第50話 カンボジア編 地雷を踏んだらサヨウナラ

 やることもなくなった俺がベッドでゴロゴロしていると、1階のオフィスから電話がかかってきた。


「カズくん、暇だったらプールに行ってくれば?僕の友達が最近オープンしたホテルの支配人をやっててね。ぜひ、日本人の目から見た感想をきかせてほしいって」


願ったり叶ったりの提案に飛び付いた俺は文庫本を片手に部屋を出た。


     ※     ※


 バイタクで乗り付けたリゾートホテルは、とてもここがカンボジアだとは思えぬほど立派だった。

恋人と二人、プールサイドでカクテルでも傾ければ、ため息の出るような極上のひとときが満喫できそうだ。


 近年シェムリアップには、お手頃な価格でラグジュアリーな気分が味わえる外資系ホテルが次々と進出している。そのため、日本から訪れるカップルやファミリーの数は鰻登りだという。

もはや、ハワイやモルディブだけが高級リゾートの時代ではない。

急成長を遂げるシェムリアップで、遺跡巡りと豪華なスパを同時に楽しむ欲張りな過ごし方を選ぶのも一考の価値ありだ。


 発展する前を知るうっちーさんは、変わりゆく街の姿にヒッピーたちが押しかけてきた頃の面影は消えてしまったと寂しげに語ってくれた。


 このように、今は安全な世界遺産の街として賑わうシェムリアップだが、内戦時代は旅行者など気軽に立ち入ることの出来ない大変危険なエリアだったのである。


     ※     ※


 1970年代初頭。戦場カメラマンの一ノ瀬泰造氏は、カンボジアに入国後、クメール・ルージュの支配下にあったアンコールワットへの一番乗りを目指していた。

そして、1973年11月「旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだらサヨウナラ」と友人宛に手紙を残すと、単身、遺跡へ潜入し、消息を絶ったのである。


それから9年後の1982年。

一ノ瀬氏が住んでいたシェムリアップから14キロ離れたアンコールワット北東部のプラダック村で遺体が発見される。

無惨にも、彼はクメール・ルージュに捕らえられ「処刑」されていたのだ。

1999年に、この話が原作の日本映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」が公開。大きな反響を呼ぶ。

※引用「一ノ瀬泰造」及び「地雷を踏んだらサヨウナラ」『ウィキペディア日本語版』(2016年6月8日取得)


     ※     ※


 何気なく遺跡めぐりをするシェムリアップ付近で、それほど遠くない過去に日本人が関わる悲壮な歴史があったのだ。


俺は、彼の凄惨な死を悼むとともに「うまく地雷を踏んだらサヨウナラ」と言ってのける、どこかユーモラスで潔い生き方に共感を覚えた。


人間の死亡率は100%。


時に人生は長く感じられるが、繰り返す生まれ変わりの中においては、ほんの一瞬でしかない。


信念を貫いて死んだ一ノ瀬氏は、ある意味幸せだったのではなかろうか。


なにやら悟ったようなことを言う俺は、密かに戦場カメラマンに憧れている。

だが、過激派に掴まって拷問されるのだけは勘弁だ。

よって、今からそんな心配をするに戦場カメラマンが務まるはずもない。


 カンボジア近代史のページをめくりながら、俺は貸し切り状態のプールサイドで夕暮れまで過ごした。


     ※     ※


 寮に戻ると、早めに仕事を終えたうっちーさんが3階に上がってきた。


「プールはどうだった?」


「最高です!ぜひ一度泊まってみたいですねー」


「それは良かった。予約サイトにレビュー書いてあげてね」


「了解です!ところでアヤカ、あ、いやシンイチからの連絡はないですよね?」


「そうそう、今、ちょうどその件で来たんだ。相変わらず音沙汰はないんだけどね。今日は僕なりに色々調べてみたよ」


この日、うっちーさんはシェムリアップの人脈をたどって、日本人のボランティアを受け入れている孤児院をピックアップしてくれたのだという。


「明日は僕と一緒に何件か回ってみない?」


「お世話になりっぱなしですみません・・・」


「いやいや、幸いにも知り合いだけはいっぱいいるからね。それに、カズくんが恋い焦がれる美少年を僕も一目みてみたくてさ。ガッハハハハ」


俺は、他人のためにここまで親身になって動けるであろうか?


これが成功者と凡人の分かれ目なのかも知れない。


損得勘定抜きで動ける人だからこそ、うっちーさんは異国の地で成功をおさめているのだ。


(先輩かっけーっす!いつか必ず恩返しをさせてください・・・)

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