第3話 魔法使いたい

 朝、いつもの様に目が覚める。

 まだ眠りたりない、目蓋が重くて開きそうに無い。

 それにしても、ずいぶんと体が痛い、手で体の下の方を触ってみると硬い地面がある。


 あぁ、ベッドから落ちて床で寝てしまったのか……


 ちゃんとベッドで寝たいので、手探りでベッドを探す。

 いくら探しても手は空を切るばかり、目的のベッドを探り当てることは出来ない。

 薄目を開けると、明かりが付いており眩しくて再び目を閉じる。


 電気付けたままだったか……


 徐々に目が光に慣れてきたので辺りを見回す。

 知らない壁、知らない床や本棚、自分がまったく知らない部屋で寝ていることに気が付く。


 なんだ、まだ、夢の中か……


 再び目を閉じ眠りに入る……が、違和感を感じる!


 枕がタオルで掛け掛け布団が、ジャケットな事、

 自分の着ているものが、いつも寝る時に着るスウェットではなく普段着のままである事、

 ぼんやりとした頭が徐々に鮮明になっていき、自分が置かれている状況を思い出す。


 「ああっ、夢じゃなかったんだ……」


 昨日の出来事を思い出す。

 自分が今、別の世界に居ると言う事が、未だに信じられない。


 だけど、不思議なことに元の世界に帰りたいとは、今は少しも思っていない。


 「婆ちゃんも死んじゃったし、向こうに残して来た者がいないからかな……」


 祖母の事を思い出すと、胸の中でジワッと悲しい思いが込み上げて来る。


 「はぁーっと!せっかく異世界に来たんだ、いろいろやってみるか!」


 異世界で一から始めるのも面白い、どうせ元の世界に帰った所で、いい歳したおっさんで肉親もいない、それに彼女もいない、おまけに薄給のサラリーマン、どうせ一度きりの人生、それなら異世界で一旗挙げて見様じゃないか!

 とりあえず、この異世界で俺は何に成るのか考えないとな!冒険者?剣士?魔法使い?……!そう魔法!この世界では、魔法が使える!別の世界の自分に魔法が使えるか分からないけど、試してみなきゃ分からない。


 「どうやったら魔法が使えるのだろうか?アルフィーナさんに聞いてみるか、はたしてアルフィーナさんは魔法の事を教えるだろうか?考えても仕方が無いとりあえずアルフィーナアさんに頼んでみるか!」


 今後の目標を決めたとたんに下腹部から尿意を感じたので立ち上がる。

 さっさと用を足すため、昨日入ってきた扉(壁)の前に立つ


 「………………アレ?これどうやって開けるの??」


 ノブも何も無い、継ぎ目も無い、何の変哲も無い木の壁、力いっぱいに押しても、横に引こうとしても、まったくビクともしない。


 「……あっ………………これヤバイ!」


 用が足せないと思うと、余計に尿意を意識してしまう。


 「どうする!?どうする!?どうする!?」


 焦りながら身をくねらせて、どうするか考える。が、こんな状況では考えは纏まるはずは無い


 「最悪ペットボトルを使うか……この家トイレあるのか?昨日聞いとけば良かった……うぅー……」

 「何をしてるのじゃ?」


 俺が額に汗をかいて部屋の中をうろうろしていると、アルフィーナが階段から下に降りてきて、不思議そうな顔で俺に尋ねて来た。


 「あぁ~良かった!あっ、おはようございます、すいません外に……ん、外に出たいんですけど」

 「おーすまんかったの、この扉は魔法で開く魔道具なのじゃ、ホレ」


 救いの女神の登場に感激しながらアルフィーナに外に出たいと懇願する。

 アルフィーナは、直ぐに俺の状況を理解して、昨日入ってきた入口まで進み軽く壁に触れる。

 すると木の壁が淡く光ったかと思った次の瞬間、扉の大きさに開き外の景色が広がる。


 「あっ、ありがとうございます!失礼します!」


 扉が開くと同時に礼を言って勢い良く飛び出し茂みに入る。

 急いでズボンのチャックを下ろすと、用を足し始める


「はー、よかったー」


間に合ったことにホッと胸を撫で下し溜息が出る。

 用を足し終えた後、手を洗おうと周囲を見回すが、そこには木や草しかない森の中


 「そっか~、水道なんて無いんだよな……」


 とりあえず、湖の傍までハンカチを少し濡らして手を拭く


 ハンカチしまい木の家に戻ると、椅子にアルフィーナが、昨晩と同じ様に座っていたので、先ほど決めた思いを話してみる。


 「アルフィーナさん!いきなりで大変申し訳ないんですが、私に魔法を教えて頂けないでしょうか?」

 「なんじゃそんな事か、かまわぬぞ」

 「ダメですよね……って、えっ良いんですか!?」


 まさか、こんなに簡単に承諾してもらえるなんて思っていなかったので驚き再度聞き返す。


 「異なる世界から来たお主に使えるか分からんが、私なら構わんぞ!暇だしのう」

 「あ、ありがとうございます」


 暇潰しなんだと、若干苦笑いしたものの、魔法を教えてもらえる事に嬉しさにアルフィーナへ礼をする。


 「どれ、では始めるとするかのう」

 「あ、待ってください!その、朝食を取りたいんですが……よろしいですか?」


 さすがに昨日の夜は、カ○リーメ○トだけなので朝ご飯を食べないと、このままではもたない


 「お~そうじゃったのう、私は物を食べるという事を遥か彼方に置いて来てしまったからの、忘れておったわ!」

 「ありがとうございます、それじゃ」


 とりあえず、昨日使った大と中の鍋を持って湖畔に行き水を入れ洗う。

 排水は少し離れた地面で行い、両方の鍋に水を入れ昨日作成した竈の上に置く

 昨日集めた枯れ木が、まだ残っていたので竈にくべて火をつける。


 木の家に戻りバックから袋ラーメン(しょうゆ味)を取り出し外に出ると、アルフィーナが竈近くの朽木に腰を下ろしていた。


 もしかして……


 「あの~一緒に食べます?」

 「おお~、気を使わせたようですまんのう!」

 「いえ、魔法を教えて頂くのでこのぐらい」


 本当に何も食べなくても大丈夫なのだろうか?この食いしん坊魔女さんは……


 疑問は口出さず再び木の家に戻り、バックから袋ラーメン(しょうゆ味)をもう一個取り出す。


 違う味だと両方取られそうだ……


 ラーメンを取りに来たついでに、箸とフォークを鞄から取り出し竈に戻る。

 戻ると鍋は良い感じに煮立っていたので、二つの鍋に麺を入れ茹でる。

 3分経つ前に竈から鍋を下ろしスープの粉を入れ掻き混ぜ、片方の鍋をアルフィーナの座っている朽木の上に置きフォークを渡す。


 「熱いですから気を付けて下さい、あと、昨日箸は使いずらそうだったので、こちらを使ってください」

 「うむ!んん?昨日とは違うのじゃな、汁の色が随分と赤黒いぞ?」

 「ああ、昨日のは、みそ味で今日はしょうゆ味です」

 「ほ~、みそとしょうゆと言う物が分からんが、とりあえず頂くとするかのう」

 「はい、では頂きます」


 ずずず、ずーー


 昨日はカロリーメ○トだけだったので、久しぶりのラーメンは腹に沁みる。

 めちゃめちゃ旨かったせいか無我夢中で食べ始めると、熱々のラーメンは、あっという間に空になってしまう。


 「ッッ~~~~んまかったぞ!昨日のみそ味も良かったが、このしょうゆ味も良いのう!」

 「故郷の調味料なんで気に入ってくれて良かったです」


 アルフィーナが蔓延の笑みで感想を言いながら、俺に鍋を返してくる。

 どうやら満足してくれた様で受け取った鍋は、スープ一滴残さず綺麗に空になっていた。

 俺は、鍋を水で洗い大きい鍋で再び水を汲み火にかけ煮沸し今日の飲料水を確保する。


 粗方の作業が粗終わったところで、俺はふと疑問に思った事をアルフィーナに聞いみる


 「そういえば、アルフィーナさんって食事を取らなくても大丈夫なんですよね?」

 「そうじゃ、特に取らなくても問題ないが、食事を取ることも出来る。まあ、取らない方が食事を用意しないだけ楽じゃしな」

 「じゃあ、ここには、食べ物の備蓄は無いんですよね?」

 「うむ!食べる物は、お主の持っている物だけじゃ!」

 「あぁ~やっぱり」


 何と無く分かっていたが、やっぱり食べる物は自分で何とかしないとダメっぽいな、手持ちで長期保存の物は、非常用に残して置かないとダメだな。


 手持ちの食料は限りがあるため、食べ尽くす前に現在の食料事情を解決するしかない。

 なら、今日から打てる手を打っていく必要がある。


 俺はある程度今日中に出来る事を考え実行を決める。


 「そろそろ魔法を教えるとしようかの」

 「はい、よろしくお願いします」

 「うむ、では、まずはお主の魔力量を測るとしようかの、魔力が無ければ魔法は、使えぬからの」

 「うっ、大丈夫ですかね?私に魔力有るんでしょうか?」


 地球では、魔法なんて物は存在しなかったので、実際に自分に使えるか分からないので、かなり不安なところだ。


 「まあ、測って見れば分かる、家の中で測定するので付いて来るのじゃ」

 「あっ、はい」


 アルフィーナは、立ち上がり家に入っていくので、俺は慌てて後を追っかける。

 家の中に入ると、アルフィーナは、棚の上で窪んだ小さい座布団?見たいな布の上に置いてある直径15cm程の水晶玉を座布団ごと机の上に置く


 「この水晶玉の上に手を置き、魔素を体に循環させるのじゃ」

 「魔素?循環?あの、どうやるんですか?」

 「難しく考える必要は無い、そうじゃの~、何かが胸から体の中をグルっと回って水晶の置いてある手に集まるように想像するがよい」


 よく分からなかったが、とりあえず水晶の上に右手を置いて血液が、心臓から体を巡って右手に集まるようにイメージする。

 この測定で魔法が、使えるか使えないか判断が下されるので、若干緊張しながら、ゆっくりと循環するイメージを高めていく。


 「うむ!上手くいけば、そろそろ水晶が反応するはずじゃ!」


 アルフィーナに言われ水晶を覗き込む、確かに水晶が僅かに光ってる気がする。

 俺は光った事に少し興奮気味になり、より循環のイメージを強くしていく。


 ―― カッ!!!!


 突然、水晶から凄まじい閃光が飛び出す。

 辺りが真っ白になる程の凄まじい閃光!


 「うあ、目が、目がーっ!」


 突然の閃光に目を瞑る事も出来ずに閃光を直に見てしまい、激痛で目を開けることも出来ない。


 「ック、えーい、騒ぐではない!ほれ、こっちを向け、回復の魔法をかけてやる」


 抑えてる手をどけアルフィーナの方へ顔を向けると、アルフィーナは目の上に手をかざす。

 すると嘘のように目から痛みが消え開けられる様になった。


 「う~、酷い目にあった。アルフィーナさん酷いですよ……、あんなに光るなら最初から言って下さいよ~」

 「いや、すまんなかったのじゃ、しかし、普通はここまで強くは光らんぞ、私がやっても水晶球が少し眩しく光る位じゃ」


 俺が抗議すると、アルフィーナの方も予想外だったと弁明する。


 「へ?と言うことは?」

 「先ほどの光り方だと……お主とんでもない量の魔力を持っているぞ」

 「!!!マジですか!おおー、やったーこれで魔法が使えるー」


 俺は魔法が使えることが分かり両手を高々と挙げて喜び舞い踊る。


 「これ、まだ終わっておらんぞ!まあ、尋常では無い魔力量を持っておるが、次は魔法を上手く扱えるかじゃ、外へ出るぞ」

 「へ?あ、すいません」


 アルフィーナに窘められ、俺は浮かれるのを直ぐに辞め外へ出る。


 後を付いていくと、アルフィーナは湖に向かって歩を進め薮の前に立つ。


 「ふむ、この辺で良いじゃろう」


 アルフィーナがそう呟き、次に目を瞑り念じるように右手を水平に体の左に持っていく


 「はあっ!」


 目を開くのと同時に気合発すると、前方を薙ぎ払う様に勢い良く、右手を横に払う。

 すると切り裂くような音と共に、一瞬で前方10mの薮が横一線に刈り取られた。


 「おおっ!すごい!」


 昨日は、木の家に入る時に使った魔法は、壁を扉のように開ける魔法で、それにも感動したが、今回は草を切り裂くといった魔法らしい魔法を見ると、年甲斐も無く興奮してしまう。


 「ふむ。見たか?今のは風で草を切り裂くように想像を高め、そしてその魔法に見合う分の魔力を使い放つのじゃ!ようは、自分の想像の具現化じゃの」


 アルフィーナが言うには、想像する事によって魔法が具現化されると言う。

 簡単に言うと、ライターの火をイメージし、それに見合った魔力を注ぎ込めば、魔法は行使され火が出てくる。

 この火のイメージを、ライターではなく火炎放射器に変えれば、より強い火炎が放たれが、魔力も大量に要る。

 自然では、風で草は切れないが、イメージを強く持って魔力を消費すれば発動される。


 しかし問題は、正しくイメージが作れるかと、発動には多くの魔力が必要な事、この二つがポイントとなる。

 また、無から物を作り出すことは出来ないらしいく、先ほどの魔法も前方の空気を圧縮した物のようだ。


 ゲームで良くある属性については、自分で強くイメージ出来るのが、火、水、風と言った得意分野に分かれる感じなので、基本的に属性は無い

 アルフィーナが、なぜ今回風で切り裂いたのかは、火だと延焼が怖かったからだそうだ。


 「どうじゃ、分かったか?強く想像して、魔素を循環させ魔力を集めれば発動するのじゃ!よいな」

 「使う魔法を強く想像して、魔力を循環させ放つ。ですね!」

 「うむ!しかしじゃな、いくら想像しても魔力が無ければ発動しないし、使い続ければ疲れて動けなくなるからの、見際目を付けんといかんぞ」


 魔力があればイメージさせ放てる!なるほど簡単だが、それに伴う魔力が必要だし、使いすぎると疲労と同じで動けなくなるらしいから、それだけ使いどころに苦労するわけか……


 「まあ、魔力をほとんど使わなくても発動できる方法はあるのじゃが、それは後じゃ。ほれ、やってみるのじゃ!」

 「はい、それじゃやってみます!」


 気合を入れ、魔力量を測定したときのように、魔素を体に循環させ手に集中させる。

 先ほどアルフィーナが見せてくれた、風の刃で藪を切り裂くイメージを練っていく。


 「いっけぇぇーーーぃ!」


 おもいっきり力を込めて、気合とともに腕を払う。

 手のひらが、一瞬淡く光ったかと思うと、瞬時に見えない風の刃となって目の前の藪を切り裂く

 切り裂き音が聞こえたかと思うと、ゆっくりと草が倒れていく俺の目の前にあった藪は、3mの幅で湖までの20mの距離まで綺麗に刈り取られた。


 「おぉーーーー!やった、すげっ、すげぇ!」


 俺は、魔法を初めて使った事にあまりにも興奮してしまい、感想がままならないほどに舞い上がる。


 「これ!落ち着くのじゃ」

 「ああ、すいません、初めて魔法を使ったので」


 子供のようにはしゃぐ俺にアルフィーナが注意をする。


 「うむ、問題なく魔法は使えるようじゃな。しかし、湖まで届きよったか……、初めてにしては、あまりにも規格外じゃの……」


 俺の魔法をアルフィーナが、関心しつつも呆れるように感想を漏らす。

 アルフィーナに聞くと、初めて魔法を使う者は、目の前の草を軽く切り裂いて終わるか、または発動しないもので、その後、幾日も修行を行い魔素の循環を鍛練する事で、イメージどおりの魔法が行使されるそうだ。

 俺がやった事は、魔法使いでも上級者が成せる事を、初めてでやってのけたと言う事になる。


 「はあ、どうも初めてなので思いっきりやってみました」

 「あれほどの魔力量じゃ、出来ぬ事では無いのかのう……、まあ、加減は大事じゃぞ!常に全力とは行かんからの」

 「はい」


 確かに常に全力投球していたら、すぐに体力に限界が来てしまうから、調整は大事だ!次はもっと気を付けようと考え襟を正す。

 すると湖の対岸から、何かを切り裂く様な音が聞こえたかと思うと、対岸で次々と木や草が倒れていき、目では見えな所まで倒れていく。


 「……」

 「……」


 二人とも何が起こったのか分からずに呆然と対岸の様子を見ていた。


 「……ぅ、うむ……、次はもっと弱くやるのじゃぞ……これは、やりすぎじゃ」

 「は……、はい、すいません」


 素早く立ち直ったアルフィーナが戒めに対し俺はすぐに同意する。


 その後は、魔力の調整にずいぶんと苦労したが、数時間の修行のはて、どうにか形にはなった。


 「まったく、とんでもない奴じゃの、まだまだ調整が甘いとはいえ、本来ならこんなに短時間で魔法を使いこなせんのじゃがな」

 「はい、まだまだな所もありますので、がんばって練習に励みます」

 「これだけ魔法を使ったら常人なら倒れてるのじゃがな、やはり規格外なのじゃな!」


 まだまだ魔法を使う事が出来る俺に、アルフィーナは驚く様な、呆れる様な感想を漏らした。


 「しかしの、魔法を使うのは、この辺で終わりにして、次は魔道具の話でもするかの」

 「魔道具ですか!お願いします」


 魔道具の話を聞けるという事なので、アルフィーナに頭を下げお願いをする。

 魔法の次は、魔道具か夢が膨らむ。


 「うむ、では家に戻るかの」

 「あっ、その前に良いですか?」


 アルフィーナが家に戻ろうとした時、俺はある事に気付いた


 「そろそろお昼なので魚取ってもいいですか?」

 「魚?まあ良いが……、お主、手ぶらで何の道具も持っておらん様だのう、まさか素手で捕まえるのか?それとも罠でも仕掛けるのか?」


 魚でも取って昼ご飯にしようと提案すると、アルフィーナは俺が道具も持たないで魚を取ろうとしている事に、不思議そうに首を傾げて俺を見る。


 「考えはあるので大丈夫です!」


 俺はアルフィーナに自信を持って答え、おもむろにジャケットに付いているポケットの中を探る。

 数箇所のポケットを探すと、目当ての物を見つけたのでポケットから取り出す。

 出てきたのは、金属の輪にまとめられた2つの金属、一つは5cmほどの長さで楕円形の板状の金属、もう一つも5cmほどの長さで棒状の側面に凹凸の付いた金属を取り出す。


 「何じゃ?その金属は」

 「俺のいた世界の鍵です。こっちの楕円形の板が俺の家の鍵で、もう一つが祖母の家の鍵です」


 そう、出したのはキーホルダーに纏められた二つの鍵、俺はこの鍵を使って魚を取る事にした。


 「ほう、それが鍵なのか?なんとも変な形じゃの」

 「ええ、向こうじゃ色々な形の鍵があるんですよ。って、そこじゃなくて、この金属が重要なんですよ」

 「ほう、金属で魚が取れるのか?」

 「まあ、見てて下さい」


 俺は説明するよりも実際に見てもらったほうが早いと思い、キーホルダーから鍵を外し、両手に一つずつ鍵を持ちだいたい1mぐらいの間隔で両手を開く、湖の水面に鍵の先端の金属部分を付ける。

 右手をプラス、左手をマイナスの電極として、電気が流れるイメージしながら、魔素を循環させ魔法を作り出す。

 12Vのバッテリーをイメージして絞り気味に魔力を数秒流す。

 周りからは、俺が何をやっているか分からないだろうが、数秒すると水面に数匹の魚が浮いきた。


 「おお!魚が浮いてきたのじゃ!なんじゃ?毒でも使ったのかえ?」

 「いえ、電気……、いや雷の魔法を水の中で弱めに放ったんです。魚は雷に痺れて浮いてきます、しかし少し時間が経てば痺れから回復して元の様に泳ぎだします」


 日本では、各都道府県が規則で禁止している漁の、電気ショック漁法を魔法で行ってみた。

 まあ、異世界なので問題は無いだろう。


 「ほう雷でのう……、なんとも変わった方法なのじゃな」

 「はい、あっでも、水の中にいるものに雷が流れるので注意が必要ですけど」


 アルフィーナに電気の特性を伝えながら手早く浮いている魚を集めて、近くに生えていた蔦を魚のエラに通して縛っていく。

 40cm台の魚が数匹確保できたので、昼と夕食の食材が確保できた。

 あと蔦にムカゴが大量に自生していたので、併せて確保する事にした。


 「その実も食べれるのかえ?」

 「はい、ムカゴって言って塩茹でにすると、芋みたいな味で美味しいんですよ」


 蔦に縛った魚は、落ちていた木の枝に縛り付けて担ぎ、持ちきれないムカゴは、ジャケットを袋代わりにして包んで持っていく事にした。


 「アルフィーナさん、そう言えば、この辺に川は有りませんか?小さくても構わないので」

 「ん?川か?なんじゃ知らんかったのか、小さい川なら家の近くに有るのじゃ」


 おぉう、灯台下暗し、昨日あれだけ探していた物が、木の家の近くに有るなんて思っても見なかった。


 ここで生きアルフィーナと木の家へ帰る途中で、祖父母に山に山菜を取りに行った経験が、色々な野草を見つける事が出来た。

 それと、陰になり湿った所にあった木に椎茸が生えていたので、こちらも頂いていく事にする。


 「なんじゃ、色々見つけてくるが、それも食べるのかえ?」

 「はい、食べれます。いや~凄いですねココは!まだまだ探せば色んな食べ物が出てきます」


 草にしか見えない物を取ってくる俺に、またもや関心しつつ呆れた表情のアルフィーナに、秋の野草がたくさん取れた事に興奮しながら答えた。

 ひとまず食料の確保にメドが立った事は、大きな成果といえる。


 木の家に戻ると、確保した食材を置いて、まずは魚でもさばこうかと考え包丁を探す。


 「あの、アルフィーナさん魚を処理したいので、何か切る物はありますか?」

 「ん?刃物か……たしか家の中に短剣だったらあったはずじゃ」

 「えっと、長さはどのぐらいですか?」

 「ん~、これくらいじゃったかの」


 刃物の長さを聞くと、アルフィーナは両手を軽く広げて、おおよその短剣の長さを教えてくれた。


 「だいたい50cmぐらいか……、ちょっと大きいですね」

 「これ以上小さい物は、ここには無いぞ」

 「ん~、あっ!そう言えば祖母の遺品に包丁があったはず」


 俺は、何とかならないか考えると、そういえば帰る際に祖母の遺品の中で、手持ちで持っていけるものは鞄に詰め込んでいたのを思い出し木の家に中に入る。

 すでに木の家に出入りする魔法もアルフィーナに教えてもらっていたので、一人で木の家に出入り出来る様になっている。

 鞄を開けて中を探ると目当ての物を見つけ外に出る。

 祖母は几帳面だったので、数本の包丁と砥石を帆布ケースに入れ綺麗に纏められていた。

 その中の一本の出刃包丁を取り出す。

 川魚のお腹をさばくくらいなら、これで十分だ。


 「それが、包丁と言う刃物か、変わった作りじゃが綺麗な刃物じゃの……」


 アルフィーナは初めて包丁を見たらしく、感心したように言った。


 「アルフィーナさん、小川はどちらですか?」

 「おお、そうじゃったな、向こうに有るのじゃ」


 アルフィーナは、川の方を指差し歩いていくので、俺は魚と天日に乾燥させていた鍋を持って付いていく

 木の家から湖に向かって右を100mほど藪の中を歩くと、目的の小川を見つける事が出来た。


 「ここじゃ、家からそれほど遠くもなくて、山頂から来た水なのでそのまま飲めるぞ」


 たしかに山の上から流れてきた川なのだろう、とても水が澄んでいて綺麗な小川だ

 川幅2m弱ほどで水位は30cmほど、流れは多少速いが足を取られる程でもなく、その水はとっても冷たかった。


 「ありがとうございます。早速使いたいと思います」


 アルフィーナに礼を言って、俺は早速魚の処理を始める。

 まな板は無いので平らな石を探して水で洗って、その上で魚の処理を始める。


 まずは鱗を落とし、次に魚の肛門の部分に包丁を少し刺し顎からまで切れ込みを入れて内臓とエラを取り出す。

 取り出した内臓類は後で使うので取っておく事にした。

 内臓を取り出した魚は血合いに切れ込みを入れて、川でお腹を擦るように洗い、近くの手頃な枝を切って、魚をジグザグに枝に刺して終了

 あとは鍋に川の水を汲んで一緒に持っていくことにした。


 木の家の前の竈まで戻ると、魚に塩を振り塩焼きにする事にした。

 ムカゴは鍋に入れて沸騰させ塩茹でに、野草は油を引いた小さい鍋に醤油で垂らして炒めた。


 「ずいぶんと、手馴れたもんじゃな」

 「ええ、子供の頃から祖父母と山菜取りに行ったり、祖父と一緒に山に入って野営とかしたりしていたので」


 祖父母と山に入って食べれる山菜や茸を教えてもらい、祖父と一緒にキャンプして技術や経験など色々な事をと教えて貰った楽しかった日々が蘇って来て、少し目頭が熱くなる。

 食器は無かったので非常用鞄に入っていた紙皿にラップを巻き、そこに各種料理盛り付けて木の家に運ぶ


 「さて、出来たので食べましょうか」

 「おや、私の分まで用意してくれたのか、気を使わせたようで、すまんのう」


 申し訳無さそうに礼を言うアルフィーナだが、食べる気まんまんの雰囲気で居た事は分かっていたので一緒に用意しておいた。

 まあ、一人で食べるより多いほうが良いし、一食分作るのと二食分作るのは大差ないので、ついでに作るのは苦ではない。


 「では、いただきます」

 「ほう、お主の世界では、食べる前に“いただきます”と言うのか?」


 俺が食べる前に“いただきます”をすると、アルフィーナが問いかけてきた。


 「まあ、国によって違いますね、俺の国では、いただきますと言って感謝をする事でした。そして食事が終わったら“ごちそうさま”って言って終わりの挨拶をしていました」


 他には宗教によって色々な感謝の方法はある事と、日本で普通に行なわれている“いただきます”の由来である頭上に頂に掲げ感謝を現していた事を軽く説明する。


 「それよりも冷めない内に食べましょう」

 「うむ!では、“いただきます”」


 アルフィーナもいただきますをして一緒に昼ご飯を食べる。


 「ん~♪旨いのう!この実はホクホクとして塩味が効いて癖になる味じゃの、魚も塩が効いておる!うむ、良い塩を使っておるの」

 「確かに美味しいですね。塩は向こうで貰った物を使ってるんですが、そんなに違いますか?」


 今回使った塩は、日本では一般的に使われている海で取れた天然塩だ、この世界では違うのかアルフィーナに聞いてみた。

 ちなみに日本では、天然、精製、再生の3つがあり、簡単に言うと天然が天日干しや塩釜などで生産された塩のそのまま状態の物で、精製は文字通りでミネラル分を取り除いた99%塩の物、再生は輸入した塩を洗ってニガリを添加した物だ


 「そうじゃな、村では近場の洞窟から取れる塩を使っておるの、量が少ない上あまり良質ではないからの」

 「へ~岩塩ですか、量が少ないんじゃ大変ですね」


 海が遠い所では確かに塩は貴重だ、日本でも戦国時代の有名な出来事が諺にもなっている。


 「それにコレじゃ!この葉っぱに付けた黒い液体!これを入れると匂いも味も良い!今朝食べた、らーめんのしょうゆに似ておるの」

 「ええそうです。これがラーメンにも入っていた物です」


 俺はそう言うと、調理に使用した亀甲印の○○○と名前が載るラベルの付いたペットボトル(醤油が入り)をアルフィーナに見せる。


 「おお~~~♪では、これを入れればらーめんを作れるんじゃな!」

 「ええ、でも、醤油だけではラーメンになりませんよ」


 目をキラキラさせて質問してくるアルフィーナに若干たじろぎながら否定をする。

 よほどラーメンを気に入ってくれたようだ。


 食事を終え後片付けを済ませると、木の家の机で向かい合って座る。


 「うむ、それでは、魔道具の説明をするかの」

 「はい、お願いします」


 アルフィーナは、食事を終え一息ついたところで魔道具の説明を始める。


 「まずは、魔石の説明からじゃな」

 「おおー!魔石!ファンタジー」


 よくファンタジー系の物語に登場してくる魔石と言う名を聞き、俺は若干興奮気味に身を乗り出す。


 「ふぁんたじ?まあ良い、それよりも落ち着くのじゃ、ほれ、魔石の説明をするぞ!魔石とは、鉱山などで取れる魔鉱石の中で一定の純度の濃い物を言う。魔石と魔鉱石では、発動できる魔法も威力も雲泥の差があるのじゃ!」

 「純度が低い物が魔鉱石で、純度が高い物が魔石ですか……その純度はどれぐらい何ですか?」

 「明確な判断基準は無いのじゃが、目で見るのと、魔力を流すと分かるのじゃ!まあ、見てみるのじゃ」


 そう言うと、アルフィーナは机の上に2つのコブシ台の石を置いていく

 一つは、くすんだ紫色がまばらに点在する石、もう一つは、紫色の黒曜石のような石だ。


 「このくすんだ紫色の石が魔鉱石じゃ、で、こちらの紫色の艶やかな石が魔石じゃ」

 「へ~確かに一目で分かりますね、この魔鉱石の紫色の部分が集まったのが、こっちの魔石なんですね」

 「うむ、しかしの普通の金属鉱石と違って、製錬で純度を上げるのは難しいのじゃ、じゃから魔石として掘り出された物を使うのが一般的じゃ」


 アルフィーナの説明によると魔鉱石を製錬するのには、温度管理が難しく鉄や銅のように製錬するのは難しいらしく、実験では良く失敗して灰色のクズ魔石に変わってしまったと、アルフィーナは嘆いていた。

 クズ魔石は、魔鉱石よりも魔法の威力が極度に弱くなり使い道が無くなってしまうので、製錬は、実験程度でほとんど無く、多くは純度の高めの魔鉱石を魔石と言い使っているらしい。

 魔石の色は、純度が高くなるにつれ綺麗な紫色で、黒曜石のように艶やかになり透明度が増していくそうだ

 ちなみにアルフィーナが用意してくれた魔石は、かなり高純度の天然魔石だった。


 「なるほど、乾式の製錬は難しいのか……」

 「なんじゃ?乾式とは???」

 「ああ、それは炉を燃やして鉱石を溶かして目的の金属を得る方法です」

 「なるほどのう、良く知っておるの」

 「ええ、以前、製錬の仕事を生業にしている人に聞いた事があるので」


 以前、金属加工会社に仕事の依頼をする時に、担当者間での打ち合わせのさい、金属関係の面白い話を聞いていた。

 製錬なんてやった事のない俺は、話が面白く熱心に話を聞いていたので思い出すのに苦労はなかった。


 「次は、魔導金属じゃな」

 「魔導金属?」

 「うむ、魔導金属とは、魔道具を利用する際に使用者自身の魔力を流し魔石に魔法の発動を知らせるために使われる。また、魔石自体の魔力を流すために使われる金属のことじゃ、主に熱した銅や鉄等に魔石を砕いて適量に配合させ用いられるのじゃ」


 なるほど魔石は電池見たいな物で、魔導金属が伝導体ってとこか……


 「そして最後に魔結晶じゃ」

 「水晶や宝石等に純度の高い魔石が混ざった物で、発動させたい魔法を刻む事が出来る。ただし一つの魔結晶には、一つの魔法しか刻めぬ。純度によって刻める魔法を強さが変わってくる。ちなみに魔力測定で使用した水晶珠も魔結晶の一つじゃ」


 つまり、使用者が魔道具を発動させるため魔力使うスイッチの様な物で、流れた魔力は魔導金属を通り魔石に送られ魔力が増幅され再び魔導金属を流れる。

 最終的に送られた魔力は、発動したい魔法が刻まれた魔結晶によって魔法へと具現化されるといった感じになるのか。


 「つまり、この3つが無いと魔道具にはならないと言うことじゃ」

 「なるほど分かりました、でも現状は魔石も何も無いので魔道具は作れませんね」

 「まあそうじゃな、じゃがの魔道具を作る者には、魔結晶に魔法を刻む際にどのような魔法にするか想像力の差によって作者の腕が決まるのじゃ。また魔道具を使う者は、魔力が弱い者じゃ、お主のように魔法が発動できる者は護身に使うのが常じゃのう。しかし、魔石自体が高価な物なので、護身用と言ってもそうそう庶民が手を出せる代物ではないがのう」


 この世界で魔石は、高値で取引されているらしく、それを使った魔道具は、かなり高価な代物で一般庶民が、簡単に手が出せる物ではないらしい。


 「魔道具については、こんなもんかの、魔法の方は、お主なら使っていればその内慣れてくるじゃろ」

 「はい、ありがとうございました、魔法は使い続けて慣れて行きたいと思います」


 アルフィーナに礼を言い、時計を見ると14時30分を指していた。


 「とりあえず今日は、夜の食事のための食材を集めたいと思います」

 「おお、そういえばお主は食事を取らんといけないのじゃな、分かったのじゃ後は好きにするがいい」

 「はい、それじゃお言葉に甘えて、ちょっと外に行って来ます」


 このまま魔法の修行と思ったが、それよりも今晩のご飯が心配になり食材の調達をする事にした。

 まずは、山に入りムカゴがあったところまで行き自然薯を掘る事にする。

 魔法で自然薯の生えている地面を掘り返すと、10分とかからずに10本の自然薯が取れた。魔法超便利!だけどやりすぎて大穴を空ける事もしばしばあった。

 川魚も一回の電気ショックで数匹取る事が出来、今日の夕飯の食材が確保できた。

 ついでに明日のために湖の浅い所に木の枝で円形に柵を作って囲い、湖側に魚がギリギリ通れる入口を作る。

 入口部分は、囲いの内側に長細く作り、中に餌として今日取った魚の内臓を置き、もう一つ餌として周囲で捕まえた虫を枝に刺して沈めて置く、以前動画で見たインディアンの罠を思い出して作ってみた。



 木の家に戻り夕飯の準備をしながら、明日以降の魔法の修行をどうするか考えてみる


 「今日みたいに湖や草に向かって魔法を放つよりも、練習ついでに何か出来れば良いんだが」


 悩みながら周囲を見渡すと、そこには鬱蒼と生い茂る藪と木と湖以外に何もなかった。


 「何もない……そう、何もないんだ!」


 アルフィーナの住んでいる木の家や家の周囲には、まったく生活感が無く雑草や木が無尽蔵に生えているだけの空間しかなかった。

 俺は、どうせ魔法を使うなら練習がてらに、木の家周囲の環境を整える事に利用した方が良いだろうと、考えが浮かんだ。


 「よし!あとでアルフィーナさんに聞いてみるか」


 そうと決まれば手早く夕食の準備に入る。

 魚はアルミホイルとオリーブ油に醤油をかけてホイル焼きに、自然薯は、細く短冊切りにし醤油をかけて生のまま食べる事にした。

 また昼の残りの野草と椎茸を具材に味噌汁を作る、味噌は出汁入りだったので、出汁は取らずにそのまま使う。

 ムカゴは、塩を振ったあと、油で皮をパリパリに中がホクホクになるくらいに炒める。

 他の料理で多く塩を使っているので、こちらは少し舌で塩気を感じる程度に抑えた。


 「うん、出来た!あっでも、ムカゴと自然薯で芋がダブってしまったぞ……まあ致し方がないか」


 今日の限られた時間でコレだけ用意出来たのだから良しとする事にした。


 「アルフィーナさん夕食の準備が出来ました」


 木の家の机に料理を並べてアルフィーナに声をかける。


 「む、昼に続き夜まで用意してくれたか、すまんのう」

 「いえ、お世話になっていますし、昼にも言いましたが、一人で食べるより楽しいですから」


 日本にいた頃、アパートでは何時も一人寂しく食べる毎日だったので、こうして二人で取る食事が楽しいのは本当である。


 「うむ!では、いただきます!」

 「はい、いただきます」


 アルフィーナはフォーク、俺は箸を取り食事を始める。


 「ほう、また変わった料理じゃのう、魚は……うむ、柔らかくて良い匂いなのじゃ!醤油も合うのう」

 「匂いはオリーブオイルだと思います。向こうの世界では、オリーブと言う緑色の木の実を絞って油を取り出したものです」

 「ふむ、緑色の木の実か……たしか今の時期にココより少し入ったところに緑色の木の実を付ける気が在った様な……まあ、昔の事なので忘れたのじゃ」

 「ははは、在るといいですね。油は色々と使えるので」


 昔から食べるのにも、生活するのにも使われた油は、大変重宝された代物でそれだけ貴重とも言えた。

 今の日本では、多くの油が使われ生活水準を上げている。確保できるならぜひ確保したい。


 「んんっ!このスープの味はみそじゃな!キノコと葉も合わさり旨いのう、それに昼に食べたムカゴ?じゃったかの、昼に食べた物とは違い皮がパリパリでコレも良いのう!」

 「はい、そのスープは味噌汁と言います。具材に椎茸と言う茸と、野草を使っています。ムカゴは油で炒め塩を振っています」


 説明しながら俺もムカゴを頬張り味噌汁を飲む、正直ここにご飯があれば良いんだが、貰った米は脱穀しないと食べられないし、こっちの世界でジャポニカ米が食べられるか分からない、なので手を付けるのを我慢する。


 「んっ?なんじゃ?この白くてネバネバするのは」

 「それは、山芋ですね、自然薯とも言います。生のまま食べられますので、醤油をたらして食べて下さい」

 「ほうほう、どれ……シャクシャクしている食感が良いのう、噛むと粘りが出てきて、しょうゆが甘みを引き立てておるのじゃ」


 少ない食材の中で作った物だが、アルフィーナは大いに気に入った様で残さずにぺろりと平らげた。

 空の食器を重ねて机の隅に置くと、食後のお茶として、粉の緑茶をお湯で溶いたものを出して一息つく。


 「このお茶も変わった味じゃのう」

 「緑茶です。本当は茶葉からお湯に染み出した物なんですが、これは手軽に飲めるようにしたお茶です」

 「匂いも味も良いのう」


 アルフィーナは、お茶にも満足の様子で背もたれに体を預けてくつろいでいるので、俺は明日、魔法の練習で色々とやりたい事を相談する事にした。


 「アルフィーナさん、良いですか?」

 「なんじゃ?」

 「明日の魔法修行でやりたい事があるんですが」

 「ほう、魔法修行のう……で何をやるのじゃ?」

 「明日、魔法で色々と作りたいと思いまして、この家の周りに色々作って良いですか?」

 「なんじゃ、そんな事か構わんぞ、私はこの家さえあれば問題ないからの」


 俺は夕食を作るときに考えていた事を話すと、アルフィーナはすぐに快諾してくれた。


 「ありがとうございます。じゃあ明日は色々と挑戦したいと思います」

 「うむ、精進する事じゃ」

 「わかりました。それじゃ、食器を洗ってきます」

 「うむ」


 アルフィーナに礼を言って明日作るものを考えながら、食器を洗うために席を立つ。

 小川で水を汲んで食器を洗いながら、明日からの魔法修行で何を作ろうか考えていると、自分の体から汗の臭いがしている事に気付いた。


 「そういえば一昨日から風呂に入ってないな」


 異世界に来てから、まともに体を洗っていなかったことを思い出しどうしようか顎に手をあて思案する。


 「このまま川に入るより、魔法で何とか出来るかな……うん、よっし!」


 洗った食器を纏めて邪魔にならない所に置き、木の家から多少離れた湖近くの藪の中で地面に手を置き集中する。

 えいっ!と言った感じで魔法を放つと、生えていた草木が根ごと周りに押し退けられ10m四方の地面があらわになる。

 次に自然薯を掘った時の様に掘り抜くのではなく、地面の土を圧縮硬化させ2~3mの円状に1mの深さで陥没させ浴槽を作る。

 陥没させた所のふちの部分が地面と水平にならないように、こちらも硬化させた土を盛り上げ幅20cm、高さ2cmのふちを作った。

 余った土は、周りの地面と一緒に硬化させる事でコーティングされた光沢のあるタイルの様な床が完成した。

 湖側の藪を風魔法で刈り取り湖が見えるようにする。

 湖の水を魔法で運び分子を高速に振動させて温めて浴槽の中に注ぐと、もうもうと湯気が漂いなんとも風情のある良い感じの露天風呂になった。


 俺は早速、木の家に戻り洗った食器類を片付け、キャリアケースから下着とフェイスタオル、バスタオルを取り出し外へ飛び出そうとすると、アルフィーナが不思議な顔で問いかけてきた。


 「何を急いでいるのじゃ?」

 「あっ、えっと、体が結構汗臭くなったので洗おうかと思いまして……」


 お風呂で通じないと思い外で体を洗ってくる旨をアルフィーナに告げる。


 「ふむ、この時期は水が冷たいから気を付けるのじゃぞ」

 「アルフィーナさんは、体を洗ったりしないんですか?」

 「うむ、言ったと思うが、私は事故の副作用でこの体になってから代謝を制御出来る様でな、普通に過ごす分には汗も掻かんのじゃ」


 なるほど、だから昨日初めて逢った時に全体的に煤けている印象を持ったのか


 「なんじゃ?期待しておったのか?」

 「いえいえいえ、そんな」


 俺はテレながらも否定する。

 いくら年齢が数百歳でも、見た目は美女のままなのだ期待していないと言われれば嘘になるが、初めてこの異世界出逢えた人だ、変な事で気を使わせたくない。


 「ふふふ、まあ良い」

 「ははは、すいません。では、失礼します」


 何か満足気に微笑むアルフィーナに、俺は逃げる様に木の家を出て浴場に向かう。


 浴場に着くと、夕暮れだったが、まだ辺りが見える明るさだったのですぐに衣服を脱ぎ始める。

 誰も見ていないし恥ずかしがる歳でもないので一気に真っ裸になると、衣服を濡れない場所に一纏めにしてフェイスタオルを持って入浴の準備をする。


 「しまった、桶が無い、それにこのままだと服が濡れる」


 いざ湯の前まで来ると、湯掛の桶など必要なものが無い事に気付く


 「さてどうしよう……って、魔法で何とかするか」


 魔法で解決する事を決めると、早く湯に入りたい衝動を抑えすぐに行動する。


 「まずは材料」


 近くに生えていた大木の枝を風魔法で一本切り落とす。

 切り落とした枝の皮を落とすと、枝の形状を変化させ桶になるようにイメージをする。

 そのまま生木だと重たく感じるので、桶のイメージで形状を変化させながら同時に水分を抜いていく。

 ある程度水分が抜けたと感じたところで手に取ると、昔ながらの温泉とかにある木の桶が完成した。


 同じ要領でスノコを作り浴槽から離れた場所に敷いて服を上に置く。


 「おお~、なんか欲求がからむと、魔法調整が上手くいくな」


 出来た桶をしげしげと見ながら、自分の魔法調整に感想を漏らす。

 出来立ての桶は、普通の桶との違い切れ目も繋ぎ目も無い無垢の木で彫ったような桶が出来た事だった。


 「なかなかの出来!って、そんな事よりお風呂~お風呂~♪」


 桶とフェイスタオルを持ちながら、お湯に向かう。

 お湯に手を入れ温度を確認すると、ちょっと温度が高いくらいだったが、俺が入るにはちょうど良い温度だった。

 よし!と確認するように頷くと、桶を湯の中に入れて2、3度掛け湯をする。

 本当なら体を洗いたかったが、排水も無い簡易的なお風呂なので今日はこのまま湯に入る事にした。

 足先からゆっくりと全身をお湯の中に入れていく。


 「ふい~~~~~」


 気の抜ける声と共に体に入れていた力が抜け脱力状態になり浴槽に体を預ける。

 両手でお湯を掬い上げ擦り付ける様に顔に掛けて、持っていたタオルで拭い、そのままタオルを頭に乗せまたお湯を楽しむ。


 「あ~~~~い~~~~、凄く良い」


 昨日、今日と衝撃に事欠かない出来事が押し寄せて、それに対処するのに必死だったためか、随分久方ぶりのお風呂のような気がする。

 体が溶ける様な感覚にそのまま身を任せ、頭を浴槽のふちに乗せ目を瞑ると、虫の鳴き声が耳に入ってくるだけだった。

 静かに虫の鳴き声と湖の夕焼けを楽しんでいると、藪の中を何かが動く音が聞こえてきた。


 「獣かな?」


 不意に聞こえた物音に顔を挙げ音のした方に向けようと体を起こす。


 「なんじゃ、何をしておるのかと思ったら湯浴みをしておったのか」

 「へ?」


 藪の中からひょっこりとアルフィーナが顔を出すと、俺は間の抜けた声を出しながら呆然とアルフィーナを見る。


 「しかし、これも魔法で作ったのか?普通ここまでの規模の物を作るには、1人では無理なんじゃが……本当に呆れた魔力じゃな」

 「え、ええ、まあ、はい……」


 突然の事だったが、さすがに俺が悲鳴を上げる状況ではないので普通に答える。


 「ふむ……どれ!私も入るのじゃ」

 「えっ!ちょっ」


 アルフィーナの突拍子も無い発言に俺の頭は、理解が追いつかずに焦ってまともに言葉が出てこない。

 俺の返答も待たずにアルフィーナは服に手を掛ける。


 「ちょっ、ちょっと待って下さい。あっ、あのアルフィーナさん、入るんでしたら俺出ますから」

 「よいよい、気にするな」


 服を脱ぎだすアルフィーナを凝視せず紳士的に目を逸らしながら自分が出て行くことを提案するが、アルフィーナは俺の制止にまったく耳を貸さずどんどん服を脱いでいく。

 結局あれよあれよと言う間に二人とも向かいあわせで風呂に入ることになった。


 「良いではないか、湯浴みなど久方ぶり、前に体を洗ったのは……ふむ……10年前に泥に足を取られ転んだときに川で洗った以来かの……」

 「10年ですか……魔女なんですね本当に」


 俺はアルフィーナの方を向かずに言葉を返す。


 10年体を洗わない、やっぱり数百歳、単位が違うと驚きながら、人の意見を聞かないでズンズン来る感じに俺は、近所に住んでいた年配のおばさん見たいな印象を受ける。


 「おい、お主、よく分からんが殴りたくなってきたぞ」

 「ええっ!よっ、よく分からないで殴らないで下さい」


 殴られた訳ではないが、アルフィーナから放たれる殺気は尋常ではない。

 どうも俺は善からぬ事を考えると、すぐにバレてしまう。最近も似たような事があったような……


 「しかし、魔法の調整が上手くいかなかった割には、色んな事を魔法でするよのう」

 「ええ、ただ魔法を使うより、やりたい事に向けて魔法を使うほうが調整しやすいと言うか、何と言うか……」


 俺はアルフィーナの問いかけに我に返り、桶を作ったときに思った事を返す。


 「ふむ、欲に正直なのじゃな」

 「何ですか、それじゃ私が欲望のまま生きている様じゃないですか」

 「ふふふ、まあ、自分のやりたい事にひたむきに努力をしている。とも言えるがな」


 俺の答えが面白かったのか、アルフィーナは笑いながら返す。

 幾度か他愛の無い会話をしていると、結構長い時間風呂に入っている事に気付き俺は、若干のぼせ気味になる。


 「アルフィーナさん、そろそろ出ませんか」

 「ふむ、いつの間にか時間が経っていたのじゃな」

 「じゃあ、待っていますので、先に出てください…って、着替えと拭く物は……」


 何となく嫌な予感がするのでアルフィーナに聞いてみる。


 「うむ、持ってきてないのじゃ!」

 「ちょっ、何で何にも持ってこないで湯浴みしたんですかー」

 「お主があまりにも気持ちよさそうに入っていたので、ついな!」

 「つい、じゃないですよ」


 全く悪びれる事も無く頷くアルフィーナに頭が痛くなる。 


 「そこに置いてある白いバスタオル、じゃなく白色の厚手の布見たいな物が、体を拭く物なので使って下さい」

 「おお、すまんの着替えは脱いだ物を着るので大丈夫じゃ!」

 「本当にお願いしますよ~」


 アルフィーナに速く着替えてもらうため、自分が使う予定のバスタオルを先に使わる。


 「おお!」

 「どうかしましたか?」


 驚いた声を出すアルフィーナに心配で声を掛ける。もちろんアルフィーナの方へ振り向かずに


 「いや何、この拭く物が柔らかい上に拭くと、体に付いていた水がすぐに無くなるのでな」

 「ああ、体を拭く用に作られたものですから」

 「なんと!ふむ」


 どうやらアルフィーナは、バスタオルに驚いたようだ。

 たしかに麻や木綿の生地で拭くより水の吸収が高いので、こちらの世界の人が驚くのは普通なのかもしれない。


 「ほれ、着替え終わったのじゃ。それじゃお主も早く上がるのじゃぞ」


 着替え終わると、アルフィーナは木の家に戻っていった。

 俺はアルフィーナが帰った事を確認すると、風呂から上がり体を拭く

 アルフィーナが使った後だったのでバスタオルは若干湿り気があったものの、問題なく体の水分を拭き取る事が出来た。俺は紳士なのでタオルの匂いは嗅いでいない。

 手早く着替えると、桶にタオルと脱いだ下着を丸めて入れ立ち上がる。


 「ここは……明日にしよう」


 この簡易的な浴場をどうしようか一瞬悩むものの、この浴場はこのままにして明日処理する事を決めると、木の家にさっさと戻って寝る事にする。


 木の家に戻ると、昨日と同じ様に床にタオルを敷いて適当な荷物を枕代わりにして、ジャケットを体に掛ける。


 「明日は何時に起きよう」


 明日も食材の調達や魔法の修行などやる事が山積している。

 少し考えて日の出前の5時に起きる事を決めて腕時計のアラーム設定を操作する。

 アラームの設定を終えると、体が疲れているのか目蓋が落ちて意識が遠のいていった。

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