短編2:天人と地人

「天人が羽をもがれて地に落とされたのはなぜでしょうか」

 彼女が、言った。

 私はただ答えるのみだ。

「羽は独り善がりであるからにございます」

 首を傾げた彼女に、私はゆっくり息を吐いて続けた。

「私たち天人はかつて羽を持っていた時、その羽は自らを支えるためだけのものでありました」

 彼女は黙って空を見た。

 そこには悠々と飛ぶ鳥などいなかったが、きっとかつての空を覚えている彼女の目には、空を舞う鳥たちが見えているのだろう。

「羽は自らの身を支え、他の何もかもから逃げるためのものであります。ですから私たちは羽を嫌っておりました」

 思い返す。

 羽は、何の役にも立ってはくれなかった。

 私たちの羽は、ただ邪魔であり役立たずであった。

 逃げるだけ。

 そう、ただ、逃げるためだけの、羽だったからだ。

「そうしてある日、天上の神様は言ったのです。『地に降りてみたくはないか』と。

私たちは頷き、そうして神様に頼みました」

 あの時、確かに私たちは頼んだのだ。

 それに反対した者もいたが。

 ただ、私たちは。

「『私たちは地人を守りとうございます。ですからどうか、この羽をもぎ、新たに腕をくださいませんか』と。『同じ場所に住むのに、私たちだけ逃げるのは悲しゅうございます、ですからどうか』」

 私たちに、守るための、抱きしめ愛おしむための、腕をくださいませんか。

 その時の神様の驚いたような顔も、微笑んだ顔も、私は鮮明に覚えている。

 私たちは神様の与えたものを拒んだ。

 だから私たちは、地に落とされ、二度と天に昇ることは許されなくなったのだ。


「…悲しくは、ないの?」

 彼女が私の顔を覗き込んだ。

「いえ、ちっとも」

 思わず、笑みがこぼれた。

 それを見て、彼女は目を丸くする。

 静かに滑らかな頬に手を添え、天人は笑っていた。

「ここに、守るものも愛おしむものもありますゆえ」

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