夢の扉は開かない。
テストとオカルト
「ああああああ!!」
「ゆうやー!ご近所迷惑でしょー!」
今日の加藤裕也の朝は騒々しく始まった、主にあの夢のせいで。
「全く…。何だってんだよ。」
ゆっくりと気だるげに体を起こし顔を軽く扇いだ。背中は汗でぐっしょりとなっており、夢の中での壮絶さを物語っていた。いつになくリアルな悪夢で起きた今は鼓動が冷めやらない。
少し落ち着いてから、後でシャツも着替えよう、ついでにシャワーも浴びてしまおうか。などと考えつつふと視線を時計に合わせた。
時刻は七時半を過ぎ、四十分になろうとしていた。ちなみにその時間は通常、彼が家を出て学校へ向かう五分前である。
下の階から母親の声が聞こえる。
「あんた、朝ごはん食べていかないのー?」
「食べます食べますって!」
どたばたと階段を駆け下りて、顔を洗い鏡をちらと見、少し冷めてしまったトーストを一枚口に頬張る。さすがに一枚一気に食べるのは無理があったか、喉に軽く詰まらせ水で流し込んだ。
今日でなければ遅刻も許容できたかもしれないのに…。と心の中でぼやきながら制服に袖を通す。
今日は高校二年に進学して初めての登校日なのだ。裕也は生真面目な学生ではないが、初日から社長出勤を極め込むほど肝が据わってもいない。
いやしかし待たれよ、まだシャツを変えていない、ぐっしょり絶賛続行中だ。これではいかんせん気持ちが悪い。
「あ゛ーー」
一度留めたボタンをうなりながら外し、シャツを変える。そしてテーブルの上のウインナーをひとつつまみ食いする。
「まーたそんなことしてー。ほらいってらっしゃい。」
「ほいほいー。」
玄関にいそいそと向かい、家を出る。
「いってきまーす。」
五分遅れならまあ問題はないだろう。
実際何の問題もなくちらほら他の学生たちも見え始めた。数人で談笑しつつ歩いているのを横目に、初日早々悪夢で目を覚ました裕也のテンションは反比例していった。
人の気も知らないで……、と。実際知られていたらそれはそれで逆に怖いものなのだが。
そんな気分の中、不意打ちというものはなかなか効くものである。
バシンといういい音が背中から痛みと共に響く。
「おっはよーう、裕也。いい朝だねぇ!」
張り手とともに大きく挨拶を飛ばしてきたのは友人、
「どうしたんだどうしたんだー。登校日初日だってのに元気ないなー?」
まず現在俊の右手が俺の背中でバシンバシンと軽快なリズムを刻んでいることについて物議を醸したいのだが。
このテンションのため自分から話すのは乗り気ではないが、叩かれると地味に痛いため代わりに話題をふる。
「どうもこうも聞いてくれよ見た夢がさ―」
「時に夢といえば裕也よ。夢占い的には開かない扉が出てくる夢は自分の理想がいまだ遠いことを示すんだそうだ。」
当然のように話を遮るなよ……。それに怖いほどに的を得てきやがる。
「またお得意のオカルト須崎か?そんな非科学的な話は置いといてさ、見た夢ってのがまさにそれ」
「非科学的とはなんだー!夢というのは人間の深層心理を表すというではないか。それに一般には記憶の整理をしているといわれているが俺はそれだけではないと思うんだ。俺の仮説では―」
スイッチが入ってしまった……。こうなってしまっては向こう十分ほどはBGMに困ることはない。
「―そのため、とあるアメリカの研究機関がそれを受けてだな……。」
しばらく話し続けていた俊が突然表情を失い話を止めた。話を全くと言っていいほど聞いていないことがばれたか?
「裕也……。そういえば今日休み明けのテストあるよな……?」
「あぁ。そりゃあ休み明けだからな。」
既に表情が失われていたはずの俊の顔からさらに表情が搾り取られていく。なるほど、血の気が引くというのはこういうことか。
「悪い裕也!先行って少しでも知識詰め込んでくる!新学期早々悪夢は見たくないからな!」
そう言うと俊は右手を顔の前でピンと見せてから力強く駆けていった。
実際に早々に悪夢を見たやつの目の前でこのセリフを言うか此奴は。まあ強く生きろ赤点の民よ、俺には関係ない。
* * *
友人、須崎俊とは幼稚園の頃からの幼馴染である。思えば彼はそのころから少し常人とは一線を画したような人物だったような気がする。
世間話をする分には普通なのだが、ひとたび彼の趣味の話になるとそれはもう止まらない。当時も幼稚園生とは思えないほどの知識の偏りようを先生に見せつけていたと名高い。そんな彼がすくすくと斜めに直進しながら育った結果、現在ではその趣味の内容と趣味のためならどんな犠牲をも躊躇わない猪突猛進さに敬意を表して、オカルト須崎の異名が付いた。
もちろんその名に皮肉も含まれていることは言うまでもない。
裕也が教室についたころには俊は教科書の壁に囲まれ、必死にもがいていた。
「おぉ……おいおい、今更こんなに教科書引っ張り出してきてもできることは限られているだろうに。」
苦笑いを浮かべつつ半死人状態の俊に語り掛けてみる。
「俺は……今年こそ頭悪いキャラを払拭するんだ……!」
安心しろ俊よ、お前の一番強いキャラは頭のおかしいオカルト須崎だ。
しかし、もちろんそんなことは言わない。友人の努力は励ますのが友人としての務めってもんだ。
「ふっ、せいぜい頑張れ。無理だろうけど。」
嘲笑いながら壁の一角である教科書を手に取りぱらぱらとめくる。俊ほどではないとは言え、テストに対して少しは危機感を覚えている。公式の一つや二つ覚えられるならそれに越したことはないだろう。
ここで裕也は手に持つ教科書に何か紙が挟まっていることに気が付いた。
「ん。俊、これなに?」
それはドアの絵が描かれた紙だった。ドアの一辺を残して切れ込みがいれられており、開くようになっていた。ペラペラ開けたり閉めたりをしていると、
「あー!それ、そんなとこにあったのかー!」
半死人の黄土色の顔から一変、一気にテンションが上がったようだ。ということは恐らく、というより確実にこれはオカルト関連のグッズだ。
「ふっふっふっ。それは放課後のお楽しみだぁ!」
俊は裕也を巻き込むことを暗に、声高々に宣言しながら口に人差し指を当てた。
「はいはい、いまだけでもくだらんオカルトより目の前の公式詰め込みな。」
ぺチンとその人差し指にデコピンして、自分の公式の詰め込み作業に勤しんだ。
「なーんだい、つれないねぇー。今回のは一味違うのだよワトソン君。」
「そう言うってことはいつもと一緒じゃないか、期待しないで楽しみにしとくよ。」
一味違うというのは彼の常套句。心霊スポットやUMA探しなど、その他諸々につき合わせたいときは決まってこう言うのがオカルト須崎だ。
そして、なんだかんだいって毎回それなりに面白いのがオカルト須崎なのだ。
そういった理由もあり毎回性懲りもなく引きずられていく。
予鈴のチャイムが鳴った。
「う゛ーーー。」
バイクのエンジンさながらの見事な唸りを見せる俊の顔は、みるみるうちに黄土色へと変化していく。カメレオン?
ガラリと音を立てて先生が入ってきた。
「じゃあ俊、お互い頑張ろう。」
「お゛ーう゛……。」
と裕也は自分の席へ戻る。俊は心ここにあらずといった様子で未だ呆けている。
あんなじゃ解ける問題も解けないだろう。
「おはようございます、皆さん。休みは有意義なものにできましたか?」
教卓で前より少し髪の伸びた先生が話す。やけに静かなクラスメイト達は次の言葉を待っているようだ。
「では、早速ですが休み明けテストやりましょうか……!」
先生がにやりとしながらそういうと、クラスのいたるところから野次が飛んだ。 その中に俊の声はなく、見るとただ机に突っ伏していた。
死んだんじゃないかあいつ……。
それから数時間後。
テストが掛詞として終わり、次は俊ではなく裕也が机に突っ伏していた。そこに、彼の予想に反して非常にほくほく顔の俊が現れた。
「ゆーうーやー?おっはよーう!起きてー!」
両手を挙げてYの形で迫ってくる。
「やけに元気だな、山でもあたったのか?」
「いやいや!テストは当然終わったよ!(掛詞)でも、そんなことはどうでもいいじゃん今は。これからはオカルト須崎の時間だよ!」
こいつとうとう自分でオカルト須崎と名乗りやがった。まさかその名前、自分で付けたんじゃないだろうな。
「今回はこれをやってみましょう……!」
と、またあのどや顔をしながら何かを顔の前に広げる。
「お、さっきの紙。やっぱりオカルトだったかそれ。」
それは先ほど教科書の間に挟まっていたドアの描かれた紙だった。
「やっぱりとは何だい。まあその通りだけども。
さて裕也、君は”
目を細め口角をにやりと持ち上げ、いかにもな雰囲気を出そうとしているがまだ外は明るい。これではただの変顔と大差ない。
「いや聞いたことすらないが。それが今回のネタか?」
「その通りその通り。内容は単純明快、この儀式をすると夢の中に、暗い暗い部屋と扉が出てきます。その扉を開けて中に入ると願いが叶います。終わり。」
内容と「終わり。」の言い方があまりにも馬鹿らしかったため笑ってしまった。がしかし、すぐにその笑いは消えた。
あれ、俺はその夢を知っている?
唾をごくりと飲み込んだ。
「なぁ、その夢の中では変な声が聞こえるっていう噂はないか?」
俺がそう聞くと俊もまた神妙な面持ちとなった。
「まさか……裕也お前……!
……なーんてな!そんな噂俺でもきかないよ。あてずっぽうで知ったかぶりなんてするかー?普通。」
俊は笑いながら確かにそう言った。
もうあんな悪夢はもう一度でも見たくはない。違うといってくれたのを聞き、ほっと胸をなでおろした。まあそもそも儀式をやった覚えなどもないため、あの夢とこの都市伝説は偶然の一致以外の何物でもないのだろう。
「悪い悪い。いやそういう都市伝説とか変な声って定番じゃねえの?」
「そうでもないだろうよ、裕也も案外面白いこと言うんだな。」
「案外とは何だ案外とはー。」
それは偶然の一致以外ありえないはずのことだった。
「裕也はあの事を覚えて……?」
俊が笑顔のままつぶやいたその言葉は裕也には届かなかった。
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