第9話
「初めまして。おれはセン。猫さんは何て名前なの?」
それを聞いた途端、虎は再び爆笑した。
涙を流せるならたぶん笑い涙を流していたことだろう。
「猫とは傑作だ。俺を見て何だか分からないのか?」
そんなこと言われても、見たことがないのだから仕方がない。
困った顔をして小さく頷いた、虎は苦笑いを浮かべて--虎にこんな表情が出来るとは--センに自己紹介をする。
「俺の名前は力輝(リキ)。本当はたくさんの名があるからややこしいんだよ。だからとりあえず今はそう名乗っている。宜しくね」
そう楽しげに笑った。
「見目麗しい乙女が湯浴みしていると思って来てみたのに。男の子だったかぁ」
残念。とがっくり頭(こうべ)を垂れる。
センの髪は垂れ髪にまとめていなければ背まで長い。それを見て女子と間違えたのだろうか?
「まぁ。確かに姫にしては日に焼けしすぎているか。でもお前、ここは女風呂だぞ。女に間違えられても文句は言えないな。それに、早く出ないとそろそろ女たちが湯浴みに入ってくるぞ。それとも俺と同じく目の保養しに来たか?」
それを聞いたセンは、がばりと湯から立ち上がる。
落ちないよう腰の手拭いを抑えると、一目散に脱衣所まで走って行った。その背を力輝の笑い声が追ってきた。
「こけるなよ。また遊ぼう」
すごい勢いで引かれた戸の音に夕錦が目を丸くしている。
肩で息をするセンを見て、何かあったのかと気遣う口調で問いかける。
「もう、上がりますか? 湯あたりでもなさいましたのか? 顔が真っ赤ですよ」
「ここ、女風呂だったの?」
「えぇ。私は男湯には入れませぬゆえ」
「誰か入ってきちゃったらどうするの!」
夕錦はころころと笑い声を立てる。
誰か入っておりましたのかとの問いかけに、猛烈に首を横に振るセンへ目尻にしわを刻んで笑いかける。
「それゆえ私がここにいるのではありませぬか。他のものが来たら止めますよ」
担がれた。センは力輝に完全にからかわれたのだ。
腹立たしさと恥ずかしさが更に顔を朱に染める。その様子に気が付きつつも、夕錦は何も問わず、センに浴衣を着せると元の離れへ連れて戻った。
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