奥の手

 俺は勇者。光の女神の加護を受けた選ばれし者。太陽・月・星の力を宿した伝説の装備を身に纏い、女神の力と仲間達との絆のおかげもあって、ようやく魔王の待つ玉座の間まで辿り着くことができた。仲間達は魔王四天王を引き受ける形で俺を先に進ませてくれた。戦いに勝利し、俺の帰りを待つ彼ら、そして世界のみんなのためにも、この戦いは負けられない!

 勢いよく入口の扉を開くと、玉座の前にしゃがみこむ魔王の姿が見えた。右膝には紫色に光り輝く星の紋章が見えていた。こちらに気付いた魔王と目が合う。魔王は笑顔のまま硬直し、我に返ったのか慌てて膝当てを装着した。最初の笑顔、そして慌てたように隠した膝…。あの紋章は確か、色は違うがこの星の兜と同じもの…まさか!?嫌な予感がする。魔王はこれまで消滅と復活を繰り返してきた。もし、前世紀に星の兜の力を…いや伝説の装備の力を吸収していたとしたら?可能性はあり得る。手を抜いて戦ってこちらが優勢になった所を見計らって絶望的な奥の手を見せるというプランなのだろう。魔王、どこまでも恐ろしい奴だ。戦う前から諦めるのはよくないが、勝ち目はもうないかもしれない。くそ、足が震えてきた。だが、心情を悟られては相手の思う壺だ。戦いには精神状態も重要。動揺を悟られまいと、足の震えを堪えて魔王に笑って見せた。すると、何故か魔王のほうも不気味な笑みを見せてきた。やはり見られて困るものではないということか。そして、見られた以上は初めからその力を使って全力で挑んでくると…。相手は暗黒と絶望の力に闇の魔装備と伝説の装備の力、こちらは光と希望の力に伝説の装備の力。相反する力で拮抗すると考えると、やはりこちらが不利なのに変わりない。一旦この場を退くべきだろうが、魔王はそれを許してはくれないだろう。どうしたものかと悩んでいると、魔王が声をかけてきた。

「勇者よ、貴様…見たのか?」

くそっ、なんとか繕ったのにこちらの心情は筒抜けだったか。この煽りに乗って平常心を失えばそれこそ終わりだ。こちらの心がバレていようとも、ここは落ち着いて返すべきだ。一呼吸して魔王を睨み、返答する。

「ああ、見てしまったよ。まさかそんな所に隠しているとはな。」

他の紋章は恐らく鎧に覆われたどこかの部位にあるのだろう。紋章を攻撃して潰せば、力を削ぐことはできるだろうか?いや、魔王の力の根源部分まで融和していると考えておいた方が良いだろう。細かい部位を狙いすぎて隙を突かれるのが目に見えているしな。やはりなんとかこの場は逃げないと…。ふと、魔王が前のめりに項垂れて俯き始めた。いきなりどうしたんだ?怪訝に思っていると魔王が口を開いた。

「…かかってこい。」

低く絶望を感じさせる声。どうやら魔王は戦闘体勢に入ったようだ。両腕をだらりと下げている辺り、まるで攻撃の仕方が掴めない。口から灼熱の炎を吐き出すのか、油断させて急接近して怪腕を振るうのか、背中から破り出た真の姿で相手をするのか…。剣を構えてみたものの、中々踏み込めない。絶望の力が魔王から滲み出ているように感じる。下手に前に出れば、その力に蝕まれかねない。魔法を使って様子を見るのもありだが、伝説の装備の一つ、月の鎧には魔法反射の力がある。三つの紋章を持っているのであればその特性も持っているだろうから、こちらには不利益でしかない。最適解が見つからず攻撃できずにいると、痺れを切らしたのか魔王が顔を歪めてこちらを睨んだ。

「どうした?何をやっている?さっさと仕掛けてきたらどうだ?」

魔王の催促に焦りと緊張感が増す。この流れはまずい。考えがまとまらないまま、向こうから仕掛けてくるパターンだ。こうなっては、攻撃をかわしながら逃げたとしても、魔王城に結界を張られて閉じ込められるか、延々とどこまでも俺を追ってくるか…どちらにせよこちらの敗北は確定…一体どうしたらいいんだ!?

「来ないのであれば、こちらからゆくぞ…?」

もはや時間切れ、こうなったら一か八か…!

「待て、魔王!少し話をさせてくれ!」

魔王は一瞬キョトンとした様子で、こちらの意図が分からないといった顔をした。無理もない。今から上手いこと言って決戦の日を改めてもらおうとしているなどと、知慧に富んだ魔王でさえ思い至らぬだろう。余裕がある以上、話を聞くだけはしてくれそうだが、問題は魔王を納得させる形でこちらの申し出を受け入れさせることだ。参謀の存在があったとはいえ、その知略に長ける部下よりも魔王の脳が劣っているとは到底思えない。少しでも言葉選びを間違えれば、その瞬間に俺の、世界の命は終わる。慎重にいかねば…。まずはこの誘いを受けるかどうか。さぁ、どうする魔王?勇者は無防備だぞ!剣を下ろすと、魔王の目がピクリと動いた。攻撃態勢に入っていた両腕を組み、こちらを見据える。これはもしや…。

「よかろう。話すがよい。」

来たぁぁぁぁぁ!!やはり乗ってきたな魔王。この距離で俺がどうこう喚こうと、お前の有利は揺るがない。下らない茶番でなければ、拒む必要もない。寧ろここで話を聞かずに勝負を急げば、魔王としての価値が損なわれる。魔物の王族としてプライドの高いお前なら、小心者として見られかねない行動を嫌うはず。第一段階は、クリアできたわけだ。さて、ここからだ。慎重に、丁寧に…相手の納得できる方向で…。

「魔王、貴方は悪しき心を持ちながらも王族としての振る舞いを心得ている。貴方は魔物の長として、この戦いを制し、民達に暗黒の時代を見せる使命がある。」

まずは前置きとして、魔王の王族としての意識を確認させる。冷徹非道な魔王が民を思っているとは信じがたいが、奴が度の過ぎた暴君であるならば、配下に謀反を企てる者がいてもおかしくない。その様子が全く無い辺り、魔王の王族としてのカリスマは確かなものに感じる。口を挟まないところを見ると、言葉の選択を間違えてはいなかったようだ。魔王の機嫌を損ねないように話を続けるとしよう。

「しかし、例え民の為とはいえ、圧倒的な力で以って一方的に相手を葬るような興の醒めた決着は、貴方の王族としての誇りを汚しはしないだろうか?」

遠まわしにとは言ったが、少し直球過ぎたか?いや、問題ないはずだ。民の為という大義名分を掲げて無茶苦茶する一方で、積年の戦いといった由緒正しい形式的な物事には厳格に対応する。王族としての振る舞いを魔王が放棄するはずがない。いや、そんなもの知らぬ、では困るのだが…。とにかく、魔王に命乞いは無意味。嘲笑され、軽く泳がされて遊び飽きたところで消されるだけだ。このままなんとか説得するしかない。…さあ、本題に入ってみようか。

「そこでだが…」

「決着を一週間後に延期する。それで…ぐすん、いいな?」

突然言葉を遮られたと思ったら、魔王の方からありがたい言葉が返ってきた。どうやら世界はまだ終わりを迎えないで済むらしい。一週間のうちに、女神に相談して力の差を埋めなければ。…それにしても、何で魔王が泣いているのだろう?嬉し泣きしたいのはこっちなのだが。マントで顔を擦り鼻をかむ魔王に背を向け、剣を収める。

「ありがとう魔王。ではこれで…。」

「こちらこそ、すまない。」

帰ってきた魔王の言葉に疑問を抱いたが、彼の気が変わらないうちに退散した方が良いと判断し、一目散に城を下っていった。

 その後、下の階で四天王を倒して休んでいた仲間達と合流し、事情を説明。魔王城を離れて、近くの泉で女神を呼び出し、彼女の用意した試練を受けることに。一週間でこの試練を乗り越えて、今度こそ魔王を倒す!世界は俺達が守るんだ!


 一週間後、再度玉座の間に向かった俺と仲間達。そこには魔王が待ち構えていた…のだが、何故か魔王の作り出した最強の部下とやらと戦うことに。熾烈を極めた戦いを制した俺達は、いよいよ魔王との決着か、と思いきや、魔王は「見事」と一言残して消滅してしまった。こうして世界に平和が戻り、俺達は女神と共に王都に帰ってきた。結局魔王は紋章の力を使う素振りが無かったのだが、一週間前に見たあの紋章は何だったのだろうか?実はおしゃれでした、なんていうのは勘弁願いたい。まぁ、過ぎたことだし忘れよう。真実がどうであれ、俺達は世界を救ったのだから。次の魔王出現までこの平和を楽しむとしよう。

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