第六話 最悪な終幕
キョウヤが真っ先に駆け出して辿り着いた場所はシャルリーヌ達と泊まっていた宿屋。
勢いよく扉を開けると宿主が驚いた表情でキョウヤを見るや、シャルリーヌと一緒にいた少年だと知る。
「君はあの娘の連れか? そんなに慌ててどうしたんだい?」
「す、すみません! シャ、シャルリーヌ……俺と一緒にいた女の子は戻ってますか?」
「おや? 君と一緒じゃないのかい? あの娘はまだ戻って来てないけど」
その言葉を聞いて、キョウヤは直ぐに宿屋を出ると、宿主が何やら言っていたがキョウヤの耳に届かなかった。
本当なら宿屋で待っていれば、シャルリーヌが戻ってくるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。しかし、錯乱状態のシャルリーヌがキョウヤがいる場所に戻るはずがない。そう思ってシャルリーヌが宿屋に戻ってくる希望を諦める。
「はぁ……はぁ……どこに行ったんだ? 考えられる場所は……取りあえず王立図書館に行ってみるか」
王立図書館までの道のりを思い出して走り出した。
直ぐに辿り着いた王立図書館に少しだけ明かりが漏れていた。もしかしたらまだディアヌが中にいるのかもしれない。
図書館の中に入ったキョウヤは受付場所にディアヌの姿がない事を確認した。辺りを見渡しても人の気配は感じられない。
しかし明かりは点いているからまだ中にいると確信して広大な図書館の中を探し回った。
すると、何番目かの棚を曲がった所で直ぐに見つかった。
「ぬ? と、届かない……よっ、よっ、くぬぬ~~~」
ディアヌがぴょんぴょんと跳ねて本を隙間に入れようとしていた。その姿は愛らしくて微笑ましい姿だが、今のキョウヤはシャルリーヌの事で頭がいっぱいで何の感情も沸き起こらなかった。
「ディ、ディアヌ! シャ、シャルリーヌがここに来なかったか!?」
「わひゃ!?」
キョウヤの声に驚いたディアヌは手から本が離れると床に落ちる。キョウヤに非難の眼差しを向け、落ちた本を拾い上げる。
「キョ、……ごほん。キョウちゃんじゃないか。そんなに慌てて何があったのか分からないが、眼帯の少女ならここに来てないが?」
「そ、そうか……わかった、ありがと!」
「…………他には何かっボッチに――っていない。一体どうしたんだ?」
不思議そうに呟くディアヌの声を最後に図書館を出ると次の場所をと考える。だが、他にシャルリーヌの行き場所に検討がつかない。
取りあえず手当たり次第、町の中を探そうと考えた。
しかし、城下町は広く探し回るとしても数十時間は要する。それに辺りは薄暗く、月明かりだけが頼り。そんなんで真面に人を探すのは難しい。
それでも翌日に延ばしたら、知らないうちにシャルリーヌは町を出て手遅れになる恐れがあった。だから時間が許す限り、キョウヤは夜の城下町を走り回ることにした。
「……はぁ……はぁ……ど、どこに?」
走りっぱなしで、体力は既にゼロに近いほど削られて息が乱れる。
普段から運動をしていないキョウヤの体力は帰宅部並。そんな体力の少なさに自分を呪ったが、それで体力が回復するわけでもなし、限界が近くっても余計な事を考えずキョウヤは足を動かした。
しばらくして、頬を伝って汗が流れて始めると荒い息が漏れる。限界の近い足が止まりそうになる。しかし自分の太股を叩き叱咤すると、再び動かす。
取りあえず、今まで通った道を大方辿ったがシャルリーヌの姿を見つけることができなかった。今度は足を運んだ事がない道を選んで探す。
だが、ここで足が止まってしまう。仕方なく膝を着いて息を整えて休憩する。
キョウヤの中にある蟠りが徐々に広がり、このままシャルリーヌに会えないのではと不安な気持ちが募っていく。
「はぁはぁ…………はぁ……ん?」
少しの休憩の後、再び足を動かし走り出そうとしてキョウヤは路地裏へ通じる道が視界に入る。奧は真っ暗闇で不気味な雰囲気。だけど少しだけ月明かりが漏れ出て道を照らしている。
「もしかしたら」
路地裏にいるんじゃないかと、淡い期待を抱く。
普段なら不気味な路地裏に足を踏み入れる事に躊躇するが、キョウヤの中では恐怖心より、一刻も早くシャルリーヌと会いたいという気持ちが勝っていた。
自然と路地裏へ歩き出したキョウヤは薄暗い中、目を凝らしてゆっくり前へ進む。
キョウヤの足音だけが辺りに響く。自分の足音以外は不気味なほど閑散としている。先が見えない道に、キョウヤは眉を潜めて少しだけ緊張感が走った。
「……………」
最初こそゆっくり進んでいたが、徐々に暗闇に目が慣れると、普段通りの歩調で進む。それにシャルリーヌの事で焦っていた気持ちが落ち着いてくると、恐怖心が芽生え初めて来た。
「シャ、シャルリーヌ……?」
不安から名前を呼びかけた。だけど、返ってくるのは沈黙だけ。
自然と唾を飲み込んで路地裏を進むと疑問が生まれる。
果たしてシャルリーヌがこんな場所にいるのだろうか?
キョウヤの進む足が徐々に遅くなる。
――きっとこんな場所にシャルリーヌがいるはずがない。
そう思いキョウヤは踵を返し――。
「――っ!?」
前方から微かに音が響いてキョウヤの耳に捕らえた。
その音は水溜まりに落ちる水滴に近い物音だと思った。
しかしキョウヤが歩いてきた道には水溜まりは確認していない。それに昨日今日と雨を振っていた形跡も残ってない。
謎の水滴音が気になって再び奧へ進む。
「な、何の音だ……?」
近づくにつれて音は次第に大きくなり、ぴちゃぴちゃという水滴音が連続的に音を鳴らしていた。辺りは真っ暗闇で、月明かりは雲で隠れて足下が不鮮明となる。
息を呑みキョウヤは声を掛けて確かめようとした時、何か固いものに躓いて転びそうになった。地面を踏みしめる音が木霊する。
キョウヤは何に躓いたのか正体を知ろうと視線を落とす。
「……何かの塊?」
大きな塊。しゃがんでもっと顔を近づけるキョウヤ。
それは肌色で、爬虫類の鱗のようなものが、その塊から生えていた。
「……ひっ」
キョウヤの口から空虚な息が漏れる。
それは人の形をしていた。
肌色で尾てい骨から鱗に覆われた尻尾が生えて、人というより別の種族が横たわっていた。よく見ると胸に膨らみがあってそれが女性だという事も知るが、それよりもそのよく分からない種族の。
腕の一部の肉が抉られていた。まるで何かに喰い囓られたような跡。それが血の絨毯の上で死体となっていた。
キョウヤの脳は視覚からの情報伝達を拒否されて、驚愕や恐怖心という感情が表に出てこない。脳裏には空白に支配されて思考を奪われる。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
数十分も時間が経ったような錯覚を覚え、ようやくそれが死体だと理解する。
「ぅぁ……!?」
地面に臀部を打ち、その死体から離れる。地面に手をついた時、何か生暖かくぬるっとした液体のようなものが付着した。
恐る恐るキョウヤは自分の手を見ると真っ赤になっていた。そんな既視感を覚えるそれに悲鳴を上げなかったが、自然と呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が早鐘を打ち始めると、同時に脳内で警鐘を鳴らし始めた。
――ここから直ぐに逃げないと何かヤバい。何がヤバい? 分からない。とにかく逃げないと!?
よろよろと震える脚で立ち上がる。しかし地面に足が縫われたように言うことを利かず硬直していた。それに走り回ったせいで、体力も限界に近い状態。走って逃げるのにしばらく時間が掛かる。
「う、うご……け……」
「くちゃくちゃ…………くちゃくちゃ…………」
「――っ!?」
先程の水滴音が鮮明にキョウヤの耳に届いた。だけど水滴音だと思っていたその音の正体は、水滴音とは異なる。
何度もくちゃくちゃという音が静寂の闇の中で木霊して、耳にこびり付いて離れない。
――何の……音?
キョウヤの中に生まれる疑問。
すると腕が何かに喰い齧られていた死体を思い起こす。
――違う……そんな……はずは……。
そんなありもしない異常な考えに行き着いたキョウヤは「そんなはずない」と何度も否定する。しかしキョウヤの脳内はさっきから腕を喰い齧られた死体が鮮明に映し出される。何度否定しても異常な考えが纏わり付いて離れられない。
「…………あ」
突如、雲で隠れていた月が現した。謎の音がする場所へ月明かりが微かなに照らされる。目を向けていたキョウヤは二つの人影を目に映してしまう。
くちゃくちゃという不愉快な音はキョウヤが目撃しても未だに止まない。
そんな異常な光景を目の前にして、キョウヤは我慢できず、込み上げてくる吐き気に襲われて胃液を吐き出した。
「ん?」
その人影はギラリと紅い瞳がキョウヤを射貫いてくる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
脳裏には文字の羅列が奔流し、警鐘は止むことを知らず、先程よりも音が大きく反響し、五月蠅いくらい鳴り続ける。
一刻も早くこの場から逃げ出さないといけないと必死に訴えてくるが、やはり脚は未だに動けず、さっきよりも酷く脚が震えだして真面に歩けない。
そして――キョウヤはもう一つの人影を目にした瞬間、顔面は蒼白し、瞿然としてもう一つの人影の名前を口にした。
「シャル、リーヌ……? ど、どうして? ……?」
「この人種、そんにゃ名前なのか」
キョウヤの言葉に反応して、頭部に耳が生えた少女は答えた。
そしてその少女は口を開いて、シャルリーヌの腕を喰い齧ると血が飛び散る。顔に付着しても気にせず少女はくちゃくちゃと咀嚼して、まるで高級な肉を食したように恍惚な笑みで口の中のものを嚥下する。
そんな異常な状況下にキョウヤは目の前の光景が信じられず、誰かにこれが虚妄だと言って欲しかった。
――何だこれ? 何でシャルリーヌが?
「……………」
ただ呆然と、悲鳴を上げることはおろか言葉を忘れたように、喉はからからで口は何度も開閉する。何度も声を発しようと試みるが、言葉を発することが困難。
「そこのトカゲもどきは全然美味しくなかったにゃ。やっぱり、人の肉の方がリリは美味しいと思うのにゃ。ってあれ? どこかで見た顔だと思ったら、キョウヤではないかにゃ。ふふっ、今日のリリはなんだかついてるにゃ♪」
「……リ……リ?」
ようやく言葉に出したのは少女の名前。王立図書館で出会った獣人のリリであった。
こんな異常な状況でもリリは態度を変えず、普通に話しかけてきて、再びシャルリーヌだったものに肉を喰い囓り、咀嚼音を響かせる。
一瞬でも違うと、シャルリーヌじゃないと、否定をしたい気持ちがあった。
だけどアッシュブロンドの髪に、左右瞳の色が異なる特徴を持つのは間違いなく――シャルリーヌ本人という認めたくない事実を突き付けられる。
「う…………そ……?」
シャルリーヌの両目は虹彩が消え失せている。
記憶の中にある彼女の笑顔は二度と見ることもできず、彼女がキョウヤの名前を呼ぶのも二度とない。
彼女はもう死んでいる。
――冗談……だよな?
シャルリーヌに伝えたいことがあった。謝りたいと思った。左右瞳の色が異なるその瞳が綺麗だと伝えたかった。
他にもたくさん、これからも一緒に旅をシャルリーヌと共に続けたいと。
これが何かの冗談でドッキリだと誰かに言って欲しかった。
「うふふっ、この肉は美味にゃ♪ 災厄の瞳を持つ人種の肉なんてとっても貴重なんだにゃ」
キョウヤは自然と乾いた笑いがこぼれ、瞳はわけも分からず揺れ動くと、エメラルドの輝きを失った左目と仄暗い紫紺の右目のシャルリーヌだった瞳とぶつかる。
瞬間、キョウヤは忘れかけていた恐怖心が怒濤のように奔流すると。
「あ、あ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!?!?!?!?」
スイッチが切り替わったように、絶叫を響かせると、キョウヤはその場から逃げだそうと踵を返す。しかし思うように脚は動かず、もつれて転倒する。
それでもキョウヤは惨めな姿を晒して、必死に這ってその場から一刻も早く逃げようと腕だけを必死に動かす。
「そんなに叫ぶことないと思うにゃ。ってもしかして、これ、キョウヤの知り合いにゃ? これは悪いことをしたにゃ」
その声は少しも詫びれた様子は皆無で、リリはシャルリーヌだった頭部に手を置くと、笑みを深めて言葉を続けた。
「キョウヤは人を食べたことはあるにゃ? にゃんて、人種がそんな共食いのような事しにゃいか。でも一度試して見るといいにゃ。せっかくの機会だから、これ食べるにゃ? 少しくらい分けてもいいにゃ。何なら一番美味な部分を一口くらいあげてもいいにゃ。ふふっ、それがどこか分かるかにゃ? リリはここが一番美味しいって思っている部分にゃ。ドロドロで、ぐちゃぐちゃで、柔らかく、蕩けるような場所にゃ。それはここ……脳味噌にゃ♪」
その瞬間、シャルリーヌの頭部に手を置いていたリリは、爪を伸ばし額に刺すと、力を加え、”それ”を剥がした。
「っひ!?」
「これにゃこれ! にゃははははははははははははははははははははは!!!!!」
嫌な音と血が飛び散って、リリは声を上げて狂ったように嗤うと、中身を目にして恍惚とした顔で、悪魔のように狂人な笑みで”それ”を一部だけ手ですくって口の中に入れた。
シャルリーヌが一体どんな状態で、リリは何を咀嚼しているのか、分からないし、理解しようとは思えなかった。いや、そんな余裕すらキョウヤにはない。ただ脳裏にはひたすらこの場から逃げることのみしか考えていなかった。
くちゃくちゃと咀嚼音が響くとキョウヤは不快な音を掻き消すように、狂ったように絶叫を上げ、腕を伸ばして、爪の中に土が入るのを気にせず、必死に地面を這う。
「はぁ~、どうして逃げようとしてるにゃ。せっかくキョウヤにも分けてあげようと親切にしたのに……リリは悲しいにゃ。やっぱり、リリの事怖いと思っているにゃ? リリはキョウヤの事結構気に入っていたのにゃ。だから少しは見逃してあげようって気持ちがあったにゃ。でも……」
淡々と話すリリの言葉は嘲笑を含んで、キョウヤを見逃そうという気持ちが微塵も感じられなかった。むしろ、この状況を楽しみ、玩具で遊ぶ感覚に近い。
「あああああ!? ああああああ!? ヤダヤダヤダヤダ!? じにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐなじにだぐな!?!?」
既に精神が崩壊し、限界に達したキョウヤは涙と鼻水で顔は酷い状態。ズボンは失禁で濡らしてアンモニア臭が漂う。
そんなみっともない姿にリリは嘲笑し、悦楽浸り、瞳は愛しさが籠もって、身震いさせていた。するとその場を跳躍したリリはキョウヤの退路を防ぐように着地する。
視線を上げたキョウヤは「やああああっ!? やだああああ!? ご、ごろざれるううぅ!?」と情けない絶叫が暗闇の路地裏を響かせる。
リリは悪魔の笑みを浮かべて。
「そんなに恐がれると、リリでも傷つくにゃ。なら選択肢を与えることにするにゃ。これを一緒に食べるか、もし拒否をすれば……分かるかにゃ♪」
しゃがんだリリの手に丸くドロドロした物体を持っていた。精神が崩壊したキョウヤは恐怖でリリの言葉が理解できず、喚き散らしているため、真面に会話が成立できない状態だ。
そんなキョウヤをリリは虫けらのように見下し、興味を失せると、手に持っていたものをリリは口を開けて、むしゃむしゃと目の前で食べ始める。
ドロドロ、ぐちゃぐちゃ、むしゃむしゃ、ずずず、ごくり。
「ふふふ、キョウヤも直ぐにリリの中に入れてあげるにゃ♪」
その声を最後にテレビの電源が切れたようにブラックアウトした。
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