第37話 ジャングルの城
「オンナ、ガンチャ、オンナ、ガンチャ」
※ガンチャ=マリファナの別称
目の前にいる男は、"絶対に耳を貸してはならない"見本のようなヤカラだ。
俺の中の危険アラームが鳴った。
「カズさ~ん、モノだけでも見せてもらいますか〜?」
ご機嫌のナオキは、あっさりと誘いに乗りかけている。
「ミルダケ、ミルダケ、ダイジョウブー」
言わずもがな、このセリフは世界で一番信用ならない常套句だ。
ナオキが「オンナはいらないからマリファナだけ売ってくれ!」と掛け合うも「ここには無い!」の一点張りである。
「しょうがないっすねぇ~。カズさんは宿で待っててくださ~い。スグ戻ってきますって~」
どう考えても、こんな状態の相方を一人にするわけにはいかない。
シラフであれば簡単にスルーできたはずが、この日のラオラーオが正常な判断を狂わせたのだ。
辛うじて理性が残る俺が、しっかりと手綱を握るべきであった。
※ ※
先を歩く男は、携帯で誰かと連絡を取りながら不敵な笑みを浮かべている。
時間にして15分程度の距離であったか。街灯のない一本道を抜けたところで、頑丈そうなフェンスに囲われた立派な建物が見えてきた。
敷地内には、ラオスの田舎には不釣り合いな高級SUBが3台も駐まっている。
「なんだこれ?まるでジャングルの城だな・・・」
メインストリートで声をかけてきた男は、屋敷の門番になにかを告げると元来た道を引き返していった。
「危険な匂いがしますねぇ・・・」
ギーッと不快な音とともに鉄柵が開くと、玄関から白いシャツを羽織ったスキンヘッドの男が現れた。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
対応こそ丁寧だが、首筋から覗く龍の刺青が睨みを効かせてくる。
(カタギの人間じゃねーな・・・)
このシチュエーションには、酔っぱらいのナオキもさすがにマズイと悟ったようだ。
どうやら俺たちは、軽い気持ちでマリファナでも買うつもりが、少々ディープな場所に足を踏み入れてしまったようだ。
自分の顔が青ざめるのを感じたが、時すでに遅し。
「どうしますカズさん?一気に走ってバックレましょうか?」
「いや、ヘタに動くのはやめよう。成り行き見て帰るタイミングを探そうか・・・」
俺がこんなことを言ったのはビビって足がすくんだからではない。
視界の隅で、門番がフェンスに施錠するところが目に入ったからだ。
二人は建物の中へと進まざるを得なかったのだ。
※ ※
館内の壁は赤を基調とする中国式の装飾で飾られている。
スキンヘッドの男は待合室のソファーに俺たちを座らせると、奥に向かって何かを怒鳴った。
「×××××××!」
呼ばれて入ってきた女性が不思議な作法でお茶を淹れ始める。
「面倒くさい流れになっちゃいましたね~。調子に乗ってすみません・・・」
「この佇まいは高級な売春宿ってとこか。それにしちゃあ厳重すぎる警備が気になるけどね。まぁ、頃合いを見てカネがないことを理由に断ればいいよ」
「今回の旅は行く先々で置屋に縁がありますねー。女はいらねーんすよ」
そんな会話をするうちに、いったん席を外していた男が戻ってきた。そして、案内された二階のホールで、俺たちはとんでもない光景を目撃するのである。
※ ※
ピンクのネオンで照らされたステージに立つのは、年端もいかぬ素っ裸の子供たちだ。
タチレクの置屋とは比べものにならない悪質さに虫酸が走った。
「ざけんなよ!!帰りましょう!カズさん」
二人は踵を返したが、スキンヘッドの男がドアの前に立ちふさがる。
耐えかねたナオキが声を荒げて抗議するも、ナイフのような目でこちらを睨む男は道を開けようとしない。
そうこうしている間に、二人は駆け付けた別の男たちに取り囲まれてしまったのだ。
絶体絶命。
まるでスパイ映画のワンシーンだが、タイミング良く助けがやってくる可能性はないだろう。
コイツらは容赦なく人を殴れるタイプの悪党だ。
いや、むしろ殴られる程度で解放されるならラッキーか・・・。
嫌な汗が背中をつたう。
(マズイなぁ・・・)
膠着状態が続く中、俺は一つ大きく呼吸をすると突拍子もない提案を口にした。
「よし!ナオキ。それじゃ話のネタに買ってみようか!」
懐のパスポート入れに、緊急用の100ドル紙幣を忍ばせていることに気付いた俺は、その金を使って形だけ買うふりをしようと考えたのだ。
腰抜け外交もここに極まれり。
だが、ラオス警察の手も及ばぬ無法地帯では、外国人の面子やプライドなど糞の役にも立たない。せめてもの報いとして、金だけ払っておめおめと逃げ帰る事態だけは避けるべきであろう
脅せば屈服する民族だと味を占めれられては、今後パークベンを訪れる日本人に悪影響を及ぼしかねない。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、「売買契約」と、単なる「恐喝」とでは天と地ほどの差が生じるのだ。
土壇場で浮かんだ苦肉の策に相棒が渋々と頷いた。
「こうなったら潜入レポートだ。色々とインタビューしちゃおうぜ!」
「了解っす!」
縁あって館に導かれた俺たちには、児童買春の実態を世に知らせる義務がある。
内に眠るジャーナリスト魂が目を覚ました。
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