第44話「諦めたらそこで試合終了っすよ!」

 一ヶ月後。帰国の途につく相棒を見送りに、俺はスワンナプーム国際空港にいた。

からは立ち直れないまま、この日を迎えてしまったのだ。


昨今の脳科学研究によると、"恋愛と覚醒剤は反応する脳の部分が同じ"だそうだ。


生ける屍。俺が陥った極度の鬱状態はシャブの禁断症状に似ていたのかも知れない。


苦痛を減らすため、バンコクに来てから一度も服用していなかった向精神薬に手が伸びる。


こんな時、マリファナには無理やり気持ちをハッピーにする効果はない。


「カズさん。旅行中の約束覚えてますか?」


搭乗手続きを終えたナオキが口を開いた。


「・・・・・・」


この男が何を言いたいのかは分かっている。


「カズさん・・・。かっこ悪りーっすよ。きっとまだ、姐さんは日本に帰ってないと思います。なんだか俺は近くにいる気がするんですよ」


「もういいよ。ありが・・・・」


そう言いかけた時だ。

キーンという耳鳴りと鉄の味が広がった。

俺の頬にナオキの拳がヒットしたのだ。

近くの女子グループから「キャー!」と悲鳴が上がった。

空港の職員が駆けつける気配もある。


だが、そんなことはお構いなしに、涙を滲ませるナオキがまっすぐこちらを見据えていた。


「諦めたらそこで試合終了っすよ!!」


渾身の叫びがロビーに響く。


それ以上、多くの言葉は要らなかった。


熱い抱擁の後、俺のハートに火を付けた相棒がヤック像の向こうに姿を消した。

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