短編3:棺桶と神様

昔々、世界は一つの平面でありました。

大地は延々と伸び、空には動かぬ朝と昼と夜が横たわっておりました。

人間は朝の方角に生まれ、昼の方角を進み、夜の方角で消えるものでありました。

夜の方角までたどり着くことすら諦め、朝や昼の方角で消えるものまでおりました。

そのように全て作った神様は、つまらないと世界を眺めておりました。


ある日のことでした。

昼の大地を歩く少女が、神様の目に留まりました。

彼女自体は何の変哲もない少女でありました。

ですが、少女の歩みは異様に遅いものでした。

母親と父親の亡骸の入った棺桶を引きずりながら進んでいるからでありました。

ずるずる、ずるずると。

彼女はそれを引いて進むのでした。

重さで足を止めて座り込んでも、後ろを向くことはなく。

ただただ、前を見ていたのでした。


彼女は変わり者でした。

進むのを諦めた人間を、彼女は棺桶の上に乗せました。

人間だけでなく、犬や猫でも。

周囲に落ちているガラクタに、足を取られることもありました。

それでも、決して振り向くことはなく。

果敢に前に進みました。


多くのものを背負った彼女は、いつしか進むことができなくなりました。

あまりの重さに耐え切れず、膝をついてその場にくずおれたのでした。

それを眺めていた神様は、なんだか哀れになって、こう声をかけました。

「もし、そこの少女よ。その重い荷物を私が請け負って差し上げよう。

 そんなものを持っていては進めまい。お主は進みたいのだろう?」

けれど少女は首を振るのでした。

「いいえ、結構です。私は好んで皆を背負ったのです。

 それら全てを奪い取って欲しいわけではございません、神様」

神様は何が何やら分からず呆然としておりました。

それから少女は立ち上がろうとしました。

しかし、やはり彼女の背負っていたものは重く、立ち上がることすらかないません。


そんな彼女が、不意に立ち上がりました。

立ち上がれたことに彼女自身驚いておりました。

彼女が初めて振り返ると、進むのを諦めていた人間のうち一人が、立ち上がって棺桶を押してくれたのでした。

「進もう。僕も手伝うから」

そう言って、その少年は笑ったのでした。

彼女は頷いて、微笑んでみせました。

「ありがとう。どこまで来てくれる?」

彼女の頬を伝った涙を拭って、少年はニカッと笑いました。

「もちろん、あの夜の向こうまで」


歩き始めた少女と少年の背中を見ながら、神様は一人笑いました。

「どうかされましたか、神様?」

お付きの天人に声をかけられ、神様は静かにつぶやくのでした。

「いやなに、もしもの話さ。

 生まれ変われたなら人間に、生まれられたら良いなと思うのだ」

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