第13話 未来語2.たい焼き
桜花国暦68年1月10日
ここには桜花国の中でも有数の軍港が存在し港には数多くの軍艦が繋留され並んでいる。
軍港だけではなく鎮守府も併設されており、そのためか街は娯楽施設、商業施設を充実し多くの軍人や観光客が訪れ賑わっていた。
そんな盛況な街の海が見える公園の近くに祭りでもないのに数多くの出店並んでいた。
その出店の一つで多くの客が列を作って並び賑わっている店に、今、一人のエルフ族の女性が列の最後尾に並ぶ。
女性は遠目からでもハッキリと分かるほどスタイルが良く、栗色で艶やかな長い髪を後ろでに結って顔立ちも素晴らしい。
そして、自分の順番が来るのを静かに待っているその姿は、若い男ならこれだけの美人がいるのだから声の一つもかけなければ不敬にあたる。
しかし、周囲の人とは一線を画す美人だが、それよりも声をかける事が出来ない要因がその服装にあった。
そう女性が着ている服は白い軍服
日本側地球では、海軍軍人がしかも将校だけが着る様な階級章が付いているタイプの服だ。
そんな女性に声をかけるのではなく見守るように……いや、覗くように遠く離れた海辺に近い草むらで双眼鏡を片手に覗き見る二つの影があった。
「先任参謀、姫様は“また”、たい焼きを購入に来たみたいですな」
木陰に隠れようとしても隠れ切れていないほど大きな体
壮年~中年ほどの年齢の獣人族の男が声を出す。
「そうですね艦長、“また”たい焼きですね」
こちらは、小柄で露天に並ぶ女性と同じ年齢、見た目も女性には及ばないまでもハッキリと美人と分かるエルフ族の女性が男に返した。
この二人の服は、女性と同じく階級章を襟と肩に付けた真っ白な軍服を着用している。
どちらも木陰に隠れ見付からない様にしているのだろうが、白い軍服の上、双眼鏡を片手に話し合ってる二人は周囲にまったく溶け込めてはいない。
いやもう、周りにいる人から指を差して怪しまれる位に目立っている。
「はぁー、まったく姫様は暇を見ては、鎮守府から外に出ていくので逢引でもしてるのかと心配して付いてくれば、前回は有名デパートの中に入ってグルメ番組サイトで賑わったあの店、その前は、郊外の狭い所に20年ほど前に店を構えた、たい焼き店に行ったのですね。姫様は次々と店を変えてたい焼きを買いますね」
「ええ、味に不満でもあるんでしょうか?でも、美味しそうに食べてますよね、毎回」
何かよく分からない事を話してる2人を尻目に女性の順番が回ってきた。
「へい、いらっしゃい!何に致しましょう!」
「そうですね、全種類一つずつ下さい」
「へい、全種類ですね!」
10種類もあるたい焼きを全種類頼む。
「うへぇ、姫様10個も買ったですよ、つい先日同じ個数買ったですよ」
たい焼きの量に若干辟易とした表情を作る。
「先任参謀!姫様が移動します」
「おっと、こうしちゃ居られねえです」
出店からたい焼きを受け取り、勘定を済ませると女性は足早にその場を離れる。
そして、この怪しげな二人も女性の後を追うようにその場を後にする。
女性が来た場所は、隣接する海が見える公園
そこにあるベンチに腰を下ろして女性は、大事そうに抱えるたい焼きの入った袋を開けると中を覗き込む。
「ふふ、戻る前に一つ味見をしましょう」
袋からたい焼きを一つ取り出すと、女性は何とも言えない嬉しそうな表情でたい焼きを見つめる。
「見てるだけでも美味しそう、さっそく頂きましょう。いただきま~すんっ!」
たい焼きを小さな口を大きく開けて齧り付く。
「ん~~~~~~♪美味しい」
女性はたい焼きの美味しさに顔を綻ばせてかなりご満悦のようだ。
「はぁ……けれど、これも違うのですね。あの時のたい焼きの味とは違います」
綻ばせてた顔がとたんに悲しい表情になる。
その表情の変化は悩ましく、もし世の男性達が見ていれば全員求婚を迫るに違いない。
そんな女性とは対照的にあの怪しい二人は、女性の座るベンチの対面にある茂みに隠れて女性を監視していた。
今回は、上手く隠れているようだ。
「うっは!姫様の表情!堪んねえ。げへへへへへへ、おっと涎が」
女性とは思えないような発言と顔、それに涎
普段ならここに隣の男の小言が加わるのだが、なぜか今は何も言って来ない。
怪しい女性は不思議に思って隣を見る。
「………………う、くぅ……姫様」
隣では大の大人が、胸に片手を当てて号泣していた。
その姿はまるで、結婚式で娘から感謝の気持ちを語られる父親の様だった。
「うへぇ、キモイですね~」
「なぜですか先任参謀!私は姫様の切ない表情に、娘が嫁いで行ったあの日の光景がうか、浮かびあがうぉーーーーんおん!!!」
どうやら本当に娘の事を思い出したらしい男は再び泣き始めた。
姫様との距離が近いのだから、こんなところで泣いたら聞こえるですのに……。
「あ~キモイキモイですね」
「うぅ、先任参謀」
――ティロンティロン、ティロンティロン、
女性が男を煽っていると、不意にベルの鳴る音が聞こえる。
このベルの音は、脳内に響く音なので他の者や周囲の人には聞こえることは無い。
「まったく、こんな時に誰ですかね~、空気嫁ですよ!……げっ!!!鎮守府のジジイ!」
「鎮守府司令長官ですか!いったい何ですかね?」
メールだったので、あやしい女性はなぞる様に目で文字を追う。
「あんのジジイめ!姫様と私を緊急で呼び出しですよっ」
メールを見た女性は茂みの中で毒づく。
「先任参謀!緊急なら早く行かないとなりません」
「分かってるです!ひーめーさーまーーーーー!!!」
「んぐぅっ!!!」
突然、茂みからする声と共に怪しい女性が姿を現すと女性は驚いて、たい焼きの最後のかけらを噛まずに飲み込んでしまった。
「んっ!こほっ、こほっ、ウルタ!なぜ、あなたがここに!?」
「姫様、先任参謀へ鎮守府司令長官より通信がありました」
「船長まで!」
怪しい女性に続いて怪しい大柄の獣人男性が茂みから現れたので、女性は驚き声を出す。
「……あなた達、私をつけて来たのですか」
「ひっ!姫様!ジジイが至急来て欲しいみたいですよ」
目を細めると、その美しさから想像も付かないような恐ろしいオーラを放つ女性に怪しい2人は、背筋を伸ばし敬礼をしたまま直立不動で報告にする。
「………………このことは、後で聞きます。それよりも鎮守府司令長官へ赴くのが先ですね」
「「ハッ」」
女性と男女2人は踵を返すと、一路鎮守府を目指し走り出す。
鎮守府に到着すると、艦長と言われた男とは別れ女性2人で長官の部屋がある建屋に足を運ぶ。
もちろん残りのたい焼きを艦長に預け。
鎮守府司令長官室
建屋の入り口は重厚な扉があり横には、“桜花国軍レーク鎮守府司令長官室”の看板がかけられ威風堂々した構えの扉の前に2人は並び立つ。
女性達は重厚な扉を開けて中に入ると、長官秘書が机から立ち上がり二人を出迎える。
長官秘書は事情を分かっているらしく、2人が来たことを告げるとすぐに長官の部屋に向かって足を進めるので2人も後に続いた
「失礼します。桜花国軍 艦隊司令部所属
「同じく、
長室の扉を開け中に一歩入ると、2人の女性は背筋を伸ばし一糸乱れぬ動きで敬礼をする。
「うむ、急な呼び出しすまなかった。省から突然の報があり君達を至急呼び出した」
中に居た人物は、椅子から立ち上がると答礼で応え事情を説明する。
2人を出迎えたその人物は、レーク鎮守府司令長官
水龍人族特有の青い髪は、その年齢のためか白髪が目立っており顔には、しわが幾重にも刻まれていた。
見ると小柄で初老の温和な男性に見えるが、その実は歴戦の古強者のオーラを纏った人物だ。
「では、2人に来て貰った内容を読み上げる」
海波は机の引出を開けると、中に入っていた一通の紙を取り出すと、温和な雰囲気とは打って変わって険しい表情になる。
「鏑矢“中将”は、これより、司令官となり
大和、長門、扶桑、山城、
雷、電、響、時雨、夕立、五月雨、
高雄、愛宕、川内、神通、那珂、
赤木、加賀、翔鶴、
黒龍、隻龍、満潮、親潮、黒潮、八重潮
を率いて“実戦形式”の海洋訓練、離島上陸訓練を行なえ、また楓葉“少将”は参謀長として第一艦隊に付くように!」
「昇進!?それに第一艦隊の司令官!?つい一昨年少将に上がったばかりなのに……」
「返事はどうしたっ!」
「「ハッ」」
2人は戸惑うが命令が出てしまっては従うしかない。
再度敬礼をして拝命する。
「とまあ、急に言われてもな……、何故このような経緯になったのか教えるべきだろう。2人とも座りたまえ」
海波は元の温和な雰囲気に戻ると、部屋に備え付けてある応接用のソファーに2人を座るように進める。
「さて、2人とも大エルフ皇国とケルファルト大帝国のことは知っているかね?」
「はい、報道、国営放送、ネットワーク等で存じています」
鏑矢は海波の質問に答えると、楓葉も答えが同じなので合わせて頷く。
「では、その2国が手を結ぼうとしていることも知っているな」
「はい」
「うむ、……どうやらその2国の同盟の内容は、この桜花を潰し、そこから得た資源を分割するのが目的らしい」
「愚かな!資源とは……やはり……」
鏑矢と楓葉は、海波の言葉に何か嫌悪するような表情を作る。
「ああ、資源と言うのは、この国の魔石、金属だけではなく、この国の国民を“奴隷”にすることだ」
「あの国は、まだそのような事を……」
鏑矢と楓葉は、どちらかの国を知っているのだろ口ぶりで話す。
体からは怒りのオーラを纏わせ。
「この度、我が国はニカナ帝王国とフォルフェバレク王国の2国と物資交換交易の条約を締結した。まあ、それが引き金になったとも言えるが」
「我が国の存在を知った2国が、その資源に目を付けた。と」
「そうだ、奴らの言うには、 “魔族の討伐は神に与えられた使命、魔族どもが巣くう魔界を平定するのに何の理由があるか!” だそうだ、ハッ!笑わせる」
3人とも冷静にしているが、正直なところ腸が煮えくり返る思いでいっぱいになっていた。
「まあ、と言う事で今回の訓練となった訳だ」
「やはり戦になるですね……」
国を立ち上げての初めての戦争に、誰しもが言い知れない不安感を抱く。
だが自分達は、この桜花の国の
「私達の昇進は、今回の件に絡んでいるのでしょうか?」
「ああ無論だ、我が国はマサキ様のおかげで急速な発展を短い時間で行なう事ができた。しかし、人の経験はまだまだ十分とはいえず軍にいたっては、下士官以下が十分に増えているのに対して士官の数が全然足りない。今回の2人の昇進も戦を見据えての特例 だ」
戦時ではないが、戦争になる前に戦力を整えるための特例として2人の昇進が決まったのだ。
「他にも多くの者の昇進と配置転換が行なわれている」
「特例ですか……昇進、司令の件は了解しました。ですが、今回の艦隊を見ると、大半の船が“上”から戻ってきたばかり、いかに訓練とはいえ急過ぎではないでしょうか?」
鏑矢は多くの兵や船が
「分かっている!が、時間は待ってはくれない。我々の行動が遅れれば条約の破棄もありえるのだ、別に我々には痛くも痒くも無い条約の破棄だが、計画に支障をきたす恐れがある」
「なるほど、だから無理をしてでもですか……分かりました!」
時間が遅れれば手遅れになる事も予想される。そうならないための訓練なら是非もないですね。
鏑矢は海波の言葉と自分が持つ情報とで理解し深く頷く。
「それと貴官と第一艦隊は訓練から戻り次第、別の訓練が待っている」
「別の訓練ですか?」
鏑矢は訓練に次ぐ訓練では、兵達が参ってしまうため海波に聞き返す。
「そうだ、3月下旬にマサキ様主催で条約を締結した2国の要人を招いて、火力演習と観艦式を予定している。第一艦隊は訓練終了後、
「と言うことは、マサキ様が……」
「うむ、他の2国の要人とともに御観覧なされる。恐らく我が国へ他国の人間を招く最初で最後の事になるだろう。失敗の無いように!」
事情を説明しキツク注意をする海波
しかし、鏑矢はそんな海波の言葉が聞こえていないのか、何処か上の空の様子である。
「ちょっ、姫様!ひーめーさーまっ!」
「はっ!了解しました!必ずやこの責務全うします!!!」
楓葉に揺すられやっと我に返った鏑矢は、すぐさま立ち上がり敬礼する。
「では、時間が惜しいので失礼致します!」
席を立ったかと思うと、長官室から出て行く。
「おっ、おう!人事部で届け等忘れんなよ!」
「んなこと分かってるですジジイ!姫様待って、ひーめーさーまー!」
凄い事を言って楓葉も鏑矢を追って長官室から出て行った。
「ジジイ言うなっ!」
すでに閉まっている扉に向かって海波は怒るが、聞くものが居ないので意味はなかった。
「まったく……ふう、どれそろそろ会議の時間か」
海波は一息つくとソファーから立ち上がり自分の机に向かう。
「今から会議に出席するから何かあれば呼び出してくれ」
「承知しました」
海波は、部屋の外の秘書へ連絡すると、椅子にもたれ掛かり目を閉じる。
「接続、軍政会議」
そんなことを呟いたかと思うと、海波は別の部屋にいた。
そこは、円卓のテーブルの周りに椅子が置かれ、何人もの人が座れる会議室に海波は移動していた。
すでに何人かの人物が席について談笑している。
「おう、ヨーギル!こっちだ」
誰かが海波を呼んでいるのに気付きそちらを向くと2人の人物が座っていた。
「これは、ドルフ殿、それにボルガ殿も!?軍務局長と軍令部総長が何を話し込んでるんですか?」
海波を呼んでいたのは、ドルフと呼ばれ紺色の毛並みをした隻眼の獣人、そして隣にはボルガと呼ばれる龍翼人族が座っていた。
「いやな、俺達も偉くなっちまったせいで戦いは、若い者に任せるのが何となく遣る瀬なくてな……」
ドルフは、その大きな体躯を少し縮め寂しそうに語る。
「まったくだ、私も戦となれば前線に赴きたいのだが」
ボルガも憤ったように息を吐きながら言う。
「私もですよ。今さっきも若い者に実戦形式の訓練に入れと言ったばかりで……」
海波も何処か寂しそうに語りながら2人の座る席の近くに腰を下ろす。
「まったく偉くはなりたくねえな!」
「ふっ、お主は昔、マサキ様に王を寄こせと言ったではないか」
ヤレヤレといった表情のドルフをからかうようにボルガは言う。
「よしてくれよ!若かったんだよ、あの方はこれ以上の重みを抱えているんだろうな……」
「お主が、もう一度言ってくれれば喜んで渡すだろうな」
「本当にやめてくれ、忘れたい過去なんだ」
「ぷっ!!!」
大きな獣人の男が両手で頭を抱えるのを見ると、何処か可愛らしく海波は吹く出すが、すぐにドルフが睨んだので海波は口を覆って堪える。
「……おっと、お2人とも、そろそろ会議が始まります」
全員が着席したので3人は身を正すと、すぐに会議が始まる。
「全員集まってますか」
「はい姫様、主要メンバー全員集まっています」
鏑矢は大和にある会議室の席に着くと楓葉に主要なメンツの集合状況を聞く。
しかし、ここ大和会議室には鏑矢と楓葉、それと艦長しかいない。
いったい何を始めようとしているのか?
「では接続しなさい!」
鏑矢の一言で部屋の風景が一変する。
そこは何処とも言えない空間で長いテーブルと両脇に椅子が並んでいた。
そして中央に鏑矢、両脇に楓葉と艦長がすでに座っている。
「みんな集まったようですね」
いつの間にか並んでいた座席には、すべてに人が座っていた。
「本日、司令官として就任しました鏑矢です。艦隊を指揮するのは今回が初めてですが、全力を持ってこれにあたる事を宣言します!」
鏑矢が言い終えると、満場の拍手が鳴り響く。
「では、今回の訓令内容を
「はい、鏑矢司令」
何処からともなく女性の声がしたかと思うと、テーブルの上に訓練の内容、時刻や各艦の配置が浮かび上がる。
「では、訓練内容について説明します」
女性は起伏のない声で淡々と説明していく。
椅子に座る一同は、その説明に真剣に耳を傾けて聞いた。
快晴、風もなく波も穏やかな日
鏑矢は大和の艦橋にいた。
「姫様定刻です」
鏑矢は艦長の言葉に頷く。
「では、
操縦に必要な人員以外は艦の上に立つ。
港には、出発を見送る人たちで溢れかえっていた。
舫を解いた大和以下、訓練に参加する艦がゆっくりと出発すると、港にいる人たちは、白地に紅色で羽を広げた3本足の鳥が描かれた旗を振っている。
それは、桜花国の国旗、八咫烏
その羽を広げた様は全体的に丸く、まるで日の丸の様にも見える。
艦の上に立つ者達も制帽を手に取り振って応える。
鏑矢は制帽を取らずに敬礼で見送りに応えた。
その制帽の額に輝く帽章は、国旗と同じく八咫烏が大きく翼を広げ、その八咫烏の頭上、翼の間には一輪の山桜の紋様が光っていた。
これでしばらく、たい焼きがお預けですね……。
鏑矢はそんな事を思いながら訓練の海に赴く。
大和艦内、鏑矢の部屋にある机には、一枚の写真立が置いてある。
写真には、
黒髪の青年に左腕で
そして、その少女の左手には、たい焼きを持ち、右手はしっかりと青年の服を掴んでいた。
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