第2話にびいろだま
「今日は疲れた」
青い天使はコンビニのゴミ箱の上に座った。燃えるゴミの方だ。野鼠は巣から這い出て表へ回り、今日は米粒をふがふがさせている。
「そりゃ、疲れない仕事なんてないわな。甘えている」
「それはそうかもしれないけれどね、そういうことでもなくてさ」
青い天使はため息をひとつ。
「今日は鈍色玉の回収だったんだ。鈍色玉って知っているかい?」
「知らないね。そもそも俺は天使の仕事になんか精通してないぜ」
それもそうか、と青い天使はまたため息をひとつ。ふたつ。みっつ。
「天使の仕事って言っても色々あるんだ。何でも屋って言ってしまってもいいようなものでさ。鈍色玉ってのは、まあ定番の仕事のひとつでね。人間たちの溜め込んでる鬱憤の固まりというか、まぁ屑みたいなもので、これを回収して偶然の種と必然の種をつくるんだ」
青い天使の目が緑色に光った。野鼠はまたひげをふがふがさせた。どうやらこれは彼の癖らしかった。
「まぁ糞みたいなものと解釈していいか?」
「まぁ……そう言っていいと思う。固まり集め自体は簡単なんだけれど、それを回収する僕としては、もろに人間の鬱憤を受け取ってしまうわけなんだ。これは非常に疲れる仕事だよ」
「糞なんてわざわざ集めたくもないだろうな。さすがの俺も糞は喰わない」
鈍色玉にも色々な大きさ、色、形がある。電車の席に座り損ねたというような小さなものから、人から人へ伝染する憎しみのような大きなものまで様々だ。
「大きいものはまぁ……ある意味楽なんだ。一度、殺人衝動を回収したことがあったけれど、あれなんてわかりやすくて子供っぽくて、回収が簡単なんだ。大きいしね。大きければ大きいほどわかりやすく取り出せる。だけど問題は小さい方だよ。見つけるのはたやすいけれど、数が多いし、受け取った時のストレスが大きい方よりすごいんだ」
野鼠は米粒をひとつひとつ吟味しながら、鼻をひくつかせている。やっとひとつ、米粒を決めると、ちびちびとケチ臭く齧りだした。
「つっても、大きい方が辛そうだけどな。他人の鬱憤なんて大きいほど迷惑だろ」
「ところが大きい方がわかりやすくて寧ろ助かるんだ。小さい方は千差万別だから、理解できない迷惑をもらってしまう」
例えば、隣の客の香水が臭い、犬の毛が鼻に入った、というものから、カラスを見かけただけで鈍色玉をつくる人間もいるのだ。公園の花が不快だったり、晴れの日が憂鬱だったり。
「僕は公園の花はすきだし、晴れると雨よりは嬉しいけどね。なんていうか繊細すぎて理解ができない」
野鼠はひげを一層ふがふがさせた。
「繊細とは優しい解釈だな。そんなのただの気まぐれな我がままだろう。人間なんていつもそうだ、嬉しいことはコンビニを創ったっていうことだけだな。俺にとっては」
青い天使はふーっと夜空を見上げた。星が光っている。
「星をみても嫌な気分になる人間もいるみたいだ。今日はなかったけれどね。不思議なものだよ」
鈍色玉は意外と奥が深いものなのだけれど、回収は面倒だ。おまけに担当になると一日のノルマが決まっていて、一万と六十個集めなければならない。
「今日は、大きいのはなかったのかよ?」
「あったことはあったね。やっぱり殺人衝動だった。大きい割には中身がスカスカなんだ、あの手の鈍色玉は。綿飴みたいに軽いんだよ。仕事帰りのOLだったな。仕事先の上司と不倫しててさ」
青い天使は煙草に火をつけて、ぷかーっとひとつ。星はちかちかしてよく見えない。コンビニは明るい。ゴミ箱の上は不安定だけれど、この星の上ではまだマシな居場所と言っていいだろう。少なくとも天使はそう思っていた。
「よくある時化た話だな」
野鼠が最後の米粒を飲み込んだ。
青い天使 まぶた @mabuta88
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