第七話 Restart

「うわあああああああ!?!?」


 目を覚ましたキョウヤは絶叫を上げて起き上がり、目の前の光景に脳裏には困惑と疑問が埋め尽くされ、どこかで見かけたその光景を認識するのにしばらくの時間を要した。

 空は明るく青空が広がり、見渡す限りの草原がそよ風で揺れ、そして後方には大きい城が聳え立って、その周りに町が点在している。

 そんな一度目にしたことのある光景――そこはキョウヤが異世界転生した最初の場所だった。


「……え?」


 さっきまで空は暗闇が広がり、ぽつんと輝く月が静かに浮かび上がって、その光だけが薄暗い路地裏を微かに照らしていた。

 今までキョウヤは路地裏にいてリリに襲われそうな所だった。

 それなのに。


 ――何があったんだ?


 胸の鼓動は未だにどっくんどっくんと早鐘を打ち、汗がびっしょりと服を濡らして少し気持ち悪かった。頭は未だにボーッとして長い夢を見たような、そんな感覚は味わっていた。

 果たして、キョウヤが見たあの悲惨な光景は夢だったのか。


「こ、こは……? な、何が?」


 未だに目の前の光景が信じられず俯いて顔を手で覆うと、呼吸をしていないことに思い出して呼吸を再開する。草や土の自然の匂いが鼻腔に入る。

 先程まで路地裏にいたときの血生臭さは感じられない。


「………………げ、んじつ?」


 顔を上げて辺りを見渡すと、横に吃驚した表情で眼帯の少女がキョウヤに視線を向けているのに気付いた。


「あの……?」


 華やかで澄明な声、

 錦糸のようなアッシュブロンドの髪、

 燦爛と翠玉の輝きを放つ左目、

 眼帯に覆われた右目、

 どれも目にした事のある特徴で、キョウヤが二度と会えないと思っていた人物。

 困惑をしている少女の姿は紛れもなくシャルリーヌ本人が立っていた。


「い……きて?」


 瞬間、シャルリーヌの亡骸が脳裏にフラッシュバックすると、吐き気に襲われたキョウヤはシャルリーヌからそっぽを向いて異物を吐き出した。


「だ、大丈夫!?」


 キョウヤの異変にシャルリーヌは近づいて、優しく背中をさすってくれる。段々と吐き気が引いてシャルリーヌの手の温もりが心地よかった。

 しばらくして、落ち着いたキョウヤはシャルリーヌに振り返ると目が合う。本来なら数秒で逸らす目線がしばらく続くと、不意にキョウヤの瞳から自然と涙が流れた。

 突然の事に戸惑いを見せるシャルリーヌは「どこか痛いの?」と心配そうに声を掛けてくれた。


「――……っ」


 キョウヤの中にある色んな思いが、涙と一緒に奔流すると頬を伝って涙が流れる。再びシャルリーヌの声を聞けて、嬉しさが込み上げてくるとキョウヤはシャルリーヌに抱きついた。


「え? ちょっと!?」


「……よかった…………本当に、よかった」


 困惑と戸惑いにシャルリーヌは引き離そうとするが、キョウヤの様子と言葉を聞いて無理矢理離すことが出来なかった。


「シャルが可愛くって魅了されたからって、いきなり抱きつくなんて……ボクの可愛い自慢の妹に手を出した覚悟は出来てるの?」


 もう一つの声がキョウヤの耳に届き、目の前に小さな竜――エミールが姿を現して、眉間に皺を寄せて怒った顔をしていた。

 そして一旦後ろに下がるとエミールはライダーキックのようにキョウヤの額に蹴りを放ち、小さいながら衝撃と威力ある蹴りによってキョウヤはシャルリーヌから離れて尻餅を着いた。

 地味に痛みが伴って額をさするとエミールに非難の眼差しを向ける。


「な、なにすんだよエミール!?」


「ん? どうしてボクの名前を君が知っているの?」


「そもそもエミールがいるんなら、あんなことには起こらなかっただろ! 一体どこで何をして……いや、こうしてシャルリーヌが生きているんだし、無事で良かった……。無事……? 

アレは…………何だったんだ? 俺は今まで夢を見ていたのか? なぜ俺はこんなところにいるんだ?」


 安堵感からキョウヤはいくらか冷静になると、まず最初に見覚えるのある場所と場面に疑問が浮かぶ。


「私の名前も知ってる? あなたはどこかで私と会ったことがあるの?」


「……え?」


 エミールとシャルリーヌの言葉と態度から違和感を覚える。


 ――どういうことだ?


 シャルリーヌはどこか余所余所しく、キョウヤの事を忘れているような……まるで初めて会ったような態度だった。

 さっきまでの最悪な出来事、今起きている不可思議な出来事、シャルリーヌとエミールの態度、考えるべき情報量が多くどこから何を整理すればいいのか分からない。

 キョウヤは一先ず目の前の問題に直面することにした。


「えっと……シャルリーヌとエミールだよな?」


「そうだね。でもボクは君を知らない」


「私の名前もそうだけど……えっと、あなたの事は知らないわ」


 二人は同じようにキョウヤの事を知らないと答えた。嘘を言っているようには見えず、本当の事だろう。


 ――俺の事を知らない? そうなるとアレは本当に夢だったのか?


 未だに鮮明に思い出すことが出来る残酷で悲惨な出来事。

 アレが夢で片付けるには、記憶が生々しく残っているし、五感全てが覚えていた。その時の事を思い出して再び恐怖心がキョウヤに襲いかかってくる。

 一度落ち着こうと深呼吸してから考える。


「アレが夢じゃなかったら一体なんだ? この場所は俺が最初に目を覚ました場所と一緒だし、もしかしてループしているのか? いや、俺はあの時死んだという実感はなかったし、何というか、テレビのチャンネルが切り替わったような感覚? そもそもループという定義が曖昧で、何をしたらループするのか不明だ。安易にループと表現するのは早計か? またループする根拠がないし……。でも、もしまた……」


 意識がぼんやりとして、シャルリーヌの亡骸を脳裏に過ぎると再び吐き気が込み上げそうになって、キョウヤは口元を押さえる。


「本当にあなた大丈夫なの? どこか頭打っておかしくなったりとか? それなら治癒した方がいいかも。えっと……ちょっとごめんね」


 そんなキョウヤの様子に心配したシャルリーヌは近づくと、キョウヤの頭に手を伸ばす。


「え!?」


 聞き覚えのある詠唱を耳にしたキョウヤは意識がはっきりとして、至近距離にシャルリーヌの顔があることに狼狽する。

 睫毛が長く伸び、パッチリとした左目、柔らかそうな唇、シャルリーヌ独特の甘い香り、キョウヤの鼓動は速さを増して顔を真っ赤に染まり、これ以上は耐えられないと後退する。


「あ! ちょっと、どうして離れるのよ!」


 キョウヤが後退した分の距離が詰め寄られ、それが何度も続くとキョウヤの足はもつれて。


「うわっ!?」


「きゃ!?」


 転倒する二人。

 シャルリーヌに押し倒された体勢となり、絹糸のようなアッシュブロンドの髪がキョウヤの頬を撫で甘美な香りが鼻孔を刺激される。


「…………………………………………………………………………」


 そしてキョウヤの唇に一瞬だけ、柔らかい何かが触れたような感触があった。

 それが一体何なのか分からず、正体を知るためにシャルリーヌに視線を向けるが、キョウヤの動きが無い事にシャルリーヌは治癒魔法に専念していた。何か温かく心地よい熱が浸透する感覚を味わい安らぎを覚えるが、今のキョウヤはそれを感じる余裕はなかった。


「これでよし!」


 至近距離でシャルリーヌの満面な笑みが映る。しかしキョウヤはシャルリーヌの柔らかそうな唇に注視して、思い出すのは何かに触れた唇の感触。


――本当に気のせいなのか……? え? でもシャルリーヌに何も反応ないし……気のせい?


 シャルリーヌが意識していないことを見ると、やはり気のせいという可能性に至る。


「またしてもボクのシャルになんてことするんだ君は。消し炭にされたいのかい?」


 エミールの声ではっと気付いたキョウヤは先程のことを保留にして。


「お、俺は被害者だ!? ……被害者だよな? あ、いや、えっと……と、取りあえず、出来れば退いて頂ければ……」


「え? ご、ごめんね! わ、私重いよね……。はぁ~もう何やってるのよ私は……」


「あ、……いや、治癒魔法を掛けてくれたのは助かったし、そ、それに……俺はもっと……じゃなく、重いなんて思ってないから!? むしろもっと感じていたいっていうか……ってこれじゃあ俺が変態じゃないか!? いや、だからえっと……ありがとう」


「えっと……どう致しまして?」


 立ち上がったキョウヤは未だに心臓が早鐘を打って、コミュ障とは別にシャルリーヌの顔が真面に見れなかった。

 キョウヤは自分の唇に触れて赤くすると、冷静になるために深呼吸を何度もする。

 その間シャルリーヌも自分の唇に触れていたことに、キョウヤは気付いてなかった。


「……よし。今は俺の身に何が起きているのか、それからシャルリーヌとエミールの事を考える必要がありそうだ。一応これがループ説ってのが有力だが、そもそもそれは少し早計のような気がする。確か俺は夢を見ていたような感覚で目が覚めた。それなら俺が今まで体験したのは全て夢って事になる」


 意識を切り替えて、冷静に現状の情報整理ができるまで普段通りとなったキョウヤは、今起きてる現象の正体についての見解を思慮する。例によって声は漏れているが。


「う~ん……何か切り替わったように何か呟き始めたけど、ボク達のこと見えてるかい?」


「え? あ、悪い……。えっとエミール……って今は初対面だっけか」


「なら自己紹介しようかって君はボク達の事なぜか名前を知っているみたいだけど、一応自己紹介をしようか。ボクはエミール」


「私はシャルリーヌ。よろしくね?」


「俺は……キョウヤ」


 キョウヤにとって二度目の自己紹介を果たす。

 今までの関係がリセットされたと思うと胸が締め付けられて寂しさを覚えた。だけど、こうして再び邂逅することができた喜びの方が大きかった。


「キョウヤ? 変わった名前なのね。あ、私の事はシャルリーヌもしくはシャルで大丈夫よ」


「……えっと、シャ――」


 シャルリーヌと呼ぼうとしたキョウヤは口を閉じた。

 一度目はコミュ障という壁によってシャルリーヌとは真面に会話することができず、距離感はあまり縮まらなかった事を想起した。そのせいであんな結末を向かえてしまったのなら、ここの選択肢は間違えるわけにはいかない。

 また関係を築く必要があり、荷が重すぎて辛い部分はある。それでもまたやり直せる事が出来ると考えれば、シャルリーヌとの距離感も少しは縮まるかもしれない。

 一度目はシャルリーヌのことを「シャル」と愛称で呼ぶことに抵抗はあった。

 しかし、この選択肢はシャルリーヌとの距離感を縮める好機なシーン。

 ならシャルリーヌの呼び名は――


「よろしく、シャル」


 ”シャル”と愛称で呼んだ。


「むう? 君、初対面でいきなりシャルを愛称で呼ぶなんて図々しいじゃないのか?」


 不満そうに声を漏らすエミール。それでもキョウヤは呼び名を変えるつもりもないし、少しでもシャルリーヌの事を知り、距離感が縮まるのなら、「シャル」と呼ぶのが正しい選択肢。


「……自分から言っておきながら、エミール以外に呼ばれると、ちょっとこそばゆいわね」


 はにかんだシャルリーヌは少し頬を朱に染めた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 城下町では話を聞けば一言目には英雄の武勇伝を自慢げに語り、キョウヤの服装に奇異な目を向けられるが、物珍しさで積極的に話しかけてくる。一語一句同じ言葉。同様にシャルリーヌも英雄について様々な人に聞いて回り、物怖じせずにコミュニケーションを交わしていた。

 些細な違いはあるけど、基本的には一度目と同じように進行していた。


「やっぱり同じだ……。俺が今までに見た出来事はもしかして未来の出来事? ループより信憑性はあるし、そう考えた方が自然なのか? そもそもなぜ俺は未来を見せられた? これが俺の能力とでもいうのか。まだ分からないことばかりで、整理できない」


 キョウヤが今までの情報を整理し、行き着いた見解が未来予知説という可能性。

 未来を視るというのはアニメやラノベで良くある能力である。だけど実際に現実でも未来予知する人が存在するとか。

 兎にも角にもキョウヤが今までに視てきたのは未来の出来事と考えれば、ループ説より未来予知説の方がいくらか信憑性はある。

 しかし、未来予知は未来を視るのであって未来を体験する訳ではない。キョウヤは一度目で実際に目にし、肌で感じ、耳にしている。


「あれら全て本物だった。夢にしてはリアルすぎるし……じゃあ一体一度目に体験した事はなんだ? 未来……体験……予め俺は未来を知っていた……? 確かラプラスの悪魔って言葉があったな、何か小難しい説明だったけどアレも未来に関係していた」


 ラプラスの悪魔は簡単に説明すると、この先に起こる未来を全て予見できる物理用語。即ち、キョウヤはある地点からラプラスの悪魔によって、これから先に起こる悲劇の未来を実際に体験し、今現在キョウヤは未来を知った状態でスタートしている事になる。


「それじゃあこれから起こるのか……?」


 ループ説より、未来予知説より、ラプラスの悪魔説の方が信憑性は高く、その考えに至ったキョウヤは唖然とした。

 これがキョウヤの能力なのか定かでは無いが、もしまた同じような事が起これば、キョウヤは仮として未来を体験する能力を”ラプラスの悪魔”と名付けることにした。


「さっきから未来がどうとか、どうしたんだい?」


 エミールは胡乱にキョウヤを見やると、はっとして気付いたキョウヤは曖昧に苦笑した。どうやら思考が漏れていたようだ。


「いや、なんでも――」


 ふと、キョウヤは未来の出来事をシャルリーヌやエミールに打ち解ければ、もしかすると、この先の最悪な結末を回避出来るのでは? と一瞬ひらめく。

 だけど、さっき会ったばかりの人間に突然未来の話をされても馬鹿馬鹿しいと一蹴されるのがオチだろう。

 もし話すとしたらタイミングが大事だ。

 取りあえず、ラプラスの悪魔説はここで一旦保留すると、シャルリーヌが戻って来た。


「やっぱり、ここに来て正解ね! 町の人達はいい人だし、英雄の話も興味深く、もっと知りたくなったわ!」


「王立図書館に英雄について書かれた文献があるみたいだし、自由に訪れることができるなら行ってみようか。ただ、しばらく滞在するから宿の確保が先だね」


 エミールの言葉に頷いたシャルリーヌは未だに瞳をキラキラと輝かせていた。


「俺、宿代持ってないんだけど?」


「それなら問題無いよ。キョウヤの分もボク達が出してあげるから。見るからに硬貨を持ってないのは一目瞭然だからね」


「感謝するよ」


 お礼を述べると、エミールは小声で「君なら大丈夫かもしれない」という呟きを耳にした。その言葉の真意を確かめる前にシャルリーヌとエミールは先に進んで何も聞けなかった。

 しばらくして、拠点となる宿に着くと宿主は余所者であるキョウヤ達に笑みを浮かべて、歓迎をしていた。宿代を安く提供してくれて、シャルリーヌは銀貨を一枚を渡す。


「英雄の事を知るために訪れたのかい? それは大いに歓迎だよ! ということは英雄像や王立図書館に行く予定があるのかい?」


「はい!」


「それなら英雄の友人がここルサント王国に住んでいる事はご存じかな?」


「え? 英雄の友人がいるんですか?」


「かつて英雄と語らい友人となったエルフがいた。そのエルフがルサント王国に今も住んでいるって話しさ。ただ噂だから本当に実在するのか不明だけど、王立図書館の司書なら詳しい事を知っているかもね。聞いてみると良いよ」


「英雄の友人……ということは英雄がどんな人なのか実際に聞く事が出来るかもしれないって事ね。もしかすると偉大な魔法使いのことも聞けちゃうのかも」


「ほう? 偉大な魔法使いか。英雄の仲間の一人で数々の功績を称揚され、世界で一番強いと謳われた魔法使い」


「実は私魔法使いで、その偉大な魔法使いに尊敬を抱いてるんです! いつか偉大な魔法使いのようになりたいって思っていて!」


 そんな二度目となる宿主とシャルリーヌの会話を耳にして、キョウヤはこの後の展開に対する疑問をエミールに訊いた。


「な、なあ? 部屋ってもしかして一つしか取ってないのか?」


「ん? う~ん、恐らくシャルの事だから一つしか取ってないと思うよ」


 やはりラプラスの悪魔で経験した通りで、部屋は一つしか取っていない。そうなると、シャルリーヌとはまた同じ部屋で寝ることになる。内心は嬉しい気持ちだが、さすがに男女が同じ部屋に泊まるのは問題がある。

 キョウヤは宿主と話すシャルリーヌに近づくと、気が付いたシャルリーヌが「どうしたの?」と声を掛けてくれた。


「へ、部屋一つしか取ってないんだよね? 俺は一人別の――」


「心配しなくてもキョウヤの分も出してあげるわよ? これでも私、結構硬貨持ってるのよ!」


「いや、そうじゃなくって、部屋をべ――」


「もう、何を心配してるのよ? 別に遠慮はいらないわよ。キョウヤは宿代出せないでしょ? なら私に頼って欲しいな」


「…………」


 翠玉の瞳に見つめられて、コミュ障のキョウヤは何も言えず顔を逸らしてしまう。それがシャルリーヌには了承と受け取って、にこりと笑う。


「難儀だね」


 そんなエミールの呟きに、キョウヤは結局言葉を詰まらせて、何も言えなかった事に溜息を漏らして諦めた。

 宿主が部屋を案内すると「ごゆっくり」と声を掛けて去って行き、シャルリーヌはベッドの上に倒れ込む。その表しにスカートの中が見えそうになって、視線を逸らしたキョウヤは居心地悪く佇立したまま硬直した。


「どうしたのキョウヤ? ベッドふかふかで気持ちいいよ?」


 そんな無防備な姿を見せられて、複雑な思いを寄せた。さっき会ったばかりで、しかもキョウヤは男だ、女の子なら普通警戒心を持っているはず。


「普通なら無防備な姿を晒さないと思うが……俺は異性として見られていないのだろうか? 俺以外にそんな無防備な姿だと……凄く心配だし、複雑な気持ちだな……」


 少し戸惑いを見せるが、直ぐに諦めて腰掛けると独り言を口にするキョウヤ。意識して独り言を呟いた訳でなかったがシャルリーヌに聞かれなかった。しかしエミールにはしかと聞いていた。


「まあシャルも色々とあるんだ。それに一つ忠告すると、シャルの魔法の実力は他の魔法使いと比べて強力だよ? その意味分かるよね?」


「……さいですか」


 魔法を扱えることは知っていても実際にシャルリーヌの魔法の実力を、ラプラスの悪魔で目にしたことはない。だけどエミールの物言いから、シャルリーヌがそこら辺の魔法使いより強力な魔法を扱えて、もし手を出したらただではすまない、ということだろう。

 恐ろしく手は出せない。そもそもキョウヤにはそんな勇気がないし、キョウヤ自身女性に対して紳士的だと自負していた。


「そういえば聞いてなかったけど、キョウヤってどこから来たの?」


 起き上がったシャルリーヌはそんな質問を投げた。

 普通、異世界から転生してきたと答えても、頭がおかしいと心配される可能性が高い。この場合、その選択肢はあり得ないとして切り捨てて、次に考えられるのが異世界に来た時の常套句、東から来たという返答。

 しかし、異世界の地理を把握していないため、それに返答次第で怪しまれる可能性も大。だからこれも選択肢として切り捨てられる。

 確かラプラスの悪魔で体験した中に、同じような質問されたことをキョウヤは思い出した。その時にエミールが口にしたのが記憶喪失という言葉で、キョウヤは記憶喪失という設定で話を進めた。ならその時の事に習ってここは記憶喪失という事を明言した方がいいだろう。


「えっと……お、覚えてないんだ。いわゆる……記憶喪失?」


「そうなの?」


「あ、ああ。だ、だから俺がなぜあの場に倒れていたのか……全くわからないんだ」


「……そんな事情があったのね」


 シャルリーヌは顔を伏せてすまなそうな表情をする。そんな姿を目にしたキョウヤは、シャルリーヌに対して嘘を言ったことに罪悪感を覚えて胸がちくりと刺さった。


「う~ん……なんかはぐらかされているような気がするけど……」


 対してエミールは疑いの眼差しを向けられた。

 キョウヤはこれ以上余計な事を言わず、この話題から逸らそうとシャルリーヌに今後の事を聞いた。


「シャルはルサント王国で何しに来たんだ?」


 キョウヤがラプラスの悪魔で体験した通りであれば王立図書館へ向かうはずだ。しかし、この時はまだ行き先を知らないため、知らない振りをするのが正解だろう。


「今後の方針は、王立図書館で英雄についての書物を読むことかなって思ってる。でもキョウヤは記憶喪失でしょ? 何か記憶の手がかりを見つけるために手伝うけど?」


「いや……お、俺の事は大丈夫だ。……なら一緒に行動してもいいかな? もしかしたら何かの手がかりに繋がるかもしれないし」


「う~ん……キョウヤがいいのならいいかな?」


 懸念材料が多く残っているキョウヤはシャルリーヌを目にしながら、頭の中では悲劇の結末を回避する方法を考えていた。

 一つキョウヤが考えたのは、未来通りの道を外れて進む方法。

 だけど問題は未来から外れて進んだとして、本当に悲劇の結末を回避できるか。

 幾つも選択肢が存在し、別のルートが存在するとしても、最終的に悲劇の結末に収束する可能性だって大いにあり得る。その別のルートで結末が速まる事も。だから不可逆的な最後を迎えてしまうのではと慄然し、キョウヤは迂闊に動けられないでいた。

 それに、このまま未来と同じ一途を辿ると、シャルリーヌのオッドアイがキョウヤに知られ、顔面蒼白となって取り乱したシャルリーヌが逃げ去っていく。

 未来を知っているキョウヤが、果たしてシャルリーヌに思いを伝えることができるのか不安だった。もしシャルリーヌに思いが伝えられず、キョウヤから逃げ出してしまったら、待っているのはバッドエンド。それだけは回避しなければならない。

 このイベントが最大のポイントで絶対に間違えられない分岐点。そのイベントをどう回避するか、キョウヤはしばし考えて一つだけ思いついた事があった。

 それはエルフとのイベントが終えた後のオッドアイ発覚イベントを強制的に発生させる事。


「…………」


 キョウヤの視線が自然とシャルリーヌの眼帯へ注視した。

 今伝えても不自然だし、最悪な結果になりそうな気がした。いや、そもそもどの時点で発覚した所で最悪な結果になりそうな気がする。


「キョウヤ? どうしたの?」


「い、いや……何でもない」


 シャルリーヌの悲しい顔はもう見たくない。

 なら決意を固めてイベントを強制発生しよう。一時的にシャルリーヌに悪いことしてしまうことに内心で謝罪すると、来たるべきに備えて心の準備を済ませようと決意を固める。


「…………」


 そんなキョウヤの決意をエミールは訝しんでキョウヤを冷たい目で見ていた。

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