第49話 カンボジア編 ジブリの聖地

 滞在3日目。朝早く目覚めた俺は国道を東に進むトゥクトゥクの後ろでヌンパンをかじっていた。

「今日は遠出をしてみよう!」と思い立って向かったのはベンメリア遺跡である。


すれ違う荷馬車や水たまりで遊ぶ子供たち。


目的地までは一時間以上の道のりだが、遠く広がる田園と高床式の集落を眺めているだけで全く苦にならなかった。


知らないはずの風景が古き好き日本のイメージと合わさり無性に懐かしくなる。


こんな田舎でほのぼのと暮らせたらどんなに幸せだろう。


「ナオキに見せてやりたいなぁ・・・」


諦めたらそこで試合終了っすよ!


相棒が叫んだセリフは今も胸に響いている。


再開の約束などいらなかった。

いつかまた必ず会える。そう、固く信じていたからだ。


ノスタルジックな感傷に浸っていると、トゥクトゥクは遺跡へと続く石畳の前に横付けされた。


     ※     ※


 ベンメリアは「天空の城ラピュタ」のモデルになったと噂のため、近年ジブリファンの間で話題のスポットだ。

大部分が崩落したままの野生的なフォルムは、アンコールワットと異なる趣がある。

瓦礫の山をよじ登ったり、暗がりの地下回廊を進んでみたりと、気分はまるでインディジョーンズだ。


 このように、ベンメリアは発見当時の姿を今に残す貴重な遺跡だが、敷地の外側は未だ地雷が残る危険なエリアなので十分に注意されたい。


 俺個人の感想としては、よく手入れされたアンコールワットよりもベンメリアをイチオシしたいところだが、ここに来て一つ残念な出来事があった。


それは、調子に乗った日本人の学生グループが大声で騒いでいたことである。

東南アジアの開放感、集団心理、それに加えて聖地ベンメリアのとくれば、ボルテージが天空の城までのぼってしまうのも無理はない。


だが、海外では一人一人が「日本の代表」と見られるのも事実なのだ。


彼等を注意できない大人にも責任の一端はあるが、騒ぎたければパブストリートのクラブで死ぬほど騒げばいい。

若者たちには「旅の恥はかきすて」ではなく「立つ鳥跡を濁さず」の精神で海外を満喫してほしいものだ。


 俺ものか、なにやら老害の小言のようになってしまったが、説教ついでにバンコクコールセンターの研修初日に受けたを紹介させてもらおう。


『我々日本人はここでは外国人です。「バンコクの軒下をお借りしている」という謙虚な気持ちをいつまでも忘れないでください』


 現地採用ヒエラルキーの最下層に属するコールセンターのオペレーターでさえローカルの水準と比べると、ずいぶん贅沢な暮らしができている。そのため、セレブになったと勘違いするがタイ人を見下すのである。


今、ラッキーな待遇を享受できる理由は、日本人に生まれ、高い教育を受けたからに他ならない。現地人に比べて能力が優っているわけではないのである。


言わずもがな、タイ人ばかりか地球上のあらゆるホモサピエンスと日本人の間に、生物学的な異差など認められないのである。


     ※     ※


 ベンメリア遺跡から街に戻った俺は、一日の終りを川沿いのベンチで過ごした。


寄り添うカップルに自分とアヤカさんの姿を重ねてみる。


なぜだろう・・。この場所に座ると明日へのモチベーションが高まるのだ。

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