act.6-1
家をでると、雨が降りだした。おれは傘をさして、風見は持ってきたらしいレインコートを着た。
登校の途中で雨がさらに強くなる。レインコートを着ている風見の全身から、バラバラバラと派手な音がする。
空のどこかがかすかに光った。荒田の推理は確からしい。雷が彼を直撃する。
だが、それだけではない。この数日考えて、たどり着いた答え。
「今回の死体の一番の難点は、証拠が多すぎるという部分だ」
「それシャーロック・ホームズ?」
「…………」
なんで知っているのだろう。披露した雑学を、「それ昨日テレビでやってたね」と言われてバレるくらいの恥ずかしさがあった。
それはともかく。
「えぐれた右目。焼け焦げた体。首にできた切り傷。雷で体が焦げるのは理解できる。だけど右目のあたりがえぐれてしまうのは? 雷だけで可能だろうか。それに首への切り傷は? 冷静になって考えてみればいい。ぜんぶをまとめて解決するんじゃなくて、一つひとつと丁寧に向き合うんだ」
誰かと仲直りをするように、一つひとつと、真正面に向き合う。
つまり。
「荒田に襲った死は、一つじゃない。雷のほかに、もうひとつあるんだ。二つの死が、同時に荒田を襲ったんだ」
ひとりの人間に複数の死因。
風見には経験がなかったのだろうか。だからわからなかったのかもしれない。死因はひとつだと決めつけた。おれでさえも。荒田にとっては、運の悪さを詰め込んだような一日になることだろう。
校門をぬけて、風見に問題の死体現場まで案内してもらう。周囲にはまだ生徒がやってきていない。
傘をたたんで、おれは鼻先がつくまで地面に這いつくばった。
「凪野くん……」
風見が傘を拾い、動くおれについてくる。這いつくばり、地面を探す。死因に直結するものはないかと、目をこらす。地面に何か転がっていないか。近くには花壇がある。その花壇には隠れていないか。花々がたくましく咲いているだけで、何もなかった。
ふと、荒田の死体がつかんでいたという布切れを思い出す。えぐれた右目に関係しているのではないだろうか。
布切れということは、もともとは何か、大きなものの一部分だったということだ。
切り離されたか、もしくは雷で焼け焦げて離れたか。書かれていた数字は『9』。どうして荒田は『9』と書かれた数字の布切れをつかんでいたのだろう。それがもしも、死因に関係することだとしたらどうだろう。
思い出せ。どこかになかったか。
荒田のそばに、『9』という数字に関係した何かはなかったか。
出会ってから一週間、その数字を見かけたことは? 会話のどこかに潜んではいなかったか。
布切れと言っていた。どうして布なんだ。紙じゃだめなのか。どうして切れ端なんだ。全体を持ってはいられなかったのか。
9。縁起の悪い数字。縁起の良い数字。物事を終わらせる意味を持つ数字。違う。数字に意味はない。9には固執するな。違う。違う。違う。
「……9じゃない」
その場で座ったままだったので、すでに膝はびしょびしょに濡れていた。それでもよかった。おかげで答えが見えた。おれは這いつくばるのではなく、見上げるべきだったのだ。
「布切れをつかんでいたと言っていたな」
「うん。数字は9」
「違う。9じゃなくて、6だ」
おれは昇降口を差す。そこからまっすぐ、指を校舎の壁にそうように、のぼらせていく。
そこには垂れ幕がかかっていて、こう書かれている。
『第61回 祝 ディベート部 関東大会出場』
数字の9ではなく。
6であるなら、その垂れ幕には該当する数字が含まれている。風見はスカートのポケットから、何かを取りだす。おれに視えない、未来の死体の私物だった。風見はパントマイムのように、透明な布切れを広げる。垂れ幕にある数字を見比べたあと、静かにうなずいたのがわかった。
「垂れ幕には、結びつけるための装備と、ほかに強風でめくれないための重い金属が差し込まれている。あの垂れ幕が何かの拍子でほどけて落下し、金属部分がひとの顔にあたれば……」
「右目をえぐるだけの危険は十分にある」
風見が言い添える。
「これでひとつ、解決ね」
垂れ幕は放課後、ひとが少なくなったところで屋上に向かい、回収することにした。
雷についてはどうしようもない。これは予測しても防ぎようがないので、今できることは皆無だ。
そして首の傷の件だが、これも原因がまだわからない。死に直結しない傷だと風見は言っていたが、油断はできない。
「タイムリミットが間近よ。たぶん、今日の夕方」
ということで、荒田には夜まで学校に残ってもらうことになった。彼も了承し、放課後を待つことになる。
授業中、昼休み、雨は降り通しだった。ときおり雷が鳴った。
授業の休み時間中、屋上にかかっているカギの問題を解決した。おれは佐藤に近づいた。
「なあ、この前の屋上はどうだった?」
「静かにゲームができそうでいい場所だった。今日は嵐で行けないが」
「じゃあ今日はおれに譲ってくれないか。秘密でつくった合鍵をばらさない代わりにさ」
「おいっ、あんまりでかい声でしゃべるな!」
放課後になり、桐谷と合流し、荒田のいるクラスに集まった。まわりの生徒は悪天候のために、早々と教室をでていく。外系の部活は活動できないし、さっさと家に帰るものも多いのだろう。
校内にいればひとまずは安心のはずだった。ここでタイムリミットが経過するまで過ごせるのが理想だが、どうなるだろう。安心も油断もできない。
桐谷と荒田を教室に残し、おれと風見で屋上に向かった。佐藤から預かったカギで屋上を開ける。
雨が灰色のコンクリを強く叩いていた。ばらばらばら、と寝そべって雨粒を受ければとても痛そうだ。風に吹かれて、雨の勢いが一段と強くなる。傘を開くと押し戻されそうになったので、あきらめて濡れることにした。風見もレインコートは着なかった。
垂れ幕の結び目のところまでたどり着く。見ると、ひとつがほどけかけていた。結び直すよりも、やはりまるごと垂れ幕を回収することにした。
二人がかりでようやく垂れ幕を引きあげる。横で雨に濡れる風見は、少しきれいだった。彼女の首元にちらりと、花形の銀のネックレスが見えた。荒田からもらったものを、まだしているらしい。
回収した垂れ幕を屋上の踊り場に置いて、教室に向かう。
途中で風見が一度、死体を確認しに一階に降りていった。戻ってきた彼女は、無表情のままグーサインをよこしてきた。
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