短編4:夢見る天の川

「ねえ、誰か」

 夢見る彼女は呟いた。

 彼女が手を伸ばす先には深い闇。

「誰か、私を連れ出して」

 そして、幻のような星たちがあった。

 星に腰掛けて、僕は彼女の独り言を聞く。


 結局のところさ。

 いつも放り投げられるそのセリフを、また今日も彼女は吐き出す。

「私誰にも愛されてないや」

 くすくすと、一人だけで笑う彼女。

 夜道を歩きながら空に手を伸ばして笑う彼女は、涙の形によく似ていた。

 おバカさんだ、と僕は一人ごちる。

 そんなに泣かなくても、笑ったフリしなくても、僕はちゃんとここであなたを見ているのに。

「ねえ誰かどうか、連れ出して。もうこんなところにいるのは嫌」

 連れ出せたら連れ出してしまいたい。

 そんなこと、できないからここで聞いているんだ。

 僕はただの思い出。

 あなたが見ていた夢の、お人形。

「だって、とても寒いんだ」

 今は空も高い。空気はしんと澄み渡ってからっぽだ。

 だから寒いのなんて当然だろう、とため息をつく。

 けれどきっと彼女からしたら、冬のせいではない。


「馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。どうして置いて行ったの」

 歌うようにステップでも踏むように、彼女は歩く。

 そのまま、この星がよく映る、あの川のほとりまで。

 置いて行きたくて置いて行ったんじゃない。

 僕はただ、あなたに幸せになってもらいたかった。

 なのにどうして、そんなに悲しそうに笑うんだ。

「ねえ、そこにいるのはわかってるんだよ」

 くすり。彼女は笑いながら指差す。

 川に映ってキラキラ光るこの星を。

 その後のセリフも、知っていて。

「どうか、迎えに来てよ」

 小さな迷子の独り言。

 僕はそれに応えることさえできない。

 ぱしゃん。

 水が、彼女の手で跳ねる。

 彼女の腕が、肩が、胸が腰が足が、水の中に沈んでいく。

「そんなに、迎えに来てくれないならさ」

 笑った彼女に、僕は思わず手を伸ばす。

 流れ星が、彼女の頬に流れたのを見たから。

 と。

 ふらっ、ふわり。

 突然体が自由になった。星の重力に縛られていたはずの、体が。

 思わず目を瞑りかけて、慌てて下を見る。

 そこにはもう誰もいなかった。

 ほらね。

 懐かしい声が僕の後ろで囁いた。

「また、会いにきたよ」

 今度落ちるのは、僕の番か。

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