白昼夢

ティー

短編1:夕焼け色の夢

小さい頃に見た夢を覚えているの。

私だけが知っている夢。

いつまでも消えない夢。

だけど君は夢じゃないの。

君がいた場所が嘘っぱちでも、君の全てが嘘っぱちでも。

世界から見たら、君は全て嘘だけで作られていても。

嘘なんかじゃないって、夢なんかじゃないって。

例え世界を敵に回しても、そう叫ぶから。

だから、だから歌うね。

いつか会えるように、それまで絶対、君が君である証を、その一つ一つを、なくしてしまうことのないように。


ねえ、もしも、もしもの話。

私がたくさんたくさん頑張って、君に会えるなら。

君は、いつもそうしたように、頭を撫でて、笑ってくれるのかな。



『意地っ張り』

小さい頃の私は、そういう人種だった。

周囲はくだらなくて、世界はつまらなくて、誰も理解なんかしてくれなくて。

どこにもない救いを探す、ただの悲劇のヒロインだった。

そんな灰色の世界に、いつからだっただろうか。

「本当に、くだらねぇよなぁ」

夕焼けを連れて、にやにやと笑う君が佇んでいた。

「世界はくだらねぇし神様なんていねぇよ。それがここの真理ってものだろう」

そう言って笑った君は、自分のことを幽霊だと名乗った。

生まれて来れなかった子供の、幽霊。

「その割には変な見た目だね」

白色の髪に、何房か入った黒いメッシュ。

なつめ型の瞳は、夕焼け空の色。

「お前のイメージに引っ張られた格好になるんだ、仕方ないだろ」

「目の形とか、身長低いとことか、猫みたい」

私が言うと、君はため息をついた。

「せめて虎とかにしろよ」

そうだね。

つぶやいて私は、顔を上げた。

「じゃあ、君の名前はこれから、タイガだ」

夕焼け空の下、僅かに色づいた世界の隅っこで。

私たちは、笑いあった。


「歌って、いいよな」

ある日私が泣いてると、ふと君はそう言ったね。

「……うるさいっていう遠回しの皮肉?」

その頃から歌が好きだった私は、(タイガ曰くジトッとした目で)君を見た。

そうじゃなくてさ、と君は続けた。

「なんだろうな、とにかくお前の歌はいいよなって。綺麗っていうかさ」

「変なの」

よくわからなかったからそう言ってみた。

「俺はそういうのが好きだって話さ」

それだけ、君は言った。

君は私のいいところを伝えようとしてたんだろうなぁって、今ならわかる。

けど、あれだけじゃよくわかんないよ。

そう言ったら君はどうせ、『今わかったならいいだろ、終わり良ければすべて良しさ』って言って笑うんだろうな。


一時期、本当に悩んだ時期があったっけ。

どうしようもないくらい自分とか周りとかわからなくて毎日泣いてた。

昔以上に世界が灰色で、寒くて怖くて仕方なくて。

何度も何度も、君に会いたいって叫んでた。

どこに行けば会えるのって。声は聞こえても姿は見えても、私たち会えないねって。

君はそんな私の頭を撫でようと手を伸ばして、それから手を下ろして、うつむいた。

「……悪い。俺、」

触れない。

ほとんど声にならない言葉は、それでも私の耳に届いて。

「……あぁ」

やっぱり、神様なんていなかったねぇ。

私は涙でぐしゃぐしゃの顔で笑って、タイガも泣きそうな顔で笑った。


幽霊じゃない、普通の、諦め方を知らない不器用で優しい友達に救われた次の日。

君は、姿を消した。


夢だなんて知っていて。

それでもいいと思い続けて。

「触れない」って、そのセリフが来るまで、ずっと気づかなかったんだ。

君は嘘っぱち。

私の見た夢。

ただの、お人形。


だから、全部、嘘なのでした。

あの笑顔も、

あの言葉も、

あの涙も、

あの不安も、

全部、全部、全部。


君は、そんな自分が怖くて仕方なかったんだね。

いつか、私が気付いてしまうのが。

私が生きるのに、君が要らなくなってしまうのが。

助けを求めなきゃよかったの?

違うよね、だってそうなら、君があの子に、私の危機を伝えることはない。

いつまでも夢を見ていればよかったの?

そんなわけ、なくて。

だって、逃げてばっかりじゃ、絶対いつか後悔する。

亡くしてからじゃ遅くて。

忘れてからじゃ、もう取り戻せなくなる。

だから、君に会いに行ったんだ。

あの夕焼け空の下に。


「やっぱり、お前は俺がいないとダメだな」

にんまり、勝ち誇ったように君は笑った。

その体は、相変わらず幽霊だったけど。

「馬鹿だなぁ、タイガ。迷子の君を迎えに来たのに」

このくだらない世界で、見方を変えれば素晴らしい世界で、ずっと歌うから。

「ねえ、もう一度聴いてよ」


これは小さい頃に見た夢。

思い出せないところなんかないように、毎日取り出して眺め続けた夢。

嘘っぱちでいい。

夢でもいい。

「私が信じたものが世界なんだよ、タイガ」

だから私はいつまでも歌い続ける。

何に否定されたとしても。

誰が認めてくれなくても。

君がくれるものを、夢にはさせないから。

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