もしも魔王
■Case1 もしも魔王が切手だったら
玉座の間に到着した勇者は言葉を失った。座して待っていたのは50円切手だったのだ。不気味に笑う魔王をつまみ、背中をぺろりと舐めて、田舎の母上に送ろうとしていた絵葉書の手紙に貼り付けた。城の前にぐらいポストを置いておけと不満をこぼしながら、勇者は郵便ポストを探しに城を後にした。
母からの返事が届いたのは一週間後のことである。
■Case2 もしも魔王がノートだったら
勇者は絶句した。玉座に佇んでいた黒い影の正体が何の変哲もないノートだったからだ。魔王を手に取り、ページをめくると、何やら四天王同士の愚痴が書かれていた。互いに不満を持っていたらしく、綴られた四天王間のドロドロした関係に思わず目を覆ってしまった。丁度最後のページが空白だったので、勇者はそこに記録を残してセーブをすることにした。
翌日、ノートで火を焚いて焼き芋をして勇者は帰った。
■Case3 もしも魔王がみかんだったら
勇者は唖然とした。玉座の間にはこたつが設置され、テーブルの上にはみかんが一つ置いてあったからだ。手に取ってみると、おぞましい声でみかんが語りかける。
「よく来たな勇者よ!貴様を倒して、暗黒のせか…あ…」
話の途中で全部食べ終わってしまった。皮だけとなった魔王を生ゴミの袋に捨て、勇者は城を後にした。
ほどよく甘酸っぱくてとても美味しかったそうな。
■Case4 もしも魔王が生き別れになった勇者の双子の兄だったら
勇者「貴方はまさか、幼い頃にいなくなった兄さん!?」
魔王「久しいな弟よ。まさかこのような場で再会しようとは。」
勇者「兄さん。」
魔王「弟よ。」
二人「ベタ展開!!」
その後、二人で両親のもとに戻り、ファミレスに行って、久しぶりの家族団欒を楽しみました。
■Case5 もしも魔王がマッサージ師だったら
勇者は聖剣を抜き、構えた。魔王は腕を鳴らして不気味に微笑んでいる。
「ゆくぞ…。」
魔王は勢いよく駆け出し、勇者との距離を縮める。正面まで迫った魔王めがけて勇者は聖剣を素早く振り下ろす。が、降ろす前に魔王の右手に腕を掴まれ、攻撃を封じられてしまった。
「しまった!」
「覚悟せよ!!」
魔王の左腕が勇者の背中に迫る。そして…
「んおおおおおおおおおおおおお!!!」
勇者の背中に指がめり込む。ほどよい力加減で。コリをほぐすように。
「貴様、だいぶお疲れのようだな。コリコリではないか。」
脱力した勇者を床にうつむきに寝かせ、両手を使い、背中全体をほぐしていく。
「ああ~~!!そこそこ!!くぅぅぅ!!上手いな魔王!」
「当たり前だ。タイ式、中国式、インド式…色々な免許を取ったからな!」
それから二時間じっくり全身マッサージを受けて、3000G払って勇者は帰った。その後口コミで魔王のマッサージが評判になり、客足が増え、魔王は大変な億万長者になったとさ。
■Case6 もしも魔王がトイレから出たばかりだったら
玉座の間に到着した勇者は、首をかしげた。待ち構えているであろう魔王の姿がどこにもないのだ。警戒しつつ、部屋の中を見回していると、何かが流れる音と共に奥の部屋から魔王が姿を現した。僅かだが異臭を感じる。
「あーすっきりした。おや?勇者、もうきていたのか。ぐはははは!待たせたな!では早速…」
「おい魔王、手を洗ったか?」
魔王は首をかしげ、自分の手を見て、勇者にも手のひらを見せて答えた。
「出したものに触ってないし綺麗だぞ?ほら。」
勇者は納得しない様子で魔王を睨んだ。
「洗ってこい。気にする奴だっているんだ。」
気にし過ぎじゃないかなぁと渋々手を洗いに行ってから、やっと戦いが始まったとさ。
■Case7 もしも魔王が魔王城だったら
魔王はほくそ笑んでいた。よもや玉座で待つ魔王が疑似餌に過ぎず、本物の魔王が城そのものだとはかの勇者も思うまいと。勇者一行が中に入ったが最後、消化液を流し込んで己の養分にしてくれると意気込んでいた。勇者達の到着を待ち望んでいると、遠方から大きな影が見え、地鳴りが聞こえ始めた。
「な、何だあれは!?」
近付いてきた巨大な影、それはなんと人間の国の王城だったのだ。
「な、何故人間の国の城が動いているんだ!?」
突然の事態に魔王はつい叫んでしまった。それが聞こえたのか、王城が話し始めた。
「これは驚いた。魔王、まさか貴様の正体も建造物だったとはな!」
声の主は紛れも無く勇者だった。
「貴様、勇者!?ま、まさか人間大の貴様は仮初に過ぎなかったというのか!?」
魔王の動揺に勇者は笑みをこぼす。
「貴様とて同じであろう!当初の予定では圧倒的体格差で捻り潰すはずだったが、これはこれで一興!魔王、覚悟しろ!」
城の開け放たれた窓やらバルコニーやら至るところから砲台が現れ、魔王に焦点を合わせる。
「ほざけ!貴様なぞ、即解体して公衆便所に作り変えてくれるわ!」
魔王も負けじと砲台、特大刃物を無数用意して迎撃の態勢に入った。
二つの城の戦いは長期戦となり、その火の粉は世界を焼け野原にしてしまった。戦いに決着がついたときには、勝者以外の全ての生命は絶滅していた。
■Case8 もしも魔王がいちいち持ち時間をカウントしていたら
勇者が玉座の間にやってくると、魔王は腕を組んで佇んでいた。その姿たるや、まさしく魔の王に相応しく威厳を放っていた。
「よく臆さずに来たな、勇者よ。」
魔王は鋭い眼光で勇者を睨む。それに怯むまいと勇者もキッと睨み返した。勇者が剣を抜こうとしたとき、魔王が再び口を開いた。
「10秒…。20秒…。」
何やら時間を計っているようだ。勇者は魔王の挙動を警戒しながら、ゆっくり剣を抜いた。剣を構えて魔王を見据えていると、魔王は不気味な笑顔を見せ、勇者に警告した。
「後手、勇者。持ち時間は残り3分な。」
持ち時間?勇者は魔王の言葉の意味が理解できなかったので聞いてみた。
「持ち時間て何だよ?」
魔王は不思議そうに首をかしげて答える。
「発言の持ち時間だよ?各自スタート時に4分持っていて、熟考するごとにカウントが減っていく。知らなかったの?」
知らなかったもなにも、そんなルールがあったこと自体初耳だった。
「ちなみに持ち時間が0になったらどうなるんだ?」
「そいつの負けだな。潔く敗北を認めて降伏するのがマナーだ。」
「…ちなみにそれに納得しないで拒んだら?」
「拒んじゃ駄目だよ~。ルールだもの。」
勇者は呆れかえって剣を鞘に収めて玉座の間を出ていった。一人残された魔王は、立っていても仕方ないので、大好きな将棋番組の録画を見ることにした。
■Case9 もしも魔王がじゃんけんに凝っていたら
玉座に座る魔王を前に勇者は剣を手に身構える。魔王は前屈みになり、右腕を前に突き出した。
「いくぞ、勇者!」
魔王の目がカッと見開き、勇者は一層警戒心を強める。
「じゃーんけーん…ぽんっ!!」
突然の掛け声に意表を突かれながらも、つられてグーを出してしまう勇者。魔王の手を見ると、チョキを出していた。
「見事だー!!」
言いながら魔王の体が光り輝き、消滅していった。
残された勇者は、茫然としたまま自分のグーと魔王の座っていた玉座を交互に見やっていた。
■Case10 もしも魔王がギャルっぽかったら
勇者は白い目で魔王を見ていた。丈の短いスカートにルーズソックス、小麦色の肌にやまんばメイク。そんな昔のギャルを思わせる魔王は勇者が来たというのに爪にマニキュアを塗って顔を向けようともしない。勇者が玉座に入ってきてからかれこれ1時間が過ぎていた。さすがに我慢の限界が来た勇者は、魔王に戦いを促す。
「魔王!時間ならたっぷりやったはずだ!そろそろ戦いを始めようか!!」
魔王、無視。こめかみに怒りマークをつけて、勇者は再度語気を荒げて促した。
「聞いているのか!?光と闇の最後の戦いを始めるぞ!!!」
魔王、舌打ち。爪が終わったのか、今度は髪をいじり始めた。相変わらず勇者の方を見ようとしない。勇者が3度目の怒声を上げようとすると、先に魔王が口を開いた。
「勇者マジおこなのぉ~?チョーキモいんですけどぉ~?光と闇の~って廚二病かよ~?ウケル~~~。」
勇者の堪忍袋がビッグバンした瞬間である。魔王の気が変わるまでレベル上げと八つ当たりをしに勇者は玉座の間を後にした。
「チョベリバ!!!」
■Case11 もしも魔王と装備が被ったら
勇者は最新トレンドの装備を身に纏い、魔王のもとへと向かった。しかし、勇者は唖然とした。魔王もまた今時の流行に乗っかっていたのだ。魔王の方も、勇者の装備を見て言葉を失くす。
「ペアルックとかほんと勘弁してくれ!」
「それはこちらの台詞だ!ちくしょう!」
一度着替え直してから再戦することにした。
■Case12 もしも魔王がゴリラだったら
勇者は剣を構えた。闇を統べるかの魔王は獣の姿と噂では聞いていたのだが、よもやゴリラだったとは思いもしなかった。両腕を地に着き、厳つい表情で勇者を見据える。今にもウホウホ鳴きそうだ。まじまじと魔王を観察していると、不機嫌そうに魔王が口を開いた。
「お前今、俺がゴリラだからってウホウホ話すと思ってただろ?そもそも実際のゴリラだってウホウホ言わねえからな?カエルだってゲロゲロゲコゲコ言ってねえだろ?お?そもそもお前ら人間と言う奴はだな…」
小一時間ゴリラに説教された。
■Case13 もしも魔王がゴリラじゃないことを必死にアピールしてきたら
勇者は口を噤んでいた。というより口を開く隙が無かった。魔王が絶え間なく言葉を発しているからである。
「信じてくれ!我はゴリラではないんだ!バナナは好きだけども!一日10本は食べるけども!ゴリラの好物がバナナとは限らんだろ!?それからこんなにがっちりしている体型だけどゴリラじゃないからな!!ほら、ボディービルダーを思い出せ!研ぎ澄まされた肉体美!筋肉の宝石!我はあれと同じタイプの肉体なのだ!決してゴリラではないのだ!それから…」
小一時間ゴリラを否定してた。
■Case14 もしも魔王がおっとりとした綺麗なお姉さんだったら
勇者は絶望した。目の前で女神のような笑顔を振り撒き、虫も殺せないような顔をしている美人なお姉さんが魔王だなんて信じられなかった。魔王は勇者に笑顔を見せていたが、何かに気付いた様子で勇者にゆっくり近付く。ふと相手が魔王であることを思い出した勇者だったが、我に返った時には既に目の前まで彼女が来ていた。ほのかに良い香りがして、近くで見ると一層美人に思えて、勇者の胸は高鳴った。
「お顔が赤いですよ?魔王との決戦なのですから体調を整えておかないと。んしょ。」
おでこ同士をくっつけて魔王は勇者の体温を確認する。顔の距離が近くなりすぎて、勇者は頭から湯気を噴出し、倒れてしまった。
「まぁ大変。ドラゴンちゃん!ちょっと来てくださる?」
その後、一日魔王の城で療養した勇者は、魔王に恋慕を抱いて、別の意味での魔王攻略を目指したとさ。
■Case15 もしも魔王が最弱だったら
玉座の間に現れた勇者は剣を抜き、魔王を見据える。現れた勇者に満足した魔王は、ゆっくりと玉座から立ち上がり、勇者のもとへと歩みだした。と、歩いている途中でマントを踏んでしまい、盛大に転ぶ魔王。床に伏した魔王の体が光に包まれ、魔王は消滅していった。
勇者はただ立ち尽くしていた。
■Case16 final そもそも魔王がいなかったら
ある田舎町で、一人の少年が夢の中で女神の言葉を聞いた。
「少年よ。貴方は選ばれし女神の力を継ぎし勇者なのです。これがその証です。」
女神は少年に指輪を握らせ、消えていった。
翌朝少年は、両親に女神の言葉を話し、勇者として認めてもらうために伝承に倣って王様のもとへと向かった。王城に着いた少年は、門番に頼み込んでなんとか王の間に連れて行ってもらい、王様との面会を果たした。
「少年。ワシに何か話があるようだが?」
「はい!僕は夢の中で女神様に、貴方は勇者です、と告げられました。これは女神様から貰った指輪です。」
指輪を受け取り、じっくり見回す王様。本物であると納得したのか、王様は指輪を少年に返した。しかし、困った様子で王様が話し始める。
「確かにそなたは勇者だ。ワシが認めよう。だが勇者よ。お前はこれからどうするのだ?世界におぞましき脅威は一つもない。この世界は笑顔と優しさに溢れた平和な楽園だ。女神の力を有効活用する場面はないに等しいぞ。」
そんな王様の心配を余所に、勇者は笑顔で答えた。
「大丈夫です!国王認定の勇者の肩書きがあれば、グッズとか縁の地とかで僕の故郷が賑わいを見せます!」
勇者の答えに王様も兵士たちも大笑い。勇者に僅かだが手土産を持たせて田舎町まで送って行かせた。
その後、勇者の故郷は勇者の言葉通り大繁盛し、有名な観光スポットとなって世界一の商業都市に発展したとさ。
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