12. さあ、牙を剥け(3)

 ときの声を上げ、次々と斬りかかる。

 大の大人を三人くらいは平気で丸呑みできそうなくらいに膨れた魔物へと、向かっていく。

 一人が斬り、飛び退くと、その次の一人が。そしてまた、その次の一人が、と繰り返し。

――次、俺の番だから! ねぇ、菜々子ななこ

「うわあああああ!」

 声を張り上げ、真新しい刀を振り上げて突っ込む。

 ざくり、という感触が伝わってくる。

――スイカ割以上にキーモーいー!

 一度退いたところで、魔物がこちらを向いた気がした。

 ぐん、と魔物の腕が顔面に伸びてくる。

「ぎゃああああああ!」

 右に左に軍刀を振ると、刃の先が黒い腕を掠った。

「おい、危ねえ!」

 誰が言ってくれたのか。

 体が捻れ、石畳に顔から滑り落ちた。

 眉間と右の頬が焼けたような気がした。

――痛い!?

 声は出ない。

 目の前で短靴が石畳を打つ。それも一つ二つと続く。

 別の誰かの声が上から降ってくる。黒い塊が揺れて去る気配がした。

――俺、無事! 無事だから、ねぇ菜々子!

「南側に追いやれ!」

 遠く、隊長殿の声が響く。

「無茶はするな! 少しずつ削れよ!」

 ぼんやりと聴きながら、頬をペタリと地に付けていたら。

「はいはい、邪魔!」

 ぐっと腕を引かれ、ずずずと体が動いた。

 肩と腹が石畳を擦る。

「いでいでいで!」

「じゃあ自分で立って動いて!」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。声と手の主が同じ第五部隊の衛生兵と知って、颯太そうたはのそりと起き上がった。

「イタ……」

「顔二カ所、流血してるね。とりあえず、これで押さえといて。君の消毒は後回し」

「はい」

「戦力外は隊長のところまで後退」

 白いガーゼを渡されて、指差され、すごすごと歩く。

 言われた相手の正面まで来ると、柳津やないづ大尉はぶっと吹き出した。

「向こう傷はおとこの勲章だ」

 言われ、頷く。まぁいいか、と口元を緩めると、ズキッと顔が鳴った。

 隊長殿はすっと颯太の脇を抜け、前に出た。

「そのまま削れ! それと、伝令に走れる奴! 高辻たかつじ少尉を急かしてこい!」

 応じる声があり、三人が通りを駆けていく。

 颯太は目をパチパチ動かして、通りを見回した。

 路面電車が走る広い通りだ。真ん中に線路が敷かれ、両脇には延々と木造の建屋。人はその中に隠れてしまって、居るのは濃紺の肋骨服の見知った顔ばかり――かと思ったら。

 先程まで隊長殿が背にしていたところに人がいることを知った。

 先に目が行ったのは、何とも奇妙な一人。背は低く――颯太にかかれば皆低くなってしまうのだが――袖から覗く腕は枝のような少年。ぼさぼさの髪は白くけぶっていて、服はボロボロだ。顔を見たいと、のろのろ近寄って、その隣に立っているこれまた小柄な少女に気付く。

倖奈ゆきなじゃん!」

 頬に白布を当てたまま、声を上げる。彼女は大きな瞳を瞬いて、くしゃりと顔を歪めた。

「酷い傷」

「勲章だって」

 あはは、と笑ってみせる。無理矢理だけど笑う。倖奈も微笑んだ。

 その彼女の手には、白い花。

――それって。


 ここに来る途中で。

 行軍が一度止まった。

「ここが、魔物が折り返して行った地点です」

 なんとはなしに、そういう話で皆が足を止めてしまった。

「確かに花が咲いてるな」

 路肩の樹が、緑の葉と白い花をきらきらと風に揺らしていた。

「咲いてるのは木槿か?」

「いや…… 似てるけど、芙蓉だろう?」

「木芙蓉のほうが時季が遅いんじゃなかったか?」

「つーか、葉っぱを見ろ。五角形の葉っぱだと芙蓉だ」

「おー、本当だ」

 そんな声が交わされる中で。隊長殿がその木の前に動いて、花を一つ、手折ってしまったのだ。

 戻ってきた時には、口の端を上げていて。

「走るぞ。勝てるからな」

 ずしりと響く声で告げられた。


――この花に意味があるのかな?

 まだ隊長殿には緊張してる。だから、訊ねやすいほうに訊く。

「ねえ、倖奈」

「なあに?」

「それって……」

 と、空いた指先で示すと。

「おうおう。倖奈が咲かせた花じゃ」

 いきなり、隣が――細身の少年がにゅっと首を出してきた。

「え……」

 つん、と鼻の奥が疼く。それに構う間もなく、彼はにっと白い歯をのぞかせてた。

「倖奈が咲かせたんじゃよ」

「さ、咲かせた?」

「そう。『かんなぎ』としての力でな」

「か、かんなぎ……?」

「そう。神を和ませる者――『かむぎ』じゃ」

 一体、何を言ってるんだろう。頬がいろんな意味で引き攣った。

――意味がわからない。ねぇ、菜々子!

 呻いた颯太の横を少年がふらりとすり抜ける。あ、と向き直ると、彼は隊長殿の袖を引っ張っていた。

「のうのう、おぬし」

「なんだ、おまえは」

 官帽の陰で隊長殿の頬が引き攣るのが見える。

「さすらいの『かんなぎ』じゃよ。お主は軍人か。良い目をしとるのう」

「……気安いな」

「親しみやすいと言うとくれ。して、良い目をしとるな? 倖奈の力を知っておった。使い道も考えていたか?」

 ニヤニヤと笑う少年に、隊長殿は目を眇める。そして、すっと腕を動かした。

「任務中なんでね」

 ポロリと少年の指先が、濃紺の袖から取れる。

 ツカツカと進んで、隊長殿はなおも声を張り上げた。

「左に曲がれ! 朝顔が咲いている方に追い込むんだ!」

「やはり分かっておるのう。あれも、先ほど倖奈が咲かせた花じゃないか」

 隊長殿は応じない。

 肩を竦めた少年がこちらを振り向く。颯太もまた、倖奈を向けば、彼女は眉を寄せていた。

 そこにまた怒号が轟く。

「高辻少尉の隊だ」

 南側から一団が駆けてくる。

 明らかに縮んだ魔物はふらりと通りを抜けようとして、朝顔の蔓に引っ掛かって、吠えた。

 皆がそこへ突っ込んでいく。刃が突き立てられる。

 刺され、切り刻まれて、塊が一際大きく吠えて、腕が振り回され、避けたり殴られたり。それでもまた刀が振るわれる。

 魔物がどんどん小さくなる。

 その中で、かいが刀を振り上げたのが見えた。

 大上段から振り下ろされる。魔物の端っこが切り離されて、黒い靄がするりと風に乗った。

 さらに踏み込もうとしたその足が、咆哮で止まる。

 驚いた声が上がり、二歩三歩と後ろに下がる。

 ぶんぶんと黒い腕が伸びたり回ったり、そこにぐるぐると蔦が絡まる。

 部隊が遭遇した当初より一回りも二回りも小さくなった球体が、だらり、とぶら下がる。息をのむ音が続く。

「斬れ」

 芯の通った声。

――隊長殿だ。

「ですが!」

「『かんなぎ』の部隊がまだ到着していない……!」

 揺れる声が上がる。首を横に振って、隊長殿は笑んだ。

「とっ捕まえたのを、指くわえてみてるだけにするのか?」

 応じたのは副官殿だった。

 すっと前に出て、刀を抜いて、横一文字に薙ぎ払うまで、あっという間に終わる。

 ずしゃり、と潰れる音が響く。

――本当に、失敗したスイカ割りみたい。

 ざらざらと黒い欠片が落ちて、弾けて、消えていく。

 朝顔の蔓だけが宙に垂れ下がっている。

 歓声が上がった。

「やった!」

 両手を築き上げる。横で倖奈も手を叩いている。

「勝った勝った!」

 わっと笑って向くと、倖奈が頷いた。

「良かった」

 ふわりとした笑みに、ちょっとだけ胸が揺れた。

――あ、俺には菜々子がいるんで。

 無意識に頬を掻こうとして。

「うへぇ……」

 手袋の先に赤い染みをこさえてしまった。

 痛みも蘇る。

――かっこわるぅ……

 う、と呻いて視線をずらす。


 そのまま通りを見渡す。

 声が聞こえたのか、建屋の中からそろりそろりと人が出てくる。

 中には軍服姿の仲間に声をかける人もいる。背中に医療器具を担いだ衛生兵がばたばたと走っているのは、怪我人がいると呼ばれているからだろうか。

――俺が後っていうのは、町の人を先に手当てしたいってことなんだ。

 颯太は自分の手袋の先を見つめた。

「血なんて怖くないからね!」

 ふん、と息を吐き、ぐっと頬をガーゼで押さえつけてから、向き直る。

 だが、倖奈は颯太を見ていない。彼女が向いているのは隊長殿のほうだ。

 その柳津大尉の前には、軍人でない人がいる。

 青年が二人。どちらも書生姿だが、一人はぽっちゃりとした体格に千歳茶、もう一人は蘇芳色で鋭い視線の持ち主。

「何故、待たなかった」

 視線に似合う鋭い声が言う。

「魔物を斃すのは『かんなぎ』の役目だ」

「鎮台の、でしょう?」

 低められた声で隊長殿は応じる。

「そうそう」

 間に立つように進み出た緑色のほうが、両手で赤いほうの肩をそっと押さえる。

「軍人だって訓練してるんだよ。『かんなぎ』がいなかったら代わりに、斃してくれるんだよ。ね、常盤ときわ?」

 官帽を一度上げ、前髪を掻き上げて、柳津大尉は口の端を両方とも上げた。

「危険、とご心配いただいたんであれば、感謝申し上げます。ですが、経験上一体なら勝てると判断できましたので、ね」

 常盤と呼ばれた方はこめかみを引き攣らせる。

 隊長殿は目を細め、さらに口の端を吊り上げた。

「『かんなぎ』殿のお力がなかったわけではないですよ?」

 と、振り返る視線の先には、倖奈がいる。

 彼女は首を傾げる。

「倖奈が? 何かしたの?」

「……花を咲かせた、だけ」

 びくん、と蘇芳色の着物の青年の眉が跳ねる。倖奈が肩を揺らす。

「その咲いた花で魔物が弱ったのだとしたら?」

 隊長殿の声はまだ低い。

 誰も答えない。

 彼はすっと頭を下げて、踵を返す。

 衛生兵たちに何かを指示している声がする。

 残された青年――会話から察するに、倖奈と同じ『かんなぎ』なのだろう、彼らは何かを喋り始める。


 棒立ちになってしまった颯太のもとには、てくてくと、先ほどの衛生兵が寄ってくる。

「はいはい、消毒消毒」

 白いガーゼにだばっと液をかけてから、それで拭いてくる。

おとこなら~ 我慢我慢~」

「辛いです!」

 ツンとした香りが、己の血の錆びた匂いを拭い去る。

 薄荷の爽やかな香りも和らぐと、えも言われぬ臭いが鼻をついた。

「なんだ、これ」

 ぐっと鼻に皺を寄せる。

「臭いね」

 衛生兵も顔を顰める。

 倖奈が黙って、細い指をむける。その先では、襤褸を着た少年がまた隊長殿の袖を引いていた。

「のうのう、おぬし! なかなかの戦術家だのう!」

「寄るな!」

「詳しく語ろうではないか」

「煩い! おまけに臭い! 寄るな!」

 高めの声が裏返っている。

「耐え難いよね」

 衛生兵が露骨に鼻を摘む。

 他の軍人たちも顔を顰めたり、背けたり。

 気付かぬは本人ばかりなり。

 彼はしゅんと肩を落とすと、つかつかと颯太の方へ歩いてきた。

――うへぇ!?

 焦った一瞬、彼は颯太の横に立つ倖奈の前に顔を突き出した。

「のぅ、倖奈。お主が取り成してくれんかのう?」

 ずいと鼻先がくっつかんばかりに乗り出した彼に。

「きゃあああああ!」

 倖奈が悲鳴を上げる。

 隊長殿は鬼の形相で飛んできた。

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