第43話 ディープ・ブルー

 連休明けからに突入する俺は、ナオキと別れたその足でアヤカさんの部屋に寄ってみた。


旅の興奮冷めやらぬうちに、お土産を渡そうと思ったからだ。


(喜んでくれるかなぁ・・・)


扉が開くまでの時間がヤケに長く感じられる。

だが、逸る気持ちをよそに、彼女はいくら待っても出てこない。


「今日は休みのはずなんだけど・・・」


ほの暗い廊下に静寂が続く。


俺は、スカーフの入った袋をぶら下げて自室に退散した。


     ※     ※


 翌朝、15分前にオフィスに着き、菓子パンとヤクルトの簡単な朝食を済ませた俺は、ホワイトボードでスケジュール確認に入った。


今日も、そんな一連の流れで貼り出されたメンバー表に目をやった時だ。


強烈な違和感・・・。


同じ早番だったはずのアヤカさんの名前に、朱色のマーカーで横線が引かれている。


「!!!!」


すぐさま俺は、朝ミーティング真っ只中の会議室に駆け込んだ。


その凄い剣幕に、居並ぶ上司たちが怪訝な顔を向けてくる。


「●●さんなら、退職しました」


告げられたのは耳を塞ぎたくなるような現実だった。


(ウソだろ・・・)


なんとアヤカさんは、俺とナオキが旅に出ている間に会社を辞めてしまったのだという。


(やっぱりね・・・)


「・・・・・・・」 

 

(間抜けだよな。アハハハハ)


「・・・・・」


「・・・」


「だから嫌だったんだ!!!本気で人を好きになったって最後は傷つくだけじゃねーか!!」


この瞬間が怖いから、俺は逃げてきたのだ。


しかし、自分の気持ちを押し殺し、死んだように生きる男はバンコクで変わりつつあった。


「かっこ悪くても良い。もう一度、人を好きになってみよう・・・・」と。


心のなかでが砕け散った。


     ※     ※


 魂を抜かれた俺がアパートに着くと、ドアの隙間に紙片が挟まっていた。


「!!?」


急いで手を伸ばすと同時に、ひらりと舞い落ちる一通の手紙。


「ごめんねカズさん。さよならも言えなくて。アヤカ」


あまりに短いお別れの言葉。


淡いブルーの便箋にポツリポツリと斑点が浮かぶ。

間もなくそれはディープブルーの冷たい水たまりになった。


忌まわしき夏の記憶がフラッシュバックする。


これは強いストレスや挫折を感じるたびに決まって現れる症状だ。


俺は、その「深い青」に飲み込まれないよう、そっと心の扉を閉ざした。

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