短編5:狼人間

 おかしいね。

 狂っている、そういうレッテルを貼られた私は、白い部屋でつぶやいた。

「当然だろ、ここはそういう場所だ」

 うるさいなぁ、知ってるよ。

 ここは精神異常者を管理する部屋。

 ただの隔離病棟。

 だから、だからこそイライラしてるんだ。

 どうして私が閉じ込められているの。

 おかしいのは君たちなのに。

「それがこの世ってもんさ。強いものは淘汰される、出すぎた杭は叩かれる」

 違う、違う違う違う。それのどこが平和だ。それのどこが平等だ。

 この国は民主主義だとか平等だとか自由だとか狂っている。

 私はただ叫び続けただけなのに。

 狼が来るから、平和ボケしてちゃダメだって。

 努力が報われなきゃいけないとか、そういうことを掲げてるくせに。

 私が閉じ込められるのはおかしいんだって。

「でも狼なんて来なかった。そうだろ?」

 だからなんだってのさ。

 私は狼が来てるのを知ってるんだ。

 狼、狼だ。人を食い殺す、文明をぶち壊す、狼。

 誰も気づかないなんて狂ってる。

 あんなに大きくて理不尽で恐ろしいのに。

 みんなどうして見えないの。

「いないじゃないか。少なくとも、目に見える形じゃ」

 そう、目になんて見えない。

 でも誰だって気づくはずなんだ。

 __この国では、この世界では、努力が報われなさすぎる。

 血反吐を吐く思いをした私を、何もしていない君が責めるのは間違っている。

 おかしい、おかしいんだ。

 どうしてなんだ?

 私は毎日のように狼を殺してきたのに。

 怨念を浴びながら必死に戦ってきたのに。

 何もせずに畑の中にいた君は私に劣等感をぶつけて狂わせるんだい?

「さあな。お前も俺もとっくに狂ってたんだろ」

 ……ああ、そっか。

「私たちも、もうとっくに狼だったのか」

 それじゃ、復讐と行こうか。

 一息吐いて、私は努力の対価に牙を手に入れた。

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