儀式とはじまり

「じゃあさ、」

 やっと笑いの収まった俊が口を開いた。

「俺の家来ない?こんなとこじゃ何だしさ、実はもう用意してあるんだ。」

 周りを見ると既にほかのクラスメイトの姿はなく、早く帰れと言わんばかりに、先生がドアのところで腕を組みじーっとこちらを見ていた。

「行くならさっさと行こうぜ、先生の熱い視線で穴が開きそうだ。」

冗談めかして俊が言うと、先生もしかめっ面を崩して笑っていた。


「さよならー、先生。」

「おう、また明日ー。」


 それから数分後、俺たちは須崎家へ到着した。

 俊はじゃらじゃらと大量の謎の鍵が付いたキーホルダーを取り出し、じゃらじゃらと鳴らしながら家の扉を開けた。

「ささ、あがってあがってー。」

「お邪魔しまーす。こんにちはー。」

 靴を脱ぎつつ、奥にいるであろう俊の母親に挨拶をするが声は帰ってこない。

 きょとんとしていると、

「あ、多分今母さん買い物だよ。」と笑われた。

「俺の部屋に準備したからこっちこっち。」

 跳ねるように階段をのぼっていった俊が上で手招きしている。裕也は招かれるがまま階段をのぼっていった。俊の部屋は階段をのぼってすぐのところにある。

「さぁ、さぁ!括目せよ!これが今回の儀式の間だ!」

 大げさに目を開け、手を広げ、俊は部屋の扉を開いた。


 扉を開けたその先にあったのは、暗闇。

 そこは一面の暗闇だった。


 瞬間的に全身で総毛立つのを感じた。。あそこでのどうにもできない死の恐怖を思い出して戦慄した。

 いや……これも何も偶然だ。声なんか聞こえてこないってさっき笑われたばかりじゃないか。そう自分に言い聞かせて何とか平常心を取り戻そうとする。

「お、おい。裕也、大丈夫か?ヒッドイ顔してるぞお前今。」

 俊が眉をハの字にしながら顔を覗き込んでくる。

「大丈夫、大丈夫なんでもない。いやしかし本当凄いな今回は。」

 ここまできたら偶然の一致ということを証明するためにもここで計画を中止することはできない。深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そこで部屋の中をもう一度注意深く見てみる。


 部屋の形はごく一般的な直方体をしている。その壁四面すべてに暗幕が張られているようで窓からの光は遮られ、部屋の中は完全に暗闇となっている。さらに壁だけでは飽き足らず、床や天井までもが暗幕によって黒く飾られているようだ。


 ここであることに気付いて俊に問いてみる。

「前にここへ来た時に山ほどあったオカルトグッズはどこへやったんだ?」

「ああ、それなら全部あの中だよ。」

 あの中って、指さす先にも暗幕しか見えないのだが……。たしかそこにはクローゼットかなんかがあった気がする。ということは、あの山のようにあったグッズをすべてあの中に詰め込んだのか。そう思うと、こんな儀式よりそこを再び開けた時が恐ろしい気がした。

「そーんなことは置いといて!早速やってみましょうか、扉夢とびらゆめ!」

 彼は満面の笑みで例のドアの紙を取り出した。


 二人は、部屋の真ん中でドアの紙を挟むように胡坐をかき、扉をしめた。部屋は完全に暗くなり、目が慣れるまでは何も見えないほどだった。

「じゃあ儀式の説明をするね。まあ説明って言っても裕也はすることないんだけど。」

「やることがないのは別にいいんだが、これじゃ俺がいる必要なくないか?」

「もし俺に何かあったときは頼むぜ相棒!」

 よく見えないが分かるぞ、今こいつはキメ顔でウインクをしている。

「……もういい、説明頼むよ。」

「ほいほい、まずこれ。暗闇の中心にドアの書かれた紙を置く、と。そして、火のついた蝋燭を人数分用意する……。おっと、暫し待たれよ!」

 突然立ち上がり、扉を勢いよく開け放ち、ばたばたと忙しなく階段を下りて行った。蝋燭を取りに行ったのか、珍しく手際が悪いな。少しだけ開いたままになった扉からの光が少し眩しい。


 しばらくするとまたばたばたと忙しなく階段をのぼる音が聞こえてきた。

 そしてばんっと大きな音を立てて扉が開いた。

「ふっふっふっ……。この儀式には蝋燭のほかに必要なものがあるのですよ、ワトソン君。」

「忘れていたのは蝋燭だけじゃなかったのかよ。」

「なかったのですよ。だから蝋燭を取りに行くついでにそれも持ってきたよ。」

 扉を開け放つ際に前に突き出された俊の右手には紙で作られた鍵のようなものが握られていた。

「何それ、鍵?」

「そそ、これがないとせっかく扉夢を見れても扉が開けれなくて願いも叶わないらしいから、結構重要。」

「そんなものを忘れてたのか。頼むぜおいおい。」

 裕也が笑いながらそういうと俊は肩の高さで両手を上に向けて、肩をすくめてみせた。


 それから俊は、手際よく蝋燭とドアの紙、紙の鍵を並べ始めた。

「あれ、ちょっとちょっと俊や、蝋燭の説明は?」

「んー、なんか用意しとけって書いてあったから置いてみる。なんかの合図?になるらしい。これは都市伝説のサイトにも詳しく書かれていなかったんよ。……なんて言ってる間に準備完了したぜ。」

 二人の間に紙の扉と鍵が並べられ、横には二本の蝋燭が立てられた。

 そして俊がちょいと失礼と言いながら蝋燭に火をつけた。それを見てから俺は、明かりを入れるために少し開けていた扉を閉めた。

 部屋の中は、蝋燭の火だけが煌々と揺らぐ暗闇となった。紙と鍵が怪しげに照らされている。


「んじゃ扉夢とびらゆめの呪文を唱えるから、御清聴願いますぜ。」

「おお、なんか今回本格的だなあ。夢をかなえるためにお前も必死ってか。」

 冗談を振ったつもりだったが、それとは裏腹に俊は真面目な顔で

「全く持ってその通りだよ、だから御清聴願いますって。」と言った。

 真剣な眼差しに裕也は固唾をのみ込んだ。


 一呼吸おいて俊が静かに口を開いた。

「扉夢よ、扉夢。月に吠え、闇を彷徨い、その黒き無貌を扉に晒せ。 にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」

 冒涜的な言葉が部屋に大きく響く。心なしか部屋の温度が少し下がったような気がする。もう一度俊は口を開く。

「扉夢よ、扉夢。月に吠え、闇を彷徨い、その黒き無貌を扉に晒せ。」

 再び一呼吸置き、俊は覚悟を決めて大きな声で叫んだ。

「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」

 俊が放った呪文は暗闇に反響して消えていった。


 刹那、蝋燭が消えた。辺りが暗闇に包まれる。

 裕也は感覚的に察した、これはただの暗闇じゃない。きっとまたあの夢が始まる。否が応でも分かる、あれは偶然の一致なんかじゃなかったのだと。

「くっら!裕也、勝手に蝋燭消すな―」

 言い終わらぬうちに、その気の抜けるような言葉は途切れた。どうやら俊もここの違和感に気が付いた様だ。

「暗い……んだよな?なんで扉はそんなにはっきり……。扉……!これが扉夢!?きっとこれは成功だぞ、裕也!!」

 彼のその精神力は目を見張るものだった。俺の後ろにある部屋の扉の異様な存在感を感じて驚いた後、すぐに扉夢に入れたことを喜んでいた。

「おうおう成功のようだな。早速扉夢とやらに願い事を叶えてもらおうじゃないか。」

 そういえば肝心の願い事を考えていなかったな、何にしよう。

 騒ぎ続ける俊をBGMにして考えていると、あの名状しがたき声が聞こえてきた。


「私を殺して。」


 その声が流れてからは暫しの静寂が流れた。先にそれを破ったのは先程とは一変、静かになった俊だった。

「なあ……裕也?今の声聞こえたか……。なんなんだよ今の……。」

「やっぱりお前にも聞こえたか。前に俊に質問したことがあっただろう、扉夢に声が聞こえる噂はないかって。実は今のがその声なんだよ。」

「いや、待てって裕也。……ってことは、お前、扉夢、初めてじゃないのかよ。」

 その声は彼の動揺の念をありありと表しているものだった。裕也は床に転がっている鍵を手に取りながら、言った。

「そうかもしれない。いや、俺も正直よく分かっていないんだ。まあ、願いを叶えたらすべて話してやるさ。」

 手に取った鍵は扉と同じように、異様な存在感を纏っていて暗闇の中でもはっきりと見えた。

「……わかったよ。今だけはそれで納得してやる。叶えたら絶対だからな!」

 いつもの調子で俊はそういった。全くこの精神力には脱帽だ。

「それじゃあ納得してもらったところで、本題の扉を開けましょうか。」

 裕也は扉に近づき、まじまじと眺めた。思えばこんなに落ち着いてこの扉を見るのは初めてかもしれない。今までこの扉をまともに眺めることすら出来なかったのだと思うと、現在までの目まぐるしい慣れを実感する。


 そうしているとあることに気が付いた。


 この扉には鍵穴がない。

 






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