既視感と二回目
目を覚ますと見慣れたいつもの天井が見えた。それはいつも寝起きする自分の部屋のそれだった。ゆっくりと確かめるように体を起こしてから、自身の体を見た。
槍が貫通した跡どころか、かすり傷一つ見当たらない、何もなかったかのようにいつも通りの様子をしていた。
外では少し遠くで鳥が青い空を背景にして、ご機嫌そうに鳴いている。
少し冷静になって余裕ができると、脳に多くの疑問が押し寄せてきた。
「あれ、昨日俺いつ俊の家から帰ってきた?あのあとは、扉夢は、どうなったんだ。」
ぶつくさと言いながらふと視線を時計に合わせた。
時刻は七時半を過ぎ、四十分になろうとしていた。ちなみにその時間は通常、彼が家を出て学校へ向かう五分前である。
下の階から再び母親の声が聞こえる。
「あんた、朝ごはん食べていかないのー?」
裕也は何も返事をせずに部屋の扉を開けて一階へ降りて行った。半ば放心状態のまま洗面台の鏡の前に立ち、ひどい顔をした自分と対面した。ここでようやくシャツが汗でぐっしょりとなっていることに気が付いた。
シャツを変えてから制服を着た。
まだ刺されたときの響くような、
あのような体験をした後でどうも食欲が湧かず、母親が用意してくれたトーストには手を付けずに、ウインナー一本だけをつまみ食いした。
「まーたそんなことしてー。ほらいってらっしゃい。」
母親がそう言った時、裕也はここまで今朝一連の流れに違和感を感じた。
「……いってきます。」
胸に一抹の不安を抱きながら裕也は家の扉を開いた。
家を出たのはいつもより大体五分遅れほどだった。まず学校に遅れることはないだろう。
実際何の問題もなくちらほら他の学生たちも見え始めた。数人で談笑しつつ歩いているのを横目に、裕也のテンションは反比例していった。
人の気も知らないで……、と。実際知られていたらそれはそれで逆に怖いものなのだが。
そんな気分の中、不意打ちというものはなかなか効くものである。
バシンといういい音が背中から痛みと共に響く。
「おっはよーう、裕也。いい朝だねぇ!」
声を掛けてきたのは俊だった。彼はいたっていつも通りの様子をしている。
「どうしたんだどうしたんだー。登校日初日だってのに元気ないなー?」
まず現在俊の右手が俺の背中でバシンバシンと軽快なリズムを刻んでいることについて物議を醸したいの―
「まて。」
俺は考えるより先に言葉が出ていた。
さっきからの違和感がはっきりした。
俺は今日を知っている。
今朝からの違和感の正体は既視感だ。
恐る恐る訪ねる。
「初日じゃなくて今日は休み明け登校二日目だろ。」
俊の右手がぴたりと止まった。
「何面白いこと言っているんだい裕也。昨日は課題に追い込まれていた夜だったろう!」
推測は確信となった。俺がこの初日を過ごすのは二回目だ。
時間が戻っている。
そう考えるのが自然か。物理法則に反する不自然極まりないことだが。
起こっていることに対して、自分が思いのほか冷静だということに自分で軽く驚く。いや、冷静でありながらこんなにも現実離れしたことを考えているのだから逆に危ういかもしれない。
「裕也……。それはそうと今日休み明けのテストあるよな……?」
俊は唐突にそう言うと右手を顔の前でピンと見せてから「少しでも知識詰め込んでくる!」と言って学校へ力強く駆けていった。
最早、俊の行動をも全く意に介さなかった。
裕也の思考はこの冒涜的な出来事の根源であろうものに囚われた。
「扉夢。」
周りの景色はいつもより早く通り過ぎていった。
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