勇者は化け物でした

 私は魔王。前魔王である父の膨大な知識と魔力、そしてサキュバスだった母の端麗な美貌を兼ね備えた、まさに至高の才色兼備たる魔族の長。父のような全てを震え上がらせる獣のような姿ではなく、忌まわしき人間達に似た容姿を継いだのは正直残念ではあったが、それも母のサキュバスとしての性質故、致し方ない。寧ろ、その容姿で人間はおろか、魔族さえも魅了してしまう母の女としての才を継げたと考えれば誇るべきだろう。そんなわけで、羽や角を隠せば人間とほとんど差異の無い容姿の私だが、何故ここまで容姿のことを考えているかというと、今目の前に現れた勇者に原因がある。伝説の鎧を身に纏い、聖剣を腰に携え…ここまではいい。立派に勇者のテンプレを満たしている。問題は頭だ。確か、初めて対峙した宣戦布告の日には、王国騎士団団長を務めており、美しい長い栗色の髪と鷹のような鋭い目が印象的だった。部下の報告では、貴族の女達に言い寄られるほどの美男子だとか。私からすればただの人間の小僧にしか見えないが、そういう情報もあり、一度ハニートラップを仕掛けたのだが、お堅い勇者殿はまるで動じずに、鷹の目で魔族を見抜かれ、作戦は失敗に終わった。話を戻そう。人間の中でも美しい部類に入る顔つきの勇者…だったはずなのだが、今私の目の前で剣を構えるそいつは、首から無数の触手が花びらのように生えており、中央部分の大きな目玉がギョロギョロとあちこちを見回していた。こちらに焦点が合っておらず、私が見えていないのか、はたまた油断させるための作戦か。そもそもあれは本物の勇者なのだろうか?ビッグアイやゲイザー、プラントといった似た類の配下のモンスターはいるが、魔族であれば聖剣、鎧に触れることはできない。何よりこの状況で私に牙を剥く謀反者はありえない。王位継承後に異議を唱える者達は全て粛清した。今更裏切り者が出てくるなどありえないのだ。となると、勇者が私との力の差を悟り、闇の力をも身につけてこうなったのか?それも考えられない。騎士団団長としての知識と経験を生かし、仲間を指揮して戦うというのが奴の基本理念だったはず。仲間を重んじる奴が、危機感から一人蛇の道を進み、禁忌の力に手を出し、単騎城に乗り込んでくるとは考えにくい。とにかく、迂闊に仕掛けるのは危険だ。まずは様子見に遠距離魔法を…。

 奴を見ながら魔法の詠唱を始めようとしていると、突然奴の大きな目が私を見つめ始めた。仕掛けてくるか?

「qpをえいるtyあsdfghjkl!!??」

どこから発しているとも分からぬ言葉を掛けられる。え?何語?魔族語と人語は全て網羅しているのだが、勇者の放つ言葉の意味は、どの言語に当てはめてもしっくり来なかった。古代言語にすら該当が無いとなると、未来からやってきたとでもいうのだろうか?とりあえず、会話は難しいだろうが簡単な意思疎通は可能かもしれない。試しにこちらからも話しかけてみるとしよう。

「やあ、勇者君。久しぶりだね。元気だったかい?」

軽くジェスチャーも交えたが勇者、無反応。言葉はやはり無理か。ならば精神に直接語りかけてみるとしよう。この方法であれば言葉は通じなくても、意思に働きかけることで互いに伝えたい事が分かるのだ。目を閉じて神経を研ぎ澄ませ…勇者の精神に入り込む。

(こんにちは。君は何者だい?)

勇者の精神は興奮気味だ。しばらく頭の中をかき乱すように思考が渦巻く感覚が続き、落ち着きを取り戻した頃に意思が読み取れた。

(魔王…?逃げろ…!)

逃げろ?こいつは一体何を考えて…。更に意思を読もうと精神の奥に入り込もうとしたところで、肉体に痛みを感じ、目を覚ましてしまった。どうやら額に風穴を開けられてしまったようだ。まぁ聖なる力でなければ、再生能力で瞬時に回復できるので問題ない。これで奴は半分勇者で無い事が分かった。奴はいつの間にか剣を収めて、右手に奇妙な形の銃を握り締めていた。レーザーガンのようだが、魔王の性質を知る勇者であれば、そんなものを使う意味が無いことは分かっているはずだ。先程の精神で汲み取った意思が本物であるならば…。

「貴様は勇者の肉体を奪った第三の勢力ということか!」

魔眼で勇者の頭部を石化させる。肉体は関係ないと言わんばかりにレーザーガンで応戦するが、そんなもので私を討ち取ることは不可能だ。敵の攻撃をその身に受けながら勇者との距離を一気に詰め、魔剣を抜き、聖剣を弾き落とした。勇者の腕から触手が生え伸び、私の頭を射抜こうとするが、それよりも早く私は勇者の体に触れ、腐食魔法を発動。触れた場所からあっという間に勇者の体は腐り落ちていった。触手も私に届かぬまま、異臭を放って溶けてしまった。ふん、他愛もない。


 勇者を倒し、生き残った部下達を集めて祝宴の準備を始めた。これで悲願だった魔族が支配する世界に一歩近付いた。後は人間の国王を始末し、神々を深淵の闇に閉じ込めるだけ。玉座でワイングラスを片手に笑みが零れる。亡き父と母はさぞ喜んでおられることだろう。勝利の美酒は格段に美味い。そろそろ国王や人間共に勇者の死を伝えるとしようか。賑やかに声を上げて宴会を楽しむ部下達の良い酒の肴にもなるだろう。玉座を立ち、部下達の前に巨大な鏡を呼び出す。部下達は静まり返り、期待に満ちた顔で私を見つめていた。

「お前達!此度の戦は御苦労であった!私の手となり足となり、大いに活躍してくれたお前達のために最高の肴を用意しよう!人間達の絶望だ!」

私の言葉で再び歓声が沸く。魔王様万歳などと私を賞賛する声が溢れる。よせ、照れるじゃないか。ふふふ。鏡に呪文を施し、王都を映し出す。この状態で声を掛ければ、私の声は向こうに届くようになっている。上空からゆっくりと映像を都に降ろしていく。次第に王都の外観が見えてくると、それまで沸いていた部下達は言葉を失い、私自身も呆気に取られてしまった。映し出された王都は、何者かの攻撃を受けたように荒廃していた。建物には穴が開き、タイルの地面には亀裂が入り、売り物であろう果物や野菜があちこちに散乱して腐敗していた。

「魔王様、いつの間に王都を!?進撃は明日の予定だったのでは?」

引きつった笑顔でオークが私に聞くが、私が首を横に振ると、険しい顔になった。ふと、本物の勇者のものであろう意思を思い出す。

「まさか…。」

王都をあちこち映し出し、ようやく壊れた宿屋に人間の姿を見つけた。が、その人間を見て一同は固まった。映った人間の男は、上半身裸だったのだが、頭や背中、腹から、勇者のように触手と目玉が寄生するように出ていた。

「なんだありゃ…?」

「我らの種族も寄生型だが、あんな連中見たこともないぞ…。」

部下達は動揺しざわつき始める。そうか、勇者があの場で私を案じたのは、人間が既に終わっていたからだったのか。場面を王城に切り替えて中を見ると、そこには大量の寄生された人間と、寄生生物の群れ、そして隕石だろうか?巨大な石に張り付いた親玉のような巨大寄生生物の姿が確認された。寄生された人間の中に、国王の姿も確認できた。全く、私が神界を暗黒で覆って身動きが取れないようにしたとはいえ、お告げやら神託やらで民を退避させることはできなかったのだろうか。いずれにせよ面倒な問題が生じた。映像を止めて、鞘に収めた魔剣で床を思いっきり叩く。ざわつきは止まり、部下達は恐る恐るこちらに目を向ける。別に怒っているわけではないのだが…。咳払いをして気を取り直し、私は部下達に新たな戦いの始まりを告げた。

「今見たとおり、人間達はほぼ滅んだと言ってもいいだろう!しかし、新たに我々に牙を剥く、愚かな生物が人間達に成り代わった!此度の戦は我らの勝利の第一歩に過ぎなかったのだ!だが恐れるな!怯むな!奴らには光の加護がない!戦局は我らに向いているも同然!勝利は約束されているものと思え!魔族に牙を剥いた愚かな下等生物を完膚なきまでに嬲り殺し、改めて勝利の美酒を味わおうではないか!!」

「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

私の言葉に気力を取り戻した部下達は、再び賑わい始めた。全く、単純で扱い安い奴らよ。また明日から忙しくなるな。今度は玉座で構えるのではなく、私達が向こうに出向く番か。ふふ、言うなれば私が勇者ということになるのかな。愚かな人間達よ、喜ぶがいい。お前達の復讐を、目の敵であった我らが果たしてやろうというのだ。黄泉の国で指でも咥えて、我らが世界を治める様を悔しがりながら見ているがいい。お前達の愛した土地も神々も全て踏みにじってやろう。ふふははははは!


 かくして、我ら魔族と謎の寄生生物との世界を賭けたモンスターウォーが幕を開けた。この残虐グロテスクファイトを制するのは我らか奴らか。

              私達の戦いはこれからだ!!

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