界で数少ない知り合いが出来た。もうその関係はリセットされたから、もう一度関係を築く必要はあるけれど。


「ボッチと? これは珍しいお客人だね。それはボッチとしては歓迎だけど、君、目的は何?」


 特に疾しい気持ちはないのだが、ディアヌに怪しまれていることは間違いない。どうするべきか思案すると。


「どう答えた方がいいんだ? 前回は確か知らずうちに打ち解けたような気がするが……やっぱりコミュニケーション難しすぎ!? う~ん、ここはディアヌにセクハラまがいな事でもしてみるか? って方向性がおかしくなってるぞ」


「……? さっきから何ぶつぶつ言ってるのよ。あ、ならこれ元に戻してきてくれない? 話はその後でしてあげるから」


 本を渡されたキョウヤはそれを受け取ると、表紙を見て眉を顰めた。


「……なんて読むんだ?」


 象形文字のような異世界の文字が書かれて、キョウヤはそれが読めなかった。普通は読めないのが当たり前だが、異世界転生したのならオプションで異世界の文字も読めてもおかしくないと思っていた。どうやらオプションは言葉だけが通じるだけのようだ。


「字が読めないって、君、何か訳ありなのかな?」


「えっと……ま、まあ」


「ふーん? あ、場所は五つ目の棚を曲がって、八つ先の棚に一カ所だけ、その本が納まる空白があるから、そこに入れてね」


 要件だけを伝えると、再び本を読み始めた。

 雑用を押しつけられたようでちょっと癪に思ったが、これもディアヌと話が出来ればと思うと大して気にならなかった。

 図書館の中はやはり前回同様、寂然として人の気配が微塵も感じられなかった。一度目は大して気にしなかったが、二度目となるとなぜ図書館を利用する人が存在しないのか不思議だった。


 ――受付場所にいるディアヌに何か問題があるのだろうか?


 眠そうな瞼に、気怠げな感じのディアヌ、少し近寄りがたい雰囲気はあるものの特段気になるほどではない。それにディアヌ自身退屈で話し相手がいないと嘆いてたのを一度目で聞いていた。そうなるとディアヌに問題は無さそうに思える。


「謎だ……」


 キョウヤは少しでもディアヌと会話しようと急ぎ足で五つ目の棚を曲がった所で誰かにぶつかった。 


「す、すみません!」


 即座に頭を下げて謝罪した後に既視感を覚えた。

 一度目の王立図書館でディアヌ以外に誰かと会っていた。


 その忘れていた重大なイベント、キョウヤはラプラスの悪魔で誰と会っていた?


 徐々にその時の事が想起してくると、心臓の鼓動が暴れ馬の如く速まるのを感取する。


「こちらこそごめんにゃ。ちょっと捜し物に夢中だったみたいだにゃ」


 語尾に「にゃ」が付いた特徴的な喋り方、甘美な声を聞いた瞬間、キョウヤは総毛立つと顔を青くし、緩慢な動作で顔を上げた。

 少しボロボロのフードを羽織って、高めの身長に流れるようなサラサラとした白髪の少女。

 釣り上がった目に、妖しく綺麗な宝石のように煌めいた紅い双眸。

 スラリと伸びた手足。

 頭部にはネコミミが生え、臀部から尻尾も生えて左右に揺れる。

 彼女はシャルリーヌを殺したリリである。

 目が合った瞬間、悲鳴を上げそうになり、自分の腿を抓って必死に堪えた。脳裏は憎悪と恐怖の感情がぐちゃぐちゃとなって冷静さを奪っていく。


「ん? どうしたのにゃ?」


「……あ、……い、いや……」


 顔を覗き込んだリリから甘ったるい匂いと妙な――嫌な臭いが鼻孔を刺激する。それはラプラスの悪魔で初めてリリと会った時に嗅ぎ取った臭いであり、路地裏に充満していた血生臭さと同じ臭いであった。

 キョウヤは恐怖で声は真面に出すこともできず、金縛りにあったかのように体は硬直する。


「う~ん、怪しいにゃ…………もしかして」


 リリの目は鋭く細められ、キョウヤの態度から何かを勘付いたリリの口元が三日月のように曲げられる。キョウヤは息が詰まり、足が一歩だけ後退する。


 ――この時点でリリに知られたらバッドエンドだ!?


 最悪の場面で邂逅し、これでおしまいだと少しだけ諦めの感情が浮き彫りになる。


「リリに一目惚れでもしたにゃ?」


「――……は?」


 しかし、リリの口から紡がれたのは的外れな言葉だった。


「ふふ、リリくらいの美貌だと、そこら辺のオスは黙ってないからにゃ♪ 君からの好意は嬉しいが、やっぱりきちんとお互いを知ることは大事だと思うのにゃ」


「えっと…………」


「リリはリリというにゃ。見ての通りリリは獣人にゃ。あ、君が人種でもリリは全く気にしにゃいから安心するにゃ、リリは人種が大好きだからにゃ♪」


 その言葉を聞いた瞬間、キョウヤの背筋に冷たいものが走り、脳裏にフラッシュバックするリリの悪魔の微笑みとシャルリーヌの残酷な亡骸。キョウヤは顔を背け、込み上げてくる吐き気を腿を抓って必死に耐える。


「ふふ、そんな照れなくてもいいにゃ♪」


 照れていない。リリの勘違いにキョウヤは反論の言葉が出かかって、口を閉ざして言葉を呑み込む。


「それで君の名前を教えて欲しいにゃ?」


「…………」


 このまま無言でいるのも、リリに怪しまれるのは明白。

 普通に会話を試みようも、ラプラスの悪魔で視てきた最悪な結末が頭から離れず、恐怖で声を出すのは困難。この調子を続けば、いずれリリにバレる恐れもある。

 気分を変えようと深呼吸した後、清涼剤としてシャルリーヌの仕草や声などを思い浮かべた。効果の程は心拍数が上昇、口元がにやける、あらゆる負の感情は払拭され、即効性があって、いくらか落ち着いた。絶大の効果だがこれはキョウヤにしか扱えない。


「お、俺は……キョ、キョウヤ」


「キョウヤって名前なのね。よくしくにゃ♪」


 手を差し伸べられて、キョウヤは恐る恐るリリの手を握り返す。するとリリがキョウヤの胸元に身を寄せ、耳元に口を近づかせる。普通なら美少女に密着され、胸の弾力を肌で感じ取り、耳元にこそばゆい息づかいがゾクゾクして、嬉し恥ずかしい心地に感極まるだろう。

 しかし、リリの場合、ゾッとするくらい鳥肌が立って、そんな気持ちになれなかった。

 そして――


「食べちゃいたいくらい可愛いにゃ♪」


「……――っ!?」


 ゾクリと心臓を鷲づかみされた感覚を味わい、落ち着いていた心が再び乱される。

 キョウヤから離れたリリは子供が悪戯したような笑みを浮かべていたが、キョウヤにはその笑みは悪魔の嗤うありさまで恐怖した。

 そんなキョウヤの心情にリリが気付かなかったのは僥倖と言えた。


「にゃふふ♪ 今日はなんだか気分がいいにゃ♪ 言い収穫もあった事だし、またどこかで会おうにゃ、キョウヤ♪」


 そう言ってステップを踏んで、リリは鼻歌交じりにキョウヤの視界からいなくなった。

 すると張り詰めていた空気や金縛りが解かれると、キョウヤは立っていられず、その場にへたり込んだ。どっと汗が流れ始め、全力疾走したように息は絶え絶えで何度も呼吸を繰り返す。


「…………死ぬかと思った」


 ここでリリと出会うイベントをすっかり失念していたため完全に気が緩んでいた。

 リリが殺人鬼……というより食人鬼と呼んだ方がふさわしいだろう。とにかく、ラプラスの悪魔で最初リリの事を知らず、キョウヤはネコミミや尻尾に興味津々で実際に触らせてもらったりした。しかし、今考えるとゾッとする。まさかリリが食人鬼だとは思っていなかったのだから。


「一難去ったが、これから一難襲ってくる」


 キョウヤはしばし休息を取ってからディアヌに頼まれた本を元の場所に戻した。

 その後、受付場所に戻るとディアヌが本から顔を出して「遅かったね?」と声を掛けてきた。

 それに苦笑して誤魔化した。

 キョウヤの態度からディアヌが顎に人差し指を添えて思案するが、その姿は子供が大人の真似をしているようにしか見えず、微笑ましかった。


「君が行った場所には自慰行為に使える本が沢山置いてあるんだ。君、したのか?」


「…………え? なんだって?」


 どこかの難聴系主人公のように惚ける。いや、実際に耳を疑う単語を発した言葉は、キョウヤには異世界の単語だと思っていた。


「自慰行為だよ」


 はっきりと聞こえた単語はキョウヤの知る言葉であるが、未だに理解できていない。


「……それってアレをアレする?」


「くどいな。さては君、ボッチに実践しろと遠回しに言ってるのか?」


 するとディアヌが自分の下腹部に手を伸ばそうとしたところで、キョウヤは顔を朱に染め


「待った待った! 分かった! 理解した! それ以上はちょっと色々と見た目的にも危険だから実践しなくてもいい!?」


 ようやく理解したキョウヤは狼狽する。

 見た目小学生のディアヌが実践すると、色々と倫理委員会に引っ掛かる恐れがあったので止めた。少し残念な気持ちがあったことは内緒である。

 それにしても異世界にエロ本が置いてあることに驚きはあった。今度拝借しようと密かに思ったキョウヤ。


「ごほん、俺はキョウヤだ」


 ディアヌのお陰で恐怖心は払拭され、調子を取り戻す。もしかするとディアヌはキョウヤの様子がおかしいと感じたから、あんなことを言ったのだろうかと考えたが、ディアヌの真意は本人にしか分からない。


「……ん? ああ、君の名前ね。ボッチはディアヌ・ウリンスアム。見ての通り、図書館の司書を務めてる。人も滅多に来ないから結構退屈なんだよね。だけど君――キョウヤはボッチにとって面白い相手になりそうだ。いや、今度からキョウちゃんと呼ぼう」


 どうやらディアヌはキョウヤの事を気に入ったようだ。これで目的は果たしたが、ディアヌの言葉は面白い玩具を見つけたと含蓄があるようで気がしてならなかった。

 しかし、なぜ気に入られたのか謎だ。


「う~ん、前から思ってたが、その呼び名って幼馴染みに呼ばれているようで違和感あるな。幼馴染みいないけど。よし、なら俺はディアヌの事をディーたんと呼ぼう」


 少し図々しいくらいがキョウヤにとって丁度いい塩梅だと思い、踏み込んでみるとディアヌはきょとんとした顔でキョウヤを見つめる。


「ディーたんか……それとなく年下扱いされているような感じはするが悪くない。しかしキョウちゃんよ? ボッチの見た目で、自分より年下だと勘違いしているようだね? ボッチはこれでも二十歳なんだぞ?」


 ごくたまに忘れることがある。

 ラプラスの悪魔で既にディアヌの年齢を知っているが、初対面で見た目小学生のディアヌの年齢を見破るのは誰だって無理だろう。ここは初心に返って、驚くフリをした方が賢明だと判断した。


「え? そうなのか?」


 わざとらしく、棒読み感のある声音だが、キョウヤはこれで大丈夫だろうと思っていた。しかし、ディアヌがジト目でキョウヤを凝視していた。眠そうな感じがさらに増してジト目なのか怪しいが。


「……演技が下手だねキョウちゃんは。その顔、ボッチの事を知っている顔だよね?」


「え!? あ、……いや、は、初めてだよ……?」


「ボッチの目からそうは見えないね。どこでボッチのことを聞いたのか問いただしたい所だが、まあいいか」


 どうやらキョウヤには演技に向いていないようだった。ディアヌにバレてしまったが、これ以上詮索されず説明はしなくて済んだ。

 今度から下手に演技はしないように善処するとして、ここまでで要所要所、段階が飛ばしていたけど確かキョウヤはディアヌに英雄の事を質問したはずだ。一応ここのイベントを回収しようとキョウヤは口を開いた。


「え、英雄についてちょっと聞きたいんだけどさ?」


「英雄? そうだな……私が知っている限り英雄はルサント王国が出身、と言われているけど、正確にはルサント地方のとある小さな村の方が正しいね。今はその村の存在はなくなって、石碑が建てられている。まあ、英雄がどこに生まれたなんて、はっきりどうでもいいよ。ボッチが知りたいのは英雄が封印した魔王の事だよ」


 魔王についての謎はエルフから何も情報を得られていないため謎のままだ。


「少し引っかかるんだけど、魔王って討伐されたんじゃなくって封印されたんだよな? なぜ封印っていう方法を選んだんだ? 図書館にもその辺の記録とか残されてないのか?」


「残念ならがここには魔王についての記録は一切残されていないからね。だからボッチも分からない。だけど、これはあくまでボッチの推測だがなぜ魔王は討伐しなかったのか、これは討伐が難しく封印という方法しかなかったのではないかと思っている」


「魔王は強力で英雄ですら討伐しきれなかった……か」


 なぜ魔王について何も文献が残されてないか謎が深まるばかり。他にも謎が多く、千年前に一体何が起こったのか興味があった。

 それらの情報を知るにはやはりエルフに尋ねるしか他ないだろう。

 しかし、今回も同じようにエルフから何も情報を得られないと確信している。その辺の謎を解き明かしたい所だが、今のキョウヤは悲劇の結末を回避する事が先決だ。千年前の謎はその後だろう。


「ボッチが考えるにはルサント王国に住む英雄の友人が何か知っていると思っている」


「エルフか……」


 ポツリとこぼしたキョウヤの言葉にディアヌは瞠目すると、同志を見つけたように嬉しそうな顔を浮かべた。


「そう、エルフだよ。くふふ! やっぱりキョウちゃんとは話が合いそうだ! ボッチはとっても嬉しく思うよ。今まで千年前の謎を一緒に解き明かす知り合いがいなくって、議論を交わせず退屈な日々を過ごしていた。だがボッチの目は間違いなかった。キョウちゃんもボッチと同じように謎を謎のまま残すことがもどかしく、自分で解き明かす性格と見ていた。今のボッチは気分がいいよ。お礼に何かしてやろうか?」


「お、お礼?」


 自然とキョウヤはディアヌのメロンちゃんに視線を向けてしまう。ゴクリと生唾を呑み、キョウヤの脳裏は様々な妄想が流れた。


「何だ? これに触れたいと言うのかキョウちゃんは? くふふ、男の子だね~」


「あ! い、いや!?」


「触れたくないのか?」


 魅力的な提案にキョウヤの中で葛藤が起こる。


「くっ……!? さ、触りたいとえば触りたい! 十七年間彼女なしで会話すら真面にしたこともないし、触れるチャンスがあれば是非ともメロンちゃんを……この手で……も、ももも、MOMIMOMIしたいっす! っていいのか? 相手は見た目小学生だぞ? これって下手したら犯罪? いやいや異世界に日本の法律なんか適用しないから無問題じゃね? そもそもディーたんは合法ロリ巨乳だから無問題だろ? ってダメだ! 俺は何を考えてんだ!? セクハラで犯罪だぞ!」


 キョウヤの中に潜む天使と悪魔の議論が激しく交わされ、「ディーたんの言葉は満更でもなさそうだし、揉んじゃえYOー」と悪魔が囁き、「ダメだ! お前はシャルのりんごちゃん一筋だろ?」と天使が反論する。そんな天使と悪魔の囁きに葛藤するキョウヤの口から欲望が漏れて、それを聞いていたディアヌは若干引いて自分の胸を腕で隠していた。


「キョウちゃんはアレか? 思考に囚われているときは饒舌になる部類で、自分でも知らずに思考が声に漏れる性質なのか? そ、それにボッチの……は、恥ずかしいからさっきの提案はなしだ。肉体的接触以外でお礼をする」


 普段は達観しているディアヌが、珍しく顔を赤くして動揺していた。

 もしかすると、ディアヌは自分を対象にされると恥じらうタイプなのだろう。そんな情報を得たキョウヤは貴重な姿を見れて得した気分になる。

 しかし、せっかくのチャンスだったメロンちゃん揉み揉みの機会を失って、少し残念な気持ちになると同時に安堵していた。

 キョウヤは一旦落ち着いてから再度、ディアヌからのお礼をどうするか考えを巡らせる。


「あ、なら……お、俺のと、とと友達になってくれないか?」


 ラプラスの悪魔でキョウヤはディアヌの相手するよう要求されていた。ならそれに似た要求した方がいいだろうと口に出たのは友達だ。

 異世界には友達が一人も存在しないため、なら交友を広げるために、一人でも多く友達を作った方がいいだろうと思っての提案。

 ディアヌはきょとんとした顔でしばらく呆けると、やがて表情を緩める。


「ボッチで良ければキョウちゃんの友達になってあげるよ」


 これでキョウヤは異世界で友達を一人作ることに成功する。コミュ障改善に一歩前進したキョウヤは、嬉しさに小躍りすると、キョウヤの後方にはシャルリーヌが少し不機嫌な顔で、キョウヤにジト目を向けれていることに気付いた。


「随分司書さんと仲良くなったのねキョウヤ」


「え? あ、いや……」


 シャルリーヌの抑揚のない声に恐怖を覚えたキョウヤはどう答えた方がいいのか分かららず、愛想笑いで返した。それにシャルリーヌは笑みで答えてくるが目が笑ってなかった。


「そ、そそうだ! ディーたんから――」


「ディーたん?」


 墓穴を掘ったキョウヤはいよいよ声を発すのが困難になって、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。浮気がバレた夫のような心境に、なぜキョウヤがシャルリーヌに咎められているのか分からず、助けを求めようとエミールに顔を向ける。

 なぜディアヌに弁明を求めようとしないかというと、ディアヌの表情は面白い玩具を見つけたような稚気を含んだ瞳をしていたからであった。


「難儀だね」


 しかしエミールはいつもの台詞を口にして助けようとしなかった。

 やはりこの状況を打破できるのは自分自身。

 キョウヤは訥々と自分でも分からない言い訳をす述べる。


「え、えっと……シャ、シャル? こ、これはもちろんひ、必要なイベントで……だ、だから仕方なく…………仲良くならないと……い、いけなくてな? えっと……な、なぜシャルさんは怒っていらっしゃるのでしょうか?」


 事前にキョウヤの未来を大まかに話しているから、当然ディアヌとのイベントの事についてシャルリーヌは知っている。

 言ってないことといえば、ディアヌの呼び名くらいだけど、それを今口にするとシャルリーヌはもっと不機嫌になると思い、胸の中にしまい込んだ。


「ふーん? 別に、私、司書さんと仲が良いからって、怒ってないから? どうしてそんな言い訳がましいこと言ってるの?」


 明らかに怒った口調だがそれを指摘するとやぶ蛇だから謝罪だけするキョウヤ。


「くふふ、キョウちゃんはやはり面白いよ」


「………………」


 より一層不機嫌を露わにするシャルリーヌに、これ以上刺激しないようキョウヤはエルフの話題に移ろうと口を開いた。


「ディー……アヌからエルフについて聞いたんだけど」


「英雄の友人と言われているエルフだね。ボク達もそれを尋ねに戻って来た所なんだよ」


 エミールが喋ると、ディアヌの視線が物珍しそうにエミールを凝視していた。


「喋る竜なんて珍しいね」


「……ボクの術式が効かないなんて君、何者?」


 エミールは目を細めてディアヌを射貫くと、ディアヌは降参とばかりに両手を挙げて戯けてみせた。


「ボッチはただの図書館の司書だよ? どうして睨まれるのさ。もしかして怖がられてしまうんじゃないかって、内心ビクビクしてんのかな? そんな心配は無用だから。ボッチはこう見えて珍しい者には目がないのだよ」


「ただの図書館の司書がボクの術式を破れることはできないはずだよ。魔力が低い魔法使いも同様。君は相当実力のある魔法使いみたいだね」


「ボッチは見ての通り、本が好きなただの司書に過ぎないさ。魔法だって本で得た知識だけで習得し、真面に魔法学院に通ったことがない平民風情の一人。魔力も微々たるもので、基礎魔法しか扱えない弱輩者。そこの眼帯の少女とは比べものにならない実力差があるはずだよ?」


 一触即発のディアヌとエミールにキョウヤはこのイベントがあることを忘れていた。

 というかディアヌはシャルリーヌとエミールとは馬が合わないのだろうか。こうして同じようなイベントを起こして険悪な雰囲気になってしまう。分かり合えないのだろうかと思い悩むが、ディアヌの性格からして難しい事に行き着いて考えるのを諦めた。


「あ、魔法で思い出したけど、確かシャルも魔法が使えるんだよね?」


 実際に目にしたのは初めて出会った時の治癒魔法と、昨夜自分自身が受けた風魔法くらい。

 未だにシャルリーヌの実力を知らないキョウヤ。エミールから、それからディアヌからもシャルリーヌの実力を認めていた。そんなにシャルリーヌの魔法の実力があるのか、キョウヤは気になっていた。


「そうだけど、私も魔法学院に通ってないし、エミールから教わったから基礎魔法しかできないよ? 一応風系統の魔法が得意で上位魔法を扱えるけど」


「ふーん? 君も独力で魔法をね。普通は魔法学院で魔法を学ばなければ身につく事ができないんだけど……その年で通ってないと言うことは何か訳ありなのかな? その眼帯の下とか」


 ディアヌの人差し指がシャルリーヌの眼帯を指して、興味深そうに口角を上げて言葉をこぼす。秘密を知ったキョウヤは自然とシャルリーヌを庇うようにディアヌと視線を重ねる形になる。例え友達相手でも、シャルリーヌに危害が及ぶならこうして守ろうとキョウヤは思っていた。そんな行動にディアヌは「くふふ」と笑いを漏らし。


「キョウちゃんは知っているようだね? ますます興味深いが……まあこれ以上ボッチはキョウちゃんに嫌われたくないから引き下がるよ」


 安堵したキョウヤチはラリとシャルリーヌに目を向けると、微かに頬を赤らませていた。キョウヤの予想した反応とは違っていたことに戸惑う。


「ありがとうキョウヤ……。もう私は大丈夫だから…………キョウヤが……………から」


 妙な雰囲気が二人の間に流れて、キョウヤはどう答えたものかと頬を掻くと。


「しかしキョウちゃんは別の女と乳繰り合って、ボッチの事は過去の女として捨てる酷い男なのか?」


「え!? お、俺は別にディーたんの事は(友達として)真剣だぞ!」


「……そ、そうか。ボッチとは真剣なのか……。は、初めて会ったのに、そこまでキョウちゃんがボッチの事を考えていたのとは知らなかったよ…………」


 キョウヤの言葉にディアヌは目を逸らしてソワソワとした。


「あ、あれ? 俺何か変な事口走ったのか?」


 何か勘違いさせる発言でもしたのかと先程の自分の台詞を思い返す。特に思い至る発言はしてないとキョウヤは安堵し、ディアヌはただ友達が出来たことに嬉しかったのだろうと勘違いした。


「……キョウヤって」


「え? な、なに?」


 なぜかシャルリーヌはジト目でキョウヤを凝視していた。キョウヤはその意味が分からず困惑するのみで、それ以上シャルリーヌは何も言わなかった。

 このままでは話が脱線して収拾が付かないと判断したエミールは嘆息すると、本題に入った。


「エルフの居場所をボク達は小娘に尋ねたい」


 エミールの刺々しい言葉をディアヌに投げる。


「随分ボッチも嫌われたものだ。ま、ボッチが誰からも相容れないのは自覚しているし、キョウちゃんさえいれば構わないからね。それでエルフの居場所だっけ? 確かにボッチはエルフの居場所を知っているし、実際に会ったこともあるよ。だけどあのエルフは気難しくってね。行くだけ無駄だと思うよ?」


 既にエルフと話した事のあるキョウヤは、実際に会って話を聞けなかったのは確認済み。

 何かエルフから聞き出せる材料があれば良いのだが、今のところキョウヤに聞き出せる程の材料はない。


「それでも私は会って話を聞きたい」


「そうか。まあ会って見れば分かると思うよ」

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