弱点

 我輩は魔王。この世に恐怖と絶望を振り撒く闇の根源。光の女神とその加護を受けし者を除けば、我輩の前に敵は無し。いや、光の女神と選ばれし者とて、我が無限の深淵たる闇の力の前に平伏すことになるであろう。過去幾度となく滅亡と復活を繰り返してきた我輩であるが、その度に闇の魔力の純度を高め、より強大な力を得て来たのだ。長年続く光と闇の争いは忌まわしき光の者達が優勢を維持し続けているが、それもこの戦いで終わりとなるであろう。過去最高の力で以って勇者を、ひいては女神を絶望の底に貶めて、これより次の女神が誕生するまでは暗黒の時代が到来するのだ。この戦いに勝利を確信して止まない我輩だが、ただ一つだけ不安要素がある。それは…弱点だ。これまでこの弱点の存在を知られぬように人間達に噂を流したり、先の時代での戦いで弱点部位に徹底的に守りの術を施したり…ありとあらゆる方法でこの弱点の存在を隠してきた。恐らく女神すらも気付いていまい。この弱点の場所は、紫色に輝く星の紋章が浮かぶ我が右膝。過去時代に、奪った星の兜で膝を掻いたら、滅亡・復活を繰り返しても消えぬ痣となってしまったことは内緒の話。ともかく、我輩にとっては忌まわしき呪いの様な存在である。ある時、試しにほじくり消そうと紋章に爪を立てたことがあるのだが、爪先が触れた瞬間、我輩は瀕死状態に追い込まれてしまった。ちょっと触れただけでアウトなものだから、お気に入りの丈の長いズボンも名匠に作らせたカッチョイイ膝当ても身に着けられなくなってしまった。半世紀前になんとかして特殊な膝当てを作り上げたおかげでファッションを再び楽しめるようになったのだが、この弱点を攻撃されれば、熾烈を極める戦いもあっさりと一撃で以って終わってしまう。そんなことになれば、魔王としての威厳と誇りが危うい。なので、勇者にも女神にも口の軽い部下どもにも…誰にも知られてはならぬのだ。四天王の報告では、勇者が先にこちらに向かっているらしい。ふん、仲間と離れて一人立ち向かってくるとは愚かな。絶対的な勝利が目の前にあるからこそ、この弱点を知られるわけにはいかない。

 おしゃれ用の膝当てを外し、戦闘用の膝当てを持ってきて玉座の前で取り替える。この戦いが終わったら、もう二種類ぐらいデザインの異なる戦闘用を作っても良いかも知れぬな、ふふふ。右膝の周りを軽く擦って、膝当てを装着しようとした時だった。扉が勢いよく開く音が聞こえる。

「え?」

入り口の方を見やると、そこには勇者が来ていた。なんだ勇者か…え?勇者?え、もう来ちゃったの!?早くない!??急いで膝当てを装着する。もしかしたら目が悪くて見えていなかったワンチャンもあると思うの。装備を整えて勇者の方を見る。勇者は不敵な笑みを浮かべて我輩を見据えてきた。やめてよ!そんな「見ちゃったぜぇ~?」って顔しないでよ!!動揺を悟られまいと、我輩も負けじと笑顔を作る。バレていたとしても魔王は常に余裕を見せておくものだ。ただ、内心やはり不安だ。ここは思いきって聞いてみるとしよう。

「勇者よ、貴様…見たのか?」

表情を変えずに、悟られないように言葉を発する。勇者はふぅと呼吸を整えた。

「ああ、見てしまったよ。まさかそんな所に隠しているとはな。」

やはり見られていた。そして、物言いからこれが弱点だということもバレているだろう。終わった。我輩の野望は…暗黒の時代到来は膝の爆弾一つで消し炭となったのだ。肩を落として俯く。もはや戦意すら喪失してしまった。さっさと滅ぼしてもらおう…ぐすん。

「…かかってこい。」

次に復活した時には、強大な力を持つ部下を作り上げて、そいつに最終戦闘をやらせよう…。あーあ、勇者があちこちに言いふらして、歴史書に載せられたり酒場に屯する他愛も無い人間のおっさん達や主婦の井戸端会議の話の種にされたりするのだろうなぁ…。嫌だなー。「ねえねえ知ってる?魔王って膝を突くと死ぬんだって。」「うっそー?スライムに毛が生えたようなもんじゃんそれ!」スライムに毛は生えぬ!…まぁ生えている種もおるが。かくして、我輩にとっての暗黒の時代が幕を開けたというわけか…。城を包む闇の濃度上げようかな…。でも余計なことをすると魔大臣に叱られるし…困ったものだ。ん?それにしても勇者は何をしておる?一向に剣を振りかざす兆しが無い。顔を上げて勇者を見る。剣を構えたままこちらを睨み、動こうとしない。何だ?何の真似だ?我輩は見ての通り無防備だというのに、何を警戒しているのだ?不思議に思い、再度勇者に攻撃を促してみる。

「どうした?何をやっている?さっさと仕掛けてきたらどうだ?」

一応聞こえるような大きさで言葉を発したのだが、勇者は依然として固まったまま。頬を汗が伝っているが、暑いのか?まあこの部屋までには長い階段があったのだから、暑くて当然か。それはさておき、勇者の奴め、何を考えておる?弱点を掴まれて絶望している我輩が苦しむ様を見て嘲笑っているのか?おのれ、勇者の癖に歪んだ性格をしおって…。貴様が動かぬのであれば、不本意だが、こちらから動くとしよう。

「来ないのであれば、こちらからゆくぞ…?」

勇者の目がカッと見開いた。ようやくやる気になったか。貴様のような外道勇者に葬られるのは癪だが、これが世の常、致し方ない。体勢を戻して攻撃の準備を始めると、それを見てすぐに勇者が口を開いた。

「待て、魔王!少し話をさせてくれ!」

いきなり大声を出すものだから驚いたではないか。それにしても話がしたいとは?弱点を見つけた以上、我輩を滅ぼす以外に選択肢は無いと思うのだが?まぁいい。どうせ聞こうが聞くまいが、弱点を知られたという事実は消えぬのだ。ここは一つ、奴の話とやらを聞いてみようではないか。腕を組み、勇者を見据えると、勇者は剣を下ろした。

「よかろう。話すがよい。」

了解の意を告げると、勇者はガッツポーズを取り、なにやら独り言をブツブツと呟いていた。そんなに我輩に話したい事があったのか?こちらには全く思い当たる話題が無い。和解のための説得か?いや、それは既に何世紀も前に決裂して女神側もそのことは理解しているはずだからないな。我が魔王軍に入りたいとか?いやいや、優勢なこの状況でそれは有り得ぬ。では我輩を配下として新たな魔王軍の長に?それもないな。邪な心を持つものは伝説の装備を身に着けられない。フル装備の中、そんな思いを抱いた日には、勇者の全身紋章だらけぞ。あ、それ見てみたいかもしれぬな、ふふふ。さて、それも違うとなると…魔族に恋して嫁に欲しい…?それは別に構わぬが、人間の国王は魔物嫌いで有名だからな…きっと苦労を…いや、これもないな。あれこれと思考を巡らせていると、勇者は考えがまとまったのか、話を始めた。

「魔王、貴方は悪しき心を持ちながらも王族としての振る舞いを心得ている。貴方は魔物の長として、この戦いを制し、民達に暗黒の時代を見せる使命がある。」

うむ、正直魔物たちの為という使命感は無い。魔王が暗黒をもたらそうとするのは自然の摂理に近い。言ってしまえばそれが宿命というか、我輩の存在意義というか。しかし、王族としての観点、つまり魔物の長としての立場で言えば、民を思い、事を為すのは当然であろう。それは人間の王も同じだと思われる。…奴が暴君で無ければの話だが。勇者の言葉を続けて聞く。

「しかし、例え民の為とはいえ、圧倒的な力で以って一方的に相手を葬るような興の醒めた決着は、貴方の王族としての誇りを汚しはしないだろうか?」

それは確かに、右膝への一撃で参りましたでは、我輩の面目丸潰れである。もし逆の立場であれば…関係無しに我輩は決着を急ぐだろうか?いや、それでは勇者の言うように興醒めだ。聖戦とも呼べるこの戦いは、互いの力が拮抗し、その過程で活路を見出すからこそ、勝利を手にしての酒が美味いのだ。また、民を思い無理を通すのが王族の道理であれば、形式を重んじ厳粛で公平に争うもまた道理。目指すものが同じであれば、両者を満たせる道を選ぶのが王としての器量ではなかろうか?そうか、勇者よ。貴様は散々卑劣な手段を取ってきた我輩に対して、情けをかけてくれるのか…。全ては正々堂々と決着をつけるために。我輩の王としてのプライドを守らせてくれるのだな…ぐすん。やはり、貴様は曲がりなりにも勇者。見事である。

「そこでだが…」

「決着を一週間後に延期する。それで…ぐすん、いいな?」

本来ならば我輩が頼むべきことなのだが、そのプライドさえも守ってくれた。勇者よ、貴様は過去最高の英雄だ!我輩は、貴様という素晴らしい好敵手を永劫忘れずに後世に語り継ぐぞ!勇者の困惑した様子に、自分の顔が涙でずぶ濡れになっていたことに気付く。くく、魔王が涙を流していては守られたプライドも台無しだな。ティッシュは寝室にあって取りにいけないので、仕方なくマントで涙を拭い鼻をかんだ。替えの利く安物だが、捨てるのも勿体無いし後で洗濯しておこう。背中で剣を鞘に戻す音がする。勇者は言葉通りその場を退いてくれるようだ。

「ありがとう魔王。ではこれで…。」

「こちらこそ、すまない。」

礼を言うのはこちらの方だ。一週間後の決着までに最強の部下を用意する。それが弱点を知られた我輩にできる最善の準備。勇者よ、一週間後は容赦せぬぞ!

 急ぎ部屋を後にする勇者を見届け、我輩はすぐに浴室に向かった。無駄に緊張したせいで汗で体がべとべとだ。今日はゆっくり過ごして寝るとしよう。明日から頑張る。


 一週間後、対勇者一行用最強魔人マォウツーを完成させ、勇者達との戦いに臨んだ。マォウツーは我輩のもう一つの肉体故、こいつの死は我輩の死と直結している。歴代勇者の力を分析し、その力を再現して取り入れたのだが、勇者達もまた実力を上げており、強さは互角。しかし、仲間との見事な連携もあり、マォウツーは敗れ去った。

「見事!」

感嘆の声を上げ、我輩もまた滅びゆくのであった。

 今世紀もまた光に軍配は上がったが、いつか我輩達が勝利し、暗黒の世界を築き上げて見せるぞ!次号機マォウスリーの開発も実は進めておったのでな!くはははは!それにしても、一週間前の去り際、何故勇者は我輩に礼を言ったのか?そこだけが未だ謎である。まぁ、復活してから歴史書を見てみれば分かるだろう。…さて、我輩は次の復活までしばし眠るとしよう。良い夢が見れるといいな。女神は夢に出てくるなよ?絶対だぞ?では諸君、おやすみ。

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