第2話『純粋大根』
ーーその日、大根を一本、引き抜いた父が射殺された。
この星の異常気象からはじまって、農作物の遺伝子組み換えは留まるところを知らず、気がつくと、僕達がまともに口にできるのは、「純粋大根」だけになっていた。
新・民主主義とかいう社会は何度か破たんして、前の王様が復活して、その親戚貴族たちがぼくたちに大根を作らせ、たくさんの大根をおさめさせていた。
大根の煮物、サラダ、漬物が主食になって
何年すぎたかわからない。ある年、ファントムスーンという異常風により、大根の収穫が激減してしまった。
父はきちんと、決められた大根を貴族領主におさめたが、そのままでは、僕と妹が飢え死にしてしまうと思ったのか、夜ふけに家を抜けだし、隣家の畑に忍び込み、大根を一本引き抜いた。
そして、大根を見張っていた大型の番犬に吠えられ、あっけなく見つかり、父は連行されて、そのまま家には戻らなかった。
母親を早くに失っていた僕と妹は、頼るべき親戚もなく、今、隣村の、大根畑の前にいる。
三日前から何も食べてない。おなかがすいて仕方がないのだ。妹がずっと泣いている。ぐず、ぐずっと、泣いているのだ。いいかげんにうるさくなって、叩くとよけいに泣くのだ。
大根が、目の前にある。大根のあの甘みとからみが想像のなかではじけては消えていく。
手を伸ばせば届きそうな距離。
そこに、大根がある。
待つのだ。
夜まで。
けれど、妹が鳴いている。
鳴いているのだ。
気がつくと、ぼくはひとり、
畑の畝に踏み出していた。
遠くで番犬の吠え声が聞こえた気がした。
かまわず一本、えい! と引き抜き、急いで土を払った。
細く、形はゆがんでいるけれど、真っ白で、つるっとした大根の素肌が見えて、ぼくは震えた。
すぐにでもかぶりつきたい気持ちをおさえ、
妹の方へと駆け寄った。
次の瞬間、ダーン!という銃声が夕空いっぱいにこだまして、目の前で妹の頭が吹き飛んだ。
畑にきていたカラスがけたたましい鳴き声をあげていっせいに飛び立った。
僕は目の前に転がってきた妹の顎らしき部分の前に座り込み、その新鮮な大根をちぎれかけた舌の上にのせた。
「遅くなって、ごめんな…」
――ダーン!
二発目の銃声がして
目の前が暗くなった。
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