成功者と対策

「扉夢のこと、教えてあげるわ。」

 

 裕也は目を見開き、顔を上げ先生を見た。

 先生の印象的な大きな目が目の前にあった。彼女は楽しげな笑みを浮かべていた。


 その後、先生の言葉が気になりテストの内容なんぞは頭に入ってこなかった。傍目に見ても裕也はぼんやりとしていたらしく、テストが終わった後に友人が、テスト中先生がその様子を見てずっと呆れ顔をしていたと教えてくれた。

 残念ながらこの二回目となる休み明けテストは、おそらく一回目よりもひどい結果になっていることであろう。


 裕也がそう悲観しながら机に突っ伏していると、俊が両手をピンと上に伸ばしてYの字で向かってきた。

 あぁそういえば一日目もこんな感じだったかな。

「ゆーうーやー?おっはよーう!起きてー!」

「起きてるわ、元気なのはオカルト関連だろどうせ。」

「どうせとは聞き捨てならないけど、その通りさ!……時に裕也、君は『扉夢』という都市伝説を知っているかい。」

 知っているも何も、そのせいで俺は死んだためここにいる。

「なあ俊、そのことなんだが―」

「え!須崎くんも扉夢のこと知ってるの!」

 高い声が唐突に生徒が帰って広くなった教室に響いた。

 振り返るとそこには件の先生がいた。

「あ、やっほー、さっちゃん。さっちゃんも扉夢知ってるの?」

 俊が手を振りながらそう言った。

 余談だが、このさっちゃんというあだ名は先生の名である紗矢子さやこからとったものだ。


「もっちろん!何を隠そうこの紗矢子先生は扉夢によって願いを叶えた一人なのである。」


 驚愕。

 まさかこんなに近くに扉夢の成功例がいたとは。

 先に反応したのは俊だった。

「えぇ!知ってるだけじゃなかったの!?それでそれで、どんな願い事したの?……ってこれじゃ裕也何の話してるか分かんないか。」

「いや、俺も扉夢のことはよく知ってる。なので先生、俺も話聞かせてほしいです。」

 裕也がそういうと、よほど意外だったのか驚いた顔をした。

「まあ話をするために残ってもらったんだし、話すよ。」

 先生が真面目な顔をすると大きい目が少し怖い。


「私が扉夢を知ったときは君らと同じ高校生の時だったから、もう結構経つね。どこまで知ってるかは知らないけど多分内容は君たちが知ってるものと同じだと思う。最初は私もびっくりしたよ、『仲間ヲ集メロ』って門前払いされたと思ったら時間が戻ってるのだもの。その―」


「え、待ってください。」

 つい早速話を遮ってしまった。

「すみません、『仲間ヲ集メロ』って……。」

「あり?扉夢の中で声が聞こえるの知らない?一回目は扉夢をやるのに複数人必要ってこと知らなくて、一人でやっちゃったんだよね。俊くんは複数人必要ってこと知ってる?」

「俺もそう聞いたよ、仲間を引き連れて行かないと願いが叶えられないって。」

 

 裕也にとっては全くの初耳だった。おそらく俊が「聞いた」というのはハマツキアヤという人物からだろう。

 先生は俊の言葉を聞いて話をつづけた。

「それで私は友達を誘って一緒に儀式をやったの。そしたら……。」


 不意に先生は言葉に詰まった。

「あれ、なんでだろう。それから全然思い出せない。」

「たのむよさっちゃんー。そのくらいだったら俺も知ってるよー。」

 俊が茶化すようにそう言うと、先生は焦った様子で

「ご、ごめんごめん。あっれー、何か絶対教えなきゃいけないことがあったはずなんだけど……。」

 と言ってしばらくした後、時計をちらと見てはっとして「思い出したら教えるね!」とばたばたと忙しなく教室を出て行った。 


「どうしたんだろ先生。結局なんの願い事をしたのかさえ聞けなかったな。」

「まあしょうがないよ、だってほら。」

 俊は時計を指さした。時刻は3時10分を少し過ぎたくらい。

「あれ、職員会議って三時からって話じゃなかったか?」

 

 校内放送のチャイムが鳴った。

『井上紗矢子先生、井上紗矢子先生。至急職員室へいらしてください。繰り返します、井上紗矢子先生―』


「こりゃあ……。死んだな……。」

「ああ……。」

 合掌。

 慇懃無礼なほどに二人はうやうやしく手を合わせた。


 十分にチャイムから余韻を残して俊が口を開いた。

「閑話休題さて、裕也。お聞かせ願おうか。いつもは持ってくるネタ全てを『ふっ、くだらねぇなぁ?』と一蹴するような君が何故、最近になって俺がようやく知り得たコアコアな都市伝説を知っているのかを!」

 確かに毎回よくこんなにもくだらないネタを引っ張り出してくるなとは思うがふっ、くだらねぇなぁ?と言ったことはないはずだ、……多分。

 俊は扉夢を知っていることを黙っていたのに怒っているというより、オカルト好きの同類を見つけて嬉しいといったような顔をしていた。

 あえて言おう、断じて同類などではない。

「んー。風の噂ってやつだよ、誰に聞いたかも忘れた。」


 誰に聞いたかも忘れた、といったところで俊の表情が強張った。

 忘れていた、彼にはハマツキアヤとの記憶があるんだった。俺が誰かに聞いたとほのめかせばきっとそのハマツキアヤとの記憶が少しは残っていると思ってしまうだろう。

 その表情を取り繕えないままに俊が言う。

「……じゃあさ、知ってるなら話は早いや。扉夢やってみないかい!?」

 その様子は少し焦っているようにも見えた。

 扉夢の恐怖を知る裕也は考えていた。そして一つの結論にたどり着いた。


「……悪い!今日はちょっと用事があって無理っぽい。」

 なんだかんだ鋭い俊はこの分かりやすい嘘に気付いただろうが、存外すんなり受け入れてくれた。

「……なーんだ、まあしゃーないしゃーない。んなら俺は帰るよ、また明日!」

 そう言って教室を出て行った。


 唯一考え付いた対策は、扉夢に参加しないことだった。

 参加しなければ、関わらなければ苦しい思いをすることはないはず。


 ため息を一つ、大きくついた。


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