第4話 魔女宅開拓記(1)

 大晦日の夜、祖父母と一緒にコタツに入って蕎麦を食べながら年が明けるのを待っていた。


 二人より先に蕎麦を食べ終わったので、今度はコタツの上のミカンに手を伸ばす。

 テレビを見ながらミカンを口に放り込んでいると、毎年恒例となっている歌番組や企画物の番組がテレビに映し出されている。


 大晦日なので特にする事もなくボーっとテレビを眺めていると、画面に新年を告げる年号と時間が映し出され年が変わった。


 「あけまして、おめでとうございます」

 「はい、おめでとう」


 新年の挨拶をすると、祖父は頷き祖母は優しい笑みを返す。


 「お前は少し寝とけ、日が出る前に起こすから、そしたら神社に初詣に行くからな」

 「うん」

 「その後は、いつもの通り祠に言ってお参りするからな」

 「わかった」


 お腹が膨れたせいかコタツに入ってウトウトしていると、祖父から寝とくように言われる。

 コタツに足を入れたまま座布団を枕代わりに横になると、祖母がそっと俺の上に毛布を掛けてくれた。


 「はい、あんまり長い時間コタツの奥の方に入ってると、汗をかくから足だけ入ってコレ掛けて寝なさい」

 「うん、ありがと」


 起きているのが限界なので、毛布に包まり目を閉じる。


 「ほれ、そろそろ起きろ」

 「うっ……ん~……」


 祖父に体を揺すられて起こされる。

 さっき目を瞑ったばかりと思っていたが、いつの間にか出発の時間になっていた。


 体を起こすことは出来たが、まだ目蓋が重くて目を瞑ったまま下を向いてしばらく動けない。


 「ほら、お水飲んで」

 「ん」


 祖母から水を受け取って口に入れる

 温まっていた体の中に冷たい水が染み込みだんだんと目が覚めてきた。


 「んじゃ、そろそろ行くぞ!」

 「はい、寒いからコレを着なさい」


 祖父から出発すると言われると、祖母に厚手の上着を掛けて貰い出発の準備をする。


 身支度が整い玄関の扉を開けると、景色が一変していつの間にか神社の前に立っていた。


 祖父母と一緒に参道の端を歩いて一礼してから鳥居をくぐる。

 手水舎で手や口を清め神前に進むと、いつもは人がいない境内の中がイヤに騒がしい。

 それもそのはず田舎の小さな神社でも新年ともなれば多くの参拝客で境内の中が賑わっていた。


 お参りをする人、破魔矢やお札を買う人、お焚き上げの火に当たり暖を取る人、配られた甘酒やお酒の茶碗を持ち談笑する人、見ると境内には様々な人でごった返している。


 「ほら、行きますよ」


 祖母が逸れない様に優しく手を繋いでくれた。


 人ごみの中をゆっくりと神前に進んでようやく賽銭箱の前までたどり着く。

 祖父母と一緒に賽銭を入れると、鈴紐を手にとり鈴を鳴らす。

二拝二拍手のあと最後に手を合わせたままで祈りを込める。


 俺は目を閉じて、いつもするお願いを頭に浮かべる。


 “みんな えがおで いれますように”


 祖母から“辛い時も笑顔で入れば何事も乗り切れる”と言われて以来、神前ではいつもその願い事をしている。


 祈りが終えると一礼して次の人に順番を譲る。


 「それじゃ、次は祠の方へお参りするか」

 「ええ、そうですね」


 祖母に手を引かれ他の参拝客の邪魔にならないように移動したところで、今度は祠に向かう。


 境内を出るとそこは、とても道とは思えないような脇道の山道に入る。

 木々に囲まれた山道はまだ薄暗くどこに道が有るのか分からない。

 しかし、祖父は迷うことも無く、スタスタと歩って進んでいく。


 しばらく歩くと、それまでとは打って変わって開けた場所に出た。


 そこは、冬だというのに草木が青々と色づいている

 そんな場所の中央にポツンと全体を苔に覆われた大きな岩がひっそりと佇んでいた。


 日が昇り木々の間から木漏れ日が差し込むと、岩が木漏れ日に照らされてとても神秘的な表情を見せる。


 大岩に近づくと、大岩の根本の方に幾重にも石が積まれ置いてあった。


 ただ石を重ねて積んであるだけで、一見するとそれが何なのか分かる人はいないだろう。

 俺が初めてここに来た時に祖父母から“ここには、神様が居るんだよ”と教えられたのを今でも覚えている。


 祖母に手を引かれて祠の前に立ち3人一緒に神社と同じ様に礼をして手を合わせて祈る。


 お願い事は、もちろん同じ願いだ。 


 「まったく、取っても、取っても生えてくるな、ここは!」

 「しょうがないですよ。私たち以外誰も来ませんから」


 祈りを済ませると、祖父は周りに生える草を引き抜き、祖母は祠の石を手ぬぐいで拭き埃を払っている。


 俺は、そんな祖父母の姿を後ろでジッと見ていた。




 ――………………ピッ、……ピピピピピッピピピピピッ


 何かが、けたたましく鳴り響く。


 何の音だろう?うるさいな……


 目を閉じて待つが、その音は鳴り止まない。

 しょうがないので薄目を開けて鳴っているソレに目を向ける。


 「あー……なんだ……時計か……」


 そう腕に付けている時計が、けたたましく鳴っていた。

 時計を自分の方に向けて画面を見ると、5時の時刻を表示してアラームを鳴らしている。


 「ふああぁあーあぅ」


 俺は大きな欠伸をしながら時計のアラームを止め、まだ完全に覚めておらず何も考えずボーっとしていた。

 しばらくすると、頭も若干覚めてきたので、今度は先ほど見た夢を思い出す。


 「ずいぶんと懐かしい夢だったな……」


 子供の頃いつも新年は、さきほど見た夢と同じ様に祖父母と一緒に迎えていた。

 大人になって仕事をするようになってからは年を越して実家に帰る事が多く、最近では祖父母とは別に1人で神社と祠にお参りをしている。


 祖父母と一緒にお参りしたのは、いったいいつまでだったろうか……。


 夢の光景を思い出すと、あの懐かしい日々の思い出が込み上げてくる。 


 「ん?」


 欠伸のせいか夢のせいか、目の端から頬にかけて涙の線が付いていた。


 「……どれ、起きるか!」


 頬に付いたものを手で強引に拭きとって顔を洗おうと立ち上がと、 床で寝ていたためかどうも体のあちこち痛い。


 「んんっ!」


 軽く伸びをしてコリをほぐすと、鞄からタオルを取り出し外へ出る。


 外は、まだ朝日が出る前で薄暗かったが問題な小川に到着することが出来た。

 冷たい水で顔を洗うと、その冷たさに刺激されシャキっと目が覚める。


 「どーれ、昨日仕掛けた罠に何か掛かっているかな!」


 持っているタオルで顔を拭い首に回して、昨日、湖に作った罠の確認に向う。


 湖に着いくとすぐに罠の中を覗く。


 「おお!すごい結構入ってるな!」


 罠の中にはナマズと数匹の淡水魚が泳いでいた。

 まったく期待をしていなかったが、実際成功すると嬉しさのあまり声を出る。


 「よし、全部持って帰るか!」


 昨日と同じように電気ショックの魔法で魚を気絶させ、近くにあった蔦を使って魚を繋げ持ち上げる。

 もちろん罠の方も忘れずに餌を再設置し直しておいた。


 「さて、魚も取れたし今日も塩焼きにするか、あとは……あぁ、ご飯が食べたいな……」


 こちらの世界に来てまだ数日しか経っていない。

 けれど毎朝食べていた、ご飯の付いた朝食が無性に食べたくなる。


 無い物をねだってもしょうがない、今はある物で出来るだけ美味しい物を作るしかない。


 朝食の献立を考えながら木の家に到着する。


 「やっぱり、昨日みたいに川の自然石で魚を捌くのは嫌だな……よし!まずは立ったままで料理が出来るように魔法を使って作業台を作るか!」


 地面にちょうど岩があったので、手を置いて目を瞑り作業台をイメージする。

 イメージが決まったら体に魔素を巡らせ魔法を発動させる。


 「んー、はっ!」


 普通だったら呪文を詠唱した後に、魔法の名前を叫んで格好良く魔法を使うんだろう。

 しかし、おっさんにそんな中2的な思考回路はないのでコレばかりはしょうがない。


 魔法を発動させると、地面にあった岩を砕かれて新たに作業台へと変わる。

 ついでに木を材料にして、まな板と食器類も作っておく。


 作業台の上に取れたての魚と帰りがけに採取した野草を載せて、鞄から出刃包丁と非常用のパックご飯を2個取り出すと早速朝食作りをはじめる。


 本日の朝食は、今朝捕ってきた魚の大きさが15cm程だったので数匹串に刺して塩焼きにする。

 次に鍋でお湯を煮立たせたら、貰い物の昆布と鰹節で出汁を取ってそこに塩と醤油で味を調整した後、自然薯と摩り下ろした物と野草を入れて軽く煮込む。

 これでお吸い物の完成だ!


 もう一つ鍋を用意しパックご飯を2個と水を入れて煮立たせる。

 出汁を取り終わった昆布と鰹節、それと椎茸を刻んで鍋で煮込み塩で味を調整してお粥を作る。

 一般的にお粥を作ったときの水の量は、ご飯の2倍の量を入れるが今回は吸い物があるので少し少ない量で調整した。


 さきほど魔法で作ったお皿とお茶碗に盛り付けて木の家の机の上に並べる。

 アルフィーナが座る席には、食べ易いようにレンゲを置いた。

 湯飲みには、昨日アルフィーナに好評だった粉末の緑茶を淹れておく。


 「よしっ終了!どれ、アルフィーナさんを呼ぶか」


 朝食の準備が終わったのでアルフィーナを呼ぶために2階へいく階段前に向かう。


 「おはようございます。アルフィーナさん朝の食事が出来たので一緒に食べましょう」


 2階へ上がらずに1階から少し大きな声でアルフィーナを呼ぶ、ちなみに2階がどうなっているか俺は知らない、女性の部屋に勝手に入る訳にはいかないから当然だ。


 「ん、おはよう」


 すぐにアルフィーナは2階から降りてきて短く挨拶をして椅子に座る。

 雰囲気を見る限り寝起きと言うわけではないようだ。


 「昨日と同じで、あまり変わった物は作れませんが、どうぞ召し上がって下さい」

 「ん?これは何じゃ?白い……スープではないのう?」


 アルフィーナは、お粥を手に取ると、不思議な物を見るように聞いてきた。


 「あっ、コレはお米と言って麦のように穂を付けて実を作るんです。その実の皮を取り表面を削った物がこの粒です。普段は炊いた物を食べるんですが、今日はお粥と言って水を多めに足して具材を入れ塩で味を付けています」


 「ふむ、こめか……初めて見るの」

 「私の国の主食なんで気に入って頂けると嬉しいです。さあ頂きましょう」


 米に興味津々のアルフィーナは、茶碗を手に取って早く食べたそうにしているので直ぐに食事始める。


 「では、「頂きます」」


 アルフィーナも一緒に“いただきます”をすると、早速レンゲでお粥を掬い上げて口に入れる。


 「………………。」


 アルフィーナは、噛まずに目を閉じて静止したまま微動だにしない。


 「あの……お口に合わなかったでしょうか?」


 あまりにも微動だにしないアルフィーナに、俺は口に合わなかったのか心配になり問いかける。


 「……んぐっ、んんん、んぐっ……、あっついのう!」

 「あっ、すいません、先に言うべきでした」


 お粥は作りたてだったので熱々のままだった。

 食べたい衝動に駆られたアルフィーナは、熱さを確認せずそのままの口に運び入れる。

 口に入れたは良いが、お粥は熱々だったため吐き出す訳にもいかないので熱さを我慢するため動かなかったようだ。


 「だっ、大丈夫ですか?」

 「うむ、回復魔法が無ければ危なかったのじゃ」

 「そっ……そこまでですか……」


 俺は食に対して一切妥協しないアルフィーナに苦笑いを浮かべる。


 「しかし、噛めば噛むほど甘みが出てくるのじゃな、このこめと言う物は」

 「はい、本来の食べ方だと、粒が程よい弾力で多くの食材と合うんですよ」


 米は良い、色々な食べ方があり、色々なオカズに合う。


 出来ればお米を主食で食べたいが、手持ちが少ないし持っている籾付きの米は、この世界で種籾にしようと俺は考えていた。


 「ふむ、この器……この器は、お主が持ってきた物なのか?」

 「いえ、先ほど食事を作っていたときに、パパッと作りました」

 「パパッとじゃと、普通かなりの魔力が必要じゃから、パパッと出金のじゃが……、さすが膨大な魔力の持ち主じゃのう」


 俺が魔法を使って色々と道具を作る事に、アルフィーナは呆れたように俺を見るが、食べるのを止めるような事はせずにレンゲを口に運ぶ。

 今度は、しっかりと息を吹きかけて温度を調整している。


 「ん?これはみそ汁ではないのじゃな、しょうゆ……の様じゃが、味が違うのう」

 「ああ、それはお吸い物です。鰹節と昆布で出汁を取っています。お粥に入っていた木のクズみたいなのが鰹節で、緑色の物が昆布です」

 「ほう、ダシとな、それでこんなに味わいが違うのじゃな、うむ、美味いのじゃ!」


 アルフィーナは今日の食事もお気に召した様で次々と口の中に運んでいく。

 それ後は、俺とアルフィーナは談笑しながら食事を楽しむ。





 「で、今日はどうするのじゃ?昨日は何やら色々と作ると言っておったが」


 食事も終わりお茶を飲んで寛いでいると、アルフィーナから今日することを聞かれる。


 「そうですね、まずは家ですね」

 「家じゃと!?」


 俺は昨日考えていた第一目標、家の作成をあげる。


 「はい、お世話になっているのに大変心苦しいんですが、床で寝るとアチコチ痛いので、この木の家の近くに家でも建てようかと」

 「なるほどのう、しかし、家とはのう、どれだけの時間が掛かるか分からんのじゃ」

 「はい、まあ気長にやろうかと」


 どの位の時間が掛かるかは、やってみないわからない。ならば、そこは長い目で見るしかない。


 「あとは食料の確保ですね」

 「む、確かにお主は食わねば生きていけないからの」


 アルフィーナも食わねば生きていけない様な気がする俺は、あなたもでしょう、と遠い目をする。


 「なんじゃ、その顔は、わ、私は問題ないのじゃぞ。ほっ、本当じゃぞ!」


 焦るところが怪しいが、まあそういうことにしといた。


 「えっと、今のところは、その二つが目標ですね」

 「うむ、では、取り掛かるのじゃ、私は邪魔にならない所で見ているのじゃ!」

 「へっ、アルフィーナさんも来るんですか?」

 「当たり前じゃ!こんな良い暇潰しは、他に無いのじゃ」


 胸を張りながら俺の魔法の修行を暇潰し宣言するアルフィーナに少し肩が落ちそうになるが、こういう人なんだと諦める。


 「はあ、じゃあ始めますか」

 「うむ、やるのじゃ!」


 若干気合の入らない俺と、意気揚々のアルフィーナは共に外へ出る。


 「っと、まず作るのがあった」

 「ん?なんじゃ?」

 「あー……、そうですね、物が出来た時に教えます。実物を見て教えたほうが分かりやすいですし」


 首を傾げるアルフィーナを置いて、イメージはすでに出来ているので、俺は近くにあった大岩に手を押し付けて魔素を循環させる。


 「はっ!」


 気合と共に魔法が発動すると、大岩は一瞬で砕かれ勢いよく地面が積み上がり、一瞬である物が形に形成された。


 「……なんじゃ?石の箱かえ?」


 アルフィーナは、俺が作り出したソレを見て率直な感想を述べた。


 「そうですけど、それだけでは無いんですよね」


 俺はそう言うと、高さ2m、幅1mほどの長方形の箱の腕を伸ばした位置に縦に付いている取っ手を掴み横向きにひねる。

 ガッチャっと何かが外れる様な音がすると、俺は取っ手の部分を手前に引くと、長方形の箱の前面が扉になっており少し擦れる音と共に扉が開いていく。


 「中は……空洞なのじゃな、何か物を入れるのかえ?」

 「はい、その通りです。これは冷蔵庫と言って、この中になま物なんかの食材を入れて、上の棚に氷の入った桶などを置いておけば長時間痛まずに食べられます。もっとも氷が溶ければ、その都度変えなければなりませんが」


 そう俺は、昔の氷を使った冷蔵庫を作ってみた。

 本来は木製の冷蔵庫だが、俺は石を使って長方形の箱を作り、外枠板の内部をハニカム状に空間を作ることで、軽量化したうえ保温性と強度を高めてみた。

 また、完全に砕いた岩を密度が一定になるように固めたためか、大理石の様な美しい光沢が出て思いもよらない副次的効果をもたらしていた。

 ちなみに怪我をしないように角の部分をアール加工する事は忘れない。


 「ほう、魔石を使わずとも物が冷やせるのは便利じゃの」


 感心した様に頷くアルフィーナが言うには、どうやら魔道具の中に物を冷やす物もあるらしい。

 俺は同じ様に岩を砕いて固めて深目のバットを作りその中に氷を入れると、冷蔵庫の上段の棚に置く

 あとは、朝ご飯の準備の時、ついでにナマズを捌いておいたので、氷を入れたバットより浅目の物に入れ、乾燥しない様に湿らせた布を上にかけて冷蔵庫の中に格納しておく。


 「あとは、冷蔵庫を邪魔にならない所に置けば終了~♪」


 俺はそう言うと、冷蔵庫を魔法で木陰に移動させる。


 「ふふふ、なんとも魔法は便利じゃが、お主のように苦もなく使って色々な物を次々と生み出すのを見ると、呆気に取られるよりも次に何が出てくるのか楽しみで仕方が無いのう」

 「そうですか?」

 「うむ、見事なものじゃ!」

 「ははは、そんなこと無いですよ」

 「と言っても、まだまだ出てくるのであろう?」

 「ははは」

 「ふふふ」


 アルフィーナの褒め言葉に、少しむず痒くなり謙遜してみたが、彼女には全く通じないようだ。


 「さて、次は……食糧確保で森に動物用の罠でも仕掛けようと思います」

 「ほう、罠かえ」

 「はい、と言っても素人の罠なんで掛かるかどうか分かりませんが」


 俺はそう言うと、森の中に足を向け歩きだすと、アルフィーナも何も言わずに俺の後に付いて来る。

 数分、草木を掻き分けながら進んでいくと、コナラの木があり下にドングリの実が落ちている場所を見つけた。

 コナラのドングリを取って持って帰ってもアクが強くてすぐには食べられないので今回は採取をあきらめる。


 「よし、ここに作るか」


 俺は地面に手を置き集中してイメージを作り、体に魔素を循環させ始める。


 「はぁっ!」


 かけ声と共に手の表面が淡く光、魔法が発動される。

 しかし、地面は魔法が発動したにも係わらず何も作り出されずに平らなままだった。


 「よし!あと数箇所作っておくか」

 「よし!ではない何をやったのじゃ」


 見た目が変わってないので、アルフィーナは次に行こうとする俺に慌てて声をかける。


 「ああ、落とし穴を作ったんですよ」

 「落とし穴とな!」

 「はい、土の表面は薄い膜のように固め動物が乗ると落ちるようにしています。穴の深さは、俺でも?まれないほど深く掘り抜き、さらに壁の面を平に硬化させて登ってこれない様にしています。結構大きく作ったので危ないですから近「きゃん!」づかないで……」


 説明をしながら次のポイントへ歩き出すと、変な声に言葉を切られた俺は直ぐに声のしたほうに視線を向ける。

 見ると、どうやら俺が、近づかないで下さい、と言う前に不用意に近づいたアルフィーナが穴に落ちたようだ。


 「だっ大丈夫ですか」


 俺は慌てて落とし穴に駆け寄って中を見ると、穴の中ではアルフィーナが尻餅を付き埃だらけになっていた。


 「い、今助けますから」


 穴に身を乗り出して手を取ってアルフィーナを救出する。


 「怪我とかしてませんか?」


 俺はアルフィーナの体に付いた埃と、顔に付いた汚れをハンカチで落としながら大丈夫か確認する。


 「あはーっはっはっはっはー、うむ、怪我は無い、しかし、動物になった様で一興だったぞ!」


 声高らかに笑いながら、穴に落ちた事など気にした様子もなくケロリとしているアルフィーナに少し驚く。


 「いえ、怪我が無くて良かったです。すいません注意するのが遅れて」


 元々俺が仕掛けた罠なので直ぐにアルフィーナに頭を下げ謝る。


 「よいよい、気にしておらん、お主も気にするな」

 「はい、ありがとうございます」


 全く気にしてないといった素振りのアルフィーナは、優しい笑みを浮かべ俺の謝罪を流すように言う。


 「しかし、このままだと人が落ちるかもしれませんね」


 俺は穴を元の状態に戻しながら人が落ちた場合を考える。


 「心配いらん、この辺りには、私とお主しか居らん村もここより距離があるしめったな事では、人は来ぬから安心せい!」

 「はあ、分かりました。あと数箇所同じ様な落とし穴を作って、念のため夕方と明日の朝早くに確認しに来ます」


 まあ、万が一もあるので念のためと、もしかしたら獲物が掛かっているかもしれないので確認のためでもある。


 「お主も心配性よの、まあ良い、あと何箇所か作るのじゃろう」

 「はい、でもアルフィーナさんは危ないですから少し離れていて下さいね」

 「分かっておる、まったく、お主は……」


 俺の注意にアルフィーナは、困ったような顔をしながら少し嬉しそうに呟く。


 その後、数箇所に罠を設置して後、来た道を戻る事になる。


 「アルフィーナさん、別の方から帰りませんか?もしかしたら食材があるかも知れないので」


 しかし、どうせ戻るなら少しでも食料を確保したいので少し遠回りする事を提案する。


 「ふむ、まあ良いじゃろう、私がおれば迷う事もないからのう」

 「ありがとうございます」


 アルフィーナが承諾してくれたので礼を言って別のルートに足を向ける。


 しかし、何でアルフィーナさんが居ると道に迷わないんだ?


 疑問に思ったが、すぐに食材を見つけるため注意深く周囲を見回して先に進む。


 「おっ、実がなっている」


 すこし先の方に赤や緑の粒が実っている木を見つける事が出来た。


 「おおっ!これはもしかして!?」


 近づいて実を手に取って観察してみると、前に似たような実を見たのを思い出す。


 「なんじゃ?食べられる実なのか?美味いのか?」


 後から付いてきたアルフィーナが、旨い食べ物なのか目を輝かせながら俺に質問してきた。


 「食べ物ではありますが、これは香辛料です。俺の居た世界では胡椒と言われていたんですが、普通はもっと暖かい気候で育つし実の収穫はもっと後はずなので……もしかしたら品種が違うか全く別の物かもしれませんね」

 「ほう、胡椒とな、しかし、ただの臭い付けか……」


 香辛料と聞きアルフィーナは落胆して肩を落とす。


 「ええ、でも良い匂いですし辛味もあるので色々な料理に使われます。物によってはラーメンにも使ったりしますよ」

 「なんじゃと!らーめんじゃと!それを早く言うのじゃ、根こそぎ持って帰るのじゃ」

 「え、ええ、でも今回は胡椒かどうか確かめるため、赤い実と緑の実を少しだけ持っていきましょう」


 ラーメンと聞くと、実を根こそぎ持って帰ろうとするアルフィーナに若干引きつつ今回は確認のため実を少量採取する。


 木の家に辿り着くと、早速採取した胡椒処理に取りかかる。

 まずは、魔法を使って緑の実をそのまま乾燥、赤い実の方は、種を取り出して乾燥させる。

 乾燥がまだ不十分なのだが、白と黒の粒状の物が出来た。

 とりあえず今は使わないから自然乾燥と、後で確認するのも含めて家の中に収納しておく。


 「次は何をするのじゃ?」

 「そうですね、まずは、家を建てる場所の確保ですね。さて、どこに立てるのが良いか……」

 「なんじゃ、建てるのならその辺でよかろう」


 俺が家を建てる場所に悩んでいると、アルフィーナは木の家の脇を指差した。


 「えっ!良いんですか?」

 「うむ、構わん構わん」


 木の家の側では、迷惑だと思い離れた場所に建てようと思っていた。

 しかし、アルフィーナはちっとも迷惑と思っていないらしく直ぐ側に立てるように指示してくる。


 「分かりました。あとは、大きさをここから……この辺で良いか」


 アルフィーナが了承してくれたので、最初に木の枝を立てて家の寸法を決める。

 俺は自分の部屋6畳分、台所、風呂、トイレを合わせ6畳の計12畳分を考えていたので、幅3.6m、奥行き5.4mの場所に枝を刺す。


 「なんじゃ、こんなに小さいのか!ええい、小さすぎるのじゃ!」


 アルフィーナは、俺が作る家の大きさに不服らしく刺さっていた枝を引き抜き想像していた家の大きさを変えていく。


 「ここと、ここと、ここ!このぐらいの大きさにするのじゃ!」


 最終的にアルフィーナが指定してきた家の大きさは、当初計画していた12畳の家が、何倍もの大きさになった。


 「え?こんなに大きくするんですか?」

 「そうじゃ、あれでは私の部屋が無いでわないか!」

 「え?アルフィーナさんの部屋も作るんですか?」

 「当たり前ではないか!」


 俺の住む場所だけかと思いきや、アルフィーナは自分の部屋を要求してきた。


 「当たり前ですか?」

 「そうじゃ!」

 「……そうですか」


 もう何を言ってもしょうがないと俺は先に折れる。


 「はあ、分かりました。部屋とか適当に作るんで、完成したら自分の部屋を選んでください」

 「うむ、よろしく頼むのじゃ!」


 腑には落ちないが、家を建てなければならないのでアルフィーナの指定する木の家の大樹に重ならない様に距離を取った位置に家を建てる事になった。


 まずは無詠唱魔法で建築予定地の草木を取り除いく。

 取り除いた草木は後で使うので隅の方に積み重ねて置き、次に地面に手を置いて土を固め地盤を固める。


 地盤を固めた後は、家の広さと間取りに合うように土を盛り上げ家の基礎部分を作った。


 基礎が出来たが、このままだと深部の地盤がどのようになっているのか分からない、もしかしたら底の方が柔らかくて家が傾いてしまうかもしれない。

 そのため50cm角、長さ10mの四角い柱を数十本作り地面に埋めると、基礎と繋いで地盤をより安定させた。


 次は、その基礎の上に取り除いた木を使って骨組みを形成していく。

 取り除いた木のほとんどが、歳を重ねた巨木だったのである程度の柱や筋交い梁などを作り出せたが、やはり若干足りなくなりそうなので周囲の木も引き抜いて使う事にした。


 「おや?この木は」

 「ん?この木かえ」


 周囲にある木を何本か取っていくと、俺がある木が気になったので近づいて観察する。

 するとアルフィーナは、俺が見ている木が気になったらしく近づいて俺の横に並ぶ。


 「ええ、たぶん山桜の木だと思うんですが」

 「ヤマザクラと言うのは分からんが、暖かくなった頃に、薄い赤色や白っぽい色の綺麗な花を咲かすのう」

 「へぇー」


 俺は枝を引き寄せて赤く色づいた葉っぱを観察する。


 うん、葉っぱの形にこの匂い、それと木の表皮は間違いなく山桜だ。


 「それにお主、私の家も同じ木じゃぞ、大きさが違うだけで」

 「えっ!?」


 アルフィーナの言葉に驚き木の家に目を向けると、今まで全く分からなかったが、そこには確かに大きな山桜の巨木がそびえ立っていた。


 「はあー、今まで全く気が付きませんでした」

 「うむ、恐らく魔素を取り込んだせいで、ここまで大きく育ったのであろう。他の木はここまで生長していないところを見ると、この木が特別に成長したのじゃろう」


 アルフィーナの言葉に頷きながら周囲を見回すと、いままで気が付かなかったが、結構な量の山桜の木が生えている事に気が付く


 「そうですね、とりあえず山桜はこのままで、邪魔になりそうな山桜があれば、別の所に植えようかと思います」

 「まあ、お主が作るのじゃ、好きにするが良いじゃろう」


 とりあえず建築するのに邪魔になりそうな山桜だけを移動させて家作りを再開させる。

 お昼近くになった頃には、すでに骨組みは完成していた。


 しかし、アルフィーナに言われるがままに建ててみたけど……まだ骨組みながらこれは、とんでもない大豪邸が出来るな……。


 「しかし、変わった家の造りじゃが、しかし、これは大きいのう」

 「アルフィーナさんが、この大きさにしろ!て言ったんじゃないですか!」

 「うむ!まあ気にするな、しかし、何日か掛かると思っておったが、半日でここまで作ってしまうとはなあ」


 驚きと関心が入り混じった様な表情のアルフィーナは、呆れにも聞こえる言葉が出る。


 「どれ、そろそろお昼なんで昼食の準備をしますね」

 「ん?食事なのか、分かったのじゃ」


 昼と言うことで、建築作業を一区切りさせて昼ご飯の準備をする。


 お昼は、まず冷蔵庫から捌いたナマズ取り出して魔法で身と骨を砕いてミンチにする。

 それを油を引いたフライパンで適度に焦げ目を付けながら中まで火を通す。

 ナマズは脂肪分が少なく油がほとんど出てこなかったが、その身が焼ける香ばしい匂いと残った油に醤油とマスタードを入れ温める。

 これを焼き上げたナマズにかけると、ナマズのつくね風和風マスタードソースかけの出来上がり。


 後は、小麦粉に塩一つまみ、砂糖小さじ1杯入れて混ぜ、そこへ水を加えて混ぜ合わせる。

 フライパンに油を引いて生地を焼き上げればナンが完成する。


 非常用の鞄からレトルトの甘口カレーを1個取り出してお湯で温めてから2つの器に盛り付ける。


 スープは、固形コンソメを入れたお湯の中に椎茸と野草を入れてコンソメスープを作ってみた。


 「アルフィーナさん出来ました。食べましょう」

 「おお、出来たか!どれどれ」


 木の家の机の上に料理を並べアルフィーナに声をかけると、アルフィーナはすぐに席に着いた。


 「それでは頂きましょう。「頂きます」」


 アルフィーナはもう手馴れたもので、俺と一緒に両手を合わせ頂きますをする。


 「むっ!なんじゃ、この黄色いのは?」

 「ああ、それはカレーです。この白いパンをちぎってカレーに付けえて食べて下さい」


 俺はナンをちぎってカレーに付けて食べると、見た目がアレなだけにアルフィーナも若干躊躇するが意を決めて口に入れる。


 「んん!複雑な味と匂い凄いのう。辛味と甘味が合わされ美味しいのじゃ」

 「それは良かった。カレーは向こうの世界でも人気があって俺も好きなんですよ」


 途惑ったのは最初だけで、美味しいと分かるとアルフィーナは夢中になってカレーを口に運ぶ。


 「んっ、これも美味いのじゃ!柔らかくて噛むと甘味が出てくるのじゃ、それにソースの辛味も合うのじゃ」

 「ナマズの身をすり潰したのを、油で炒めた物ですね。ここのナマズは、ぜんぜん臭くないですね、今度は天ぷらにしてみます」

 「テンプラが分からんが、楽しみにしているのじゃ」


 アルフィーナは笑みを浮かべながら、ナマズのつくねを頬張りコンソメスープで流し込む。


  食事も終わり、お茶で一息ついたところで俺は午後の予定をアルフィーナに話す。


 「ふむ、材料とは、どんな物じゃ」

 「えーと、アルフィーナさんこの辺の近くで白っぽい砂を見たことは無いですか?」


 必要となる材料に心当たりが無いかアルフィーナに問いかける。

 俺が欲しい材料はケイ砂、ガラスの原料となる物だ。


 「うーむ……、白い砂はそこらじゅうにある様な無い様な……、しかし何に使うのじゃ?」


 アルフィーナは、眉を寄せしばらく考えたが、普通の生活の中でそこまで意識して砂を見ている訳ではないので曖昧に答える。


 「えっと、ガラスを作ろうと思って」

 「ガラス?」

 「はい、透明な水晶の様な物です。水晶より割れやすいですが」

 「おお、アレか!」


 俺が大まかなガラスの説明をすると、アルフィーナはガラスに心当たりがあるらしい。

 どうやらこの世界にもガラスは存在するらしい。


 「私が逃げた王国にソレらしい物があったのじゃ、かなり高価な代物じゃったと記憶しておるぞ」

 「あっ、こちらでもガラスは作られてるんですね」

 「ああ、じゃがの庶民では手が出る代物ではなく、城の明かりに使われておったのう、製造方法は国が管理しておったから分からんが」

 「ほー、そうだったんですか」


 アルフィーナは、数百年もの昔、王国にいた頃の事を思い出しながら話す。

 聞くところによると、どうやらガラスの製造は国家によって独占されているようだ。


 そういえば地球でも同じ様に時の権力者にガラスの製造、販売を独占されていた歴史もある。


 「ケイ砂が無ければ、そうですね、アルフィーナさん白色が多く見られる斑色の岩を見たことは無いですか?」

 「ふむ、それなら山の方の川に在ったはずじゃ、それもガラスの材料になるのかえ?」

 「はい、花崗岩って言ってその中にもガラスの材料が含まれるんです」

 「ほう、岩がのう」


 俺がケイ砂の成り立ちを説明すると、アルフィーナは感心するように頷いて聞く。


 「ええ、その岩が砕けたりして砂になったのが、ケイ砂です」

 「ほうほう、なるほどのう……ふむ、では早速川にでも行くとするかの」


 アルフィーナは、俺が説明した花崗岩と思われる岩がある川に歩き出す。

 近くの小川ではなく、山の方へ向かっているようだ。


 30分ほど森を掻き分けて歩くと、水を取っている小川とは比べようも無いくらいの川が姿を現した。

 川幅20mはあろうかという川の両岸に岩が散乱しており草木の浸食をそこで押し止めている様な感じだ。


 「ここじゃ、ほれ白色の斑の石じゃろう?」


 アルフィーナが、川岸にある石を指差し確認してくる。


 「おお!そうですね!確かに御影石です」

 「ん?カコウガンでは無いのか?」

 「あぁ、いえ、花崗岩であり石材では御影石と言われる岩です」


 川辺には、見渡す限りに花崗岩が敷き詰められており、数cmの小さい物から数mはあろうかと思われる大きな岩の花崗岩が大小さまざま転がっていた。

 これだけ大量にあれば、家の窓ガラスだけではなく色々と使える。


 「よし!じゃあ始めます」

 「うむ、私は離れて見ておるのじゃ」


 俺が腕を捲って作業を開始すると、アルフィーナは少し離れた位置の岩に腰を下ろし俺の作業を眺める。


 「まずは、花崗岩から石英を取り出すか」


 俺はそう言うと、大小さまざまな花崗岩を魔法で粉々にして粉末状にすると、更に魔法で粉末をふるいにかける様に石英のみを取り出して繋ぎ合わせて一つの塊にする。

 魔法で石英のみにしたその塊は、このままガラスとしても使えそうなほど綺麗な水晶体になっていた。


 「次は、えっと」


 ガラス作りにケイ砂が必要だったのは覚えていたが、他の材料がうろ覚えだった。

 他に必要な材料を思い出すため、高校の時に受けた授業を記憶の中から引っぱり出す。


 しかし、俺はここで石英は2000℃以上の温度で溶融できるという単純なミスに後で気付くことになる。

 もっとも、この方法だと不純物が多いため使い物にはならないと、向こうの世界での常識だったが、こちらの世界には魔法があるので簡単に除去できる。


 「たしか、炭酸ナトリウム……ソーダ灰だったな」


 ソーダ灰は、工高の化学でよく使った物なので作り方も分かっていた。


 「ソーダ灰には、石灰石が必要なんだよなー、たしかコレも石に入ってたはず」


 俺は石英を抜いた粉末を同じ様にふるいにかけて石灰石を取り出す。

 取り出した石灰石が、十分な量が確保できなかったので他の岩を潰しそこから石灰石を取り出した。

 石灰石も石英と同じ様に一つの塊にする。すると彫刻にも使える真っ白の石柱が出来上がった。


 「うーん、あとはアンモニアと食塩を使って石灰石を炭酸ナトリウムにするんだけど、どうしよう……」


 どちらもこの世界で取れる物だとは思うが、再利用するなら2つを使ってソルベー法で作るんだけど、今は炭酸ナトリウムだけが必要なので考える。


 「石灰石のカルシウムをナトリウムに置き換えてみるか」


 炭酸カルシウムも必要なので石灰石の一部を使うことにした。

 俺は魔法を使って周囲からナトリウムを集めて石灰石に取り込む、それと同時に石化石のカルシウムを取り出す。


 どうもこの化学結合を変える魔法の魔力消費は、砕いたり切ったりするよりは多く使われた様な気がする。

 しかし、形成と変わらない魔力が消費されたような感じなので気にせず放置して次の作業に入る。


 「さてさて、ソーダガラスを作りますか」


 高校でガラスを作ったのは何時だったろう、確か炭酸ナトリウムで石鹸や洗剤を作った時かな?そういえば炭酸ナトリウムってかん水にも必要だったと思う。


 ふと、アルフィーナに目をやると、ずいぶんと熱心に俺のガラス作りを見ている。


 「いかんいかん」


 頭を振り雑念を振り払い作業を再開する。

 ただ、かん水用に炭酸ナトリウムは少し取っておく事にしよう。


 魔法で3つの材料を混ぜ合わせそのまま1000℃まで加熱していく。

 熱せられて材料が飴色なったのを確認出来たら今度は、熱を逃がし常温にすればガラスの完成だ。

 本来ならもっと色々な機材や薬品を使わなければならないが、全て魔法を使うことで解決できた。


 本当に魔法は便利だな~。


 「アルフィーナさん出来ました」


 アルフィーナに完成を告げると、俺の近くまで来て出来たてのガラスを覗き込む


 「ふむ、透明で綺麗なガラスなのじゃ、しかし……大きくないかえ、このガラスは、私が王国で見たものは、もっと小さかったのじゃ」


 そう、アルフィーナが覗き込んでいるガラスは、大岩に見えるぐらいの大きなガラスの塊だった。


 「はい、使う時は薄くしたりしますが、今すぐ使うわけではないので一塊にしました」

 「なるほどのう……、しかし、あっと言う間に出来たのう」

 「魔法を使ったからですね本来は、色々な工程が入って時間も掛かるんですよ」

 「それでもじゃ!お主がその工程を飛ばせるだけの知識があったから魔法で作れたのじゃ、知識とは大切なものじゃ」

 「ええ、そうですね」


 アルフィーナの言う“知識は大切”に俺は素直に同意する。

 魔法が使えても知識が及ばなければ何も作り出す事は出来ない。

 知識と経験、それと魔法があったからこそ作れたんだ。


 「さて、ガラスを運びますか」


 そう言って魔法をガラスと炭酸ナトリウムに使う。


 イメージは、大地に引き付けている重力をゼロにし浮かばせる感じだ。


 魔法を発動させると、見事にガラスと炭酸ナトリウムの塊は浮かんだので家に運ぶ事にする。

 ただし、この魔法のデメリットは、術者が絶えず魔力を使って魔法を使うだけではなく浮かべるイメージを絶えずしなければならないのでイメージを継続させる方が大変だった。


 家に帰る途中で木の表皮から流れ出た白色の樹液が、垂れて下がって固まっていた。

 何だろうと?と思い手で引き剥がしてソレを見てみる。


 「まさか……ゴムなのか?こんなところに?でも胡椒みたいな物もあったし、もしかしたら……」

 「なんじゃ?その白い物は?食べるのか?」


 アルフィーナには、俺が見つける物全て食べ物に関するものに見えるらしい。


 まあ、半分は当たっているが……。


 「いえ、ゴムと言ってこんな感じに伸縮するんですよ」


 俺はアルフィーナの前で手に持っている白い樹脂を伸ばしたり縮めたりして見せる。


 「なるほどのう、しかし何に使うのじゃ?」

 「うーん、一言では言い表せないのですね。色々な物に使われますから、一例としては、この靴底の部分がゴムで出来ています。歩いている時の地面の衝撃を吸収してくれます」


 自分が履いている靴の裏面を見せてアルフィーナに説明する。


 「あとは、粘着剤の材料にもなります」

 「ほーなるほど、色々と便利な物なのじゃな」


 アルフィーナは、感心しながら俺の持っている樹脂を手に取り同じく伸縮させて頷いている。


 「ゴムだとは思うんですが、とりあえず集めておこうと思います」


 俺は魔法で数本の木の表皮に斜めに切り込みを入れる。

 いわゆるタッピングという作業であまり切込みが深くならないように注意して作業をしていく。

 次に切込みの一番下の部分にロート状の板を取り付け流れる液が樹皮の表面から離れた位置に滴下する様にした。

 最後に滴下する先に魔法で樹脂を貯めるための桶を作り出す。


 「ん~、思ったより樹液の出が良いな」


 本来のゴムの木ならば夜が明けない内からタッピングを行なって午前中で樹液を回収する。

 日が出ていると葉っぱから水分が蒸発して樹液が出にくいのだ。

 しかし、この世界の木は日中でも樹液の出が良いように見える。


 どの位の量が取れるか分からないので明日の朝にでも確認しに来て見よう。


 「まあ、どのぐらいの樹脂が取れるかは、明日にしましょう」

 「ふむ、しかしこの樹液を集めて次はどうするのじゃ?」

 「ゴミ等を取り除き、酸と言う薬品を入れれば固まるんですが……たしか、疲れ予防とか色々と便利だからってクエン酸を貰っていたはず」


 アルフィーナにゴムの製作の方法を教えながら、貰い物の中にクエン酸が入っていることを思い出す。

 アルカリ性のゴムの樹液に酸性の物を入れれば良いだけなので問題ないはずだ。


 「ふむ、まだまだ手間が掛かるのじゃな」

 「ええ、他にも性質によって薬品も使い分けなければいけませんし……まあ今日中には、どうにも出来ませんから帰りましょう」


 樹液採取はこのまま放置することにして家に帰る。


 家に到着すると、運んできたガラスの塊を建築現場の近くに置き炭酸ナトリウムは、石の容器を作ってその中に密閉する。

 一通りの作業が終わる頃、頭上の太陽がだいぶ傾いていた。


 「だいぶ日が傾いたので今日の家作りは、この辺で終わらせて罠の確認に行ってきます」

 「うむ、もちろん私も付いていくぞ!」

 「えっ、来るんですか?罠を確認するだけですよ?」

 「もちろんじゃ!」

 「まあ、アルフィーナさんが、それで良ければ構いませんが……」


 ただの罠を確認しに行くだけなので一人で十分なのだが、なぜかアルフィーナも一緒に行くことになった。


 何か面白い事でも起こる訳でもないのに……。


 森の中に入り落とし穴を設置した場所を一箇所一箇所確認する。

 次々と確認していくが、何も掛かっておらず地面は平のままだった。

 しかし、最後の落とし穴を作った場所の地面が陥没していた。


 「お!」


 穴が空いていることに期待を込めて穴に近寄る。

 穴の中を覗き込むと、中には体長が120cmほどの猪っぽい生物が掛かっていて口から泡を吹き激しい鳴き声を上げもがいていた。


 「猪……いや、イノブタのようだな」

 「ほう、かかっておったな!」


 俺が穴に落ちた生物を観察していると、アルフィーナも近寄って穴を覗き込んできた。


 「アルフィーナさんは、この生き物を知ってますか?」

 「いや、すまんのあまり出歩くことが無かったので魔界の生き物については詳しくは知らんのじゃ」


 アルフィーナが魔界に辿り着いた頃には、もう食を必要としていなかったので近くの生態系には疎いようだ。


 「いえ、気にしないで下さい。俺の知っている動物に近い様なので問題ないと思います。あとはコイツを生け捕りにしますね」

 「うむ、で!どうするのじゃ?生け捕ると言うのじゃから殺すのではないのじゃろ?」

 「大丈夫です!こうします」


 生け捕る方法について聞いてくるアルフィーナに笑顔で答えると、手をかざして魔法を発動させ周囲に群生する蔦から繊維を取り出し結って太めの荒縄を作り出す。


 落とし穴の近くに手頃な大きさの木が生えていたので、出来た荒縄を太い枝に半周させ片側を持つ。

 荒縄のもう片方に輪を作りイノブタの後ろ足に引っ掛けて強く引くと、荒縄はイノブタの後ろ足を締しめ上げて行動を制限した。

 後は木と自分の体重を利用してイノブタを吊り上げる。

 吊り上げた状態で残りの足を纏めて縛り上げると、イノブタは一切の身動きの取れなくなりただ鳴き声を上げるだけだった。


 落とし穴を魔法で仕掛け直した後、イノブタの縛り上げた足に肩を通し持ち上げる。

 90kgは有るだろうか、なかなかのサイズの獲物なので腰に気合入れて持ち上げる。


 「よいしょっと、じゃあ帰りましょうか」

 「うむ、そうなのじゃが……」

 「?、どうしたんですか?」


 アルフィーナは、俺の事を不思議そうに見ているので、思い当たるところが無い俺は、何か質問があるのかも知れないので聞き返す。


 「うむ、のうマサキよ……」

 「は、はい!」


 初めてアルフィーナに名前を呼ばれたので俺は一瞬固まる。


 「うむ、お主魔法を使えるじゃろ?」

 「ええ、使えますけど」

 「何故その生き物は、魔法で運ばずに自力で持ち上げて運ぶのじゃ?」

 「ああ、これですか!」


 名前を初めて呼ばれいったいどんな質問が飛んでくるのか身構えたが、質問の内容に直ぐに氷解する。


 「これはですね、昔、祖父母から、なまけるな!出来る事は自分でする!と言われていたので、自力で出来る事は自分でやろうと思いまして……、何か魔法ばかりに頼るのはなまけている様に感じられたので」

 「ほう、確かに怠けるのは良くないのう、しかし、私は魔法も自力だと思うがのう」

 「そうですね、でも、この獲物の運搬ぐらいは自分で運ぼうと思ったんです」

 「なるほどのう、うむ、良く分かったのじゃ」


 アルフィーナは、俺の答えに納得してくれたようで数回深く頷いて笑顔になる。


 「では、私も手伝おう!」

 「えっ!」


 俺は驚きの表情でアルフィーナを見る。


 「い、いえ大丈夫です。これくらい自分で運べますから!」

 「む、そうか……」


 ありがたい申し出だが、アルフィーナの細い体では力不足感は否めない。

 アルフィーナの手伝いを断りイノブタを持ち上げて今度こそ帰ろうとする。


 「ん?」


 イノブタを担ぎ帰ろうとすると、進行方向の木と藪の暗がりの中に真っ白く大きなものが、目に入ったので何だろうと思い目を凝らす。

 よく見るとその白い物は、俺の身長ぐらいありそうな巨大で真っ白の狼?見たいな生き物で静かにこちらを伺うように見ていた。


 「うわ~大きいな」

 「ん?どうしたのじゃ?」


 俺が何かに気を取られた事に気付きアルフィーナが近づいてきた。


 「ええ、アレなんですが……なんですかね?」


 俺もあんなに大きな狼を見た事がないので指を差しアルフィーナ視線を誘導する。


 「ほお、聖獣せいじゅうではないか!めずらしいのう、こんな所に現れるとは……」

 「聖獣ですか?」


 初めて聞く単語にアルフィーナから説明してもらいたくて聞き返す。


 「うむ、普通の獣と違い魔力を宿す獣と言われている。詳しくは分からんのだが、その体躯は大きく色々な特徴能力を持っており魔法も使えるのじゃ、龍などもそれに含まれているのじゃ」

 「へー、龍がいるんですか」


 俺の中で、魔法もある異世界なんだから龍ぐらい居るでしょう!と理由もない確信していた。


 「うーん、なんでここに居るんでしょう?こいつの臭いで寄って来たのでしょうか?」


 肩に担いだイノブタを指してアルフィーナに質問してみる。


 「いや、どうもあやつは、お主に興味がある様じゃぞ、聖獣は魔力を宿しておるから大方お主の魔力に引かれたのじゃろう」

 「俺の魔力ですか!?」


 もう一度、聖獣の方に目を向けると確かに俺の事をジッと見ている。


 「ふむ、じゃあちょっと行って来ます」


 アルフィーナにそう言うと、イノブタを地面に下ろし聖獣の方に近づいて行く。


 「おっ、おい?!無闇に近づくなっ!」

 「ん~、たぶん大丈夫だと思います」


 アルフィーナの注意に笑みを作りながら返事を返す。

 なぜかこの狼から殺気と言うか拒むような気配が感じられない。

 それと俺自身も不思議と狼の事が怖いと思っていなかった。


 「どうした?俺に何か用があるのか?」


 ゆっくりとした動作で聖獣の前に立ち右手出してゆっくりと聖獣の顔に近づける。

 聖獣は出した俺の手をスンスンと匂いを嗅いで確認しているようだ。

 警戒している訳でもなく嫌がってもいないので出した右手を聖獣の頬に当てて優しく数回撫でてそのまま頭へ移動させて撫でる。


 「クーン、ワフッ!」


 聖獣は撫でられるのが気持ち良いのか嬉しそうに目を細めて尻尾をブンブンと振りまわす。

 急に立ち上ったかと思うと、今度は撫でてくれたお礼とばかりに大きな舌で俺の顔を舐め回し始める。


 「おっぶぷぅ!よ~しよし、分かった分かったから、アルフィーナさん大丈夫みたいですよ!」


 聖獣に特に問題が無さそうなのでアルフィーナを呼ぶと、ほっと胸をなでおろした様な表情をして近づいてきた。


 「まったく、心配させおって」

 「すいません、別に警戒している感じじゃなかったので」

 「そ・れ・で・も、じゃ!」

 「はい、今度から気を付けます」


 アルフィーナもさすがに怒ったようで柳眉を逆立てて、もっと注意を払う様に言ってきたので言い訳をせずに謝る。


 「さて、どうしましょう?この子」


 聖獣は俺が撫でるのとあせる様に嬉しそうに尻尾を振る。


 「どうすると言われてもな、本人に聞いてみればよかろう」

 「聞く?」


 アルフィーナの言葉が理解できずに聞き返す。


 「うむ、聖獣のどの者なら高い知能を有しておるから言葉を理解しているのじゃ、もっとも喋れるかは分からんが」

 「頭良いんですねー」


 なるほど聖獣とは、魔法も使えるし高い知能を有しているらしい。


 「えっと、じゃあ、俺に何か用かな?」

 「キューン」


 とりあえず頭を撫でながら聖獣にようを聞いてみる。


 しかし、どうも言葉は理解できるようだが、自身の意思を伝える方法が無いようで尻尾が地面に落ち耳が垂れて悲しい表情をする。


 「うーん、分からないな……」


 聖獣と意思の疎通が出来ないので悩むが、とても今すぐには解決策は見出せない。


 「おい、もう日がだいぶ傾いておるぞ!」


 アルフィーナの言葉で意識を戻すと、たしかに太陽が夕日に近い位置まで移動していた。


 「あー、もう、こんな時間ですか、ゴメンな、もう帰らないといけないから明日にでも俺のところに来てくれるか?」


 聖獣の頭を撫でながら明日来るように言うが、聖獣は撫でられ嬉しそうにして一向に帰る気配が無かった。


 「じゃあ、アルフィーナさん帰りましょうか」

 「う、うむ、良いのか?」

 「う~ん、また、明日にでも聞いてみますよ」


 仕方が無いので聖獣はここに置いて帰ることにする。

 イノブタを持ち上げようとイノブタの方を向くと、聖獣がイノブタの足に巻かれた縄を器用に咥え持ち上げていた。


 「あーちょっと待って!持っていっちゃダメだよ」


 俺は慌てて聖獣を止めようとするが、聖獣はイノブタを持ち上げた状態で俺を見つめたまま微動だにしていない。


 「うん?もしかして持ってくれるのか?」


 聖獣はイノブタを咥えているので頷く事で肯定の意思を示してきた。


 「そうか、ありがとな」


 お礼を言い優しく頭を撫でるやと、嬉しそうに尻尾が勢い良く振られる。


 「それじゃ、行きましょうかアルフィーナさん」

 「ん?何じゃソイツも連れて帰るのか?」


 聖獣を差して木の家まで連れて行くのか聞かれる。


 「ええ、ここに一人じゃ可愛そうですから」

 「ふむ、まあ、その辺はお主に任せるのじゃ」


 アルフィーナは納得して俺の判断に一任してくれた。


 「では、帰りましょう」


 出発の言葉とともに俺は1人と1匹を連れて木の家の方に向かって帰路に就く。


 「それじゃ、その獲物はこの上に置いてね」


 家に戻ると、聖獣に調理台の上にイノブタを載せてもらう。

 どうもイノブタが大人しいと思ったら聖獣を見て泡を吹いて失神していたようだ。


 「どれ、さっさと解体しますか」


 木の家の荷物から包丁を持ってきて腕を捲りイノブタの解体を始める。

 昔、祖父母の家に居た頃に近所にマタギの爺さんが暮らしていて祖父母とは、とても仲が良く祖父と俺をよく一緒に猟に連れて行ってくれた。

 その時に獲物の解体を手伝っていたので今回も問題なく解体できると思う。


 まずは、魔法でイノブタを逆さにして首の動脈を風魔法で切りつける。

 すると血が勢い良く噴き出してくるので桶に全て受け止めて血が固まらないように掻き混ぜて泡立てる。


 包丁で表皮を掻き取り一応念のため毛が残らないように火の魔法で表面を軽く炙る。

 その後は、逆さに吊るし内臓を取り出した後、風の魔法で縦に真っ二つにした。


 臓器類はそのまま焼いても美味しそうだ。

 しかしソーセージの材料に使うのである程度残しておく。


 お肉は、皮や油それと骨の部分を切り離し部位ごとに分けると、あっとイノブタの解体が終わる。

 普通は半日以上かかる大変な労働なのだが、魔法を使うことでまったく時間がかからなかった。


 解体も無事終わったので今度はソーセージ作りに取り掛かる。


 木の家からソーセージに入れる調味料の塩と砂糖を荷物から取り出す。


 「あとは……胡椒っと、そうだ!アレはどうだろう?」


 俺は午前中に閉まって置いた胡椒と思われる実を取り出すと、少しだけ粗く砕いて一口舐めてみる。


 「うん、やっぱり胡椒だ!」


 まさか、こんな気候で育っているとは思っていなかったので思わぬ発見に喜ぶ。


 「よし!残りの胡椒も砕いて早速ソーセージに使ってみよう!」


 適当なお肉をミンチにして塩と砂糖と黒胡椒を入れて練り合わせる。

 練り合わせた物を魔法で腸が裂けない様に詰め込んで等間隔で巻いていく。

 一般的に日本でよくイメージされるオーソドックスなソーセージが完成した。


 同じ様にイノブタの膀胱にも肉を詰め込む。

 これは日本ではあまり見ないハムの様な大きさのソーセージだ。


 次に心臓と腎臓を細かく刻んだ物に血を混ぜてイノブタの洗浄済みの胃袋に詰め込む。

 こちらも日本人には、あまり馴染みの無い血のソーセージが出来上がる。


 あとは鍋で煮込むのだが、手持ちに深鍋が無かったので魔法でお湯を作りその中でソーセージと胃袋を煮込んだ。

 ただソーセージは全部煮込まずに後日のためある程度は残して置く。


 モツは一度煮込んだ後にラードを引いたフライパンで炒めて塩で味付けにし、肝臓は同じくラードを引いたフライパンでよく炒め醤油とみりんと砂糖で作ったタレを絡め甘辛くした。

 少量だが肉も炒めて塩胡椒で味付けした物を用意してみた。

 これは、内臓ばかりではなく肉自体の味見も兼ねている。


 残りの肉は、熟成させるためソーセージと一緒に冷蔵庫の中に入れて置く。


 パンの代わりに昼と同じ様にナンを焼き上げて木の家に運ぼうとすると、外に置いておいたガラスの塊がちょうどテーブル代わりになりそうだった。


 「今日はまだ明るい、どうせなら外で食べよう!」


 木の皿に盛り付けた料理をガラスの上に並べる。

 俺とアルフィーナだけではなく、聖獣用に大きい皿を用意してその中に纏めて盛ってあげた。


 「なんじゃ、今日は外で食べるのか?しかもこやつも一緒に?」

 「はい、まだ明るいですし、この子、えーと……名前なんだっけ?」


 アルフィーナに外で食事をすることを言おうとした時、俺は聖獣の名前を知らないのに気付く


 「なあ、名前は何ていうんだ?」


 ガラスのテーブルの前にちょこんと座っている聖獣の前まで行き名前を聞くが、聖獣はどういう訳か首を傾げたあとに左右に首を振る。


 「もしかして名前無いのか?」

 「ワン!」


 どうやら正解らしくこの聖獣には名前が無いらしい、これでは、オイとか、お前とか呼ぶしかないがそれでは可愛そうだ。


 「アルフィーナさん、どうしましょう?」

 「どうしましょうと言われてもなあ、お主が連れてきたのじゃ、名前が無いのなら、お主が名前を付けてやるのが良かろう」

 「俺が……ですか!?」


 アルフィーナの提案に驚いたが、たしかに俺が連れてきたんだし責任は取らないとな!さて、どうしよ……。


 「俺が名前を付けても良いかい?」

 「ワン!」


 聖獣に聞いてみると、俺に向かって一声鳴きし嬉しそうに尻尾を振り俺を見つめる。

 どうやら承諾しょうだくしてくれたらしい。


 「じゃあ、どうしようかな……」


 俺は顎に手をやり聖獣の名前を考える。


 名前、名前……どうしよう、ポチは他に使われている様な気がするし、性別が分からないから安易なに付けられない。


 考えながら聖獣を眺めると、聖獣は座って尻尾を振りながら俺が名前を付けるのを待っているようだ。


 しかし、白いなー真っ白だ…・・・ん!まっしろ、ましろ、真白!


 「よし!お前の名前は真白ましろだ!」

 「ワン!」


 真白は名前が気に入った様で尻尾をブンブン振りながら俺に身体全体を擦り付けると、今度は顔を舐めてきた。


 「よしよし、分かった分かった」

 「ほう、真白と付けたか、何と言うか安直じゃな」


 興奮する真白を落ち着かせるために宥めていると、アルフィーナが率直な意見を言ってきた。


 「良いじゃないですか、ダメですか?」

 「ふふふ、まあ良いではないか、そやつも気に入ったようだしのう」


 顔を赤くしてアルフィーナに抗議すると、アルフィーナは微笑んで答える。


 「さあ、食事にしましょう」


 話を変えるのと、温かい内に食事をするためアルフィーナを促す。

 ちなみに椅子は、魔法で作ったもので木を使って四角い形に組んだ椅子だ。

 中学校時代に図工の部屋に置いてあった椅子を想像しながら作ってみた。


 アルフィーナと俺が椅子に座り、真白は地べたにそのまま座る。

 真白は大きいので地べたに座ってもテーブルの上にのる食事も問題なく食べれる。


 「さあ、食べましょう」

 「「いただきます」」「……ワフッ!」


 アルフィーナと俺が食事前のいただきますを言うと、真白は一瞬驚いた表情を見せるが、食事の前の挨拶とすぐに理解して短く吠えた。


 食事が始まると各々思い思いに肉を取って口に運ぶ。


 俺はまず始めにソーセージを箸で取り上げ口に入れ噛み締めた。

 パリッと良い音が鳴ってソーセージが噛み千切られると、中から熱々の肉汁が染み出してくる。

 熱々のソーセージを咀嚼すると、胡椒の良い匂いと辛味、それに塩のしょっぱさが良い塩梅で口の中に広がっていく。


 「うん、美味しい」


 大学で作った以来の久しぶりのソーセージ作りだったが、臭みも無く美味しいソーセージが出来たのは嬉しい。


 次に他の肉や内臓に箸を移す。

 どれもこれも噛む度に肉汁が溢れ味付けも丁度良くて美味しかった。


 アルフィーナも真白も美味しいためか無言で肉を口に運んでいた。


 一通りの料理をお腹に納めた俺は、大事な事に気付く溜息交じりの言葉が出る。


 「……野菜が足りない」


 そう、野菜が圧倒的に足りないのだ。

 申し訳ない程度に野草の炒め物が添えはしたが、肉料理が大半を占めていて全体的に茶色。

 料理と言うのは彩色豊で、野菜にお肉それにお米とバランスの良い食事が俺は好きだった。

 こんな茶色で埋め尽くされた料理を見ると、美味しいのだが残念で仕方が無かった。


 「アルフィーナさん」

 「ん?なんじゃ?」


 出された料理を完食し口元を拭いて満足気にお茶を飲むアルフィーナに話しかける。


 「料理を見て気付いたんですが、野菜全然足りないんですよ」

 「ほう、野菜のう……」

 「ええ、ですから家を作ったあとで畑を作りたいと思います」

 「ふむ、畑……のう」


 俺が畑作りを提案すると、アルフィーナは顎に手を当て何か思案しているみたいだ。


 何か思うところが有るのだろうか?


 「ダメですか?」

 「うん!ああ、いや畑作りは構わんのじゃが、ちょっとな……いや、何でも無いのじゃ、構わん。作るが良い!」

 「ありがとうございます。じゃあ、近いうちに畑も作ってみようと思います」


 アルフィーナの答えに少し歯切れの悪さを感じたが、すぐ承諾してくれたので気にしてもしょうがない。

 食事が終わったので食器を洗い乾燥させるため席を立つと、日も暮れてすでに夜になっていた。


 「どれ、私も手伝うのじゃ」

 「え!?アルフィーナさんも?」

 「うむ、食べさせて貰うばかりでは、心苦しいからのう」


 食器を洗うのは特に手間ではなかったが、せっかくアルフィーナが申し出てくれたのでありがたく受けることにする。


 「分かりました一緒にやりましょう」


 食器を洗い終え乾燥させると、日はとっくに暮れて夜になっていた。


 「もう夜か……昨日の湯浴みの場所はどうしたのじゃ?」

 「ああ、あそこは朝早くに元に戻しておきました」


 昨日作った風呂は、朝の内に壊して元の地面に戻しておいた。


 「ぬ、そうなのか、今日の湯浴みは無しか……致しかたないのう」


 アルフィーナは風呂が気に入ってくれたようですごく残念そうにしている。


 「すいません、明日がんばって作りますから」

 「うむ、分かったのじゃ!よろしく頼むのじゃ!」


 明日、風呂を作ると言うとアルフィーナは満面の笑みで喜ぶ。


 「私は、もう寝るのじゃ」

 「はい、俺も顔を洗ったら寝ます」

 「うむ」


 俺の返事に頷くと、アルフィーナはスタスタと木の家に向かって歩って行く。

 俺も水で顔を洗い、歯を磨いたあと濡れタオルで体を軽く拭いて就寝のため木の家に向かう。

 すると後ろの方にどうも気配みたいなものがあるので振り向く。


 「ん?」


 そこには、真白が尻尾を振りながらこちらを見ている。

 常に俺の後ろに付いて静かにしていたので忘れていた。


 「あっ、真白お前はどうしよう……」


 木の家の入り口は真白が入るには幾分狭そうだ。

 もし入れたとしても真白の巨体では、大きすぎて部屋の大部分を占拠してしまう。

 だからと言って意思疎通出来る者を外にいさせるのは、あまり気分の良いものではなかった。


 「んー……、お前の体の大きさが、普通の狼位ならあの家に入れるんだが……」


 頭を巡らせて考えてみるが、良い案が思いつかないのでつい愚痴が口からこぼれる。


 「ワン!」


 俺の言葉に真白は反応して一声鳴き声をあげると、真白の身体がうっすらと光ったかと思うと急激に縮んでいく。

 あっと言う間に縮んでいき、真白の大きさは動物園とかで見る狼の大きさなった。


 「おぉっ、すごいな、真白大丈夫か?窮屈じゃないか?」

 「ワン!」


 真白の大きさの急激な変化に若干心配になったが、どうも杞憂だったらしく真白は尻尾を振りながら元気良く吠える。


 「そうか偉いな」

 「クーン」


 俺が真白の頭を撫で上げて褒めると、真白は嬉しそうに目を細める。


 「それじゃ中に入ろうか!」

 「ワン」


 木の家に向かって歩き出すと、真白は俺の後ろに付いて歩き出す。


 木の家の入口まで来ると、魔法で入口を開け真白と一緒に中に入る。


 「今日も色々有ったけど、明日も忙しいから、もう寝るよ」


 真白を一撫でしてから昨日と同じ様に床にタオルを敷いて荷物を枕代わりに、ジャケットは自分の体にかけ腕時計のアラームを昨日と同じ様にセットする。

 すると真白は俺が寝ようとしている事を理解したようですぐ隣に伏せて体を預けてきた。


 「ん?一緒に寝るのか?真白」


 真白の意図を確認すると、嬉しそうに尻尾を振り返事を返す。

 どうやら体をくっ付けて温めてくれるらしい。


 「ありがとな、真白……おやすみ……」


 真白に礼を言って目を閉じる。

 傍にいる真白の暖かい体温を感じていると、すぐに意識が深いところに埋もれて眠りに付く。

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