男の子が女性にイタズラする話
コトリと、テーブルの上に皿が置かれる音で、女は……カケヤは目を覚ました。
「んっ、うーん……」
色気のある声を出しながら、上体を起こし、のびをする。頭が動くと、背中のあたりまで伸びた茶髪の長い髪も動き、豊満に膨らんだ胸もぷるぷると揺れた。
「はぁ……」
自分の体を包む衣服の感覚で、理解した。
ひらひらとフリルのついた、ビキニの水着。それを身につけている自分は、未だにサユコお姉さんの体になっているのだ、と。
「僕……元の体に、戻れるのかな……」
カケヤが、不安そうな声でそう呟くと、後ろから、使い慣れた声で、返事があった。
「大丈夫よ、きっと。とりあえず、今日は友達の家に泊まるって、お家に電話しておいたわ」
「で、電話をっ!? 僕の家族と、話したんですか!?」
振り向くと、そこにはかつての自分……サユコがいた。男子中学生には似合わない、ハートがたくさん描かれたピンク色のエプロンをつけていて、二つのコップと冷水を盆にのせ、こちらへ運んでいる。
「妹の、ハスミちゃんと話したわ。ママにも、そう伝えておいてくれるって。お兄ちゃん思いの、とってもいい子ね」
「そうですか……」
カケヤは内心、複雑だった。
元に戻れない以上、サユコのとった行動は、適切なものだ。今の自分が、ハスミに電話するわけにもいかない。でも、そんな、勝手に……。
ううん、これでいいはずだ。と、自分に言い聞かせ、カケヤは心の中にあるモヤモヤを、強引にかき消した。
「とにかくご飯にしましょう、カケヤくん。お腹空いてるでしょ?」
*
サユコが夕食に作った料理は、カレーだった。
「カケヤくんのお口に合わなかったら、どうしよう……」なんて、サユコは自信なさげに言っていたが、カケヤはとても美味しくいただいた。
……当然だ。味覚まで、ちゃんと入れ替わっているのだから。サユコのレシピで作られた料理が、サユコの口に合わないはずがない。
カケヤはそれに気付いていたが、ただ一言、素直に「とても美味しいです」と感想を述べた。
それを聞いたサユコは、少し照れて、嬉しそうに微笑んだ。
*
「カケヤくんは、休んでていいわよ。お皿洗いは、私がやっておくから」
「いえ。家では、いつもやってることですし、僕もお手伝いさせてください」
「そ、そう? じゃあ、お願いしようかしら」
「はい」
二人並んで、キッチンシンクの前に立った。サユコが洗剤で食器の汚れを落とし、カケヤがそれを水洗いしていく。
しばらくその作業を続けていると、サユコがふと、泡のついた銀色のスプーンを見つめながら、呟いた。
「いつもは……独りだったの」
「えっ?」
「食事も、食器洗いも、全部独り。このままずっと、独りで生きていくんだと思うと、すごく寂しくなって」
「サユコお姉さん……」
「でも、今日はカケヤくんが隣にいるから、全然そんなことないのよ。私、とっても幸せ」
「そう言ってもらえると、嬉しいですけど……。でも、僕は」
「分かってる。元に戻りたいんでしょ? でも、さっきみたいな感じだと、きっと元には戻れないわよ。ちゃんと、勇気を出して」
「はい。すみません……。今度は、必ず……」
「焦らないで、カケヤくん。まずその傷を治さないと、あなたとゴツンはできないわ」
「えっ!? ま、待ってください! 困りますっ! 明日には元に戻らないと、僕、学校が……!」
「気持ちは分かるけど、理解して。もしまた傷口が開くようなことがあったら、あなた、今度は病院に行かなくちゃいけないわよ」
「で、でも、怪我が治るまでなんて、一体いつになるのか……」
「ねぇ、カケヤくん。私は、私の体が傷つくのは嫌だし、カケヤくんが痛みに苦しむ姿も見たくないの。お願い……私の気持ちも、理解して。ねっ……?」
「……」
確かに、この女性の肉体はサユコのもので、サユコがそう言うのも当然だと、カケヤは思った。しかもこの頭の怪我は、元はと言えばこちら側の責任だ。反論はできなかった。
「はい……」
カケヤはほんの少しだけ悔しそうに、小さく頷いた。そんな彼女とは対称的に、サユコの……少年の表情は、その言葉によりパァッと明るくなった。
「ふふっ。カケヤくんは、優しくて真面目な、とっても良い子ね。ねぇ、少し……かがんでくれる?」
「……?」
身長差も逆転してしまっているので、今はカケヤの身体の方が大きい。
サユコは、カケヤを見上げながら、手招きした。彼は、どうやら頭を触りたがっているようだ。カケヤは言われるがままに、腰を曲げて前にかがんだ。重力に引かれ、大きな胸の谷間は見やすい位置へと降りてきた。
「怪我をしているのは、このあたりかしら?」
「そ、そうですけど……」
「うふふ。早く治りますように」
「サユコお姉さん……」
サユコは包帯の上から、カケヤの頭を優しく撫でた。
女言葉を使う男の子……しかも自分に、優しくされるのは珍妙な感覚だったが、髪に触れられるたびに不思議と気持ちは落ち着き、カケヤの心の中は、やすらぎで満たされていった。
(不安が、消えていく……。撫でられるだけで、こんなに安心するなんて……。こんな気分に……なるなんて……)
それが、代浜サユコの身体の奥にある、「女性の本能」的なやすらぎであるということに、カケヤはまだ気付いていなかった。
* *
「お、お風呂……ですか?」
「ええ。ふ、二人で一緒に、入らない?」
「僕と、サユコお姉さんが、一緒に……!?」
「だって、私にとっても、カケヤくんにとっても、その体では初めてのお風呂だし、お互いにいろいろと戸惑うこともあると思うのっ。だから、その……きょ、協力しましょ……?」
「いや、あのっ、サユコお姉さんさえよければ、僕は別に、構いませんけど……」
「本当っ!? え、えーっと……じゃあ、お風呂場まで案内するわねっ。こっちよ」
*
二人で、脱衣所までやってきた。
サユコは風呂場の扉を開け、カケヤにその中の様子を見せ、二人で入ることのできる広さであることを証明した。
「うわぁ……すごいですね。サユコお姉さんの家のお風呂」
「ふふっ、気に入ってもらえたかしら?」
「僕の家のお風呂の倍……いや、三倍はありますよ。シャワーも立派だし、窓から景色も見られるなんて、まるで、去年家族で旅行した時に泊まったホテルみたいです」
「ほ、ホテルっ!?」
「えっ……? 僕、何か変なこと言いましたか……?」
「いえっ、なんでもないのよっ! わ、私の勘違いって言うか……」
「そうですか……?」
中学生という年齢相応に興味を示しながら、きょろきょろと周囲を見回すカケヤの後ろで、サユコは熱くなる頬を手で押さえた。脱衣所の鏡には、頬を押さえながら艶めかしくうっとりとしている少年が映っている。
(カケヤくんと二人で、ホテル……。そういう意味じゃないってことは、分かってるけど……こ、この後……)
サユコは、もう一度風呂場をチラリと見て、昔同棲していた男とその場所でしていた行為を思い出し、一層鼓動を高鳴らせた。
「これだけ広いと、ケンタロウやジュンゴと一緒に入っても……」
「か、カケヤくんっ! そろそろ、服を脱いで入りましょう……?」
「あっ、すみませんっ!」
「ほら、こっちに来て。その水着、脱がせてあげるわ」
「お願いします……」
カケヤは脱衣所へと戻り、サユコに背を向けて立った。サユコがぐっと手を伸ばして、うなじ付近と胸の後ろにある結び目をほどくと、フリルのビキニははらりと外れ、床へと着地……はしなかった。
「あっ、わあぁっ!? ま、待って下さいっ!」
カケヤが落ちそうになる水着を、腕を組んで阻止したのだ。
「なぁに? どうかした?」
サユコがそう尋ねると、カケヤは首だけ後ろに向けて返答した。
「あのっ、さ、サユコお姉さんの、は、裸っ……!」
「うん? 女の人の裸は初めて?」
「いえ、そ、そういうわけじゃないんですけど……」
「そうね。あなたは、お母さんや妹の裸くらい見てるわよね。じゃあ、どうして?」
「いや、あの、サユコお姉さんは、本当に……いいのかなって……」
「え? ……ふふっ、あははっ!」
サユコは笑った。どうして笑われているのか分からず、カケヤは固まった。
「うふふっ、可愛いことを言うのね。カケヤくん、本当に中学生?」
「え? ……え、え?」
「やけに紳士なのは、『お兄ちゃんとして、しっかりしなきゃ』って気持ちから? それとも、ただ勇気がないだけかしら?」
「な、何のことですか……?」
「ねぇ、カケヤくん」
「は、はい……?」
「いいわよ……。わたしのカラダ、好きにしてっ……」
サユコはすっと背伸びをして、カケヤの肩を両手で掴み、彼女の耳元で優しくささやいた。
「あっ、なぁっ!? 違っ……! 違いますっ!!」
動揺したカケヤは耳まで真っ赤になり、思わずサユコから離れて間合いをとってしまった。
「いつも受け身だった私が、ここまで積極的になっちゃうなんてね……。これも男の子の体になった効果かしら」
「あのっ、ぼ、僕は、サユコお姉さんのか、体を見て良いのかどうか聞きたいだけでっ! 別にっ!」
「子供じゃないのよ、私。それともカケヤくんは、私の体、嫌いなの……?」
「いや、あの……」
「紳士ぶってもダメよ。さっき、あそこを大っきくしてたこと、知ってるもの。興味、あるんでしょ?」
「うぅ……ぼ、僕は……」
「ほら、もう我慢しないで。中学生の男の子らしく、本能に従って? 今のあなたは、お兄ちゃんじゃないから、しっかりしていなくてもいいのよっ……!」
「あぁっ、そんな、強引にっ……!」
サユコはカケヤに迫り、水着を上下とも無理矢理……脱がせた。剥いだ。引っ剥がした。最初こそ身を捩って抵抗していたものの、下半身の水着を降ろす頃にはカケヤの抵抗は口だけになり、それに伴い、サユコは優しく撫でるように彼女を生まれたままの姿へと変えていった。
「……はい。終わったわよ、『サユコお姉さん』」
「や、やめてくださいっ……。僕の真似をするのは……」
「ふふっ。何を恥ずかしがってるの?お風呂に入るんだから、裸になるのは当たり前なのに。ほら、もっと自分の体をよく見て……」
「……」
「妹ちゃんたちには無いでしょ……? こことか、あそことか……」
「こ、これが……、大人……の……? サユコお姉さんの……?」
「そうよ……。昔は、とにかく愛されたくて、綺麗な体になるために必死だったわ。でも、30まで行き遅れた、今ではね……」
「……」
カケヤはサユコの言葉を聞かずに、見とれていた。間近で見ればよく分かる、その白く映える身体の美しさに。
「醜いだけ、よね……?」
「いえ……」
「え……?」
「綺麗……です……」
「いいわよ。紳士にならなくても」
「本気で、言ってるんです……! サユコお姉さんの身体、すごく、綺麗です……」
「か、カケヤくんっ……。その言葉、もし体が元に戻っても、わ、私に……言ってくれる……?」
「はい……。きっと、必ず……!」
「うふふ。約束、して……?」
サユコはとろけるような瞳で、裸の『サユコお姉さん』を見つめた。カケヤはごくりと唾を飲み、緊張で少し体を震わせながら、物欲しそうにこちらを見上げている『カケヤくん』をじっと見た。そして……。
ぎゅむっ。
「わあぁっ、痛いっ!!」
サユコは、いたずらをするクソガキのように、カケヤの大きくて柔らかい乳房を掴んで、離した。掴んだと言うより、つねったと言う方が近いかもしれない。
カケヤは驚いて飛び跳ね、腰の辺りを洗面台にぶつけた。
「もう……」
「さ、サユコお姉さんっ!?」
「からかっちゃダメよ、中学生のくせに。せっかく私が主導権を握っていたのに、取り返されるところだったわ」
「あ、あの……僕は、そういうワケじゃなくて……」
「先にお風呂に行ってて。私も準備ができたら、すぐ行くから」
「はい……」
「シャワーの使い方は、分かるわよね? 必要な物は中にあるし……あと、言うことがあるとすれば……あっ!」
「な、なんですか?」
サユコは口元に手を添え、内情話をする時のようなひそひそ声で、カケヤに最重要事項を伝えた。
「あなたも、その身体に、イタズラしてもいいからね……?」
「いっ……!? し、しないですっ! そんなことっ!」
動揺し慌てたカケヤは、どてどてとおぼつかない足取りで風呂場に入り、扉をぴしゃりと閉めた。
サユコは隣の部屋のシャワーの音を聞きながら、嬉しそうに小さく鼻歌を歌いつつ、脱衣所で入浴の準備を進めた。
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