夢と罪悪感

 俊が居なくなった教室は静かで、平素より広さが際立って端正に並んだ机や椅子が、これからの今日を”逃げた”自分を眺めているような気がした。


 逃げた?そうか、逃げたのか俺は。

 そう思うと名状しがたい罪悪感のようなものが胸のあたりで冷えた。

 自己保身だけを考えて全く考慮していなかったことがあった。

 俺が共に扉夢を見ないとこれからの俊はどうなる。さっきの先生との話で一人で扉夢を見るのは不可能という言葉があった。そのことは俊も知っていたようだからよもや一人で見ようとすることはしないだろう、しかしオカルト須崎の異名を持つ彼のことだ。一人であの世界に突入していても不自然ではない。明日学校へ来て、件のハマツキアヤのように俊の存在がこの世から消えてしまっていたらあまりに目覚めが悪い。


 一応念のため連絡を入れておこうとスマホの電源を付けてLINEを開く。彼のLINEのプロフィール画像は実に悪趣味で、一般人には全くもって縁もゆかりもないような実にマイナーな心霊スポットで偶然撮れたという心霊写真を登録している。

 言われてみれば人の横顔のように見えないこともないというネタレベルのものだったが、この写真を撮った当時は元からテンションの平均値が高い彼なのにもかかわらず更にマシマシの、狂気を思わせる程のテンションを引っ提げてスマホの画面を俺の目に押し付けてきていた。


 そんなことを思い返しているとますます心配になってきた。オカルトの名を冠し、猪突猛進の二つ名を持つ彼である。もしかしたらもう既に扉夢を見ているやもしれぬ。


 急いでフリック。

『扉夢は一人でやるなよ!まだやってないよな?』

 ピコンと音を立てて送る。するとまさに猪の如き速さで既読マークが付き、すぐに返信が来た。

『一人でなんてやるわけないでしょ(笑)いやー、それにしてもまさか裕也がそこまで扉夢に興味を持ってくれているとは、正直意外だったよ。』

 持ってない、断じて持ってない。寧ろ関わりたくがないために今努力しているほどだ。しかしここで彼に反論しても何も生まないことを俺は知っている。

 そのためテキトーなスタンプを返してスマホの画面を落とす。


 再び大きなため息をついて、深く椅子の背もたれに寄り掛かった。

 とりあえず俊は大丈夫そうだ、さてこれから俺はどうする。

 まぁとりあえず、

「帰るか……。」

 背もたれに身を預けて教室の天井をぼーっと見ながらそんな独り事を言っていると、廊下を歩く他クラスの女子生徒に変な人を見る目で見られた。

 いつもなら赤面卒倒するようなこんな状況でも全く意に介さなかったことから、初めて自分が尋常じゃなく疲れていることに気が付いた。


 それから家に着くまでのはっきりとした記憶はなく気が付いたら自分の部屋のベッドで横たわっていた。しばらく横になるが寝ることもせずにシーツの表面を見続けて、それから仰向けになっては天井の蛍光灯を見続けた。気が付けば時刻は夜10時を回っていた。

 その間ずっと、頭の中で扉夢に参加した一回目の今日のことやハマツキアヤという人物のこと、一度死んだ自分のことなど様々な思いが混ざり合ったものが汚い色を発していた。

 制服に皺ができるのもいとわずにただ横になって、それからしばらくして眠りについた。


 そしてその夜、裕也は夢を見た。

 それは、

 扉だけが見える、暗い、暗い部屋の夢だった。

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