第三話 王立図書館

 桜間恭也は日本に生まれ、現在十七歳の高校二年生。

 中学に進学した時にコミュ障を患って、女子とは真面に会話出来ない状態をずっと続いていた。それはもう悲惨な学校生活を送っていたし、中学までは友達は少しだけ。

 だけど高校に進学してから環境が変わって友達とは疎遠状態となる。そうなるとコミュ障の恭也は友達を作る機会を逃して、気付いたときにはぼっちとなっていた。

 周りからは色々と陰口が囁かれ辛い思いをする。特にイジメがあったわけではなかったので、恭也は学校では殆ど読書を費やして過ごしていた。

 二年に進学した時には恭也はぼっちに慣れ始めて、周囲の事を気にしなくなった。時たまリア充連中に馬鹿にされる事があるが、内心では悪態を吐いてストレスを軽減しつつ、基本的に黙殺していた。

 他にも何かしらのエピソードは残っているが、これ以上は恭也の胸をえぐる苦い記憶のため割愛。

 そんな日本にいた頃の夢が次々と流れて、目が覚めたキョウヤげんなりした。

 そして横に視線を向けるとシャルリーヌが気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「俺……普通に寝てたのか。最悪な夢見たけど……」


 同じ部屋で美少女が隣のベッドで寝ていると思うと、意識して寝不足になるかと思っていたが、いつの間にかぐっすり眠りに落ちていたようだ。よっぽど疲れていたのか。でもさっき見ていた夢のせいで疲れは取れていないが……しかしシャルリーヌの姿を目にした途端、疲れは吹っ飛んだ。

 伸びをしてから再び視線を横に向けて、シャルリーヌの寝姿にもう一度癒やされよう思った時、ちょうどシャルリーヌは目を覚まして起き上がるところだった。

 外から鳥の鳴き声が聞こえ、ふとキョウヤは朝チュンという言葉が脳裏に浮かんだ。


「いやいや俺たちはまだそんな関係じゃないし、昨日は俺何もしなかったぞ? というかまだって何だよ!」


 ノリツッコミするキョウヤの呟きを余所に、シャルリーヌは未だに目がとろんとして眼帯が付けてない左目を擦って欠伸をする。


「うっ~~~ん」


 腕を上げて伸びをするシャルリーヌ。その時に脇がチラリと覗き、そんな無防備な姿を目にしたキョウヤはドキッとして慌てて視線を逸らす。


「………………」


 ただもう一度シャルリーヌをチラッと見てから口を何度ももごもごと開閉すると、キョウヤの様子に気付いたシャルリーヌは「ん?」と不思議そうな瞳とぶつかって首を傾げた。

 本来のキョウヤならコミュ障という壁に阻害されて、口を閉ざしてしまうが昨日決意した意志は強く即日実行に移そうとしたキョウヤは心の準備を整えると


「お、おはよっ!」


 裏返った声は一際大きく響いて、シャルリーヌは吃驚した表情で目をぱっちりと開けて何度も瞬きを繰り返す。キョウヤも自分の声に驚き、気恥ずかしく俯く。


「ふふ、おはよ、キョウヤ」


 シャルリーヌの返答に顔を上げたキョウヤは、艶然と微笑んだシャルリーヌに胸は跳ね上がって、顔の温度が上昇し、真っ赤に熱を帯びた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 宿屋を出るとシャルリーヌはキョウヤとエミールに振り返って今日の目的を告げる。


「今日は王立図書館で英雄と偉大な魔法使いについての文献を漁ろうかと思うの。それに司書さんが英雄の友人について何か知っているって情報があるみたいだから、それも尋ねてみようかなって」


「ボクはシャルに付いていくだけだから、もちろん反対はしないよ」


 エミールが答えた後、シャルリーヌはキョウヤの返事を待っていた。

 本来なら声も出せず黙ってしまうが、この時のキョウヤは何とか声を発することに成功する。


「お、俺は……い、い、一緒に……行っても、いいかな?」


「やっとキョウヤが私の目を見て話してくれた。それでも数秒で逸らしちゃうけど、及第点かな? もちろん私達と一緒に行動するのは賛成よ。記憶喪失で放っておけないからね」


 少しずつキョウヤは一歩進み始め、若干シャルリーヌとの距離感が縮まったと感じた。恐らくほんの一センチくらい。

 王立図書館まで歩を進めると、今日も町は賑わいを見せて一点の曇りのない光景が流れている。それはキョウヤがいた日本の商店街に少しだけ雰囲気が重なり、皆が笑顔で会話を交わして悪意など微塵もない思いやりの心で触れ合っていた。そんな平和な日常を過ごす人々にキョウヤは眩しく映った。


「……いい国なんだな」


 そう呟いたキョウヤの耳にひそひそと会話する声が届いた。そちらに視線を向けると数人の人が集まって、不安そうな顔をしていた。


「今日も起こったらしいよ」


「本当に?」


「騎士様が慌ててたから間違いないないね」


「どうしていきなりそんな事……」


「早く解決してほしいね」


 そんな会話を聞いていたキョウヤは「何があったんだろう?」と疑問を口にすると


「盗難でもあったんじゃないかな? ルサント王国は平和な国と言われているけど、余所者の盗難被害が多いって聞くからね。ただここの騎士はかなり優秀で、俊敏さと洗練された剣術で快刀乱麻を断つって話さ」


「日本で言うところの警察の役割か」


 そんな事を考えならが、キョウヤは騎士という言葉に惹かれて詳しく話を聞きたいと思い口を開きかけると、シャルリーヌが「着いた!」という声で騎士について聞く機会を失う。

 そしてキョウヤの目に映る重厚な城が聳え立つ、そんな雰囲気ある建築物に愕然とした。如何にも人が住んでそうな立派な作りの城だが、ここがシャルリーヌの言うとおり王立図書館。

 中へ入ると再び愕然とするキョウヤ。

 ファンタジーで出てくるような図書館と寸分と間違いなく一緒だった。

 奥まで続く棚が均等に並ばれて、天井まで伸びた棚の中には本がびっしりと詰まっている。どうやって本を取り出すのか見当がつかない。


「すごい……」


 そんな一言しか言葉に表せず、ボキャブラリーの少なさが露呈されるがそれ以外の言葉が見つからなかった。


「あら? お客人? 今日は珍しいのね。何の用で来たの?」


 受付だと思われる場所に誰かが椅子に腰掛けて、本から顔を出した少女。

 見た感じシャルリーヌより背が低く、見た目小学生の少女の姿に驚かされるが、キョウヤが驚いたのは姿ではなかった。


「……で、でかい」


 ある一部分を目にしたキョウヤは思わず声に漏れ出てしまう。不覚にもシャルリーヌの胸と少女を比較するとそれは如実にあらわしていた。シャルリーヌの胸がりんごちゃんなら、少女はメロンちゃんだ。それも高級メロンの代名詞とも言われる夕張メロン級だ。熟されて食べ頃の高級感に唾を呑んだキョウヤだが、やはりりんごちゃんも捨てがたいと惜しんでいた。

 そんな邪な考えをしているキョウヤを余所に、シャルリーヌは少女に尋ねた。


「英雄や偉大な魔法使いについての書物を探しているんですけど?」


「それならあの場所にあると思うよ」


 少し気怠げな様子で少女は奥の方に指を差すと、シャルリーヌは謝辞を述べて奧へ歩いて行く。キョウヤはというと妄想を終えて現在は自己嫌悪していた。


「し、しかし、ロリ巨乳って結構貴重な存在じゃないか? まさか現実にそんな美少女が存在するとは思ってもなかったが……。ここはやはり天国じゃないか? そんな場所に転生してくれて感謝しかないな!」


 そんなキョウヤに胡乱な目を向ける少女。


「……ちょっと? あの子達先に行っちゃったよ?」


「へ?」


 少女の声に気付いたキョウヤは間の抜けた声を漏らし、シャルリーヌとエミールがいないことに気付いた。


「君、ここ初めてなの?」


「あ、……そ、その……」


 少女の質問に答えられず、黙ってしまうと少女は不審そうにキョウヤを凝視する。


「なぜ急に黙るの? ボッチの声が聞こえないの?」


「ぼっち!? 俺はべ、べべべ別にぼっちじゃないよ!? た、確かに友達はいないし、一人でいることはあるけど、決してぼっちでは……ぼっちでは……っく!」


 ぼっちと言われ、事実を突き付けられて狼狽したキョウヤは早口で言い訳がましく言葉を紡ぐが、途中で言葉を詰まらせると目に涙を溜めて苦い記憶に泣きそうになった。


「……? よく分からないけど、ボッチの声が聞こえるなら答えて欲しいのだけど?」


「ぼっちって人の傷を平気で抉るなよ!?」


「さっきから君は何を言ってるんだ?」


 話が噛み合わず、しばしキョウヤは少女の言葉を思い出して状況整理した。


「……!? あ、……も、もしかして…………ボッチって……一人称?」


 考えに行き着いて目を合わせず尋ねる。


「ボッチはボッチでしょ?」


 どうやら少女が言う”ボッチ”とは一人称を指していた。そんな紛らわしい言葉に文句を言いたかったが、もちろん何も言えず黙ってしまう。


「あ、あの……ど、どこに行きました……か?」


「奥の方に行ったけど、ここが初めてなら迷子になると思うよ? それでも追いかけるのなら止めないけど」


 しばしの逡巡の後、キョウヤはシャルリーヌ達に追いかける事にした。

 シーンと静寂な空間に誰とも人とすれ違わず、キョウヤの足音だけが響かせた。人の気配が微塵も感じられない不気味な雰囲気に、キョウヤは少しだけびくびくしていた。シャルリーヌ達の話し声が聞こえれば場所を特定できそうだと思い、立ち止まって耳を澄ませるがキョウヤの息づかいのみで話し声は聞き取れなかった。


「巨大迷路を歩いてる気分だ」


 そんな事を呟いて溜息を吐くと、次の棚の角を曲がり、キョウヤの視界に黒い影が覆って誰かとぶつかると、甘い香りが鼻孔を刺激し、「にゃ?」という驚いた声が耳に届いた。


「す、すみません!」


 即座に後退すると頭を下げて謝罪を述べる。


「こちらこそごめんにゃ。ちょっと捜し物に夢中だったみたいだにゃ」


 語尾の「にゃ」という声に疑問符を浮かべて顔を上げると、少しボロボロのフードを羽織った背が高めで、流れるようにサラサラとした白髪の少女が目に映した。

 吸い込まれそうな綺麗な瞳、釣り上がった目が特徴的で、スラリと伸びた手足にモデル並のプロポーションが目を惹く美少女。

 しかし他にも気になったのが頭部にあるネコミミと少女の背に揺れる尻尾。


「ネコミミに尻尾!? コスプレ……じゃないよな? ごくり」


「にゃ? もしかして猫型の獣人は初めて目にするにゃ?」


 町の中で獣人をちらほら見かけていたが、その中でも猫型の獣人を実際に目にしたのはこれが初めてだった。

 キョウヤはネコミミ美少女に軽く感動を覚えて、魅了されたように無性にネコミミと尻尾を触りたい欲に駆られた。


「ね、ねねネコミミ……も、もももももし良かったら、はぁ……はぁ……、そ、それにしっぽもはぁ……はぁ……さ、さささ触っていい?」


 手をわきわきと動かして、少し興奮気味なキョウヤは明らかに不審者で通報されかねない言動をしていた。そんなキョウヤの様子にネコミミの美少女は苦笑する。


「目が怖いにゃ……。でも獣人を目にするのが初めてなんて、どこの田舎者にゃ?」


「あ、…………えっと………」


 ネコミミの美少女に声を掛けられた瞬間、さっきまでの威勢が削がれキョウヤはコミュ障を発症して黙ってしまう。

 そんなキョウヤの様子に首を傾げたネコミミの美少女は耳を動かして、妖しげな視線をキョウヤに注いで


「触ってみるかにゃ?」


 と魅力的な提案を出される。


「い、いいの!?」


 思わず声を荒げて詰め寄ると、ネコミミの美少女から甘美な匂いと共に、妙な臭いが鼻孔を刺激した。距離が近いことに気付いたキョウヤは直ぐに離れて、顔を赤くし俯く。


「ふふ、食べちゃいたいくらい可愛いにゃ」


「え?」


 唇をちろりとなぞるような艶めかしさが蠱惑的でキョウヤの心を大いに取り乱され、魔法に掛かったように思考力が低下し、頭が真っ白になる。


「また顔を赤くしちゃって、ふふ。リリの耳触らないのかにゃ?」


 キョウヤの目の前にネコミミの美少女の耳がピコピコと誘うように動き、妄執にとらわれたキョウヤは遅疑逡巡すると恐る恐る手を伸ばす。

 すると軽くネコミミに触れた瞬間、電撃が走ったようにキョウヤは目を見開く。感触を確かめるように摘まんだり、揉んだり、モフモフの感触に堪能する。


「な、何だこのMOHUMOHU感は!?」


 あまりにも気持ち良かったモフモフの感触に我を忘れ、ネコミミの美少女の事を気にせず夢中になっていると「ゃ、……ふにゃ」と妙に色っぽい喘ぎ声が漏れてキョウヤはハッと我に返る。


「ご、ごごごめん!?」


「別に大丈夫にゃ♪ ただくすぐったかっただけにゃ。ほらほら? もっと触ってみるにゃ?」


 促されて今度は失礼のないようキョウヤは再び耳に触る。モフモフした本物の感触と温かさ

が手に伝わって生命を知ったキョウヤは癒やされた。


「こ、これが本物のネコミミ!?」


「まさか人種に耳を触らせるにゃんて思わなかったにゃ」


 次に尻尾をそっと触れると、これまたモフモフとして触り心地が良かった。ネコミミの美少女はふにゃふにゃと恍惚とした表情を浮かべて、とてもエロい顔をしている。

 しばらくしてキョウヤは満足し、ネコミミの美少女との距離が若干縮まったような感じを覚えて、まだお互い名前を知らなかったことに気付いた。


「えっと……いきなりごめん。まだお互い名前も知らないのに」


「ふふ、別に気にしなくっていいにゃ。リリも貴重な体験をさせて貰ったし、それより良い収穫もあったにゃ。ふふ、リリの名はリリって言うにゃ」


「お、俺はさ――キョウヤ。よ、よろしくリリさん」


「にゃはは、リリでいいよ。キョウヤ♪」


 先程からキョウヤは普通にリリと会話している事に若干の驚きがあった。エミールの例もあり、もしかすると種族が異なるとコミュ障は発症されない説が浮上した。



 それからリリは所用があるとかで別れた後、キョウヤは再びシャルリーヌ達を探すため歩き回るが結局見つからず、少女がいた受付へ戻ることにした。

 リリと普通に会話できた高揚感が残るキョウヤは、少女とも普通に会話して仲良くできないだろうかと思い至る。

 少女は最初見かけた時と変わらない動作で開いていた本から目を離し、戻って来たキョウヤに顔を向けてきた。


「あ………………」


「ん? 戻って来たのか。見つからなかったら、ここで待っていれば?」


 何とか会話のキャッチボールを返そうとするが手からスルリとこぼれ落ちて、結局黙ってしまい会話が出来なかった。

 しかし、ここで諦めるキョウヤではない。


「お、おれ……キ、キョウヤ」


 落ちたボールを拾い上げると今度はしっかりと投げて返した。


「……ん?」


 脈絡がないキョウヤの言葉に眉を顰めた少女。そんな視線に耐えかねてキョウヤは萎縮してしまい、これ以上会話ができなかった。諦めてシャルリーヌが戻ってくるまで無言で耐えようと決めた時、少女は合点がいった顔で口を開いた。


「ああ、君の名前ね。ボッチはディアヌ・ウリンスアム。見ての通り、図書館の司書を務めてる。人も滅多に来ないから結構退屈なんだよね」


 先程読んでいた本を閉じた。明らかに会話する気があってディアヌは少し興味深そうにキョウヤに視線をに向けて、何か話してよと訴えていた。意志を汲み取ったキョウヤは思案して


「えっと……え、英雄について……聞きたいかな?」


 そう口にした。何となくシャルリーヌが知りたがっていた英雄に興味が沸いて訊いてみた。


「ふむ? そうだな……私が知っている限り英雄はルサント王国が出身、と言われているけど、正確にはルサント地方のとある小さな村の方が正しいね。今はその村の存在はなくなって、石碑が建てられている。まあ、英雄がどこに生まれたなんて、はっきりどうでもいいよ。ボッチが知りたいのは英雄が封印した魔王の事。ここの図書館でさえも魔王についての存在が書かれていないし、触れられてもいない。その秘匿されている真実の情報が欲しい」


 魔王について語られていないとエミールから聞いていたので知っていた。しかし、なぜ魔王の存在が記されていないのかキョウヤも少し気になった。


「……魔王を秘匿する理由があるのかな? 千年前の話なら確かめようがないから真実を知る手がかりはないけど……」


 思考が漏れて、それを聞いていたディアヌがきょとんとした顔でキョウヤを見ていた。


「なんだ君、ちゃんと会話出来るじゃん」


「え? ……あ、……えっと………」


「元に戻った。君も不思議だね」


 視線を逸らすキョウヤに苦笑したディアヌは、しかし、新しい玩具を見つけたような瞳で、キョウヤを興味深そうに視線を送っていた。


「それじゃあ、こんな話を聞いたことはあるかな? ルサント王国には英雄の友人が存在するっていう噂があること」


 宿主とシャルリーヌの会話の中にそんな話をキョウヤは耳にしていたので、これも知っていた。


「た、確か、エルフが……どこかにいるとか? エルフって長寿だから千年も生きていても不思議じゃない……のか? それなら千年前に英雄が封印した魔王の事も知っていてもおかしくない……」


「ほう? これは吃驚だよ。君、やっぱり面白いね。えっと……名前なんだっけ?」


 どうやらキョウヤの事を”君”と呼んでいたのは名前を忘れていただけのようだ。いや、もしかすると興味がないから覚えなかったの方が正しいような気がした。


「き、キョウヤ」


「ふむ……ならこれから君のことをキョウちゃんと呼ぶことにするよ」


 見た目小学生にちゃん呼ばわりされて違和感を覚えたが、別に反論はなかったので特に何も言わなかった。

 するとディアヌはジッとキョウヤの瞳を覗いてくる。そんな眠そうなディアヌの目と重なって、睫毛が長いとか、透き通った瞳をしているとか、そんな感想を抱いた。

 数秒間、見つめ合う二人、しかし耐えられなくなったキョウヤは一瞬で顔を背ける。相手が年下(?)とはいえ、コミュ障を発症する難儀な体質である。


「不服はないようだが、キョウちゃんはどうやらボッチの見た目で、自分より年下だと勘違いしているようだね?」


「あ……ま、まあ……」


 ディアヌの声音に不満の色が帯びて、キョウヤは首を傾げる。

 見た目的にも背が小さく、幼さが残る顔は年下だというのは明白である。人種以外の他種族なら年下と判断するのは早計だろう。

 そして次のディアヌの言葉にキョウヤは愕然とすることになる。


「ボッチはこれでも二十歳なんだぞ?」


「え? …………人だよね……?」


「ボッチが人種以外の他種族に見えるのか?」


 ロリで巨乳の見た目小学生が実は年上だった事実に衝撃を受けた。

 確かに身長はともかく、ディアヌの大人びた口調と悠々たる雰囲気、胸の大きさに、年上だとカミングアウトされて納得。実を言うと大人の真似事をする小学生が背伸びしている印象を受けて、キョウヤは微笑ましい気持ちで感取していた。


「す、すみません!」


 萎縮したキョウヤに息を吐いたディアヌは大して気にしていない態度で


「ま、いつもの事だから気にしていないよ」


 と答えるが、それでもディアヌに失礼な事を抱いてしまい、申し訳ない気持ちが際立つ。


「ま……まさかリアルでロリ巨乳が実在して、しかもそれが合法ロリ巨乳だと? これって犯罪じゃないよな? 仮に俺がディアヌに手を出したら……これ合法だよな? いやいやいや、そもそも俺がディアヌに手を出せるほど甲斐性があるか? ……自分で言ってて虚しくなるからこの問題は置いといて兎にも角にも合法ロリ巨乳万歳!」


「キョウちゃんはアレか? 思考に囚われているときは饒舌になる部類で、自分でも知らずに思考が声に漏れる性質なのか?」


「ひぃ!? しし、失礼な事言ってすすす、すみません!?」


「気にするな。いや待てよ…………それなら詫びにボッチの要求を呑んでくれないか?」


 指を立てて不敵に笑うディアヌ。どんな要求を言い渡されるのか若干の不安が伴い、キョウヤは聞き返す。


「そんな怯えるでない。ボッチの話し相手になってくれないか?」


「え? や……でも……」


 至って普通の要求ではあるが果たしてキョウヤで良いのだろうかという、別の不安が伴った。それにディアヌが肯定を示すように頷く。


「キョウちゃんが真面に会話出来るよう特訓をする、と考えれば一石二鳥だと思うけど?」


 それは確かにありがたい申し出でコミュ障を治せる機会でもある。しかしずっとルサント王国に滞在するかと言われると分からない。どう答えようかと考あぐねていると


「そう難しく捉えないで欲しい。ここに滞在するまでで良いんだよ。それで、またルサント王国に立ち入る事があれば、真っ先にボッチに会いに来て欲しい」


 勘違いされかねない言葉を含まれるが、決してディアヌはキョウヤに好意を抱いているとかではない。ただ単にお喋り相手が欲しいだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 キョウヤは内心どぎまぎしつつ答えた。


「わ、分かりました」


「それじゃあ、さっきの続きなんだけど――」


 そう口を開きかけてディアヌの視線がキョウヤの後方へ注がれた。それに気付いたキョウヤは振り返ると、シャルリーヌとエミールが近づいて来た。


「あ、キョウヤこんな所にいたの? って司書さんと何か……話ししてたの?」


 キョウヤとディアヌを交互に見比べるシャルリーヌ。問われてキョウヤは頷くと、シャルリーヌは複雑な表情を浮かべる。疾しい気持ちがどうとかより、最初に出会ったシャルリーヌと真面に会話出来ず、ディアヌが先に会話を交わした事に申し訳ない気持ちが芽生えた。果たして会話ができていたのか甚だ疑問は残るけど。

 そんな若干キョウヤとシャルリーヌの間に雰囲気が悪くなりかけると


「ボク達は司書に聞きたい事があるんだ」


 何かを察してエミールが口を開いた。

 するとディアヌがエミールを珍しそうにまじまじと見ていることに気付く。


「喋る竜なんて珍しいね」


 そう吐露したディアヌにエミールは目を細めてディアヌを睨む。そんな視線を受けたディアヌは降参とばかりに両手を挙げて戯けてみせる。


「ボッチはただの図書館の司書だよ? どうして睨まれるのさ。もしかして怖がられてしまうんじゃないかって、内心ビクビクしてんのかな? そんな心配は無用だから。ボッチはこう見えて珍しい者には目がないのだよ」


「ただの図書館の司書がボクの術式を破れることはできないはずだよ。魔力が低い魔法使いも同様。君は相当実力のある魔法使いみたいだね」


「ボッチは見ての通り、本が好きなただの司書に過ぎないさ。魔法だって本で得た知識だけで習得し、真面に魔法学院に通ったことがない平民風情の一人。魔力も微々たるもので、基礎魔法しか扱えない弱輩者。そこの眼帯の少女とは比べものにならない実力差があるはずだよ?」


 ディアヌが飄々と言葉を並べ立てて、韜晦するような台詞にエミールは未だディアヌを凝視する。側で聞いていたキョウヤも若干ディアヌを怪しんだ。


「私も魔法は勉強中だから自信ないけどな……」


 ディアヌとエミールから漂う不穏な空気にただ一人、シャルリーヌだけ気付かずディアヌの言葉を真に受けていた。そんなシャルリーヌにキョウヤは少しだけ安堵した。


「君は空気を読むことができないのかな。…………そうだ最初に会ってから少しだけ興味深い事が君に一点だけあったんだよ」


 ディアヌの人差し指がシャルリーヌの眼帯を指して、まるでマッドサイエンティストのような面白い研究材料を見つけた時の顔で口角を上げて言葉を紡いだ。


「君の眼帯の下がどうなっているのか、ボッチは知りたいな」


「――ッ!?」


 シャルリーヌはディアヌの言葉によって顔を歪ませて蒼白すると、エミールがシャルリーヌとディアヌの間に割って入る。そんな一触即発の空気を感じ取ったキョウヤは周章狼狽すると咄嗟に発言する。


「あ、あのさ!?」


 声は裏返って二人と一頭の視線がキョウヤに集中すると恥ずかしさで倒れそうになる。しかしここは無理をしてでも続きの言葉を発する。


「ディ、ディアヌから英雄の……友人…………について、ちょっと聞いたんだけど……いや、これから……聞くんだけど……そ、それをき、聞こうか……?」


 しどろもろに声が萎んでいき、沈黙が訪れる。穴があったら入りたい気持ちでキョウヤは直ぐにでも逃げ出したかった。

 しばらくすると最初にシャルリーヌが吹き出した。


「ふふっ、そうね。私達はそれも聞くためにここに来たんだから、聞きましょうか」


「やはりキョウちゃんは面白いな」


 さっきまで感じていた不穏な空気は霧散することに成功したが、キョウヤは羞恥で死にそうな思いだった。

 それからディアヌは喋り始めた。


「英雄の友人――エルフがこのルサント王国に住んでいる噂だったな。実はそのエルフの居場所をボッチは知っている。ただ、そのエルフは少々気難しくてね」


「そ、それって……どういうこと?」


「まあ会ってみれば分かるよ。ボッチも実際に会って……何も聞けなかったしね」

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