第四話 怪しげな家屋

 ディアヌからエルフの住む場所を教えてもらい、キョウヤ達は早速その場所へ向かう。


「確か……ここだよな?」


「あの小さい娘が言ってた場所は確かここね。でもエルフが住んでいるのか怪しいわね……」


「ふん、あの小娘が虚言を教えた可能性が大いにありそうだ」


 エミールは刺々しい言葉で吐き捨てた。どうやらディアヌの事を嫌忌しているのは言動から明白だ。それにシャルリーヌも何気にディアヌを小さい娘と唾棄して、少し不機嫌な様子だった。

 キョウヤは苦笑しつつ、目の前の怪しげな家屋に眉を顰める。

 外壁はボロボロに剥がれて、ツタが幾重にも絡まり、人が住んでいる気配が微塵も感じられなかった。果たしてこんな怪しげな家屋にエルフは住んでいるのか。

 エルフが住んでいるという風聞が流布しているのを町の人々が、小耳に挟んだ信憑性のない与太話なら諦めがつく。しかし、ディアヌはエルフに出会ったと言っていた。彼女とは会って間もなく、信用するには早計かもしれない。だけど虚言を吐くとは思えなかった。


「中に入ってみるか……?」


 家屋に近づくがツタが幾重にも絡み合ってどこに扉があるのか見当たらない。しばらく探していると、辛うじて扉らしき部分を見つけた。


「誰かいませんか?」


 清澄な声を上げたシャルリーヌ。シーンとして中から物音一つせず、誰かが出てくる気配はなかった。本当に住んでいるのか疑問が生じて、キョウヤは扉を開けようと引っ張る。


「か、固くって……あ、開かない?」


 少し強めに力を加えると、同時に軋む音とツタが切れる音がキョウヤの耳に届き、扉が徐々に開いて全開にすることに成功を果たす。

 中を覗くと、奧は薄暗い通路が伸びて人――もといエルフの気配を感じない。


「う~ん、どこかに出かけているのか、それとも既に住んでいないのかな。どっちみちまた出直した方がいいかもね」


 シャルリーヌの意見に賛成し、この場は一旦諦めようとしたとき


「…………何か用か?」


 するとキョウヤ達の背後に音もなく接近していた誰かに声を掛けられ、キョウヤとシャルリーヌは肩を揺らして吃驚する。恐る恐る背後を振り向くとエルフが立っていた。

 エルフの特徴である尖った耳に、長髪の金髪、見た目は青年の姿をして若い。しかし、纏う雰囲気がどこか草臥れた老人を彷彿するような印象を受けた。


「確か俺の知っている知識ではエルフは長寿で魔法に長けているって事だが……。英雄の友人って事は年齢は千歳以上って事だよな? 実際エルフの寿命ってどれくらいなんだ……?」


 ぶつぶつと声を漏らすキョウヤにエルフは目を細めて、無言の圧力にキョウヤは受けると例のコミュ障を発症させる。


「えっと……あ、……」


 キョウヤは口を閉ざし、何も答えられずにいると、代わりにシャルリーヌが答えた。


「英雄の友人が住んでいるって噂で聞いたんですが、それってあなたでしょうか?」


「…………以前もそう言っていた人種がいたな。ワシに言えることは何も――――……」


 拒絶するエルフはシャルリーヌの肩に乗るエミールに視線を向けた途端、感情の機微を掴み取れない無感情のエルフが息を呑んで僅かに目を見開き、急に黙ってしまう。


「……? ボクがどうしたんだい?」


 視線に気付いたエミールがそう答えると、エルフは「……気のせいだ」とさっきまでの感情は嘘のように消失させると素っ気なく答えた。

 それからキョウヤとシャルリーヌの姿をそれぞれ視線を送った後にエルフは沈思黙考する。それが数分と無言が続くとシャルリーヌは我慢できず沈黙を破った。


「あの……私、英雄について詳しく聞きたいんですけど」


「…………それを聞く意味は何だ?」


「えっと……私、英雄みたいに色んな人に役に立ちたくって、とにかく行動しようと思ってるんです! 英雄と同じ事を行えば、……きっとみんなに認めて貰える。だから英雄について教えて下さい!」


「…………中に入ってくれ」


 無表情で答えたエルフは先に怪しげな家屋へ入って行く。キョウヤとシャルリーヌは顔を合わせてエルフの後に続く。

 薄暗い通路を出ると、微かな明かりが灯って中が照らされる。

 ボロボロの外装とは思えない程、中は普通に小綺麗だった。それに驚かされながらキョウヤ達はエルフに促され、椅子に腰掛けると対面にエルフも椅子に座る。

 エルフが何か話すのを待つが、一向に言葉が紡がれず、焦れたシャルリーヌが「……あの」と声を掛けると。


「あなたが英雄の友人なんですか?」


「…………単刀直入に申せば、英雄の友人などというのはただの噂でしかない。ワシはそう言って以前も追い返した。そして、英雄……そんな奴は夢物語の人物、千年前に英雄なんて実在せぬ。だからお主が求める英雄の話はできない」


 エルフの口から聞かされたのは英雄の存在を否定する言葉だった。


「でも王立図書館では英雄についての文献は数々残ってます。魔王の危機から救った英雄だって」


「……それが夢物語だと言っている。千年も前の話が紆余曲折に記録され、事実が曲解されるのはいつの時代も同じだ。書物に事実は書かれていない」


 千年前の出来事に何が起こったなんて当事者しか知らない。それを長年伝えることは当然難しく、事実がねじ曲がってしまう可能性は大いにある。エルフの言いたいことに理解はできるが、しかしその物言いにキョウヤは小骨が喉に刺さったような不快感を覚えて納得できなかった。


「……あ、あなたは……し、知ってるんでしょ? エ、エルフは長寿って聞くから……もしかしたら何か、英雄の事……知っているような口調でした」


 シャルリーヌを悲しませないためとキョウヤは声に出して吃りながらエルフに問う。すると、エルフは静かに目を閉じてから数秒して、諦観の息を吐く。


「……千年前のこと、英雄の事を知っているかだったな? 如何にもワシは千年も存命し、巷間で呼ばれる英雄も知っている。だがワシは英雄について口述できぬし、昔時の禍乱も関知せぬ。ただ言えることは、英雄とは巷間で夢想するような人物ではないこと、かつて世界の危機を救ったなどという事実は……虚妄だということ」


 無表情で淡々と述べるエルフは鋭く目を細め、言葉の端々から妙に含蓄があって唾棄しているように映った。それにキョウヤは微かに違和感を覚える。

 対してシャルリーヌはそのまま言葉を受け入れて残念そうな顔をしていた。


「…………」


 ただエミールはエルフの言葉に終始、厳つい顔をさらに険しくして空虚な瞳をエルフに向けると。


「それは違うんじゃないのかい?」


 エミールの言葉に眉を僅かに跳ね上げて、無表情で無感情のエルフがエミールの姿を認めると、エルフの瞳が揺れる。


「…………何も違わない」


「……ん? そうかい」


 エミールは先程言った言葉を忘れたかのように目をぱちくりすると、それ以上追求はしなかった。そんなエミールの様子にエルフは終始ジッと看取する。


「…………そういうことか」


「ん?」


 エルフの呟きはそれっきり、口を閉ざして沈黙が訪れる。

 ディアヌの言うとおりエルフは気難しく、英雄について過敏で頑なに否定し、千年前の出来事を語らない。

 エルフの言葉を要約すると、英雄と呼ばれている人物は昔の人々が針小棒大した結果、英雄が誕生したということになる。


「なぜエルフは頑なに否定をするのだろうか? 異世界転生してのうのうと過ごす予定が謎解きに付き合わせるとは思わなかったが……一度聞いてしまうと気になるし、謎を解き明かしたい衝動に駆られるんだよな。千年前に英雄、魔王…………まだ何も分からないな」


「英雄について何も答えないのなら、もう一つ……偉大な魔法使いについて聞きたいのだけど…………これもあなたは虚妄だと答えるの?」


 キョウヤが変なスイッチが入った所をシャルリーヌは横目で確認すると、不機嫌な声色でエルフに質問を投げた。


「…………偉大な魔法使いか」


 その言葉に何かしらの反応を示したことをキョウヤは目聡くエルフを注視した。


「…………残念ながら人種の言うとおり、偉大な魔法使いも英雄同様……虚妄だ」


 同じ答えを返すエルフにこれ以上何も聞きたくないと、シャルリーヌは今すぐにも立ち上がって出ていきそうな雰囲気だった。

 だからもう一つキョウヤは聞いてみたいことを咄嗟に質問する。


「ま、魔王も虚妄だって……そう言うんですか?」


「…………」


 エルフは口を閉ざして、キョウヤに視線を重ねるのみ。

 何か答えてくれると思い、キョウヤは視線に耐えるが数秒で顔を背けてしまう。


「もういいです! これ以上あなたに聞く事はありません」


 痺れを切らしたシャルリーヌが家屋から出て行き、キョウヤもその後に続く。

 すると部屋から出て行く際にエルフは言葉を漏らした。


「…………あの人種の眼帯の下……そうか、もう……」




「もう! あのエルフ何なのよ!」


 憤慨したシャルリーヌは声を荒げて、今にも暴れそうな様子だった。そんな目にすることの無い新鮮なシャルリーヌの一面を知り、キョウヤは何となく得した気分になる。


「あの小娘の言うとおり気難しい性格だね。シャルの気持ちは痛いほど分かるよ」


 シャルリーヌの気持ちに同調するが、竜の顔で感情が窺えないから、いつもと変化がないように見える。恐らくだがシャルリーヌのように憤慨しているのだろうか。


「はぁ~せっかく英雄について何か聞けるって期待してたのに……。これからどうしようかな」


 そういえばと、キョウヤはエルフの家でシャルリーヌの言葉を思い出した。エミールにも一度問いかけたが本人に訊くよう言われて今まで機会がなかった。

 エルフの家でシャルリーヌは「英雄みたいに色んな人に役に立ちたい」と真摯に訴えていた。

 間が悪いかもしれないが逆にチャンスだと思い、キョウヤは意を決して訊いた。


「シャ、シャルリーヌは、英雄みたいに色んな人に役に立ちたいって…………確か言ってたよね?」


 キョウヤの問いに頷いたシャルリーヌは語り始めた。


「うん、私達が旅をしているのは英雄のように困っている人を助ける事。だからルサント王国に訪れたのは、英雄についての文献を調べて、魔王を封印するまでの経緯を知り、私も英雄と同じような事をすれば、いつか認められて受け入れてくれるんじゃないかって思って」


「どうして……?」


「…………」


 シャルリーヌは無言で眼帯に触れると悲哀を漂わせ、自嘲気味に笑みを浮かべる。その姿は儚く映ずると、ガラスのように脆く儚い姿にシャルリーヌから目が離せなかった。

 それっきり沈黙が流れて歩を進むシャルリーヌの後を付けて、そしてある場所で二人は立ち止まる。

 キョウヤが視界に入ったのは大きく佇立し、剣を掲げる立派な像。


「……英雄像」


 見上げたシャルリーヌは英雄像を眺める。

 同じようにキョウヤも見上げ、厳つい顔で剣を持つ荘厳な姿を目にする。この人が魔王を封印し、世界の危機を救った英雄。

 様相だけなら確かに英雄と言われても遜色ない雰囲気を持っていて納得できる。

 しかし英雄の中にはキョウヤのようなどこにでもいる少年が、アニメやゲームなんかで英雄になる例がある。あくまで創作の中での人物なので実際は英雄像のような厳つい容姿が普通なのだろう。


「英雄……」


 異世界に転生して二日。

 未だに目的も、やりたいことも、何も見つけられず、そんな全てを持っているシャルリーヌに尊敬や羨望を抱き、何か惹かれる思いはあった。

 コミュ障改善のために、シャルリーヌに少しずつ会話を試みて距離感はほんの少し進歩した実感はある。しかしそれでもシャルリーヌの心の奥底に近づくのは難しく、時々拒絶されている事にキョウヤは気付いていた。

 これからゆっくり進めばシャルリーヌの本心を知ることもできる。

 だけど、今のキョウヤは雰囲気に呑まれて焦燥感に駆られていた。


「…………」


「…………」


 空があかね色にグラレーションが彩られ、幻想的な風景が映し出される。

 チラリとキョウヤはシャルリーヌに視線を送ると、錦糸のようなアッシュブロンドの髪が、夕日で赤く染まって煌びやかに輝いて美麗に映えている。

 そんなシャルリーヌの姿に見惚れて、キョウヤの心臓の鼓動は破裂しそうなほど暴れ回っている。

 最初に出会ったときから、キョウヤは妙にシャルリーヌのことを意識して、話しかけられるとドキドキして、いざ話しかけようとするとコミュ障が邪魔して、上手く言葉が紡がれないもどかしさを感じていた。

 もっとシャルリーヌと会話したい、もっとシャルリーヌの事を知り、些細な会話で笑い合って、親しくなりたい。そんな欲求がキョウヤの中に渦巻いていた。

 今日はシャルリーヌに朝の挨拶を交わし、少しだけ会話もできた。


 ――なら明日はもっと会話を増やして自然と喋られるようにしよう


 キョウヤの中にそんな決意を固めていると、シャルリーヌがぽつりと独り言のように漏らした。


「英雄のように誰かの役に立ちたいって、そんな漠然とした気持ちで旅をしようと思ってた。でも……いざ、旅をしても何をすればいいのか分からなかった。だから英雄が通った道のりを辿れば自然と、困っている人達を助けて、認められるんじゃないかって思ってた。でもルサント王国に来ても、英雄になった経緯も知ることは出来なかったし、エルフには英雄なんて実在しない、夢物語だと批判されるし、困った」


 苦笑してチラリとシャルリーヌの視線がキョウヤに向けられ、慌ててキョウヤは目を逸らす。シャルリーヌは気にせず言葉を続ける。


「困っている人を放っておけない。そんな気持ちがあるし、多分私はこれからも困っている人が見かけたら助けるかもしれない。英雄のようにって言って何か焦っていたけど……別に私は英雄になりたいんじゃない。困っている人を助け、一人でも多く私の事を認めて貰えれば、それだけでいい……」


 何か決心を固めたように微笑むシャルリーヌ。

 するとぷちっという何かが切れる音がキョウヤの耳に届くと”それ”は地面に落ちた。


 ――眼帯?


 キョウヤが目視したのはシャルリーヌが付けていた眼帯。

 それが地面に落ちていた。

 そして恐る恐る顔を上げると――キョウヤは驚愕と困惑が混ざった顔をした。

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